-俺、今度はニューヨークにホテル買ったんだ。
突如渡されたカードキーは派手好きな持ち主にはちょっと似合わないクラッシックなデザインで。
-いつでも勝手に使っていいぜ。世話んなってるしなぁ。
-当然だ。いつの間にか下宿のみならず、実家まで私物化しおって。
典型的なアメリカのスーパースター、ジャッキー・グーデリアンは、所属をドイツに移してもアメリカの仕事も多かった。
だがアパートメントは掃除も面倒、あちこちのホテルを転居するのもなんだかんだでめんどくさい。
プライベートジェットを購入してケンタッキーから通うという案もあったが、コストや安全性を考えるとそれもあまり現実的でもない。
結局、自分を甘やかすことにかけては天才的な才能とひらめきを発揮するグーデリアンは、あちこちの都市で、そんなに大きくないが小奇麗で世話の行き届くホテルを買い、そのセミスイートの一室をねぐらにしていたのだった。
ハイネルがカバンの中から、携帯電話と間違って手触りの似たジュラルミンのカードケースを出し、そのカードの入ったページを開いたのは本当に偶然だった。
「申し訳ありません。明日朝の飛行機でそちらに飛びます。」
-よりによってロストバゲッジなんて。
ニューヨークでの仕事のついでに、デトロイトの関連会社に作成の遅れた部品サンプルを直接で持ち込む予定が、そんなときに限ってトラブルが起きるのはなぜだろう。
サンプルは幸いにも重要度が高いものではなく情報リークなどの心配はなかったが、お互い数点確認したい事項もあり、サンプルがないことには話が始まらない。
ため息をつきながらハイネルは携帯電話を切った。
-飛行機のフライト変更と、デトロイトのホテルもキャンセルの手続きをしておかなくては。
実家のコンシェルジュに頼むのも面倒で、ハイネルは次々と機械的に雑用を片付けていく。
「さて・・」
すべての連絡が終わり、いつもの定宿に宿泊しようかと思ったところで、ハイネルはクラッシックなカードキーを思い出し、ふとその電話番号をダイアルしてみたのだった。
繁華街から一本裏に入った小奇麗なホテルは年代ものではあったが、隅々まで磨き上げられていた。
穏やかそうな笑みを浮かべた老齢のマネージャーに通された部屋はグーデリアン好みに多少ミッドセンチュリー風のチェアなどが置かれていたが、こざっぱりと気持ちのよい設えでハイネルはアンティークなソファに体を預け、長かった一日におおきくため息をついた。
-疲れたな。
とりあえずシャワーを浴びたいと思ったが、自分の愛用するアメニティ類はあいにくと今頃どこかの空を飛んでいる。重い体を引きずりながら向かったシャワールームにあったのは、グーデリアン愛用の髪から体まで洗えるはずのオールインワンソープ。渋々使用してみたが、ハイネルはその使用感に閉口した。
-なんだこのボディソープは。いくらすすいでも体はぬるぬるするし髪はばさばさだ!
改めてバスタブに湯をはり、おそらくスポンサーから支給されたであろう、奇天烈な色と香りのバスボムを投げ入れた。
ブルーだと思っていたバスボムは、湯に入れると瞬間にロゼワインのようなピンク色になった。
-なんだこれは・・単にpHの問題なのだろうが・・いや・・
それでもおそるおそる体を沈めるが、どうも落ち着かない。
-・・・カクテルの中に沈んでいるようだ。
浴室中に漂うきつい香りの中で、ハイネルはさらに疲労がにじみ出てくるのを感じた。
それでもなんとか体を流し、バスローブ一枚で戻ってきたハイネルは急に空腹を感じ始めた。
近くのデリでうまいコブサラダを作る店があったなとは思いつつ、髪をおろしてしまった今ではめんどくさい。
ルームサービスを頼めばいいが所詮アメリカ。細かい指示を出すことすら面倒で。
-何か、食べるものがあればいいが。どうせやつのことだから、いろいろと溜め込んでいるに違いない。
ハイネルはミニバーの冷蔵庫を漁り、アメリカの薄いビールの缶と、やや不本意ながら缶詰カマンベールもとりだした。
棚を開ければ、オリーブの塩漬けと、ママ・マート特製のコーンド・ビーフの缶詰。ターキーのパテ。ソーダクラッカー。きゅうりのピクルスがあったのは奴としては上出来だ。
冷凍庫にはもれなくキャラメルとナッツ入りのアイスクリームがあったが、それは見なかったことにしておいてやる。
それらをローテーブルの前に並べて、小さなナイフで切り取りながらハイネルはバスローブ姿のまま軽い食事をはじめた。薄いビールは相変わらずまずかったが、それ以外はそれなりに食べられる味で、小腹が満たされたハイネルはそのままごろんとソファに横になった。
-色々あったが、明日まではゆっくりできるということか。
