重く澱んだ暗闇の中で、何かが動く気配がした。
・・・・・俺何してたんだっけ・・・えーと・・
上にかけられた毛布を握ると、ふかふかと頼りない温かさが漂う。
そのまま無意識に寝返りをうとうとして、グーデリアンは一気に目を覚ました。
やばい!
まだ追いついてこない体をなんとか起こして足元を見ようとすると、暗闇の中から低い声が聞こえた。
「静かにしろ。今寝付いたところなんだ。」
ぼんやり光る手元灯のほうを向けば、一人がけのソファに小さな赤ん坊を抱いて座るハイネルの姿があった。
「あ・・あれ・・ハイネル・・?」
「寝ていていいぞ。ついでに、ソファなどで寝ずにベッドに行け。」
時計を見れば、記憶にある時間から既に二時間ほどが経過している。
どうやら自分はベッドに移すと泣きだす赤ん坊を抱いたままソファで寝ていたらしい。
「覗いたらちょうど起きかけていたから、ミルクを飲ませた。」
上着を脱いだハイネルはまだネクタイすら外していない。会社から帰ってきてそのままということなのだろう。
グーデリアンは重い体を起こすとハイネルの傍により、子供に向かって太い腕を伸ばした。
「いいよ、お前こそちょっとは寝ろよ。」
うっかりもののグーデリアンが「つい弾みで?」作ってしまった子供は、グーデリアンの体内埋め込み型培養装置で数ヶ月すごした後に「摘出」され、ランドル家の極秘研究施設からひっそりと人目につきにくいハイネルの実家の邸宅へ引き取られていた。表向きは「グーデリアンがどこかの彼女に産ませた赤ん坊」という体裁をとりながら。
広い邸宅内で昼は看護士がついているが、夜はグーデリアンが世話をしている。
当初、どうせ昔は遊び歩いていたんだから多少の睡眠不足くらい・・と思っていたのだが、熟睡する性質のグーデリアンにとっては、日中のたるみきった体を戻すトレーニングの疲れもあり数時間ごとに起こされる日々は想像以上に辛かった。
「リサちゃんが言うにゃ、男女では睡眠のメカニズムが違うんだってさ。アニーは平気そうだったんだけどなぁ・・。」
ぼりぼりと頭をかきながら赤ん坊の顔を覗き込む。先ほど飲んだミルクの余韻があるのか、睫毛の長い赤ん坊は小さく口を開けたまま眠っていた。
ハイネルやリサが続々増やす電動バウンサーやらハイテクメリーやらには目が爛々とするばかりでまったく寝付かないこの赤ん坊は、まさかハイネル家の「遺伝子レベルの機械馬鹿」を継承しているんじゃないかとグーデリアンは時々恐ろしくなる。
「夜も看護士を付けるか?」
「そうなると、こういうことも簡単にできなくなるっしょ?」
引取り際にハイネルの頬にキスをする。ハイネルが赤ん坊の重みで硬くなった腕をまわしながら薄明かりを手がかりにテーブルの上の荷物を探り始めた。
「あー、封筒は社長から。俺が必死にミルク作ってたらさっさとオムツ替えてったぜ、スーツ姿で。なんで手馴れてんのあの親父。」
寝付いた赤ん坊をベッドにそっと置きながらのボヤキにハイネルが苦笑する。
外ではまったく所帯くささなど見せないスマートな父が仕事中心の妻に乳飲み子をほいっと託され、気難しい祖父とまったく生活力のない祖母を頼ることも出来ずに必死に自分を育てた偉大さが、自分が子供を持ってしまった今ではよくわかる。
子供の頃は、自分は所詮父親が祖父や社外に向けて「仕事も出来て育児にも参加するいい父親」であることをアピールするための道具なのだろうと冷めた目で見ていたが、それだけで乗り切れるものではないことがよくわかった。
もちろんその後、その経験をしっかりと抜け目なく出世に生かしているあたり、いかにも自分の父なのだが。
「この袋は?」
「ついでにフランツに渡しとけって。」
