「ハイネル。傷、よくないのか?」
「簡単な手術だったんだが、麻酔が合わなかったようでちょっと神経が麻痺していてな。まぁ、昔酷使したツケもあるのだろうが。今組織培養をしているから、そのうち移植すれば元通りだ。」
コツコツとステッキを突きながら、しかしあまり気にする様子は見せずやや不自由にカウチに腰を落とす。衝立の向こうではごそごそと衣擦れの音がした。
「今日は何してんの?」
「ヨハンのスーツを選んでいるんだ。」
傍らには執事と、首にメジャーをかけ、手に数本のネクタイを持った仕立て屋とおぼしき中年の男性が立っている。二人はグーデリアンと目が合うと、にこやかに会釈をした。
-ハイネルの、まさかの隠し子(?)発覚から数ヶ月後。
まるで何事もなかったかのように平穏であわただしい日々を送っていたシュトルムツェンダーの中に、小さな嵐が巻き起こっていた。
それは、ヨハンが骨髄性の難病を発症したというニュースだった。
その病気は、近年では近親者もしくは一般ドナーによる骨髄細胞の培養と移植を行えば確実に治癒するものとなっていたが、治療には多額の医療費と時間がかかる。また、近親者からの提供がない場合、運よく遺伝子型が適合するドナーが運よく見つかる可能性は非常に低い。ヨハンに精神的・金銭的ともに頼りにできる身寄りがないことは周知の事実であり、チーム内の誰もが同情するが何事もできないというもどかしい状況となっていた。
そこに出てきたのが、オーナーであるフランツ・ハイネルだった。
絶望にくれるヨハンの病室に突如現れたハイネルは、「私もそろそろ持病の腰痛の手術をしなくてはいけないんだが、どう暇をつぶそうかと考えていたんだ。君が一般ドナーを待つ間、話し相手になってくれるなら多少の資金援助をしたい。」と、まるで仕事帰りにパブにでも誘うような軽い調子で申し出たのだった。
もちろん、ヨハンは恐縮こそすれ、断る術はなく。
ハイネルの手術が終わり、まもなく奇跡的に適合ドナーが現れたヨハンは無事に移植を済ませることができたのだった。
しかし、一方で手術はハイネルの体に麻酔による後遺症を残し、ハイネルはしばらくステッキを手放せない生活を送る羽目になっていた。
「何、ヨハンを秘書にでもするつもり?」
「まさか。チーフの秘蔵っ子を奪ったらさすがに私でも報復が怖い。重い荷物が持てない以外に不自由はあまりないが、彼も病み上がりだからリハビリにはちょうどいいかと思ってな。」
「お前のカバン、見た目以上に重いからなぁ。で、スーツ選びってわけ?」
「チームウェアやツナギで本社に出社するわけにもいかんだろう。いずれはチームに返すつもりだから、わざわざ買うのももったいないしな。」
「あの・・」
衝立の向こうから、ヨハンがそっと出てきた。昔のハイネルのものと思われる茶色のスーツを着た姿は、いつもの作業着姿からは想像しがたい、品の良い青年だった。
グーデリアンの顔を見かけ、ぱっと姿勢を正したヨハンの前にハイネルは歩み寄り、腕を上げ下げさせたりして皺の入り具合などを丁寧に検分する。
「思った通りほぼぴったりだな。ふむ、君は髪の色が薄いから、もっと寒色系のスーツでもいいかもしれないな。・・適当に出して着せてみてやってくれ。」
執事は恭しく頭を下げると、隣の部屋へ消えていった。隣が部屋ごと衣装部屋になっているらしい。
「ネクタイは・・緑ではないな、君の場合は。薄い青か、意外と金色でもいいかもしれない。」
仕立て屋から受け取ったネクタイ数本を、ハイネルはヨハンのネクタイをああでもないこうでもないと次々と取り替えてみている。
「楽しそうだな。」
「あぁ。父が私を着飾らせて連れ歩いていたのが、今になってちょっと理解できるかな。」
「・・あのナルシスト親父め。」
グーデリアンの悪態を喉の奥で笑うハイネルの極上の笑顔に、ヨハンは顎を上げ、やり場のない目をきょろきょろとさせていた。
「あの人はせっかく仕立てたものを着ないと機嫌が悪くなるから正直、めんどくさいな。母からは時々やたら奇天烈な衣類が送られてきたが、放っておいてもいいからある意味楽だ。」
「リサちゃんは結構気に入ってるみたいたけどねぇ。」
