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404 filenotfound
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(更新は下へくっついていく仕様です)

業務連絡ではありますが。

一年ほどの長期休暇に入りました。
ここ一ヶ月でどこまで書きかけを片付けられるか・・。


お久しぶりです。
山場越しました!
が、相変わらずまとまって時間がとれない状況・・
チャットには少しでもいけるといいなぁ。
(2015/8/31追記)


遂にチャットすら参加できなかった・・
体力ぎりぎりの毎日です。
更新なくてすみません。
(2016/9/26)

あまりに不親切な公式トップはこちら
http://404.nobody.jp/404filenotfound.htm
放置ツイッター、ピクシブ(11207337)などにもおります。

(osakana)

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重く澱んだ暗闇の中で、何かが動く気配がした。

・・・・・俺何してたんだっけ・・・えーと・・

上にかけられた毛布を握ると、ふかふかと頼りない温かさが漂う。
そのまま無意識に寝返りをうとうとして、グーデリアンは一気に目を覚ました。

やばい!

まだ追いついてこない体をなんとか起こして足元を見ようとすると、暗闇の中から低い声が聞こえた。

「静かにしろ。今寝付いたところなんだ。」
ぼんやり光る手元灯のほうを向けば、一人がけのソファに小さな赤ん坊を抱いて座るハイネルの姿があった。

「あ・・あれ・・ハイネル・・?」
「寝ていていいぞ。ついでに、ソファなどで寝ずにベッドに行け。」
時計を見れば、記憶にある時間から既に二時間ほどが経過している。
どうやら自分はベッドに移すと泣きだす赤ん坊を抱いたままソファで寝ていたらしい。
「覗いたらちょうど起きかけていたから、ミルクを飲ませた。」
上着を脱いだハイネルはまだネクタイすら外していない。会社から帰ってきてそのままということなのだろう。
グーデリアンは重い体を起こすとハイネルの傍により、子供に向かって太い腕を伸ばした。

「いいよ、お前こそちょっとは寝ろよ。」

うっかりもののグーデリアンが「つい弾みで?」作ってしまった子供は、グーデリアンの体内埋め込み型培養装置で数ヶ月すごした後に「摘出」され、ランドル家の極秘研究施設からひっそりと人目につきにくいハイネルの実家の邸宅へ引き取られていた。表向きは「グーデリアンがどこかの彼女に産ませた赤ん坊」という体裁をとりながら。
広い邸宅内で昼は看護士がついているが、夜はグーデリアンが世話をしている。
当初、どうせ昔は遊び歩いていたんだから多少の睡眠不足くらい・・と思っていたのだが、熟睡する性質のグーデリアンにとっては、日中のたるみきった体を戻すトレーニングの疲れもあり数時間ごとに起こされる日々は想像以上に辛かった。

「リサちゃんが言うにゃ、男女では睡眠のメカニズムが違うんだってさ。アニーは平気そうだったんだけどなぁ・・。」
ぼりぼりと頭をかきながら赤ん坊の顔を覗き込む。先ほど飲んだミルクの余韻があるのか、睫毛の長い赤ん坊は小さく口を開けたまま眠っていた。
ハイネルやリサが続々増やす電動バウンサーやらハイテクメリーやらには目が爛々とするばかりでまったく寝付かないこの赤ん坊は、まさかハイネル家の「遺伝子レベルの機械馬鹿」を継承しているんじゃないかとグーデリアンは時々恐ろしくなる。
「夜も看護士を付けるか?」
「そうなると、こういうことも簡単にできなくなるっしょ?」
引取り際にハイネルの頬にキスをする。ハイネルが赤ん坊の重みで硬くなった腕をまわしながら薄明かりを手がかりにテーブルの上の荷物を探り始めた。

「あー、封筒は社長から。俺が必死にミルク作ってたらさっさとオムツ替えてったぜ、スーツ姿で。なんで手馴れてんのあの親父。」
寝付いた赤ん坊をベッドにそっと置きながらのボヤキにハイネルが苦笑する。
外ではまったく所帯くささなど見せないスマートな父が仕事中心の妻に乳飲み子をほいっと託され、気難しい祖父とまったく生活力のない祖母を頼ることも出来ずに必死に自分を育てた偉大さが、自分が子供を持ってしまった今ではよくわかる。
子供の頃は、自分は所詮父親が祖父や社外に向けて「仕事も出来て育児にも参加するいい父親」であることをアピールするための道具なのだろうと冷めた目で見ていたが、それだけで乗り切れるものではないことがよくわかった。
もちろんその後、その経験をしっかりと抜け目なく出世に生かしているあたり、いかにも自分の父なのだが。

「この袋は?」
「ついでにフランツに渡しとけって。」
薄明かりを頼りに中を見ると、レースに縁取られた真っ白なベビー服がふわふわと積み重なっていた。
「余白、か・・」
先日、同じ敷地内の別棟に住む父がハイネルのところに立ち寄った際、延々とぐずる赤ん坊を抱き上げながら一瞥し、アメリカ人は新生児にまで余白がない服を着せるのかとかなんとか小言を言いながらあっけなく寝付かせていったことを思い出した。
ハイネルは確かに似合わないサイケなプリント肌着ですやすやと眠る、涼しい目鼻立ちの赤ん坊を見て苦笑する。赤ん坊のクローゼットは現在、グーデリアン家からどっさり送られてきた原色の服ばかりだ。