薄明かりを頼りに中を見ると、レースに縁取られた真っ白なベビー服がふわふわと積み重なっていた。
「余白、か・・」
先日、同じ敷地内の別棟に住む父がハイネルのところに立ち寄った際、延々とぐずる赤ん坊を抱き上げながら一瞥し、アメリカ人は新生児にまで余白がない服を着せるのかとかなんとか小言を言いながらあっけなく寝付かせていったことを思い出した。
ハイネルは確かに似合わないサイケなプリント肌着ですやすやと眠る、涼しい目鼻立ちの赤ん坊を見て苦笑する。赤ん坊のクローゼットは現在、グーデリアン家からどっさり送られてきた原色の服ばかりだ。
一枚をひらりと広げてみて、見覚えのある形に思わず呟く。
「これは多分、リサや私が着ていたものだろう。このレースは祖母の手編みだな。」
赤ん坊の薄い金髪に白いレースはよく似合う。父にはまだこの赤ん坊が自分とグーデリアンの遺伝子で作られたということを伝えていないのだが、恐ろしく嗅覚の鋭い父は既に気付いているのだろうか。
「へぇ。うちだったら絶対、こんなフリフリ誰が洗濯するの!ってキレられるぜ。」
「・・・もっともだ。父が来るときだけにしよう。メイド長が怒りそうだ。」
そっと袋に戻すハイネルの腕を、グーデリアンの体温の高い手が掴んだ。一人がけソファの肘掛に腰をかけ、長い足をハイネルの足の上に横切らせて動きを封じてしまう。
「まぁ、親業はここで終了。ここからは大人の時間。」
「・・睡眠時間足りてないんじゃなかったのか。」
「どっか吹っ飛んだ。たまにゃご褒美がないとやってらんないの。」
鼻先で鎖骨をくすぐられるとつい、気持ちも体も弱くなる。
「まったく・・」
ハイネルがグーデリアンの腰に手を回した瞬間、暗がりからか細く泣く声が聞こえた。
「あーーーーーー。・・本当に、誰かに似て神経質っつーか勘がいいっつーか・・」
グーデリアンががくりと肩を落とす。
「泣いてるぞ。」
「わーかってるって・・・あと10秒。」
ハイネルの肩口でしっかり深呼吸してから、名残惜しそうにグーデリアンの体が離れていく。
「大きくなったら絶対、今の分も目の前でいちゃいちゃしてやるからな。」
「・・迷惑だと思うが。」
変な敵対心をもって再び赤ん坊に向かうグーデリアンを見送り、ハイネルは立ち上がってバスルームへ向かう。が、ふと途中で足を止め、再び振り向いた。
「・・あぁ、そうだ。今日の重役会で、伯父たちに私がパートナーと子供を得たことを報告したから。」
「あぁそう、よかったね。・・・・・・・・・・・・へ・・?!」
グーデリアンが思わず赤ん坊を指刺す。
「他にいるのか?・・あぁ、探したらまだいるかもな。」
至極真面目くさった顔でハイネルは再びバスにむけて歩き出す。
「・・ちょっと待てぇ!コラ!!」
-ふぇぇぇぇぇぇ・・・んぎゃぁ!!
「うわぁぁ、ごめんごめんって!だってさ、散々待たせておいてあんだけってひどくね?!」
20年、尽くしに尽くして、付いて離れて迷って回って。
迷っているのかと思ったらこっちの気持ちなんか本気で全然気にしていない時もあったりして。
最初はそういうフリなのかな可愛いなぁなんて期待したけれど、心底気にしていないのだとわかった時は正直めげたりして。
・・まぁ、基本的な性格はまったく変わっていないのだけれど。
-どのトロフィーもらったときよりもヤバイ気分。
本格的に泣き始めた赤ん坊の真っ赤な顔に、グーデリアンはキスの雨を降らせた。
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・・・・・俺何してたんだっけ・・・えーと・・
上にかけられた毛布を握ると、ふかふかと頼りない温かさが漂う。
そのまま無意識に寝返りをうとうとして、グーデリアンは一気に目を覚ました。
やばい!
