「はー、やっぱりうちのローストビーフうまい。」
「なによ、レーサーデビューした時は『ニューヨークにゃ、金さえ出せばなんでもあるんだぜ!』って見向きもしなかったくせに。」
「ま、確かに牛の世話とか冷凍庫の霜取りしなくても肉食えるってのはありがたいけどね。すげぇきれいなレストランですげぇうまそうなのにうまくない肉が出てきた時のあの感じ。神様を呪いたくなるね。」
食後に、ダイニングのテーブルで炒りたての山盛りポップコーンにたっぷりの熱いバターを絡めながらジャッキー・グーデリアンはけらけらと笑った。
「あんたの舌が田舎モンなだけでしょ。ねーハイネルさん。ごめんね、誕生日だって聞いてたらもっと洒落た料理用意してたのに。」
グーデリアンの母が傍らからポップコーンのボウルの中にがりがりと塩を挽きいれる。丸っこい指先が一つをつまみあげ、味見すると満足そうにうなずいた。
「おいしいです。焼き具合も熟成具合もちょうどよかったです。」
コーヒーのカップを片手に、差し出された山盛りのポップコーンにいささか怯みながら、ハイネルが笑った。
「そぅお?遠慮してない?シュトロブラムスの社長さんのおうちだと、毎日星のついたレストランとかで、おいしいもの食べてるんじゃない?」
「こいつんち、素材はともかく質素だぜ。父ちゃんと二人してほとんど食べないから、俺が行くとコックさんが喜ぶ喜ぶ。」
「えっ、ハイネルさん、お母さんは?」
「普段は仕事でパリにいます。帰ってくるのは私の誕生日から年明けと、父とリサの誕生日くらいかと。」
「あらま。じゃあアメリカなんかにいちゃダメじゃないの!ジャッキー!あんた無理に引っ張ってきたんでしょ!」
「だってさぁ、こいつんち、こいつの誕生日ろくに祝わないっていうから。」
「はぁ?!」
「それは誤解です。一応家族そろって私の好物と軽いケーキ程度は食卓に並びます。ただ、すぐにクリスマスだからリサのプレゼントに色々と大変だったし、母には仕事で会う機会も多いので・・・。」
「そこはわかっててもお祝いなんて何回やってもいいものでしょ!うちなんて、おばあちゃんとジャッキーなんて一週間しか違わないけど、毎年バカ騒ぎよ。」
「二週続けてうそっこロブスターな。」
「うそっこロブスター?」
「ロブスターの形のハンバーグの種にベーコンとトマトソースのっけて、オーブンで焼いた奴だよ。おかげで俺、かなり最近までロブスターって陸の生き物だと思ってた。」
「簡単だけど豪華で子供に人気でねぇ。おばあちゃん、子供が好きだからって自分の誕生日にもそれリクエストしてたの。たぶん本音は、作るの楽で安上がりだからだけど。」
「子供んときは嬉しかったけど、今はちょっとキツイよなぁアレ。ミリーがもう大学かぁ。いつの間にか大人になっちまって・・・。」
グーデリアンが傍らに座る妹のミリアムの頬にキスをする。ミリアムはそばかすの散る頬を恥ずかしそうに染めた。
ここはケンタッキーのグーデリアン家。外は寒風が吹きすさんでいるが、ヒーターに加えて大きな薪ストーブの入ったダイニングは隅々まで暖かい。食べるのと喋るのに忙しいグーデリアン家の面々を相手に、ハイネルはにぎやかな質問攻めにあっていた。
「はーい、おまたせ。早く早く、ポップコーンを入れてちょうだい!。」
台所から姉のアンジェラがスパテラ片手に、鍋を持ちだしてきた。
「なに?いい匂い。」
「おばあちゃん直伝、キャラメルポップコーン!!」
「やだアニー、ダイエット中なのに!」
「おだまりなさーい!これを食べずしてクリスマスが迎えられると思ってるの?」
ふつふつと煮立つ厚手の片手鍋の中には茶色くとろりとした液がなみなみとできている。その中に妹のミリーが文句をいいつつも、ストーブで炒ったポップコーンをざらざらと入れた。
「やっぱこれよね、クリスマスは。」
アニーが手早くポップコーンを絡めてオーブンシートに取り出す。
「作っちゃったら食べないわけにはいかないじゃないの・・アニーの意地悪・・」