一枚をひらりと広げてみて、見覚えのある形に思わず呟く。
「これは多分、リサや私が着ていたものだろう。このレースは祖母の手編みだな。」
赤ん坊の薄い金髪に白いレースはよく似合う。父にはまだこの赤ん坊が自分とグーデリアンの遺伝子で作られたということを伝えていないのだが、恐ろしく嗅覚の鋭い父は既に気付いているのだろうか。
「へぇ。うちだったら絶対、こんなフリフリ誰が洗濯するの!ってキレられるぜ。」
「・・・もっともだ。父が来るときだけにしよう。メイド長が怒りそうだ。」
そっと袋に戻すハイネルの腕を、グーデリアンの体温の高い手が掴んだ。一人がけソファの肘掛に腰をかけ、長い足をハイネルの足の上に横切らせて動きを封じてしまう。
「まぁ、親業はここで終了。ここからは大人の時間。」
「・・睡眠時間足りてないんじゃなかったのか。」
「どっか吹っ飛んだ。たまにゃご褒美がないとやってらんないの。」
鼻先で鎖骨をくすぐられるとつい、気持ちも体も弱くなる。
「まったく・・」
ハイネルがグーデリアンの腰に手を回した瞬間、暗がりからか細く泣く声が聞こえた。
「あーーーーーー。・・本当に、誰かに似て神経質っつーか勘がいいっつーか・・」
グーデリアンががくりと肩を落とす。
「泣いてるぞ。」
「わーかってるって・・・あと10秒。」
ハイネルの肩口でしっかり深呼吸してから、名残惜しそうにグーデリアンの体が離れていく。
「大きくなったら絶対、今の分も目の前でいちゃいちゃしてやるからな。」
「・・迷惑だと思うが。」
変な敵対心をもって再び赤ん坊に向かうグーデリアンを見送り、ハイネルは立ち上がってバスルームへ向かう。が、ふと途中で足を止め、再び振り向いた。

「・・あぁ、そうだ。今日の重役会で、伯父たちに私がパートナーと子供を得たことを報告したから。」
「あぁそう、よかったね。・・・・・・・・・・・・へ・・?!」
グーデリアンが思わず赤ん坊を指刺す。
「他にいるのか?・・あぁ、探したらまだいるかもな。」
至極真面目くさった顔でハイネルは再びバスにむけて歩き出す。
「・・ちょっと待てぇ!コラ!!」
-ふぇぇぇぇぇぇ・・・んぎゃぁ!!
「うわぁぁ、ごめんごめんって!だってさ、散々待たせておいてあんだけってひどくね?!」

20年、尽くしに尽くして、付いて離れて迷って回って。
迷っているのかと思ったらこっちの気持ちなんか本気で全然気にしていない時もあったりして。
最初はそういうフリなのかな可愛いなぁなんて期待したけれど、心底気にしていないのだとわかった時は正直めげたりして。
・・まぁ、基本的な性格はまったく変わっていないのだけれど。

-どのトロフィーもらったときよりもヤバイ気分。

本格的に泣き始めた赤ん坊の真っ赤な顔に、グーデリアンはキスの雨を降らせた。

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「うわ、危ねぇ!」
アメリカでの、二人そろってのつまらないイベント仕事の帰り。
いつもどおりグーデリアンの運転でうとうとしかけていたハイネルは、突然の大声と前のめりのGに浅い眠りから引き戻された。

「・・なんだ一体・・」
不機嫌を隠そうともせず、薄く眼を開けたハイネルに、グーデリアンはフロントガラスの向こうを指差した。
「子供飛び出しかけてきたんだよ!」
見ると、スクールバスを降りたところなのだろうか、小さな体に似つかわしくない大きなリュックを背負った少年が、年長の少女にリュックを掴まれてじたばたと暴れている。少女はくるりと少年を自分のほうに向けると母親ぶったしぐさで少年を諌めにかかった。

「・・・それくらい、避けろ。」
「おいおいおい、飛び出しにはまずブレーキだろ?。」
「仮にもレーサーだろう。万が一しくじるようなドライバーはいらん。」
「ひっでぇなぁ。」
子供を横目に、グーデリアンが再び車を発進させる。
ハイネルは携帯電話で時刻を確認するとため息をつきながら眼鏡を外し、目元とともにハンカチで軽く拭った。

「バスが止まったなーと思ったら、物影から飛び出してきたんだよ。しかし、幼稚園児みたいな子だったなぁ。」
「新学期なんじゃないのか?」
「あー。もう九月か。」

一年中世界を走り回っている身となってからは、季節の移ろいにはとんと疎くなってしまった。
路面温度には気を配っていても、仕事が終われば苦手な暑い・寒いを避けて世界各地にある好きなねぐらに帰ればいいだけなのだから。
ただ時々実家から届く愚痴も含んだ賑やかなメールを開ける度に、夏の逃げ場のない暑さやむんむんとした干草のにおいが恋しくなるグーデリアンであった。

「新学期っていうと、あーまた勉強かーってちょっとブルーにならなかったか?。」
「別に。」
「あ、お前は勉強できるから学校楽しかったクチか。」
「そうでもないが・・むしろ、学校に行くとほっとしたな。」
「なんで?」
「家にいると、父が手配した家庭教師が次々やってきては勉強だ教養だと忙しかったから。」
「げー。じゃあサマーキャンプとか、家族でフロリダへバカンス!とかなかったわけ?」
「ない。たまには祖父が視察や自分の趣味のついでに連れ出してくれることはあったが。」
「ひでぇなぁ。うちですらたまには農場頼んで遊びに行ったぜ?」
「父もなんとか他の兄弟に負けないようにと必死だった頃だから、仕方ないな。母もフランスで仕事があったし・・。」

まだ中途半端な眠気が残っているのか、ごそごそとカバンを探り、ハイネルはガムを取り出して口に投げ込んだ。食べるか?という仕草に、グーデリアンもただ首を横に振って辞退の意を伝える。
フロントガラスの外には夏の名残のある、しんとした日差しが降り注いでいる。
コーティングの崩れるシャリシャリという音が、エンジン音の上に妙にクリアにのって聞こえた。


