「うわ、危ねぇ!」
アメリカでの、二人そろってのつまらないイベント仕事の帰り。
いつもどおりグーデリアンの運転でうとうとしかけていたハイネルは、突然の大声と前のめりのGに浅い眠りから引き戻された。
「・・なんだ一体・・」
不機嫌を隠そうともせず、薄く眼を開けたハイネルに、グーデリアンはフロントガラスの向こうを指差した。
「子供飛び出しかけてきたんだよ!」
見ると、スクールバスを降りたところなのだろうか、小さな体に似つかわしくない大きなリュックを背負った少年が、年長の少女にリュックを掴まれてじたばたと暴れている。少女はくるりと少年を自分のほうに向けると母親ぶったしぐさで少年を諌めにかかった。
「・・・それくらい、避けろ。」
「おいおいおい、飛び出しにはまずブレーキだろ?。」
「仮にもレーサーだろう。万が一しくじるようなドライバーはいらん。」
「ひっでぇなぁ。」
子供を横目に、グーデリアンが再び車を発進させる。
ハイネルは携帯電話で時刻を確認するとため息をつきながら眼鏡を外し、目元とともにハンカチで軽く拭った。
「バスが止まったなーと思ったら、物影から飛び出してきたんだよ。しかし、幼稚園児みたいな子だったなぁ。」
「新学期なんじゃないのか?」
「あー。もう九月か。」
一年中世界を走り回っている身となってからは、季節の移ろいにはとんと疎くなってしまった。
路面温度には気を配っていても、仕事が終われば苦手な暑い・寒いを避けて世界各地にある好きなねぐらに帰ればいいだけなのだから。
ただ時々実家から届く愚痴も含んだ賑やかなメールを開ける度に、夏の逃げ場のない暑さやむんむんとした干草のにおいが恋しくなるグーデリアンであった。
「新学期っていうと、あーまた勉強かーってちょっとブルーにならなかったか?。」
「別に。」
「あ、お前は勉強できるから学校楽しかったクチか。」
「そうでもないが・・むしろ、学校に行くとほっとしたな。」
「なんで?」
「家にいると、父が手配した家庭教師が次々やってきては勉強だ教養だと忙しかったから。」
「げー。じゃあサマーキャンプとか、家族でフロリダへバカンス!とかなかったわけ?」
「ない。たまには祖父が視察や自分の趣味のついでに連れ出してくれることはあったが。」
「ひでぇなぁ。うちですらたまには農場頼んで遊びに行ったぜ?」
「父もなんとか他の兄弟に負けないようにと必死だった頃だから、仕方ないな。母もフランスで仕事があったし・・。」
まだ中途半端な眠気が残っているのか、ごそごそとカバンを探り、ハイネルはガムを取り出して口に投げ込んだ。食べるか?という仕草に、グーデリアンもただ首を横に振って辞退の意を伝える。
フロントガラスの外には夏の名残のある、しんとした日差しが降り注いでいる。
コーティングの崩れるシャリシャリという音が、エンジン音の上に妙にクリアにのって聞こえた。
--------
自分の恋人が、やや歪な存在だと気付いたのはいつだったのか。
「お兄ちゃんは、イレギュラーなのよ。」
誕生日のプレゼントと称して一日デートに付き合わされたグーデリアンは、緑と黄色の二枚のスカートをあわせつつ、真剣に鏡の前で選んでいるリサの突然の呟きに一瞬、オンナノコ向けの笑顔を取り落としそうになった。
そりゃそうだろう、会社社長の息子なんだし、と言ったグーデリアンに対し、リサは今度はさらにオレンジ色のスカートをあてながら首を振った。
「この世界でも、お兄ちゃんはイレギュラー。跡継ぎってのは多少なりとも、人当たりがよくて庶民派気取ってても実は自信満々で計算高くて、常に自分がいかに有利に立つか考えてるって人が多いわけ。まぁ、自分のほかにも色々背負って立つわけだから、そういう風に親が育てるってのもあるけれど。もしくは、その能力のないボンクラ。大体二分してそんなもんね。」