ちょっと涙すら浮かべたミリーのポップコーン色の髪を、グーデリアンはくしゃくしゃとかき回した。
「ミリーはそのままで十分に可愛いよ!な、ハイネル。」
既に成人した妹も、グーデリアンにとっては昔のままの姿なのだろう。ハイネルは微笑で頷いた。
「・・私、アニーみたいに背も高くないし・・鼻だって上向きだし・・」
「俺とおそろい!」
「そうよ。贅沢言わないの。私なんて、なんで金髪に産んでくれなかったのって昔ママに文句言ったんだから。」
アニーはうっとおしそうにストレートのブルネットを束ねるゴムをするりと外し、空いた椅子に腰を下ろしてポップコーンをつまみ始めた。
「ただいまぁ、遅くなっちまった寂しくなかったかい?俺はアメリカのどこからでも君を愛してるよハニィ!」
突然、ダイニングの扉が大きな音を立てて開き、黒髪で背の高い男が入ってきた。
「おかえりダーリン。ご飯は食べたの?」
「あぁ、接待で食べてきたよ。でもやっぱりハニーの料理が一番だけどなぁ。明日は久しぶりに川マスのフライが食べたいな。」
グーデリアンの父は自分の胸ほどもない、小柄でふくよかな愛妻を抱きしめる。ストレートな愛情表現にハイネルがどうしたものかと戸惑っている間も、子供達は慣れているのか、グーデリアンはハイネルににやりと笑いながら目配せをした。
「父ちゃん、ハイネルが困ってるぜ?」
「おー。すまんすまん。今日は顔色いいな!」
ハイネルに歩み寄った父は厚い手を差し出し、力をこめて握手する。
春先に突発的にグーデリアン家を訪れることになったハイネルは体調不良から寝込んでしまい、結局この父とは初対面だった。しかしその手からは古くからの知人のような温かさを含んでいた。
「先日はご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
「いやいや。しかしなんというか・・同じくらいの身長と年齢なのに、ジャッキーとは品種が違うよなぁ。」
遠慮なく人を真正面から眺め、首をかしげる様子はグーデリアンとよく似ている。不思議と不快感は感じない。
「パパもそう思う?ジャージーとヘレフォードくらい違うわよねぇ。」
「あら、ジャージーとバイソンくらいじゃないかしら?」
「なんか毛色が違うもの。ジャッキーと違ってハイネルさんはきちんとした女の人にモテそうよねぇ。」
ずけずけと物を言うのはグーデリアン家の特徴なのだろうか。苦笑しながら、口を差し挟む隙が見つけられないハイネルは手持ち無沙汰にポップコーンを口に運んだ。
「好き勝手言ってんじゃねえよ。」
「えーっ、婚約者とかいそうじゃないの。」
「残念でした、こいつ色々とめんどくさすぎて連戦連敗。だよなぁハイネル?」
ポップコーンを思わず喉に詰まらせそうになり、ハイネルはじろりとグーデリアンをにらんだ。
「じゃハイネルさん、うちのミニーとかどう?いい子よ?」
「え?」
思いがけない方向に向いた話に、ハイネルがぽろりとポップコーンを取り落とす。
「ちょっと待てよ。俺、ミニーの結婚相手は俺が認めた相手じゃないと許さないからな!」
「俺もだ!ミリアムに結婚を申しこむなら俺とジャッキーを倒してから行け!」
「ちょ・・ちょっと・・・。」
「何言ってんの。あんたたち二人を倒せるのは霊長類の中ではゴリラくらいよ。」
「そうよ。第一パパ、私の結婚報告の時は結局むぐむぐ言ってそれでおしまいだったじゃないの。」
母とアニーに軽く撃破され、大男二人は一瞬で仲良く沈黙した。ハイネル家と同じく、グーデリアン家も結局は女性の地位が非常に高いということらしい。ハイネルは今頃一人で祖母と母とリサのマシンガントークの標的になっているだろう父の苦境を想像し、笑いを堪えきれなかった。
「よっしゃ、じゃあ牧場の夜の見回り行くかぁ!。」
あれだけ作ったポップコーンがあらかたなくなった頃、父がテンガロンハットを被り、立ち上がった。