まだ追いついてこない体をなんとか起こして足元を見ようとすると、暗闇の中から低い声が聞こえた。
「静かにしろ。今寝付いたところなんだ。」
ぼんやり光る手元灯のほうを向けば、一人がけのソファに小さな赤ん坊を抱いて座るハイネルの姿があった。
「あ・・あれ・・ハイネル・・?」
「寝ていていいぞ。ついでに、ソファなどで寝ずにベッドに行け。」
時計を見れば、記憶にある時間から既に二時間ほどが経過している。
どうやら自分はベッドに移すと泣きだす赤ん坊を抱いたままソファで寝ていたらしい。
「覗いたらちょうど起きかけていたから、ミルクを飲ませた。」
上着を脱いだハイネルはまだネクタイすら外していない。会社から帰ってきてそのままということなのだろう。
グーデリアンは重い体を起こすとハイネルの傍により、子供に向かって太い腕を伸ばした。
「いいよ、お前こそちょっとは寝ろよ。」
うっかりもののグーデリアンが「つい弾みで?」作ってしまった子供は、グーデリアンの体内埋め込み型培養装置で数ヶ月すごした後に「摘出」され、ランドル家の極秘研究施設からひっそりと人目につきにくいハイネルの実家の邸宅へ引き取られていた。表向きは「グーデリアンがどこかの彼女に産ませた赤ん坊」という体裁をとりながら。
広い邸宅内で昼は看護士がついているが、夜はグーデリアンが世話をしている。
当初、どうせ昔は遊び歩いていたんだから多少の睡眠不足くらい・・と思っていたのだが、熟睡する性質のグーデリアンにとっては、日中のたるみきった体を戻すトレーニングの疲れもあり数時間ごとに起こされる日々は想像以上に辛かった。
「リサちゃんが言うにゃ、男女では睡眠のメカニズムが違うんだってさ。アニーは平気そうだったんだけどなぁ・・。」
ぼりぼりと頭をかきながら赤ん坊の顔を覗き込む。先ほど飲んだミルクの余韻があるのか、睫毛の長い赤ん坊は小さく口を開けたまま眠っていた。
ハイネルやリサが続々増やす電動バウンサーやらハイテクメリーやらには目が爛々とするばかりでまったく寝付かないこの赤ん坊は、まさかハイネル家の「遺伝子レベルの機械馬鹿」を継承しているんじゃないかとグーデリアンは時々恐ろしくなる。
「夜も看護士を付けるか?」
「そうなると、こういうことも簡単にできなくなるっしょ?」
引取り際にハイネルの頬にキスをする。ハイネルが赤ん坊の重みで硬くなった腕をまわしながら薄明かりを手がかりにテーブルの上の荷物を探り始めた。
「あー、封筒は社長から。俺が必死にミルク作ってたらさっさとオムツ替えてったぜ、スーツ姿で。なんで手馴れてんのあの親父。」
寝付いた赤ん坊をベッドにそっと置きながらのボヤキにハイネルが苦笑する。
外ではまったく所帯くささなど見せないスマートな父が仕事中心の妻に乳飲み子をほいっと託され、気難しい祖父とまったく生活力のない祖母を頼ることも出来ずに必死に自分を育てた偉大さが、自分が子供を持ってしまった今ではよくわかる。
子供の頃は、自分は所詮父親が祖父や社外に向けて「仕事も出来て育児にも参加するいい父親」であることをアピールするための道具なのだろうと冷めた目で見ていたが、それだけで乗り切れるものではないことがよくわかった。
もちろんその後、その経験をしっかりと抜け目なく出世に生かしているあたり、いかにも自分の父なのだが。
「この袋は?」
「ついでにフランツに渡しとけって。」
薄明かりを頼りに中を見ると、レースに縁取られた真っ白なベビー服がふわふわと積み重なっていた。
「余白、か・・」