「リサが妙な格好をしていると、父から私にクレームが入るんだぞ。本人に言えばいいのに。」
「お母さんとリサちゃんのマシンガントークにゃ、テロリストも勝てねぇよ。」
執事が違うスーツ一式を手にとり姿を現した。再び衝立の向こうに消えたヨハンが今度は淡いグレーのスーツに、濃い青い色のネクタイで現れる。
「ふむ、グレーもいいな。若いから、ちょっとビビットな深紅のタイなんかを合わせても映える。では、そのブラウンとグレーのスーツを。合わない部分は直してやってくれ。それと、そのスーツに似合うシャツ何枚かとネクタイ、靴やポケットチーフなども一式スペア含めて彼のアパートメントへ。」
「かしこまりました。」
仕立屋がヨハンの体にあわせて数本のピンや目印を打つ。額にうっすらと汗をかいたヨハンはほっと大きな息をついた。
「休みの日に悪かったね。」
衝立の後ろから私服らしい白いシャツと褐色の地味なパンツ姿で戻ってきたヨハンに、ハイネルはカウチから声をかけた。
「いいえ、あの、仕立て直しの代金を・・。」
「いいんだ、どうせもう誰も着ないんだから。」
「凶悪に細っそいよなぁ、お前のスーツ。」
「うるさいぞグーデリアン。まぁ、似た体格の君が使ってくれると助かるんだ。ところで昼からの急ぎの予定はあるかな?」
「特にないです。」
「じゃあ、帰りは同じ方向のグーデリアンに送らせるから、ここで一緒に昼食を食べていきなさい。」
「え、そんな。」
「どうせ、そこの居候と二人の食事だから遠慮はいらない。」
ふるふると遠慮がちに頭を振るヨハンの背をグーデリアンが押し、ドアをくぐって隣のハイネルの自室に入ると、窓際に用意したテーブルに座らせた。
「そーそ。リサちゃんも出て行って、家族もいない寂しいオヒトリサマだし?相手してやってよヨハン。」
「そいつなんて、食事だけじゃなくていつの間にか人の家に私物まで持ち込んでいるからな。うちは宿屋じゃないんだぞ。」
「宿代の代わりに、テストドライバーからお抱え運転手まで目いっぱいこき使う癖に。はいどうぞお嬢様ー・・・・いた!。」
ハイネルのために椅子を引いてやったグーデリアンは、すかさず脇腹にきつい肘鉄を食らった。
「えー、なんでよ俺も白ワイン。車は自動運転でいいじゃん。」
ヨハン用にハーブ系のコーディアルの入った冷たい水を注ぎ、自分のグラスにはワインをと思ったところでグーデリアンはハイネルにとめられた。代わりにノンアルコールビールの瓶を渡されて口をとがらせる。
「馬鹿もの。せっかくヨハンがお前のファンだというから、花を持たせてやろうと思ったのに。」
「そういうんなら、お前もノンアルコール付き合えよ。」
「酒は百薬の長と言ってだな。これは薬だ。」
ハイネルは自分のグラスにはワインを注ぎ、悠々と飲み始める。
温かい家庭料理と、多少味気ないノンアルコールビールで始まった食事は、相変わらずの小競り合いから始まった。
「って、ヨハンやっぱ俺のファン?そうだよなー、精密機械の走りなんて面白くないよなぁー。」
「ヨハンが10歳の頃は私は既に引退していたんだ。自惚れるな。」
グーデリアンはごつんとステッキで向う脛を殴られる。
「いてっ!なんだよ、病気して多少大人しくなったと思ったら。凶器は反則!」
ハイネルは笑いながら料理には味見程度に手をつけ、白ワイン片手にもっぱらチーズと果物ばかりをつまんでいる。
グーデリアンはヨハンの皿が空かないよう、次々と料理を勧めることを楽しんでいた。
「でも、僕は車体ではシュティールが一番好きです。一番最初の。」
「へぇ、あの銀色のじゃじゃ馬シュティール?あれは、乗ってる分には飛びぬけてしんどかったなぁ。」
「お前のバカげた体重のせいで、バランス調製が大変だったんだ・・まったくこいつときたら。」
「あの時代のおかげで今ダイエットしやすいっていうか・・いやー、でもこないだの役作りで本気で痩せろって言われた時、まだハイネルには甘やかされていたんだってのがよくわかった。あいつら本気で野菜しか食わせねぇとかやりやがるんだぜ?」
「まぁそこはレーサーだからな。筋肉が落ちたら何のためのダイエットだか。」