--------

自分の恋人が、やや歪な存在だと気付いたのはいつだったのか。

「お兄ちゃんは、イレギュラーなのよ。」

誕生日のプレゼントと称して一日デートに付き合わされたグーデリアンは、緑と黄色の二枚のスカートをあわせつつ、真剣に鏡の前で選んでいるリサの突然の呟きに一瞬、オンナノコ向けの笑顔を取り落としそうになった。

そりゃそうだろう、会社社長の息子なんだし、と言ったグーデリアンに対し、リサは今度はさらにオレンジ色のスカートをあてながら首を振った。
「この世界でも、お兄ちゃんはイレギュラー。跡継ぎってのは多少なりとも、人当たりがよくて庶民派気取ってても実は自信満々で計算高くて、常に自分がいかに有利に立つか考えてるって人が多いわけ。まぁ、自分のほかにも色々背負って立つわけだから、そういう風に親が育てるってのもあるけれど。もしくは、その能力のないボンクラ。大体二分してそんなもんね。」
まさしく、ファストファッションなのだから両方買ってもたいしたことはないのに50ドル以下の服を真剣に選んでいるかと思えば、EUの内情やらについてもずばりと核心を突く、典型的な上流階級の才媛はさらりと言ってのける。

「なんていうか、自分ってものがない、のかな。」
自分の好きなことに関しては、妥協はない。たとえば車とかレースとか。
ただし、それ以外のことについては極めて適当で、自分自身の体調すら二の次で。
「お父さんの無茶振りなんかもさ、適当に流しておけばいいのに。」
かなり理不尽な無理難題を吹っかけても、フランツ・ハイネルは異を唱えることもなくただ淡々と仕事を片付けていく。
言うなれば御しやすく体裁のよい高性能なロボットで、これほど自分の傘下に組み入れたいと思う人材もないだろう。
だから、親戚内では彼を自分の味方につけようと、社長ゲオルグ・ハイネルの目を掠めては各派閥がフランツ・ハイネルを水面下で奪い合う事態が起きていた。

その点については、グーデリアン自身にも思い当たる節がある。
レースでは闘志むき出しで些細なことでも張り合ってくるくせに、欠点を指摘してやれば素直に認める。
どう考えてもおかしいだろうといういたずらも、疑うことなくあっさりとひっかかる。
数ある婚約者候補のうちの一人と寝てこいと言われれば女も抱いてくるようだし、過去に同性の上級生に求められるまま深い関係を持ち、トラブルを起こしたりもしている。
何より、ライバルのはずの自分が契約をたてに体を求めるという卑劣な行為に出た時ですら、軽く目を伏せただけで応じたのだから。

「ま、とりあえずは押したモン勝ちってことよね。後はどれだけ自分に興味を持たせ続けるか。難しいゲームじゃないわ。グーデリアンさん、がんばってね。」
にっこりと笑って、リサは黄色のスカートと白いカーディガン、インナーの紺のブラウスをグーデリアンに手渡した。情報料ということなのだろう。したたかなリサの上目遣いにグーデリアンは苦笑すると、キャッシャーへ向かって歩き始めた。


---------
がんばって、と言ったリサの顔を思い出しつつ、グーデリアンは助手席のハイネルをちらりと見やった。
眠いのか時折、ガムを噛みながらも目を閉じかけている。しかし目的地は既に近く、寝させてやる時間はないだろう。だからといって、いわゆる「外向き」の仮面をかぶっていない今、むき出しの神経を不用意に刺激して勘気をこうむるのは避けたかった。

-まぁ、子供の駄々と思えば可愛げもあるんだけど、甘いもんじゃ釣れないしなぁ・・子供の好きそうなもん・・つってもそもそも子供らしい事なんてしたことあるのかこいつ・・・あ。

「そうだ。ハイネル、ゲームとかしたことあるか?」
「・・あまりやらないし、うまくはないな。」
「それはもったいねぇなぁ。人生の大部分を損してるぜ。」
グーデリアンは大層大げさにうんうんと頷き、ぼんやりと答えるハイネルに、ポケットから出した自分のゲーム機端末を渡した。
「やってみろよ。単純なゲームだけど眠気覚ましになるぜ。明日まで貸してやるから。」
「ふーん・・・」
ハイネルは電源を入れると、無言で指を走らせ始めた。

---------

「あーーやられた!」
翌日、チームと合流したサーキットでグーデリアンは端末を開いた瞬間、大声で叫んだ。
「くっそぅ!ハイネルにやられた!」
近くのスタッフが何事かと近寄ってくる。
「どうしたんだよジャッキー。お前がなんかやらかした、ならわかるけど?」
怪訝な顔で返すスタッフに、グーデリアンが端末をぶんぶんと振った。

「ゲームだよ!アイドルモンスター!!」
「あー、グラフィックかわいいよな。」
「だろ?世界観とかぶっちゃけツギハギご都合主義だけけど、いいよな?」
色々と突っ込みどころはあるが、要するにパズルを解いたりリズムゲームをしながらアイドルと段々仲良くなっていくライトな暇つぶしゲームである。その手軽さと男性のツボを抑えたグラフィック、そして間口は広いがやりこむとなかなかに深く、つい課金させてしまう絶妙な難易度の高さが若者の間で話題となり、シリーズ展開する作品となっていた。
「二次元で萌えてるんじゃねぇよ、世紀の色男がw」
茶化すスタッフに、グーデリアンは画面を突きつける。
「これは別腹なんだよ!すげぇ楽しみでダウンロードしたのに、なのに、ハイネルに貸したら一晩でこんなん!」

画面の中には少女が頬を染めて、もじもじとこちらを見ていた。背景には花が舞っている。その仕草は明らかに恋する乙女のものだった。
「おー、すげ。無課金でこんなに好感度あがったの初めて見た。」
「俺全然遊んでないんだぜ?!一晩だぜ?なんでここまでやり尽くすんだよ!」
「さすが監督だよな。」
「冗談じゃねぇ!。俺、初期のツンツン冷たいのが好みなのに!あのそっけない態度がいいのに!!」
「さすが、リアルでもてる男は違うねぇ。」
何気に自分の性癖を暴露したエースドライバーに、スタッフは肩をすくめた。