まさしく、ファストファッションなのだから両方買ってもたいしたことはないのに50ドル以下の服を真剣に選んでいるかと思えば、EUの内情やらについてもずばりと核心を突く、典型的な上流階級の才媛はさらりと言ってのける。
「なんていうか、自分ってものがない、のかな。」
自分の好きなことに関しては、妥協はない。たとえば車とかレースとか。
ただし、それ以外のことについては極めて適当で、自分自身の体調すら二の次で。
「お父さんの無茶振りなんかもさ、適当に流しておけばいいのに。」
かなり理不尽な無理難題を吹っかけても、フランツ・ハイネルは異を唱えることもなくただ淡々と仕事を片付けていく。
言うなれば御しやすく体裁のよい高性能なロボットで、これほど自分の傘下に組み入れたいと思う人材もないだろう。
だから、親戚内では彼を自分の味方につけようと、社長ゲオルグ・ハイネルの目を掠めては各派閥がフランツ・ハイネルを水面下で奪い合う事態が起きていた。
その点については、グーデリアン自身にも思い当たる節がある。
レースでは闘志むき出しで些細なことでも張り合ってくるくせに、欠点を指摘してやれば素直に認める。
どう考えてもおかしいだろうといういたずらも、疑うことなくあっさりとひっかかる。
数ある婚約者候補のうちの一人と寝てこいと言われれば女も抱いてくるようだし、過去に同性の上級生に求められるまま深い関係を持ち、トラブルを起こしたりもしている。
何より、ライバルのはずの自分が契約をたてに体を求めるという卑劣な行為に出た時ですら、軽く目を伏せただけで応じたのだから。
「ま、とりあえずは押したモン勝ちってことよね。後はどれだけ自分に興味を持たせ続けるか。難しいゲームじゃないわ。グーデリアンさん、がんばってね。」
にっこりと笑って、リサは黄色のスカートと白いカーディガン、インナーの紺のブラウスをグーデリアンに手渡した。情報料ということなのだろう。したたかなリサの上目遣いにグーデリアンは苦笑すると、キャッシャーへ向かって歩き始めた。
---------
がんばって、と言ったリサの顔を思い出しつつ、グーデリアンは助手席のハイネルをちらりと見やった。
眠いのか時折、ガムを噛みながらも目を閉じかけている。しかし目的地は既に近く、寝させてやる時間はないだろう。だからといって、いわゆる「外向き」の仮面をかぶっていない今、むき出しの神経を不用意に刺激して勘気をこうむるのは避けたかった。
-まぁ、子供の駄々と思えば可愛げもあるんだけど、甘いもんじゃ釣れないしなぁ・・子供の好きそうなもん・・つってもそもそも子供らしい事なんてしたことあるのかこいつ・・・あ。
「そうだ。ハイネル、ゲームとかしたことあるか?」
「・・あまりやらないし、うまくはないな。」
「それはもったいねぇなぁ。人生の大部分を損してるぜ。」
グーデリアンは大層大げさにうんうんと頷き、ぼんやりと答えるハイネルに、ポケットから出した自分のゲーム機端末を渡した。
「やってみろよ。単純なゲームだけど眠気覚ましになるぜ。明日まで貸してやるから。」
「ふーん・・・」
ハイネルは電源を入れると、無言で指を走らせ始めた。
---------
「あーーやられた!」
翌日、チームと合流したサーキットでグーデリアンは端末を開いた瞬間、大声で叫んだ。
「くっそぅ!ハイネルにやられた!」
近くのスタッフが何事かと近寄ってくる。
「どうしたんだよジャッキー。お前がなんかやらかした、ならわかるけど?」
怪訝な顔で返すスタッフに、グーデリアンが端末をぶんぶんと振った。
「ゲームだよ!アイドルモンスター!!」
「あー、グラフィックかわいいよな。」
「だろ?世界観とかぶっちゃけツギハギご都合主義だけけど、いいよな?」