「よく言うよ。お前しょっちゅう飯忘れてるから、チーフにゃ俺、ハイネルの餌やり係って言われてたのに。ヨハンは、ちゃんと飯食ってるか~?」
「昼夜はラボで食べていることが多いです。朝は市場でクリームチーズのプレッツェルとか。休日は食べに行ったり、ちょっとは自分で作ってみたり。」
「あー、あのプレッツェル屋、うまいよな。隣のブルスト屋も俺よく行った。」
「・・・・・・・お前、ロードワークのついでに買い食いをしていたのか・・どうりで・・」
「あ、いやいやいやいや、今のなしで!このクヌーデルうまいね。グラーシュはハイネルが作るほうがうまいかも。」
「うちのコックに教わったんだから、基本は同じはずだが。」
ハイネルはスプーンでソースをすくい、味をみる。
「ふむ・・おそらく、私のものより煮込む時間が長いんだと思う。味が丸いな。こちらが正解だ。」
「ふーん。でも俺はハイネルのほうがすっきりしてて好きかも。ヨハン、ハイネルって意外に料理うまいんだぜ。教えてもらえば?」
「意外は余計だ。そして、妙にハードルを上げるな。やりにくくてかなわんわ!」
「あー、そういや送り迎えとかどうしてんの?こいつの車、車高べたべたの2シーターだろ?」
「父の車を借りている。あれはオートマチックだから。」
「あー、あのギラギラ深紅ですげぇオーラのエロセダンクーペな。」
「・・一応、うちの最高級モデルだぞ。」
「ヨハンは車運転しねぇの?」
「僕、免許持ってないんです。なかなか時間と、練習する場所がなくて。」
「マジ?俺デビューは5歳だったぜ。親父が改造した芝刈り機。時速25マイルくらい出るの。」
「お前の実家のような田舎と比較するな。」
「お前も庭で練習したクチだろ~おぼっちゃま?」
「まぁ、祖父がカートから教えてくれたんだが・・。ここかテストコースで練習してもいいんだが、適当な車があれば。」
窓の外に広がる広大な丘陵を眺めながらハイネルが唇に指をあてる。
「ハイネルの車は超過激なのか博物館行き骨董品かの二択だしなぁ。俺の車も何台かあるだろ、好きなの使っていいよ?ごついのも早いのもあるぜ。跳ね馬印の4WDなら雪道も走れる。」
ティーンの頃から賞金王だったグーデリアンが提示した車種はすべて『世界で売られている車、高いほうから数えて何番目』で。名前が羅列されるたびにヨハンの顔が軽く引きつった。
「あの・・僕の年収で弁償できる車で・・」
「だいじょーぶ、ハイネルが自社株の配当でさらっと弁償してくれるから。えーと・・日本製のコスパ満点のアレならいける・・かな?」
「私に破産させる気か。第一、数センチの段差も超えられないとか、ナビが混乱するほどの幅があるとか、お前の車は極端すぎる。」
「あ、でもガレージの端にライムグリーンのちっちゃいのあっただろ。あれ市販車じゃないの?」
「あぁ。だがあれは、『リサのちびっこ暴走族』だ。」
「・・なにそれ。」
「ラボスタッフの、いわゆる『俺が考える最強の改造車』が融合した車体でな。リサの小遣いの範疇でという約束で、それぞれが好き放題にブレーキやらサスやらありとあらゆる部品が交換されている。その上、アーシングやら電磁波シールドやら眉唾な改造まで施した、バランスなんか全く無視した逸品だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーお、ティーンの夢の結晶だ。」
「まぁ、キャノピーはローリングコクピット方式だし、衝突センサーもついているはずだし、父がこっそりエアバックを仕込みまくっていたようだから少々の事故では問題はないはずだが・・・」
「・・・・・それさ、こっそり彼氏乗せたら電撃食らう機能とかついてるぜ?」
こんな調子で前菜からデザートまで、主に二人は他愛のない話をしゃべり続けた。その間にちょくちょく差し挟まれたヨハンの家庭の料理、家族で遊びに行った遊園地の話などは、幼い頃の彼が温かくやさしい一般家庭で育てられたことを物語っていた。
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久々のアップがこんなんですみません。
間に合うかなぁ。