母とアニーがテーブルの後片付けを始める。グーデリアンとミリーも立ち上がるのを見て、ハイネルもそれにならった。
「私も手伝います。」
声をかけたハイネルに、アニーが静止の声をかける。
「ハイネルさんはだーめ。」
「え?しかし、こんな寒い夜に、女性が・・」
上着のボタンを首の上までしっかりとめているミリーを見て、ハイネルが躊躇する。
「大丈夫よ。慣れてるし、私、台所の仕事下手だし。」
「お前じゃ役にたたねぇよ、ハイネル。」
「そうそう、自分が一番役に立つ仕事をするのがグーデリアン家流。私たちも今から、ジンジャーブレッドマンを300個作らなきゃいけないの。」
「今から、ですか?」
思わず振り返った時計は既に10時を回っていた。
「えぇ。クリスマスの教会で配るの。昼は忙しいから夜しか時間がなくて。明日は袋詰めするから今日焼いておかないと。」
「おばあちゃんとママだけじゃ大変だから、私も夫に子供預けて泊り込み参戦ってわけ。」
「生地は昨日ニーダーでこねて寝かしてあるけど、今からひたすらドウシーターでのばしてひたすら型で抜いて、ひたすら焼き続けるの。」
「100体くらいまでは楽しいけれど、200体超えるくらいになると無言になるのよね。焼き上がってしばらくは夢の中でジンジャーブレッドマンに追いかけられるわ。」
アニーが大げさに手を動かす。
「そういえば、おばあちゃんは?寝てるのかしら。」
「あら、ご飯食べた後、牧場主会だって彼氏が迎えに来ていそいそ出かけてったわよ。」
「・・牧場主会、来週よ?」
「・・・それって・・」
「・・・・・・逃げたわね。」
今まで賑やかだったダイニングに、一瞬にして恐ろしい沈黙が訪れた。
「うっそ!どうするのよママ?!ミリーやジャッキーは役に立たないし、パパなんか論外だし!だから今年こそは外注に出そうって言ってたのに!」
「どうするったって・・あーーー、クリスマスだからスタッフも帰ってるわよねぇ・・」
「ご近所ったって、こんな時間から来てくれる手際のいい料理上手って・・・あ。」
額を突きつけあったグーデリアン家の面々が、ふと一斉にハイネルのほうをむいた。
「な・・・なんですか?」
いやな予感がし、後ずさるハイネルの前にアンジェラが長い黒髪を後にかき上げながらずいっと身を乗り出す。壁際まで追い詰められ、上目遣いで見上げられる。
「・・・・・・・あの・・アニーさん・・?」
大胆に開いた胸元が否応なく視界に入り、ハイネルが思わず顔を上げると、菫のように濃い青の眼がじっとハイネルの顔を覗き込んでいる。
「・・あ、あの?」
腕を壁につかれ、囲い込まれる。赤い唇が触れそうなほどに近付き、薄く開いた。
「・・ハイネルさん・・クッキー・・手伝ってくれますよね?」
「は・・はい。」
「よっしゃあ、ママ、助っ人一人ゲットぉ!」
くるりと家族のほうを向いたアニーがガッツポーズをする。
「・・まったく、わが娘ながら素晴らしい手口だぜ。子持ちになってもパワーは衰えねぇな!」
「誰だよアンジェラとかつけた野郎は。俺なら絶対デヴィエラってつけてるね。」
「素敵よアニー!」
手放しで喜ぶ面々に、ハイネルはがっくりと肩を落とした。
「ということで、作業開始!ハイネルさん生地のばしてね!ママ、オーブンよろしく!」
長い黒髪をくるくると手際よくまとめ、のし板に手粉を打ちながらアンジェラが指示を出す。
「あぁ、今年は早く終わりそう!」
母はうれしそうに、バスマットのようなサイズのオーブンシートを切り続けている。
-あぁ・・今年もやっぱりこういう運命なのか・・
その横で、フランツ・ハイネルは生地を適当なサイズに切り分けながらため息をついた。
この世に生まれてこの方20数年、静かな誕生日など記憶にないのはどうしてだろう。
-私の安息の地は、この地球上にはないということか。
受難の主は嘆息し、来年こそは地球を脱出してやろうと心に決めたのだった。