色々と突っ込みどころはあるが、要するにパズルを解いたりリズムゲームをしながらアイドルと段々仲良くなっていくライトな暇つぶしゲームである。その手軽さと男性のツボを抑えたグラフィック、そして間口は広いがやりこむとなかなかに深く、つい課金させてしまう絶妙な難易度の高さが若者の間で話題となり、シリーズ展開する作品となっていた。
「二次元で萌えてるんじゃねぇよ、世紀の色男がw」
茶化すスタッフに、グーデリアンは画面を突きつける。
「これは別腹なんだよ!すげぇ楽しみでダウンロードしたのに、なのに、ハイネルに貸したら一晩でこんなん!」
画面の中には少女が頬を染めて、もじもじとこちらを見ていた。背景には花が舞っている。その仕草は明らかに恋する乙女のものだった。
「おー、すげ。無課金でこんなに好感度あがったの初めて見た。」
「俺全然遊んでないんだぜ?!一晩だぜ?なんでここまでやり尽くすんだよ!」
「さすが監督だよな。」
「冗談じゃねぇ!。俺、初期のツンツン冷たいのが好みなのに!あのそっけない態度がいいのに!!」
「さすが、リアルでもてる男は違うねぇ。」
何気に自分の性癖を暴露したエースドライバーに、スタッフは肩をすくめた。
「いい加減にせんか。作業の邪魔をするなジャッキー。」
悔しさを全身で表現していたグーデリアンに、遂に横で見ていたチーフエンジニアから声が入った。
「チーフ!でも、ひどくねぇ?!ほぼプロのテクニックだぜ?あいつゲームとか下手だっていうから暇つぶしに貸したのに!」
グーデリアンの抗議に、チーフが怪訝な顔をした。
「フランツがゲーム下手ぁ?なんの間違いだ。」
「へ?」
「フランツがチェスやらカードで負けたのなんて、見たことないぞ。」
少年だったハイネルを、その父である現社長から半ばだまされた形で押し付けられたチーフはかれこれ10年の付き合いになるはずだった。
「だって、あいつ自分で下手だって言ってたぜ?」
口を尖らせて食い下がるグーデリアンに、チーフが続ける。
「まぁ、本人はおじい様や7つも年下の子供にも勝てなかったと言っていたけどな。」
「おじい様って・・」
「先代社長だな。戦略王と呼ばれた。今思うに子供ってのは多分、あのオーストリアの天才少年だ。」
「・・・それ、勝ったらニュースになるやつじゃーん・・」
グーデリアンはがっくりと肩を落とした。
-俺の恋人は本当にもう、歪で。
「チーフから聞いたんだが、ゲームをクリアするとまずかったのか?」
その夜、遅くにホテルに戻ってきたハイネルはスーツを脱ぎながらベッドに転がり、ゲームをしているグーデリアンに声をかけた。
「んー、びっくりしたけどな、大丈夫。」
端末を放り投げ、グーデリアンは勢いよく飛び起きると恋人の傍らに行った。
嵩の薄い体を抱き込み、顎に指をかけて少しだけ上を向かせる。
「ん・・・・」
女の子達と違い、唇を奪われてもハイネルはほとんど目を閉じない。グーデリアンが視線を合わせると、透明な緑色の瞳はいつもどこか遠くを見ている。
「お詫びは、この続きってことで。」
ハイネルの視線がちらりと仕事鞄のほうへ向いたがかまわず、そのままベッドカバーの上に倒れこみ、腕の中に囲ってしまう。
「・・シャワーを浴びたい。」
「後でな。」
懇願を拒絶し強引に首筋に噛み跡を残せば、体から抵抗する力は抜け、手足を絡めてくる。
これは、グーデリアンが与える快楽を期待して体が反応しているだけなのか、それとも。
覗き込んだ無機質な緑色が答えを出してはくれないのを知りつつ、グーデリアンはそれでもゆっくりと肌に所有の証を刻み込んでいった。
-歪な心も素直な体も、全部まとめて愛してやるよ。
俺の可愛い自動人形。
アメリカでの、二人そろってのつまらないイベント仕事の帰り。