「簡単な手術だったんだが、麻酔が合わなかったようでちょっと神経が麻痺していてな。まぁ、昔酷使したツケもあるのだろうが。今組織培養をしているから、そのうち移植すれば元通りだ。」
コツコツとステッキを突きながら、しかしあまり気にする様子は見せずやや不自由にカウチに腰を落とす。衝立の向こうではごそごそと衣擦れの音がした。
「今日は何してんの?」
「ヨハンのスーツを選んでいるんだ。」
傍らには執事と、首にメジャーをかけ、手に数本のネクタイを持った仕立て屋とおぼしき中年の男性が立っている。二人はグーデリアンと目が合うと、にこやかに会釈をした。
-ハイネルの、まさかの隠し子(?)発覚から数ヶ月後。
まるで何事もなかったかのように平穏であわただしい日々を送っていたシュトルムツェンダーの中に、小さな嵐が巻き起こっていた。
それは、ヨハンが骨髄性の難病を発症したというニュースだった。
その病気は、近年では近親者もしくは一般ドナーによる骨髄細胞の培養と移植を行えば確実に治癒するものとなっていたが、治療には多額の医療費と時間がかかる。また、近親者からの提供がない場合、運よく遺伝子型が適合するドナーが運よく見つかる可能性は非常に低い。ヨハンに精神的・金銭的ともに頼りにできる身寄りがないことは周知の事実であり、チーム内の誰もが同情するが何事もできないというもどかしい状況となっていた。
そこに出てきたのが、オーナーであるフランツ・ハイネルだった。
絶望にくれるヨハンの病室に突如現れたハイネルは、「私もそろそろ持病の腰痛の手術をしなくてはいけないんだが、どう暇をつぶそうかと考えていたんだ。君が一般ドナーを待つ間、話し相手になってくれるなら多少の資金援助をしたい。」と、まるで仕事帰りにパブにでも誘うような軽い調子で申し出たのだった。
もちろん、ヨハンは恐縮こそすれ、断る術はなく。
ハイネルの手術が終わり、まもなく奇跡的に適合ドナーが現れたヨハンは無事に移植を済ませることができたのだった。
しかし、一方で手術はハイネルの体に麻酔による後遺症を残し、ハイネルはしばらくステッキを手放せない生活を送る羽目になっていた。
「何、ヨハンを秘書にでもするつもり?」
「まさか。チーフの秘蔵っ子を奪ったらさすがに私でも報復が怖い。重い荷物が持てない以外に不自由はあまりないが、彼も病み上がりだからリハビリにはちょうどいいかと思ってな。」
「お前のカバン、見た目以上に重いからなぁ。で、スーツ選びってわけ?」
「チームウェアやツナギで本社に出社するわけにもいかんだろう。いずれはチームに返すつもりだから、わざわざ買うのももったいないしな。」
「あの・・」
衝立の向こうから、ヨハンがそっと出てきた。昔のハイネルのものと思われる茶色のスーツを着た姿は、いつもの作業着姿からは想像しがたい、品の良い青年だった。
グーデリアンの顔を見かけ、ぱっと姿勢を正したヨハンの前にハイネルは歩み寄り、腕を上げ下げさせたりして皺の入り具合などを丁寧に検分する。
「思った通りほぼぴったりだな。ふむ、君は髪の色が薄いから、もっと寒色系のスーツでもいいかもしれないな。・・適当に出して着せてみてやってくれ。」
執事は恭しく頭を下げると、隣の部屋へ消えていった。隣が部屋ごと衣装部屋になっているらしい。
「ネクタイは・・緑ではないな、君の場合は。薄い青か、意外と金色でもいいかもしれない。」
仕立て屋から受け取ったネクタイ数本を、ハイネルはヨハンのネクタイをああでもないこうでもないと次々と取り替えてみている。
「楽しそうだな。」
「あぁ。父が私を着飾らせて連れ歩いていたのが、今になってちょっと理解できるかな。」
「・・あのナルシスト親父め。」
グーデリアンの悪態を喉の奥で笑うハイネルの極上の笑顔に、ヨハンは顎を上げ、やり場のない目をきょろきょろとさせていた。
「あの人はせっかく仕立てたものを着ないと機嫌が悪くなるから正直、めんどくさいな。母からは時々やたら奇天烈な衣類が送られてきたが、放っておいてもいいからある意味楽だ。」
「リサちゃんは結構気に入ってるみたいたけどねぇ。」
「リサが妙な格好をしていると、父から私にクレームが入るんだぞ。本人に言えばいいのに。」