「なによ、レーサーデビューした時は『ニューヨークにゃ、金さえ出せばなんでもあるんだぜ!』って見向きもしなかったくせに。」
「ま、確かに牛の世話とか冷凍庫の霜取りしなくても肉食えるってのはありがたいけどね。すげぇきれいなレストランですげぇうまそうなのにうまくない肉が出てきた時のあの感じ。神様を呪いたくなるね。」
食後に、ダイニングのテーブルで炒りたての山盛りポップコーンにたっぷりの熱いバターを絡めながらジャッキー・グーデリアンはけらけらと笑った。
「あんたの舌が田舎モンなだけでしょ。ねーハイネルさん。ごめんね、誕生日だって聞いてたらもっと洒落た料理用意してたのに。」
グーデリアンの母が傍らからポップコーンのボウルの中にがりがりと塩を挽きいれる。丸っこい指先が一つをつまみあげ、味見すると満足そうにうなずいた。
「おいしいです。焼き具合も熟成具合もちょうどよかったです。」
コーヒーのカップを片手に、差し出された山盛りのポップコーンにいささか怯みながら、ハイネルが笑った。
「そぅお?遠慮してない?シュトロブラムスの社長さんのおうちだと、毎日星のついたレストランとかで、おいしいもの食べてるんじゃない?」
「こいつんち、素材はともかく質素だぜ。父ちゃんと二人してほとんど食べないから、俺が行くとコックさんが喜ぶ喜ぶ。」
「えっ、ハイネルさん、お母さんは?」
「普段は仕事でパリにいます。帰ってくるのは私の誕生日から年明けと、父とリサの誕生日くらいかと。」
「あらま。じゃあアメリカなんかにいちゃダメじゃないの!ジャッキー!あんた無理に引っ張ってきたんでしょ!」
「だってさぁ、こいつんち、こいつの誕生日ろくに祝わないっていうから。」
「はぁ?!」
「それは誤解です。一応家族そろって私の好物と軽いケーキ程度は食卓に並びます。ただ、すぐにクリスマスだからリサのプレゼントに色々と大変だったし、母には仕事で会う機会も多いので・・・。」
「そこはわかっててもお祝いなんて何回やってもいいものでしょ!うちなんて、おばあちゃんとジャッキーなんて一週間しか違わないけど、毎年バカ騒ぎよ。」
「二週続けてうそっこロブスターな。」
「うそっこロブスター?」
「ロブスターの形のハンバーグの種にベーコンとトマトソースのっけて、オーブンで焼いた奴だよ。おかげで俺、かなり最近までロブスターって陸の生き物だと思ってた。」
「簡単だけど豪華で子供に人気でねぇ。おばあちゃん、子供が好きだからって自分の誕生日にもそれリクエストしてたの。たぶん本音は、作るの楽で安上がりだからだけど。」
「子供んときは嬉しかったけど、今はちょっとキツイよなぁアレ。ミリーがもう大学かぁ。いつの間にか大人になっちまって・・・。」
グーデリアンが傍らに座る妹のミリアムの頬にキスをする。ミリアムはそばかすの散る頬を恥ずかしそうに染めた。
ここはケンタッキーのグーデリアン家。外は寒風が吹きすさんでいるが、ヒーターに加えて大きな薪ストーブの入ったダイニングは隅々まで暖かい。食べるのと喋るのに忙しいグーデリアン家の面々を相手に、ハイネルはにぎやかな質問攻めにあっていた。
「はーい、おまたせ。早く早く、ポップコーンを入れてちょうだい!。」
台所から姉のアンジェラがスパテラ片手に、鍋を持ちだしてきた。
「なに?いい匂い。」
「おばあちゃん直伝、キャラメルポップコーン!!」
「やだアニー、ダイエット中なのに!」
「おだまりなさーい!これを食べずしてクリスマスが迎えられると思ってるの?」
ふつふつと煮立つ厚手の片手鍋の中には茶色くとろりとした液がなみなみとできている。その中に妹のミリーが文句をいいつつも、ストーブで炒ったポップコーンをざらざらと入れた。
「やっぱこれよね、クリスマスは。」
アニーが手早くポップコーンを絡めてオーブンシートに取り出す。
「作っちゃったら食べないわけにはいかないじゃないの・・アニーの意地悪・・」