いつもどおりグーデリアンの運転でうとうとしかけていたハイネルは、突然の大声と前のめりのGに浅い眠りから引き戻された。
「・・なんだ一体・・」
不機嫌を隠そうともせず、薄く眼を開けたハイネルに、グーデリアンはフロントガラスの向こうを指差した。
「子供飛び出しかけてきたんだよ!」
見ると、スクールバスを降りたところなのだろうか、小さな体に似つかわしくない大きなリュックを背負った少年が、年長の少女にリュックを掴まれてじたばたと暴れている。少女はくるりと少年を自分のほうに向けると母親ぶったしぐさで少年を諌めにかかった。
「・・・それくらい、避けろ。」
「おいおいおい、飛び出しにはまずブレーキだろ?。」
「仮にもレーサーだろう。万が一しくじるようなドライバーはいらん。」
「ひっでぇなぁ。」
子供を横目に、グーデリアンが再び車を発進させる。
ハイネルは携帯電話で時刻を確認するとため息をつきながら眼鏡を外し、目元とともにハンカチで軽く拭った。
「バスが止まったなーと思ったら、物影から飛び出してきたんだよ。しかし、幼稚園児みたいな子だったなぁ。」
「新学期なんじゃないのか?」
「あー。もう九月か。」
一年中世界を走り回っている身となってからは、季節の移ろいにはとんと疎くなってしまった。
路面温度には気を配っていても、仕事が終われば苦手な暑い・寒いを避けて世界各地にある好きなねぐらに帰ればいいだけなのだから。
ただ時々実家から届く愚痴も含んだ賑やかなメールを開ける度に、夏の逃げ場のない暑さやむんむんとした干草のにおいが恋しくなるグーデリアンであった。
「新学期っていうと、あーまた勉強かーってちょっとブルーにならなかったか?。」
「別に。」
「あ、お前は勉強できるから学校楽しかったクチか。」
「そうでもないが・・むしろ、学校に行くとほっとしたな。」
「なんで?」
「家にいると、父が手配した家庭教師が次々やってきては勉強だ教養だと忙しかったから。」
「げー。じゃあサマーキャンプとか、家族でフロリダへバカンス!とかなかったわけ?」
「ない。たまには祖父が視察や自分の趣味のついでに連れ出してくれることはあったが。」
「ひでぇなぁ。うちですらたまには農場頼んで遊びに行ったぜ?」
「父もなんとか他の兄弟に負けないようにと必死だった頃だから、仕方ないな。母もフランスで仕事があったし・・。」
まだ中途半端な眠気が残っているのか、ごそごそとカバンを探り、ハイネルはガムを取り出して口に投げ込んだ。食べるか?という仕草に、グーデリアンもただ首を横に振って辞退の意を伝える。
フロントガラスの外には夏の名残のある、しんとした日差しが降り注いでいる。
コーティングの崩れるシャリシャリという音が、エンジン音の上に妙にクリアにのって聞こえた。
--------
自分の恋人が、やや歪な存在だと気付いたのはいつだったのか。
「お兄ちゃんは、イレギュラーなのよ。」
誕生日のプレゼントと称して一日デートに付き合わされたグーデリアンは、緑と黄色の二枚のスカートをあわせつつ、真剣に鏡の前で選んでいるリサの突然の呟きに一瞬、オンナノコ向けの笑顔を取り落としそうになった。
そりゃそうだろう、会社社長の息子なんだし、と言ったグーデリアンに対し、リサは今度はさらにオレンジ色のスカートをあてながら首を振った。
「この世界でも、お兄ちゃんはイレギュラー。跡継ぎってのは多少なりとも、人当たりがよくて庶民派気取ってても実は自信満々で計算高くて、常に自分がいかに有利に立つか考えてるって人が多いわけ。まぁ、自分のほかにも色々背負って立つわけだから、そういう風に親が育てるってのもあるけれど。もしくは、その能力のないボンクラ。大体二分してそんなもんね。」
