『・・ここはどこだ。俺はどうした?』
-ここは深い海の底か、それとも棺桶の中なのか。
暗闇の中に横たわるグーデリアンは呻き声を上げようとしたが、喉はからからに枯れていて、口から出たものは虚しく吹き荒ぶ風のようで。
腕を動かそうとしたが、体全体にのしかかっているじっとりと冷たい何かが重すぎて指先一本すら動かない。
『誰か・・助けてくれ!』
完全な無音と闇の中で、グーデリアンは声にならない叫びを上げ続けた。
「・グ・・・デリアン・・・・・グーデリアン?」
「う・・・・・・・・・?」
「・・うなされていたぞ。」
乱暴に揺り動かされて、グーデリアンは薄く目を開けた。
ぼんやりする視界に入ってきたものは、薄暗がりの中で自分を覗きこむ緑色の眼だった。
「あー・・・夢、か。」
震える指を動かし、腕を動かして感触を確かめる。いつも通りの動きに、グーデリアンは大きく息を吐いた。
「・・フラッシュバックか?」
「・・そんなとこ?」
細い指が絡みつく金髪をかきわけ、グーデリアンの首筋に触れる。脈や熱を計っているのだろうか。体温がじわりと凍りついた体に染みてくる。
「汗をかいているな。シャツは代えたほうがいい。あと、医師から安定剤を預かっている。飲むか?」
「・・欲しい。」
「少し待っていろ。」
ほぼ無意識にグーデリアンの頭を軽く叩き、ハイネルはドアを開けて出ていった。
程なくして、ハイネルが水と錠剤を持って戻ってきた。ルームライトが白い肌を浮き上がらせる。
「ありがと。起こしちまったよな・・悪い。」
「いや、今から寝るところだったんだ。バスを使って出てきたら声が聞こえた。」
「・・・そっか。」
なんとか体を起こし、着替えを済ませたグーデリアンは錠剤をのみ込んだ。
-魔のクラッシュから1カ月ほど。
驚異的な回復力によって体は日常生活には支障のない程度には戻っていた。
しかし、心に深く残る傷は前触れもなく時折水面に顔を出し、グーデリアンの精神に爪を立てていた。
「じゃあ、明日朝にカウンセリングを手配しておく。」
「・・へい。」
水のグラスを受け取って、ハイネルはグーデリアンの上掛けを直してやった。几帳面に動く手がグーデリアンの頬に当たる。その温もりがとても気持ちよくて。
「じゃ、おやすみ。」
立ち上がろうとしたハイネルの腕を、グーデリアンは思わず掴んでいた。
「・・っ、あ。」
「・・どうした?」
振り返った緑色の瞳と同様に、グーデリアン自身も混乱していたのかもしれない。
「・・一人に、なりたくない。」
口から出た言葉は、意外なほど弱くて。
一番弱みを見せたくない相手のはずなのに、どうしてこういう時に限って一緒にいたいと思うのだろう。
さすがに気持ち悪がられるか嘲笑われるだろうと、あわててグーデリアンは掴んでいた腕を離した。
しかし、一度ゆっくり大きく瞬いたハイネルの緑色の瞳には意外にも、優しい色が含まれていた。
「・・まったく。」
グーデリアンがもちこんだ業者泣かせの馬鹿デカいベッドをため息交じりに眺めると、ハイネルは反対側からさっさと上掛けの中にもぐりこんだ。
「・・・・いいの?」
「・・仕事もひと段落したしな。隣の部屋から呼ばれるよりは効率がよい。」
メガネをチェストに置きながら、枕の具合を直す。横向きに寝転んでグーデリアンはその様子をじっと見ていた。
「なぁ、ハイネルは派手にクラッシュした時とか、眠れなくなったりしねぇの?」
「冷静に分析し、次に起こさなければいいだけの話だ。第一、私はお前と違ってクラッシュそのものが少ないからな。」
「・・オリコーさんだこと。」
「レーサーなら当然だろう。大体、お前はクラッシュするたびに誰かに慰めてもらっているのか?なんなら特例としてコールガールを手配してやろうか。」
呆れた顔がグーデリアンのほうを向く。