「いい加減にせんか。作業の邪魔をするなジャッキー。」
悔しさを全身で表現していたグーデリアンに、遂に横で見ていたチーフエンジニアから声が入った。
「チーフ!でも、ひどくねぇ?!ほぼプロのテクニックだぜ?あいつゲームとか下手だっていうから暇つぶしに貸したのに!」
グーデリアンの抗議に、チーフが怪訝な顔をした。
「フランツがゲーム下手ぁ?なんの間違いだ。」
「へ?」
「フランツがチェスやらカードで負けたのなんて、見たことないぞ。」
少年だったハイネルを、その父である現社長から半ばだまされた形で押し付けられたチーフはかれこれ10年の付き合いになるはずだった。
「だって、あいつ自分で下手だって言ってたぜ?」
口を尖らせて食い下がるグーデリアンに、チーフが続ける。
「まぁ、本人はおじい様や7つも年下の子供にも勝てなかったと言っていたけどな。」
「おじい様って・・」
「先代社長だな。戦略王と呼ばれた。今思うに子供ってのは多分、あのオーストリアの天才少年だ。」
「・・・それ、勝ったらニュースになるやつじゃーん・・」
グーデリアンはがっくりと肩を落とした。


-俺の恋人は本当にもう、歪で。

「チーフから聞いたんだが、ゲームをクリアするとまずかったのか?」
その夜、遅くにホテルに戻ってきたハイネルはスーツを脱ぎながらベッドに転がり、ゲームをしているグーデリアンに声をかけた。
「んー、びっくりしたけどな、大丈夫。」
端末を放り投げ、グーデリアンは勢いよく飛び起きると恋人の傍らに行った。
嵩の薄い体を抱き込み、顎に指をかけて少しだけ上を向かせる。
「ん・・・・」
女の子達と違い、唇を奪われてもハイネルはほとんど目を閉じない。グーデリアンが視線を合わせると、透明な緑色の瞳はいつもどこか遠くを見ている。
「お詫びは、この続きってことで。」
ハイネルの視線がちらりと仕事鞄のほうへ向いたがかまわず、そのままベッドカバーの上に倒れこみ、腕の中に囲ってしまう。
「・・シャワーを浴びたい。」
「後でな。」
懇願を拒絶し強引に首筋に噛み跡を残せば、体から抵抗する力は抜け、手足を絡めてくる。

これは、グーデリアンが与える快楽を期待して体が反応しているだけなのか、それとも。
覗き込んだ無機質な緑色が答えを出してはくれないのを知りつつ、グーデリアンはそれでもゆっくりと肌に所有の証を刻み込んでいった。


-歪な心も素直な体も、全部まとめて愛してやるよ。

俺の可愛い自動人形。


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「はー、やっぱりうちのローストビーフうまい。」
「なによ、レーサーデビューした時は『ニューヨークにゃ、金さえ出せばなんでもあるんだぜ!』って見向きもしなかったくせに。」
「ま、確かに牛の世話とか冷凍庫の霜取りしなくても肉食えるってのはありがたいけどね。すげぇきれいなレストランですげぇうまそうなのにうまくない肉が出てきた時のあの感じ。神様を呪いたくなるね。」

食後に、ダイニングのテーブルで炒りたての山盛りポップコーンにたっぷりの熱いバターを絡めながらジャッキー・グーデリアンはけらけらと笑った。
「あんたの舌が田舎モンなだけでしょ。ねーハイネルさん。ごめんね、誕生日だって聞いてたらもっと洒落た料理用意してたのに。」
グーデリアンの母が傍らからポップコーンのボウルの中にがりがりと塩を挽きいれる。丸っこい指先が一つをつまみあげ、味見すると満足そうにうなずいた。
「おいしいです。焼き具合も熟成具合もちょうどよかったです。」
コーヒーのカップを片手に、差し出された山盛りのポップコーンにいささか怯みながら、ハイネルが笑った。

「そぅお?遠慮してない?シュトロブラムスの社長さんのおうちだと、毎日星のついたレストランとかで、おいしいもの食べてるんじゃない?」
「こいつんち、素材はともかく質素だぜ。父ちゃんと二人してほとんど食べないから、俺が行くとコックさんが喜ぶ喜ぶ。」
「えっ、ハイネルさん、お母さんは?」
「普段は仕事でパリにいます。帰ってくるのは私の誕生日から年明けと、父とリサの誕生日くらいかと。」
「あらま。じゃあアメリカなんかにいちゃダメじゃないの!ジャッキー!あんた無理に引っ張ってきたんでしょ!」
「だってさぁ、こいつんち、こいつの誕生日ろくに祝わないっていうから。」
「はぁ?!」
「それは誤解です。一応家族そろって私の好物と軽いケーキ程度は食卓に並びます。ただ、すぐにクリスマスだからリサのプレゼントに色々と大変だったし、母には仕事で会う機会も多いので・・・。」
「そこはわかっててもお祝いなんて何回やってもいいものでしょ!うちなんて、おばあちゃんとジャッキーなんて一週間しか違わないけど、毎年バカ騒ぎよ。」
「二週続けてうそっこロブスターな。」
「うそっこロブスター?」
「ロブスターの形のハンバーグの種にベーコンとトマトソースのっけて、オーブンで焼いた奴だよ。おかげで俺、かなり最近までロブスターって陸の生き物だと思ってた。」
「簡単だけど豪華で子供に人気でねぇ。おばあちゃん、子供が好きだからって自分の誕生日にもそれリクエストしてたの。たぶん本音は、作るの楽で安上がりだからだけど。」
「子供んときは嬉しかったけど、今はちょっとキツイよなぁアレ。ミリーがもう大学かぁ。いつの間にか大人になっちまって・・・。」
グーデリアンが傍らに座る妹のミリアムの頬にキスをする。ミリアムはそばかすの散る頬を恥ずかしそうに染めた。