「お母さんとリサちゃんのマシンガントークにゃ、テロリストも勝てねぇよ。」
執事が違うスーツ一式を手にとり姿を現した。再び衝立の向こうに消えたヨハンが今度は淡いグレーのスーツに、濃い青い色のネクタイで現れる。
「ふむ、グレーもいいな。若いから、ちょっとビビットな深紅のタイなんかを合わせても映える。では、そのブラウンとグレーのスーツを。合わない部分は直してやってくれ。それと、そのスーツに似合うシャツ何枚かとネクタイ、靴やポケットチーフなども一式スペア含めて彼のアパートメントへ。」
「かしこまりました。」
仕立屋がヨハンの体にあわせて数本のピンや目印を打つ。額にうっすらと汗をかいたヨハンはほっと大きな息をついた。
「休みの日に悪かったね。」
衝立の後ろから私服らしい白いシャツと褐色の地味なパンツ姿で戻ってきたヨハンに、ハイネルはカウチから声をかけた。
「いいえ、あの、仕立て直しの代金を・・。」
「いいんだ、どうせもう誰も着ないんだから。」
「凶悪に細っそいよなぁ、お前のスーツ。」
「うるさいぞグーデリアン。まぁ、似た体格の君が使ってくれると助かるんだ。ところで昼からの急ぎの予定はあるかな?」
「特にないです。」
「じゃあ、帰りは同じ方向のグーデリアンに送らせるから、ここで一緒に昼食を食べていきなさい。」
「え、そんな。」
「どうせ、そこの居候と二人の食事だから遠慮はいらない。」
ふるふると遠慮がちに頭を振るヨハンの背をグーデリアンが押し、ドアをくぐって隣のハイネルの自室に入ると、窓際に用意したテーブルに座らせた。
「そーそ。リサちゃんも出て行って、家族もいない寂しいオヒトリサマだし?相手してやってよヨハン。」
「そいつなんて、食事だけじゃなくていつの間にか人の家に私物まで持ち込んでいるからな。うちは宿屋じゃないんだぞ。」
「宿代の代わりに、テストドライバーからお抱え運転手まで目いっぱいこき使う癖に。はいどうぞお嬢様ー・・・・いた!。」
ハイネルのために椅子を引いてやったグーデリアンは、すかさず脇腹にきつい肘鉄を食らった。
「えー、なんでよ俺も白ワイン。車は自動運転でいいじゃん。」
ヨハン用にハーブ系のコーディアルの入った冷たい水を注ぎ、自分のグラスにはワインをと思ったところでグーデリアンはハイネルにとめられた。代わりにノンアルコールビールの瓶を渡されて口をとがらせる。
「馬鹿もの。せっかくヨハンがお前のファンだというから、花を持たせてやろうと思ったのに。」
「そういうんなら、お前もノンアルコール付き合えよ。」
「酒は百薬の長と言ってだな。これは薬だ。」
ハイネルは自分のグラスにはワインを注ぎ、悠々と飲み始める。
温かい家庭料理と、多少味気ないノンアルコールビールで始まった食事は、相変わらずの小競り合いから始まった。
「って、ヨハンやっぱ俺のファン?そうだよなー、精密機械の走りなんて面白くないよなぁー。」
「ヨハンが10歳の頃は私は既に引退していたんだ。自惚れるな。」
グーデリアンはごつんとステッキで向う脛を殴られる。
「いてっ!なんだよ、病気して多少大人しくなったと思ったら。凶器は反則!」
ハイネルは笑いながら料理には味見程度に手をつけ、白ワイン片手にもっぱらチーズと果物ばかりをつまんでいる。
グーデリアンはヨハンの皿が空かないよう、次々と料理を勧めることを楽しんでいた。
「でも、僕は車体ではシュティールが一番好きです。一番最初の。」
「へぇ、あの銀色のじゃじゃ馬シュティール?あれは、乗ってる分には飛びぬけてしんどかったなぁ。」
「お前のバカげた体重のせいで、バランス調製が大変だったんだ・・まったくこいつときたら。」
「あの時代のおかげで今ダイエットしやすいっていうか・・いやー、でもこないだの役作りで本気で痩せろって言われた時、まだハイネルには甘やかされていたんだってのがよくわかった。あいつら本気で野菜しか食わせねぇとかやりやがるんだぜ?」
「まぁそこはレーサーだからな。筋肉が落ちたら何のためのダイエットだか。」
「よく言うよ。お前しょっちゅう飯忘れてるから、チーフにゃ俺、ハイネルの餌やり係って言われてたのに。ヨハンは、ちゃんと飯食ってるか~?」