「・・勘弁してよ・・今そんな元気ねぇから。」
「重症だな。」
「いや、やっぱオンナノコ相手だと少々は期待に添わなきゃって結構変な気、使うわけよ。実家だったらさ、馬とか牛とかいるじゃん。特に子供産んだばっかのジャージー。あの腹、暖かくてミルクのにおいして、最強。」
「・・だから、シーズンも終わったんだから、さっさとアメリカに帰ってしまえと言っているのに。」
激務続きのハイネルにも、横になったことで徐々に睡魔の手が伸びる。しかしグーデリアンが寝付くまではと、他愛のない話を続ける。
「はーい、って帰ったら、ちょっとは困るくせに・・」
薬が効いてきたのか、グーデリアンの語尾が怪しくなり始める。
「お前なんぞ、いてもいなくても変わらん。」
「・・んー・・ひでぇ・・」
本格的に瞼が下り始めたグーデリアンの、両腕がハイネルのほうに向かってのっそりと差しのべられた。
「え・・!?」
思わず後ずさりしかけたハイネルの腰にグーデリアンの腕が回り、がっちり抱きしめられる。
「グ・・グー・・デリアン?」
「・・・・・いい匂・・・・・・・・・・・」
柔らかいガーゼのパジャマ越しに熱い息を感じて、くすぐったさにハイネルがあわてて逃げようとすると、さらに体が弓なりになるまで腕ごとしっかり抱きしめられ、肩口にますます深く顔をうずめるグーデリアンの寝息が深くなる。
「・・人を、乳牛扱いしおって・・」
起きたら怒ってやろうと固く決意しながらも、やや自由の利く肘を曲げて肩口の金髪頭に手をやる。PC操作で疲れきった目を閉じると、グーデリアンの鼓動が柔らかく伝わってきた。
「・・お休み。グーデリアン。」
明日になればまたお互い、過酷な戦いの日々が待っているのだろう。
しかし、しんとした暗闇は、今は傷ついた心と体を暖かく柔らかく包んでいた。
-ここは深い海の底か、それとも棺桶の中なのか。
暗闇の中に横たわるグーデリアンは呻き声を上げようとしたが、喉はからからに枯れていて、口から出たものは虚しく吹き荒ぶ風のようで。
腕を動かそうとしたが、体全体にのしかかっているじっとりと冷たい何かが重すぎて指先一本すら動かない。
『誰か・・助けてくれ!』
完全な無音と闇の中で、グーデリアンは声にならない叫びを上げ続けた。
「・グ・・・デリアン・・・・・グーデリアン?」
「う・・・・・・・・・?」
「・・うなされていたぞ。」
乱暴に揺り動かされて、グーデリアンは薄く目を開けた。
ぼんやりする視界に入ってきたものは、薄暗がりの中で自分を覗きこむ緑色の眼だった。
「あー・・・夢、か。」
震える指を動かし、腕を動かして感触を確かめる。いつも通りの動きに、グーデリアンは大きく息を吐いた。
「・・フラッシュバックか?」
「・・そんなとこ?」
細い指が絡みつく金髪をかきわけ、グーデリアンの首筋に触れる。脈や熱を計っているのだろうか。体温がじわりと凍りついた体に染みてくる。
「汗をかいているな。シャツは代えたほうがいい。あと、医師から安定剤を預かっている。飲むか?」
「・・欲しい。」
「少し待っていろ。」
ほぼ無意識にグーデリアンの頭を軽く叩き、ハイネルはドアを開けて出ていった。
程なくして、ハイネルが水と錠剤を持って戻ってきた。ルームライトが白い肌を浮き上がらせる。
「ありがと。起こしちまったよな・・悪い。」
「いや、今から寝るところだったんだ。バスを使って出てきたら声が聞こえた。」
「・・・そっか。」
なんとか体を起こし、着替えを済ませたグーデリアンは錠剤をのみ込んだ。
-魔のクラッシュから1カ月ほど。
驚異的な回復力によって体は日常生活には支障のない程度には戻っていた。
しかし、心に深く残る傷は前触れもなく時折水面に顔を出し、グーデリアンの精神に爪を立てていた。
「じゃあ、明日朝にカウンセリングを手配しておく。」