ここはケンタッキーのグーデリアン家。外は寒風が吹きすさんでいるが、ヒーターに加えて大きな薪ストーブの入ったダイニングは隅々まで暖かい。食べるのと喋るのに忙しいグーデリアン家の面々を相手に、ハイネルはにぎやかな質問攻めにあっていた。


「はーい、おまたせ。早く早く、ポップコーンを入れてちょうだい!。」
台所から姉のアンジェラがスパテラ片手に、鍋を持ちだしてきた。
「なに?いい匂い。」
「おばあちゃん直伝、キャラメルポップコーン!!」
「やだアニー、ダイエット中なのに!」
「おだまりなさーい!これを食べずしてクリスマスが迎えられると思ってるの?」
ふつふつと煮立つ厚手の片手鍋の中には茶色くとろりとした液がなみなみとできている。その中に妹のミリーが文句をいいつつも、ストーブで炒ったポップコーンをざらざらと入れた。
「やっぱこれよね、クリスマスは。」
アニーが手早くポップコーンを絡めてオーブンシートに取り出す。
「作っちゃったら食べないわけにはいかないじゃないの・・アニーの意地悪・・」
ちょっと涙すら浮かべたミリーのポップコーン色の髪を、グーデリアンはくしゃくしゃとかき回した。
「ミリーはそのままで十分に可愛いよ!な、ハイネル。」
既に成人した妹も、グーデリアンにとっては昔のままの姿なのだろう。ハイネルは微笑で頷いた。
「・・私、アニーみたいに背も高くないし・・鼻だって上向きだし・・」
「俺とおそろい!」
「そうよ。贅沢言わないの。私なんて、なんで金髪に産んでくれなかったのって昔ママに文句言ったんだから。」
アニーはうっとおしそうにストレートのブルネットを束ねるゴムをするりと外し、空いた椅子に腰を下ろしてポップコーンをつまみ始めた。


「ただいまぁ、遅くなっちまった寂しくなかったかい?俺はアメリカのどこからでも君を愛してるよハニィ!」
突然、ダイニングの扉が大きな音を立てて開き、黒髪で背の高い男が入ってきた。
「おかえりダーリン。ご飯は食べたの?」
「あぁ、接待で食べてきたよ。でもやっぱりハニーの料理が一番だけどなぁ。明日は久しぶりに川マスのフライが食べたいな。」
グーデリアンの父は自分の胸ほどもない、小柄でふくよかな愛妻を抱きしめる。ストレートな愛情表現にハイネルがどうしたものかと戸惑っている間も、子供達は慣れているのか、グーデリアンはハイネルににやりと笑いながら目配せをした。

「父ちゃん、ハイネルが困ってるぜ?」
「おー。すまんすまん。今日は顔色いいな!」
ハイネルに歩み寄った父は厚い手を差し出し、力をこめて握手する。
春先に突発的にグーデリアン家を訪れることになったハイネルは体調不良から寝込んでしまい、結局この父とは初対面だった。しかしその手からは古くからの知人のような温かさを含んでいた。
「先日はご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
「いやいや。しかしなんというか・・同じくらいの身長と年齢なのに、ジャッキーとは品種が違うよなぁ。」
遠慮なく人を真正面から眺め、首をかしげる様子はグーデリアンとよく似ている。不思議と不快感は感じない。
「パパもそう思う?ジャージーとヘレフォードくらい違うわよねぇ。」
「あら、ジャージーとバイソンくらいじゃないかしら?」
「なんか毛色が違うもの。ジャッキーと違ってハイネルさんはきちんとした女の人にモテそうよねぇ。」
ずけずけと物を言うのはグーデリアン家の特徴なのだろうか。苦笑しながら、口を差し挟む隙が見つけられないハイネルは手持ち無沙汰にポップコーンを口に運んだ。
「好き勝手言ってんじゃねえよ。」
「えーっ、婚約者とかいそうじゃないの。」
「残念でした、こいつ色々とめんどくさすぎて連戦連敗。だよなぁハイネル?」
ポップコーンを思わず喉に詰まらせそうになり、ハイネルはじろりとグーデリアンをにらんだ。
「じゃハイネルさん、うちのミニーとかどう?いい子よ?」
「え?」
思いがけない方向に向いた話に、ハイネルがぽろりとポップコーンを取り落とす。
「ちょっと待てよ。俺、ミニーの結婚相手は俺が認めた相手じゃないと許さないからな!」
「俺もだ!ミリアムに結婚を申しこむなら俺とジャッキーを倒してから行け!」
「ちょ・・ちょっと・・・。」
「何言ってんの。あんたたち二人を倒せるのは霊長類の中ではゴリラくらいよ。」
「そうよ。第一パパ、私の結婚報告の時は結局むぐむぐ言ってそれでおしまいだったじゃないの。」
母とアニーに軽く撃破され、大男二人は一瞬で仲良く沈黙した。ハイネル家と同じく、グーデリアン家も結局は女性の地位が非常に高いということらしい。ハイネルは今頃一人で祖母と母とリサのマシンガントークの標的になっているだろう父の苦境を想像し、笑いを堪えきれなかった。