ちょっと涙すら浮かべたミリーのポップコーン色の髪を、グーデリアンはくしゃくしゃとかき回した。
「ミリーはそのままで十分に可愛いよ!な、ハイネル。」
既に成人した妹も、グーデリアンにとっては昔のままの姿なのだろう。ハイネルは微笑で頷いた。
「・・私、アニーみたいに背も高くないし・・鼻だって上向きだし・・」
「俺とおそろい!」
「そうよ。贅沢言わないの。私なんて、なんで金髪に産んでくれなかったのって昔ママに文句言ったんだから。」
アニーはうっとおしそうにストレートのブルネットを束ねるゴムをするりと外し、空いた椅子に腰を下ろしてポップコーンをつまみ始めた。
「ただいまぁ、遅くなっちまった寂しくなかったかい?俺はアメリカのどこからでも君を愛してるよハニィ!」
突然、ダイニングの扉が大きな音を立てて開き、黒髪で背の高い男が入ってきた。
「おかえりダーリン。ご飯は食べたの?」
「あぁ、接待で食べてきたよ。でもやっぱりハニーの料理が一番だけどなぁ。明日は久しぶりに川マスのフライが食べたいな。」
グーデリアンの父は自分の胸ほどもない、小柄でふくよかな愛妻を抱きしめる。ストレートな愛情表現にハイネルがどうしたものかと戸惑っている間も、子供達は慣れているのか、グーデリアンはハイネルににやりと笑いながら目配せをした。
「父ちゃん、ハイネルが困ってるぜ?」
「おー。すまんすまん。今日は顔色いいな!」
ハイネルに歩み寄った父は厚い手を差し出し、力をこめて握手する。
春先に突発的にグーデリアン家を訪れることになったハイネルは体調不良から寝込んでしまい、結局この父とは初対面だった。しかしその手からは古くからの知人のような温かさを含んでいた。
「先日はご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。」
「いやいや。しかしなんというか・・同じくらいの身長と年齢なのに、ジャッキーとは品種が違うよなぁ。」
遠慮なく人を真正面から眺め、首をかしげる様子はグーデリアンとよく似ている。不思議と不快感は感じない。
「パパもそう思う?ジャージーとヘレフォードくらい違うわよねぇ。」
「あら、ジャージーとバイソンくらいじゃないかしら?」
「なんか毛色が違うもの。ジャッキーと違ってハイネルさんはきちんとした女の人にモテそうよねぇ。」
ずけずけと物を言うのはグーデリアン家の特徴なのだろうか。苦笑しながら、口を差し挟む隙が見つけられないハイネルは手持ち無沙汰にポップコーンを口に運んだ。
「好き勝手言ってんじゃねえよ。」
「えーっ、婚約者とかいそうじゃないの。」
「残念でした、こいつ色々とめんどくさすぎて連戦連敗。だよなぁハイネル?」
ポップコーンを思わず喉に詰まらせそうになり、ハイネルはじろりとグーデリアンをにらんだ。
「じゃハイネルさん、うちのミニーとかどう?いい子よ?」
「え?」
思いがけない方向に向いた話に、ハイネルがぽろりとポップコーンを取り落とす。
「ちょっと待てよ。俺、ミニーの結婚相手は俺が認めた相手じゃないと許さないからな!」
「俺もだ!ミリアムに結婚を申しこむなら俺とジャッキーを倒してから行け!」
「ちょ・・ちょっと・・・。」
「何言ってんの。あんたたち二人を倒せるのは霊長類の中ではゴリラくらいよ。」
「そうよ。第一パパ、私の結婚報告の時は結局むぐむぐ言ってそれでおしまいだったじゃないの。」
母とアニーに軽く撃破され、大男二人は一瞬で仲良く沈黙した。ハイネル家と同じく、グーデリアン家も結局は女性の地位が非常に高いということらしい。ハイネルは今頃一人で祖母と母とリサのマシンガントークの標的になっているだろう父の苦境を想像し、笑いを堪えきれなかった。
「よっしゃ、じゃあ牧場の夜の見回り行くかぁ!。」
あれだけ作ったポップコーンがあらかたなくなった頃、父がテンガロンハットを被り、立ち上がった。
母とアニーがテーブルの後片付けを始める。グーデリアンとミリーも立ち上がるのを見て、ハイネルもそれにならった。