「・・へい。」
水のグラスを受け取って、ハイネルはグーデリアンの上掛けを直してやった。几帳面に動く手がグーデリアンの頬に当たる。その温もりがとても気持ちよくて。
「じゃ、おやすみ。」
立ち上がろうとしたハイネルの腕を、グーデリアンは思わず掴んでいた。
「・・っ、あ。」
「・・どうした?」
振り返った緑色の瞳と同様に、グーデリアン自身も混乱していたのかもしれない。
「・・一人に、なりたくない。」
口から出た言葉は、意外なほど弱くて。
一番弱みを見せたくない相手のはずなのに、どうしてこういう時に限って一緒にいたいと思うのだろう。
さすがに気持ち悪がられるか嘲笑われるだろうと、あわててグーデリアンは掴んでいた腕を離した。
しかし、一度ゆっくり大きく瞬いたハイネルの緑色の瞳には意外にも、優しい色が含まれていた。
「・・まったく。」
グーデリアンがもちこんだ業者泣かせの馬鹿デカいベッドをため息交じりに眺めると、ハイネルは反対側からさっさと上掛けの中にもぐりこんだ。
「・・・・いいの?」
「・・仕事もひと段落したしな。隣の部屋から呼ばれるよりは効率がよい。」
メガネをチェストに置きながら、枕の具合を直す。横向きに寝転んでグーデリアンはその様子をじっと見ていた。
「なぁ、ハイネルは派手にクラッシュした時とか、眠れなくなったりしねぇの?」
「冷静に分析し、次に起こさなければいいだけの話だ。第一、私はお前と違ってクラッシュそのものが少ないからな。」
「・・オリコーさんだこと。」
「レーサーなら当然だろう。大体、お前はクラッシュするたびに誰かに慰めてもらっているのか?なんなら特例としてコールガールを手配してやろうか。」
呆れた顔がグーデリアンのほうを向く。
「・・勘弁してよ・・今そんな元気ねぇから。」
「重症だな。」
「いや、やっぱオンナノコ相手だと少々は期待に添わなきゃって結構変な気、使うわけよ。実家だったらさ、馬とか牛とかいるじゃん。特に子供産んだばっかのジャージー。あの腹、暖かくてミルクのにおいして、最強。」
「・・だから、シーズンも終わったんだから、さっさとアメリカに帰ってしまえと言っているのに。」
激務続きのハイネルにも、横になったことで徐々に睡魔の手が伸びる。しかしグーデリアンが寝付くまではと、他愛のない話を続ける。
「はーい、って帰ったら、ちょっとは困るくせに・・」
薬が効いてきたのか、グーデリアンの語尾が怪しくなり始める。
「お前なんぞ、いてもいなくても変わらん。」
「・・んー・・ひでぇ・・」
本格的に瞼が下り始めたグーデリアンの、両腕がハイネルのほうに向かってのっそりと差しのべられた。
「え・・!?」
思わず後ずさりしかけたハイネルの腰にグーデリアンの腕が回り、がっちり抱きしめられる。
「グ・・グー・・デリアン?」
「・・・・・いい匂・・・・・・・・・・・」
柔らかいガーゼのパジャマ越しに熱い息を感じて、くすぐったさにハイネルがあわてて逃げようとすると、さらに体が弓なりになるまで腕ごとしっかり抱きしめられ、肩口にますます深く顔をうずめるグーデリアンの寝息が深くなる。
「・・人を、乳牛扱いしおって・・」
起きたら怒ってやろうと固く決意しながらも、やや自由の利く肘を曲げて肩口の金髪頭に手をやる。PC操作で疲れきった目を閉じると、グーデリアンの鼓動が柔らかく伝わってきた。
「・・お休み。グーデリアン。」
明日になればまたお互い、過酷な戦いの日々が待っているのだろう。
しかし、しんとした暗闇は、今は傷ついた心と体を暖かく柔らかく包んでいた。
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
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