まさしく、ファストファッションなのだから両方買ってもたいしたことはないのに50ドル以下の服を真剣に選んでいるかと思えば、EUの内情やらについてもずばりと核心を突く、典型的な上流階級の才媛はさらりと言ってのける。
「なんていうか、自分ってものがない、のかな。」
自分の好きなことに関しては、妥協はない。たとえば車とかレースとか。
ただし、それ以外のことについては極めて適当で、自分自身の体調すら二の次で。
「お父さんの無茶振りなんかもさ、適当に流しておけばいいのに。」
かなり理不尽な無理難題を吹っかけても、フランツ・ハイネルは異を唱えることもなくただ淡々と仕事を片付けていく。
言うなれば御しやすく体裁のよい高性能なロボットで、これほど自分の傘下に組み入れたいと思う人材もないだろう。
だから、親戚内では彼を自分の味方につけようと、社長ゲオルグ・ハイネルの目を掠めては各派閥がフランツ・ハイネルを水面下で奪い合う事態が起きていた。
その点については、グーデリアン自身にも思い当たる節がある。
レースでは闘志むき出しで些細なことでも張り合ってくるくせに、欠点を指摘してやれば素直に認める。
どう考えてもおかしいだろうといういたずらも、疑うことなくあっさりとひっかかる。
数ある婚約者候補のうちの一人と寝てこいと言われれば女も抱いてくるようだし、過去に同性の上級生に求められるまま深い関係を持ち、トラブルを起こしたりもしている。
何より、ライバルのはずの自分が契約をたてに体を求めるという卑劣な行為に出た時ですら、軽く目を伏せただけで応じたのだから。
「ま、とりあえずは押したモン勝ちってことよね。後はどれだけ自分に興味を持たせ続けるか。難しいゲームじゃないわ。グーデリアンさん、がんばってね。」
にっこりと笑って、リサは黄色のスカートと白いカーディガン、インナーの紺のブラウスをグーデリアンに手渡した。情報料ということなのだろう。したたかなリサの上目遣いにグーデリアンは苦笑すると、キャッシャーへ向かって歩き始めた。
---------
がんばって、と言ったリサの顔を思い出しつつ、グーデリアンは助手席のハイネルをちらりと見やった。
眠いのか時折、ガムを噛みながらも目を閉じかけている。しかし目的地は既に近く、寝させてやる時間はないだろう。だからといって、いわゆる「外向き」の仮面をかぶっていない今、むき出しの神経を不用意に刺激して勘気をこうむるのは避けたかった。
-まぁ、子供の駄々と思えば可愛げもあるんだけど、甘いもんじゃ釣れないしなぁ・・子供の好きそうなもん・・つってもそもそも子供らしい事なんてしたことあるのかこいつ・・・あ。
「そうだ。ハイネル、ゲームとかしたことあるか?」
「・・あまりやらないし、うまくはないな。」
「それはもったいねぇなぁ。人生の大部分を損してるぜ。」
グーデリアンは大層大げさにうんうんと頷き、ぼんやりと答えるハイネルに、ポケットから出した自分のゲーム機端末を渡した。
「やってみろよ。単純なゲームだけど眠気覚ましになるぜ。明日まで貸してやるから。」
「ふーん・・・」
ハイネルは電源を入れると、無言で指を走らせ始めた。
---------
「あーーやられた!」
翌日、チームと合流したサーキットでグーデリアンは端末を開いた瞬間、大声で叫んだ。
「くっそぅ!ハイネルにやられた!」
近くのスタッフが何事かと近寄ってくる。
「どうしたんだよジャッキー。お前がなんかやらかした、ならわかるけど?」
怪訝な顔で返すスタッフに、グーデリアンが端末をぶんぶんと振った。
「ゲームだよ!アイドルモンスター!!」
「あー、グラフィックかわいいよな。」
「だろ?世界観とかぶっちゃけツギハギご都合主義だけけど、いいよな?」