「よっしゃ、じゃあ牧場の夜の見回り行くかぁ!。」
あれだけ作ったポップコーンがあらかたなくなった頃、父がテンガロンハットを被り、立ち上がった。
母とアニーがテーブルの後片付けを始める。グーデリアンとミリーも立ち上がるのを見て、ハイネルもそれにならった。
「私も手伝います。」
声をかけたハイネルに、アニーが静止の声をかける。
「ハイネルさんはだーめ。」
「え?しかし、こんな寒い夜に、女性が・・」
上着のボタンを首の上までしっかりとめているミリーを見て、ハイネルが躊躇する。
「大丈夫よ。慣れてるし、私、台所の仕事下手だし。」
「お前じゃ役にたたねぇよ、ハイネル。」
「そうそう、自分が一番役に立つ仕事をするのがグーデリアン家流。私たちも今から、ジンジャーブレッドマンを300個作らなきゃいけないの。」
「今から、ですか?」
思わず振り返った時計は既に10時を回っていた。
「えぇ。クリスマスの教会で配るの。昼は忙しいから夜しか時間がなくて。明日は袋詰めするから今日焼いておかないと。」
「おばあちゃんとママだけじゃ大変だから、私も夫に子供預けて泊り込み参戦ってわけ。」
「生地は昨日ニーダーでこねて寝かしてあるけど、今からひたすらドウシーターでのばしてひたすら型で抜いて、ひたすら焼き続けるの。」
「100体くらいまでは楽しいけれど、200体超えるくらいになると無言になるのよね。焼き上がってしばらくは夢の中でジンジャーブレッドマンに追いかけられるわ。」
アニーが大げさに手を動かす。
「そういえば、おばあちゃんは?寝てるのかしら。」
「あら、ご飯食べた後、牧場主会だって彼氏が迎えに来ていそいそ出かけてったわよ。」
「・・牧場主会、来週よ?」
「・・・それって・・」
「・・・・・・逃げたわね。」
今まで賑やかだったダイニングに、一瞬にして恐ろしい沈黙が訪れた。

「うっそ!どうするのよママ?!ミリーやジャッキーは役に立たないし、パパなんか論外だし!だから今年こそは外注に出そうって言ってたのに!」
「どうするったって・・あーーー、クリスマスだからスタッフも帰ってるわよねぇ・・」
「ご近所ったって、こんな時間から来てくれる手際のいい料理上手って・・・あ。」
額を突きつけあったグーデリアン家の面々が、ふと一斉にハイネルのほうをむいた。

「な・・・なんですか?」
いやな予感がし、後ずさるハイネルの前にアンジェラが長い黒髪を後にかき上げながらずいっと身を乗り出す。壁際まで追い詰められ、上目遣いで見上げられる。
「・・・・・・・あの・・アニーさん・・?」
大胆に開いた胸元が否応なく視界に入り、ハイネルが思わず顔を上げると、菫のように濃い青の眼がじっとハイネルの顔を覗き込んでいる。
「・・あ、あの?」
腕を壁につかれ、囲い込まれる。赤い唇が触れそうなほどに近付き、薄く開いた。
「・・ハイネルさん・・クッキー・・手伝ってくれますよね?」
「は・・はい。」

「よっしゃあ、ママ、助っ人一人ゲットぉ!」
くるりと家族のほうを向いたアニーがガッツポーズをする。
「・・まったく、わが娘ながら素晴らしい手口だぜ。子持ちになってもパワーは衰えねぇな!」
「誰だよアンジェラとかつけた野郎は。俺なら絶対デヴィエラってつけてるね。」
「素敵よアニー!」
手放しで喜ぶ面々に、ハイネルはがっくりと肩を落とした。

「ということで、作業開始!ハイネルさん生地のばしてね!ママ、オーブンよろしく!」
長い黒髪をくるくると手際よくまとめ、のし板に手粉を打ちながらアンジェラが指示を出す。
「あぁ、今年は早く終わりそう!」
母はうれしそうに、バスマットのようなサイズのオーブンシートを切り続けている。

-あぁ・・今年もやっぱりこういう運命なのか・・

その横で、フランツ・ハイネルは生地を適当なサイズに切り分けながらため息をついた。
この世に生まれてこの方20数年、静かな誕生日など記憶にないのはどうしてだろう。
-私の安息の地は、この地球上にはないということか。
受難の主は嘆息し、来年こそは地球を脱出してやろうと心に決めたのだった。

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-それから数ヶ月。
もうすぐシーズンが始まる頃となった頃になると、グーデリアンの蛮行はますます回数が増えていた。
さすがにイベントやレース前に手を出してくることはなかったが、突如深夜に押しかけてきては
無尽蔵な性欲に朝まで翻弄されることも多く、ハイネルの精神的・肉体的な疲労は極限に達していた。

眼前を走り抜ける金色の車体が火花を散らす。ドイツのテストコースで、ハイネルはマシンの最終調整にはいっていた。
「安定してきましたね。」
「悪くはないな。グーデリアンの分に関しては。」
投入二年目の車体もこなれてきて、昨シーズンでは対応しきれなかったプログラミングのホールに関しても今期は問題なく処理できている。
「・・しかし、車体に関しては早急に改善型を検討したほうがいいかもしれませんね。他社の動きが思ったよりも激しくなってきたようです。」
「わかっている。策はある。」
あることはあるのだが、最近の荒れた生活のせいで集中力が持続できていない。先日などは空港でうっかり捕まったインタビューアーの質問に対し、聞き返すことすらあった。
-・・こうなるのは覚悟の上だろう、フランツ・ハイネル?。
ため息混じりにデータを検討するハイネルの携帯電話が鳴った。
「・・・・ハイネルだ・・・今、テスト中なんだが・・何?」
ハイネルは電話を片手にコース上の金色の車体をちらりと見ると、うなずいた。
「・・わかった・・行く。」
携帯をぱたんと折りたたむと、ハイネルはスタッフに声をかけ、オフィスへ立ち去った。


「ハイネル、どうしたの?途中からいなくなっただろ?」
「よくわかりますね。」
マシンから降りながら、ヘルメットを脱ぐグーデリアンにスタッフが飲み物とタオルを渡す。
ドライバーにとって必要な資質の一つが、動体視力だ。実際にマシンを動かす反射神経・周回に耐えうる体力などはもちろんだが、戦況を的確に判断するためには動体視力はかかせない。恐ろしいスピードで視野が狭まる中、最近ではシステムからの補助があるとはいえ、どれだけの情報を瞬時に得られるかという点においてはグーデリアンは恐ろしく野生的ともいえる勘をもっていた。
「急用?」
「急な来客のようですよ。」
「へぇ。あいつが中断?珍しいね。」
グーデリアンの中で、何かがひっかかった。