「私も手伝います。」
声をかけたハイネルに、アニーが静止の声をかける。
「ハイネルさんはだーめ。」
「え?しかし、こんな寒い夜に、女性が・・」
上着のボタンを首の上までしっかりとめているミリーを見て、ハイネルが躊躇する。
「大丈夫よ。慣れてるし、私、台所の仕事下手だし。」
「お前じゃ役にたたねぇよ、ハイネル。」
「そうそう、自分が一番役に立つ仕事をするのがグーデリアン家流。私たちも今から、ジンジャーブレッドマンを300個作らなきゃいけないの。」
「今から、ですか?」
思わず振り返った時計は既に10時を回っていた。
「えぇ。クリスマスの教会で配るの。昼は忙しいから夜しか時間がなくて。明日は袋詰めするから今日焼いておかないと。」
「おばあちゃんとママだけじゃ大変だから、私も夫に子供預けて泊り込み参戦ってわけ。」
「生地は昨日ニーダーでこねて寝かしてあるけど、今からひたすらドウシーターでのばしてひたすら型で抜いて、ひたすら焼き続けるの。」
「100体くらいまでは楽しいけれど、200体超えるくらいになると無言になるのよね。焼き上がってしばらくは夢の中でジンジャーブレッドマンに追いかけられるわ。」
アニーが大げさに手を動かす。
「そういえば、おばあちゃんは?寝てるのかしら。」
「あら、ご飯食べた後、牧場主会だって彼氏が迎えに来ていそいそ出かけてったわよ。」
「・・牧場主会、来週よ?」
「・・・それって・・」
「・・・・・・逃げたわね。」
今まで賑やかだったダイニングに、一瞬にして恐ろしい沈黙が訪れた。
「うっそ!どうするのよママ?!ミリーやジャッキーは役に立たないし、パパなんか論外だし!だから今年こそは外注に出そうって言ってたのに!」
「どうするったって・・あーーー、クリスマスだからスタッフも帰ってるわよねぇ・・」
「ご近所ったって、こんな時間から来てくれる手際のいい料理上手って・・・あ。」
額を突きつけあったグーデリアン家の面々が、ふと一斉にハイネルのほうをむいた。
「な・・・なんですか?」
いやな予感がし、後ずさるハイネルの前にアンジェラが長い黒髪を後にかき上げながらずいっと身を乗り出す。壁際まで追い詰められ、上目遣いで見上げられる。
「・・・・・・・あの・・アニーさん・・?」
大胆に開いた胸元が否応なく視界に入り、ハイネルが思わず顔を上げると、菫のように濃い青の眼がじっとハイネルの顔を覗き込んでいる。
「・・あ、あの?」
腕を壁につかれ、囲い込まれる。赤い唇が触れそうなほどに近付き、薄く開いた。
「・・ハイネルさん・・クッキー・・手伝ってくれますよね?」
「は・・はい。」
「よっしゃあ、ママ、助っ人一人ゲットぉ!」
くるりと家族のほうを向いたアニーがガッツポーズをする。
「・・まったく、わが娘ながら素晴らしい手口だぜ。子持ちになってもパワーは衰えねぇな!」
「誰だよアンジェラとかつけた野郎は。俺なら絶対デヴィエラってつけてるね。」
「素敵よアニー!」
手放しで喜ぶ面々に、ハイネルはがっくりと肩を落とした。
「ということで、作業開始!ハイネルさん生地のばしてね!ママ、オーブンよろしく!」
長い黒髪をくるくると手際よくまとめ、のし板に手粉を打ちながらアンジェラが指示を出す。
「あぁ、今年は早く終わりそう!」
母はうれしそうに、バスマットのようなサイズのオーブンシートを切り続けている。
-あぁ・・今年もやっぱりこういう運命なのか・・
その横で、フランツ・ハイネルは生地を適当なサイズに切り分けながらため息をついた。
この世に生まれてこの方20数年、静かな誕生日など記憶にないのはどうしてだろう。
-私の安息の地は、この地球上にはないということか。
受難の主は嘆息し、来年こそは地球を脱出してやろうと心に決めたのだった。
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