「昼夜はラボで食べていることが多いです。朝は市場でクリームチーズのプレッツェルとか。休日は食べに行ったり、ちょっとは自分で作ってみたり。」
「あー、あのプレッツェル屋、うまいよな。隣のブルスト屋も俺よく行った。」
「・・・・・・・お前、ロードワークのついでに買い食いをしていたのか・・どうりで・・」
「あ、いやいやいやいや、今のなしで!このクヌーデルうまいね。グラーシュはハイネルが作るほうがうまいかも。」
「うちのコックに教わったんだから、基本は同じはずだが。」
ハイネルはスプーンでソースをすくい、味をみる。
「ふむ・・おそらく、私のものより煮込む時間が長いんだと思う。味が丸いな。こちらが正解だ。」
「ふーん。でも俺はハイネルのほうがすっきりしてて好きかも。ヨハン、ハイネルって意外に料理うまいんだぜ。教えてもらえば?」
「意外は余計だ。そして、妙にハードルを上げるな。やりにくくてかなわんわ!」
「あー、そういや送り迎えとかどうしてんの?こいつの車、車高べたべたの2シーターだろ?」
「父の車を借りている。あれはオートマチックだから。」
「あー、あのギラギラ深紅ですげぇオーラのエロセダンクーペな。」
「・・一応、うちの最高級モデルだぞ。」
「ヨハンは車運転しねぇの?」
「僕、免許持ってないんです。なかなか時間と、練習する場所がなくて。」
「マジ?俺デビューは5歳だったぜ。親父が改造した芝刈り機。時速25マイルくらい出るの。」
「お前の実家のような田舎と比較するな。」
「お前も庭で練習したクチだろ~おぼっちゃま?」
「まぁ、祖父がカートから教えてくれたんだが・・。ここかテストコースで練習してもいいんだが、適当な車があれば。」
窓の外に広がる広大な丘陵を眺めながらハイネルが唇に指をあてる。
「ハイネルの車は超過激なのか博物館行き骨董品かの二択だしなぁ。俺の車も何台かあるだろ、好きなの使っていいよ?ごついのも早いのもあるぜ。跳ね馬印の4WDなら雪道も走れる。」
ティーンの頃から賞金王だったグーデリアンが提示した車種はすべて『世界で売られている車、高いほうから数えて何番目』で。名前が羅列されるたびにヨハンの顔が軽く引きつった。
「あの・・僕の年収で弁償できる車で・・」
「だいじょーぶ、ハイネルが自社株の配当でさらっと弁償してくれるから。えーと・・日本製のコスパ満点のアレならいける・・かな?」
「私に破産させる気か。第一、数センチの段差も超えられないとか、ナビが混乱するほどの幅があるとか、お前の車は極端すぎる。」
「あ、でもガレージの端にライムグリーンのちっちゃいのあっただろ。あれ市販車じゃないの?」
「あぁ。だがあれは、『リサのちびっこ暴走族』だ。」
「・・なにそれ。」
「ラボスタッフの、いわゆる『俺が考える最強の改造車』が融合した車体でな。リサの小遣いの範疇でという約束で、それぞれが好き放題にブレーキやらサスやらありとあらゆる部品が交換されている。その上、アーシングやら電磁波シールドやら眉唾な改造まで施した、バランスなんか全く無視した逸品だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーお、ティーンの夢の結晶だ。」
「まぁ、キャノピーはローリングコクピット方式だし、衝突センサーもついているはずだし、父がこっそりエアバックを仕込みまくっていたようだから少々の事故では問題はないはずだが・・・」
「・・・・・それさ、こっそり彼氏乗せたら電撃食らう機能とかついてるぜ?」
こんな調子で前菜からデザートまで、主に二人は他愛のない話をしゃべり続けた。その間にちょくちょく差し挟まれたヨハンの家庭の料理、家族で遊びに行った遊園地の話などは、幼い頃の彼が温かくやさしい一般家庭で育てられたことを物語っていた。
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久々のアップがこんなんですみません。
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