「お待たせしました。」
「急で悪いな。」
ハイネルは自分のオフィスで来客と対面した。
入るなり、浅黒いほどに焼けた肌と白金髪の若い男ががっちりとハイネルを抱きしめる。
「少しやせたか?飯食ってるか?こないだのインタビューでなんだか疲れているように見えて、心配になってな。」
「そうですか?・・気をつけます。」
笑いながら、向かいのソファに腰を下ろす。
「お会いできてうれしいです、トニオ。」
ハイネルの顔にほっとした笑みが浮かんだ。

「背は伸びたが、相変わらず細っこいなお前は。」
「からかわないでください。」
「中年太りとか言われるよりマシだろ?」
話が盛り上がり始めた頃、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼。コーヒーが届いたようです。」
ハイネルが立ち上がり、ドアへ向かう。ドアを開けると、そこにはコーヒーの盆を持ったグーデリアンが立っていた。
「・・お前・・」
目を見開いたハイネルを押しのけるように、レーシングスーツ姿のグーデリアンが室内に入る。
「ちょうどそこでエリーゼちゃんに会ってね。大事なスポンサー様にご挨拶をと思ってさぁ。」
陽気な口調で盆をテーブルに置き、トニオの前に立つ。
「こんにちは、えーと、あんたがトニオさん?」
「やぁ。会ってみたかったよ、ジャッキー・グーデリアン。」
立ち上がったトニオが片手を差し出すのを、グーデリアンは唇に薄ら笑いを浮かべたまま、強く払いのけた。
「なぁ、あんた、ハイネルとどういう関係なんだ?こいつ、うわ言でよくあんたの名前呼んでてね。強情で、俺がベッドでどれだけ聞いても絶対教えてくれないわけ。」
「やめないか、グーデリアン!」
割って入ろうとしたハイネルの静止を軽く手でいなし、トニオは肩をすくめた。
「さぁなぁ。頭の黄色いヒヨコ君にはまだ刺激的なんじゃないかなぁ。」
トニオが挑発の台詞を言い終わる前に、グーデリアンの右腕が空を切った。しかしトニオは紙一重でそれをさらりと交わし、瞬く間に腕をねじり上げながらグーデリアンの巨体を床に縫い付けた。
「いい体格はしてるんだが、ツメは荒いな。こっちは代々荒っぽい船乗り相手の商売なんでね。」
「トニオ、乱暴な真似は・・」
「わかっている。大事なドライバーなんだろ?」
怪我をさせるつもりはないというように、トニオはすぐにグーデリアンの上から去った。身を起こしたグーデリアンを見下ろし、トニオが言う。
「俺が誰で、フランツがどう説明しようと気にはしねぇが・・・フランツに何かしでかしてみろ、シチリアの海に叩っこんでやるからな!」
その顔には先ほどまでの笑い皺の目立つ美丈夫ぶりはなく、裏家業にも精通した人間の暗さと凄みが滲み出ていた。力量をまざまざと見せ付けられたグーデリアンは立ち上がることすら忘れ、床に座りこんだまま、ただ眺めるしかなかった。

「さてと。騒がせて悪かったな、フランツ。帰るわ。」
くるりとハイネルのほうを向いたトニオは、先ほどの形相からは打って変わってもとの明るい笑みに戻っていた。
「あの・・色々と失礼を・・。」
頭を下げるハイネルの髪をぽんぽんとトニオが叩く。
「最初っから、お前の顔見たかっただけだからな。元気ならそれでいい。」
「はい。」
「それとな、・・・・・」
頷くハイネルの耳に、何やら母国語で囁いた。
目を丸くするハイネルににやっと笑いかけ、トニオはドアから出て行った。


「・・で、あいつ結局何もん?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
やっと床から立ち上がり、ソファに座ったグーデリアンは憮然として腕を組んだ。
「なぁ・・俺問答無用でここまでボコボコにされたんだぜ。そろそろ教えてくれていいんじゃね?」
「最初に吹っかけたのはお前だろう。」
向かいに腰をかけ、ハイネルはため息をついた。騒ぎですっかり忘れ去られていたコーヒーを軽くかき混ぜると一口含み、一言ずつ語りはじめた。
「彼は・・その・・高等学校の先輩だった。」

-12歳になったハイネルは、良家の子息が集う全寮制の学校に入学した。
そこでは各家で何不自由なく育てられた子息が共同生活をすることで協調性や統率力を身につけることをモットーとしていた。また、卒業生同士が大きなネットワークをもち、そこに入って優秀な成績を収めることはその後の人生に大きな影響を及ぼしていた。

そこではフランツ・ハイネルは、裕福ではあったが大富豪や王族、財閥の子息といった中ではたかが自動車会社の、それも跡継ぎとして確定していない三男の息子というどちらかといえば重要視されないタイプの生徒だった。
別に彼自身は父譲りの質素でシンプルな生活に慣れていたし、静かで古めかしい図書館で好きなだけ本が読めればそれだけで幸せだと感じていたが、中にはそこにつけこんで明らかに見下す生徒や、妙なアプローチをかけてくるものもいた。