色々と突っ込みどころはあるが、要するにパズルを解いたりリズムゲームをしながらアイドルと段々仲良くなっていくライトな暇つぶしゲームである。その手軽さと男性のツボを抑えたグラフィック、そして間口は広いがやりこむとなかなかに深く、つい課金させてしまう絶妙な難易度の高さが若者の間で話題となり、シリーズ展開する作品となっていた。
「二次元で萌えてるんじゃねぇよ、世紀の色男がw」
茶化すスタッフに、グーデリアンは画面を突きつける。
「これは別腹なんだよ!すげぇ楽しみでダウンロードしたのに、なのに、ハイネルに貸したら一晩でこんなん!」
画面の中には少女が頬を染めて、もじもじとこちらを見ていた。背景には花が舞っている。その仕草は明らかに恋する乙女のものだった。
「おー、すげ。無課金でこんなに好感度あがったの初めて見た。」
「俺全然遊んでないんだぜ?!一晩だぜ?なんでここまでやり尽くすんだよ!」
「さすが監督だよな。」
「冗談じゃねぇ!。俺、初期のツンツン冷たいのが好みなのに!あのそっけない態度がいいのに!!」
「さすが、リアルでもてる男は違うねぇ。」
何気に自分の性癖を暴露したエースドライバーに、スタッフは肩をすくめた。
「いい加減にせんか。作業の邪魔をするなジャッキー。」
悔しさを全身で表現していたグーデリアンに、遂に横で見ていたチーフエンジニアから声が入った。
「チーフ!でも、ひどくねぇ?!ほぼプロのテクニックだぜ?あいつゲームとか下手だっていうから暇つぶしに貸したのに!」
グーデリアンの抗議に、チーフが怪訝な顔をした。
「フランツがゲーム下手ぁ?なんの間違いだ。」
「へ?」
「フランツがチェスやらカードで負けたのなんて、見たことないぞ。」
少年だったハイネルを、その父である現社長から半ばだまされた形で押し付けられたチーフはかれこれ10年の付き合いになるはずだった。
「だって、あいつ自分で下手だって言ってたぜ?」
口を尖らせて食い下がるグーデリアンに、チーフが続ける。
「まぁ、本人はおじい様や7つも年下の子供にも勝てなかったと言っていたけどな。」
「おじい様って・・」
「先代社長だな。戦略王と呼ばれた。今思うに子供ってのは多分、あのオーストリアの天才少年だ。」
「・・・それ、勝ったらニュースになるやつじゃーん・・」
グーデリアンはがっくりと肩を落とした。
-俺の恋人は本当にもう、歪で。
「チーフから聞いたんだが、ゲームをクリアするとまずかったのか?」
その夜、遅くにホテルに戻ってきたハイネルはスーツを脱ぎながらベッドに転がり、ゲームをしているグーデリアンに声をかけた。
「んー、びっくりしたけどな、大丈夫。」
端末を放り投げ、グーデリアンは勢いよく飛び起きると恋人の傍らに行った。
嵩の薄い体を抱き込み、顎に指をかけて少しだけ上を向かせる。
「ん・・・・」
女の子達と違い、唇を奪われてもハイネルはほとんど目を閉じない。グーデリアンが視線を合わせると、透明な緑色の瞳はいつもどこか遠くを見ている。
「お詫びは、この続きってことで。」
ハイネルの視線がちらりと仕事鞄のほうへ向いたがかまわず、そのままベッドカバーの上に倒れこみ、腕の中に囲ってしまう。
「・・シャワーを浴びたい。」
「後でな。」
懇願を拒絶し強引に首筋に噛み跡を残せば、体から抵抗する力は抜け、手足を絡めてくる。
これは、グーデリアンが与える快楽を期待して体が反応しているだけなのか、それとも。
覗き込んだ無機質な緑色が答えを出してはくれないのを知りつつ、グーデリアンはそれでもゆっくりと肌に所有の証を刻み込んでいった。
-歪な心も素直な体も、全部まとめて愛してやるよ。
俺の可愛い自動人形。
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
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