先日、同じ敷地内の別棟に住む父がハイネルのところに立ち寄った際、延々とぐずる赤ん坊を抱き上げながら一瞥し、アメリカ人は新生児にまで余白がない服を着せるのかとかなんとか小言を言いながらあっけなく寝付かせていったことを思い出した。
ハイネルは確かに似合わないサイケなプリント肌着ですやすやと眠る、涼しい目鼻立ちの赤ん坊を見て苦笑する。赤ん坊のクローゼットは現在、グーデリアン家からどっさり送られてきた原色の服ばかりだ。
一枚をひらりと広げてみて、見覚えのある形に思わず呟く。
「これは多分、リサや私が着ていたものだろう。このレースは祖母の手編みだな。」
赤ん坊の薄い金髪に白いレースはよく似合う。父にはまだこの赤ん坊が自分とグーデリアンの遺伝子で作られたということを伝えていないのだが、恐ろしく嗅覚の鋭い父は既に気付いているのだろうか。
「へぇ。うちだったら絶対、こんなフリフリ誰が洗濯するの!ってキレられるぜ。」
「・・・もっともだ。父が来るときだけにしよう。メイド長が怒りそうだ。」
そっと袋に戻すハイネルの腕を、グーデリアンの体温の高い手が掴んだ。一人がけソファの肘掛に腰をかけ、長い足をハイネルの足の上に横切らせて動きを封じてしまう。
「まぁ、親業はここで終了。ここからは大人の時間。」
「・・睡眠時間足りてないんじゃなかったのか。」
「どっか吹っ飛んだ。たまにゃご褒美がないとやってらんないの。」
鼻先で鎖骨をくすぐられるとつい、気持ちも体も弱くなる。
「まったく・・」
ハイネルがグーデリアンの腰に手を回した瞬間、暗がりからか細く泣く声が聞こえた。
「あーーーーーー。・・本当に、誰かに似て神経質っつーか勘がいいっつーか・・」
グーデリアンががくりと肩を落とす。
「泣いてるぞ。」
「わーかってるって・・・あと10秒。」
ハイネルの肩口でしっかり深呼吸してから、名残惜しそうにグーデリアンの体が離れていく。
「大きくなったら絶対、今の分も目の前でいちゃいちゃしてやるからな。」
「・・迷惑だと思うが。」
変な敵対心をもって再び赤ん坊に向かうグーデリアンを見送り、ハイネルは立ち上がってバスルームへ向かう。が、ふと途中で足を止め、再び振り向いた。
「・・あぁ、そうだ。今日の重役会で、伯父たちに私がパートナーと子供を得たことを報告したから。」
「あぁそう、よかったね。・・・・・・・・・・・・へ・・?!」
グーデリアンが思わず赤ん坊を指刺す。
「他にいるのか?・・あぁ、探したらまだいるかもな。」
至極真面目くさった顔でハイネルは再びバスにむけて歩き出す。
「・・ちょっと待てぇ!コラ!!」
-ふぇぇぇぇぇぇ・・・んぎゃぁ!!
「うわぁぁ、ごめんごめんって!だってさ、散々待たせておいてあんだけってひどくね?!」
20年、尽くしに尽くして、付いて離れて迷って回って。
迷っているのかと思ったらこっちの気持ちなんか本気で全然気にしていない時もあったりして。
最初はそういうフリなのかな可愛いなぁなんて期待したけれど、心底気にしていないのだとわかった時は正直めげたりして。
・・まぁ、基本的な性格はまったく変わっていないのだけれど。
-どのトロフィーもらったときよりもヤバイ気分。
本格的に泣き始めた赤ん坊の真っ赤な顔に、グーデリアンはキスの雨を降らせた。
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
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