その学校では一人の新入生に対し、指導係の生徒が一人つく慣習がある。そこでハイネルの指導係に選ばれたのがトニオだった。
トニオの実家はイタリアで古くから海運業を営む会社だった。地中海の風をいっぱいに受けて育った彼は自由奔放で豪放磊落という言葉こそがぴったりで、勉強嫌いだが妙に頭が切れて時に教師ですら持て余す存在だった。そんなトニオに対し、いわゆる優等生でほうっておいても何の問題のないハイネルをあてたのには学校側の思惑があったのかもしれない。
しかし、家庭環境など似たところの多い異端児同士は妙に気が合った。理系教科の得意なハイネルに対し、地理や語学、意外にも文学や芸術にまで精通するトニオはハイネルを休日ごとに美術館や博物館に連れ出し、作者の生い立ちから時代背景から詳しくわかりやすく説明しては興味をもたせた。トニオからすれば、感情を不器用にしか表せないハイネルが可愛かったのかもしれない。また、ハイネルから見れば、トニオの傍はぶしつけな視線やわずらわしい雑音からある程度遠ざかることができる、安息の地だった。

そんな居心地の良さが、いつの間にか友情以上の信頼関係を二人に抱かせてしまっていた。
肉体関係があったわけではないが、自然と体を寄せ合い、笑いあいながら一冊の本を読む。そっと物陰で唇を重ねることすらあった。
敵が多かったのも不幸だったのかもしれない。そのうちに、どこからともなく二人の関係が周囲に尾鰭をつけて知れ渡り、大きな問題となってしまった。

不名誉な噂が学校中に広がり、さすがに学校側も見過ごすわけにもいかない事態となった時、ハイネルは背筋が凍る思いだった。名門校での不祥事やドロップアウトはネットワークを通じて今後の将来、ひいては親の事業にまで大きな傷をもたらす。ハイネルは迂闊だった自分を悔い、食事も喉を通らず眠れない日々が続き、遂に倒れてしまった。
その間にトニオは自分がハイネルに無理に関係を迫ったと言い張り、ハイネルに反論や弁明の機会を与える暇もなく自主退学をしてしまったのだ。
もちろんそれを知ったハイネルは激しく学校に抗議したが、事情を察した一部の教師達により押しとどめられ、表向きにはトニオの名誉は回復されることはなかった。


「・・私は、結局、彼の将来を台無しにしたんだ。」
すっかり冷めたコーヒーを片手にハイネルは薄く微笑んだ。
「好きだったのか。」
「よくわからない・・・彼といるのは楽しかっ・・た・・いや、違うな。ひどい言い方で言えば、楽、だったのかもしれない。彼は危なっかしくて放っておけないからと言って、何かと世話を焼いてくれたから。」
「ひどいなお前。」
「あぁ。せめて心から彼が好きだったと言えれば、彼は少しは救われたはずなんだ。なのに私は多分、愛するという行為がよくわからない。」
苦い言葉を飲み込むハイネルを、グーデリアンはじっと見つめる。
「でも、あいつは今でもお前のこと、好きなんだろ?」
「好きもなにも・・彼も私もゲイじゃない。彼はその後実家を継ぎ、既に結婚して子供もいる。ここ数年会ったこともなかったが、先日の囲み取材で私の顔色が悪かったのを見て心配して来たというだけの話だ。」
グーデリアンの心に波風がたった。
性的な関係はともかく、未だにトニオはハイネルがかわいくて仕方ないのがよくわかる。
今だって、たった数分のインタビューから、こいつが苦しんでいるのを妙な本能で嗅ぎつけてきやがる。悔しいが、トニオはそれだけグーデリアンよりもハイネルの心に近い場所にいるということなのだろうか。
「・・じゃあさ、俺はあんたにとって、何?俺の相手をしていたのも、脅されて、流されてってだけなのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
ハイネルは黒い液体の表面に浮かぶ波紋を眺め続けた。

確かに、力で拒むことも出来た。助けを求めることも出来た。
適当な理由をつけて社会から抹殺してやることすら自分には容易にできた。
体を差し出すことでドライバーが確保できるならと、自分の中では割り切れているつもりだった。
だが、ハイネルの中で膨らんできた違和感が、それを拒否していた。

「・・私に関わると不幸になる。わたし、は・・お前に、トニオのように人生に傷を残して欲しくない。」
だから、心だけは決して渡さない。
「それってつまり、俺の人生心配する程度には好きってことでOK?」
「・・・」

ハイネルはトニオが最後ににやりと笑いつつ、母国語で残した言葉を思い出していた。
『こいつ、本気だぜ?』
同性に肩を抱かれたことは何度となくある。本気の告白すら、指折って数える程度にはあった。
しかしトニオ以外のどの男も、いや、女も、ハイネルの見た目と頭脳に魅かれたばかりでその中身に触れてくることはなかった。
なのに目の前の男は、ずけずけと自分の奥に踏み込んでこようとする。

「・・グーデリアン。」
「ん?」
「お前は、私が好きなのか?」
突然の質問にグーデリアンは頬杖をついていた肘を落とした。
「お前なぁ!・・・・・・・」
大体、そもそも俺にそこまでさせたのはお前の言動とか色々!と、叫びたい気持ちを飲み込んで。
グーデリアンはため息をつきながら立ち上がり、ハイネルの膝の間に立て膝で割り込んだ。見上げると丁度、ソファに座ったハイネルと目線が合う。その目はまるで親を見失った子供のように頼りなく見えた。
-・・・・・・あーあ。俺もあいつも被害者ってことか。
「本当、あいつに同情するよ・・。」
ぼそっと呟かれた言葉にハイネルが小首をかしげる。その頬に指を添え、グーデリアンははっきりと言った。
「・・愛してる。」
「信じて、いいのか?」
「まぁ、俺はひどいことをしたから、信じてもらえないだろうけどなぁ・・・」
予想以上の返答に苦笑するグーデリアンに、ハイネルは続けた。
「・・繰り返すが、私には多分、人を愛するという気持ちがわからない。それでもいいのか?」
「・・俺がゆっくり教えてやるよ。今までの分も、今からの分もな。」
ティーンのように、頬にぎこちないキスをする。白いハイネルの肌に、はじめて薄く紅がさした。

-そして、恋はやっと始まった。

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