いつもなら仕事に奔走するところだが肝心の資料などが空の上ではどうすることもできない(肝心な部分は手持ちの端末から見られるのだが、そこまでの気力もなく)。
時間を惜しんで読みたい本なども手元にはなく、適度に空腹も満たされたハイネルはそのままうとうととし始めた。
「何してんだよお前・・・」
不意に、頭上から声がした。
いつの間にか熟睡していたことに気づいたハイネルがうっすらと目を開けると、そこには手に包みを持ち、あきれた顔のグーデリアンの姿があった。
「・・あ。」
「あー、楽しみにしていた母ちゃんのコーンドビーフの缶詰!コブサラダと一緒に食べようと・・あー!俺のビール!」
テーブルの惨状にグーデリアンが悲鳴を上げる。
ハイネルはソファから体を起こすと、まだぼんやりする頭でグーデリアンのほうを見やった。
「どうしてお前がここに・・?」
「前の仕事が早く終わったんだよ。明日来る予定だったんだけど、マネージャーがお前が来てるって連絡くれたから夜便で帰ってきたら、バスローブで食い散らかしたままソファで寝てるから誰かと思ったぜ。」
「うるさいぞ。ところでさっきコブサラダとか叫ばなかったか?」
「あーこれ?もう・・・食べる?サラダと、サンドイッチもあるけど。」
「食べる。」
クラッカーでは少々物足りなかったハイネルがうれしそうにサンドイッチの包みをごそごそ開け始めるのを見て、グーデリアンはため息をついた。
「つか、そんなところで寝ると風邪引くぞ。」
「大丈夫だろう。たぶん。」
「どっからの根拠だよ。」
小言を気にもせず、ボリュームのあるサンドイッチをもぐもぐと齧るハイネル。
「・・なんかさ、ハイネル、だんだん俺に似てきてない?」
「・・お前こそ、そんなにうるさいキャラクターだったか?」
「はぁ・・・・・・・・」
-10年も一緒にいればお互い似てくるとはいうけれど。
突如渡されたカードキーは派手好きな持ち主にはちょっと似合わないクラッシックなデザインで。
-いつでも勝手に使っていいぜ。世話んなってるしなぁ。
-当然だ。いつの間にか下宿のみならず、実家まで私物化しおって。
典型的なアメリカのスーパースター、ジャッキー・グーデリアンは、所属をドイツに移してもアメリカの仕事も多かった。
だがアパートメントは掃除も面倒、あちこちのホテルを転居するのもなんだかんだでめんどくさい。
プライベートジェットを購入してケンタッキーから通うという案もあったが、コストや安全性を考えるとそれもあまり現実的でもない。
結局、自分を甘やかすことにかけては天才的な才能とひらめきを発揮するグーデリアンは、あちこちの都市で、そんなに大きくないが小奇麗で世話の行き届くホテルを買い、そのセミスイートの一室をねぐらにしていたのだった。
ハイネルがカバンの中から、携帯電話と間違って手触りの似たジュラルミンのカードケースを出し、そのカードの入ったページを開いたのは本当に偶然だった。
「申し訳ありません。明日朝の飛行機でそちらに飛びます。」
-よりによってロストバゲッジなんて。
ニューヨークでの仕事のついでに、デトロイトの関連会社に作成の遅れた部品サンプルを直接で持ち込む予定が、そんなときに限ってトラブルが起きるのはなぜだろう。
サンプルは幸いにも重要度が高いものではなく情報リークなどの心配はなかったが、お互い数点確認したい事項もあり、サンプルがないことには話が始まらない。
ため息をつきながらハイネルは携帯電話を切った。
-飛行機のフライト変更と、デトロイトのホテルもキャンセルの手続きをしておかなくては。
実家のコンシェルジュに頼むのも面倒で、ハイネルは次々と機械的に雑用を片付けていく。
「さて・・」
すべての連絡が終わり、いつもの定宿に宿泊しようかと思ったところで、ハイネルはクラッシックなカードキーを思い出し、ふとその電話番号をダイアルしてみたのだった。
繁華街から一本裏に入った小奇麗なホテルは年代ものではあったが、隅々まで磨き上げられていた。
穏やかそうな笑みを浮かべた老齢のマネージャーに通された部屋はグーデリアン好みに多少ミッドセンチュリー風のチェアなどが置かれていたが、こざっぱりと気持ちのよい設えでハイネルはアンティークなソファに体を預け、長かった一日におおきくため息をついた。
-疲れたな。
とりあえずシャワーを浴びたいと思ったが、自分の愛用するアメニティ類はあいにくと今頃どこかの空を飛んでいる。重い体を引きずりながら向かったシャワールームにあったのは、グーデリアン愛用の髪から体まで洗えるはずのオールインワンソープ。渋々使用してみたが、ハイネルはその使用感に閉口した。
-なんだこのボディソープは。いくらすすいでも体はぬるぬるするし髪はばさばさだ!
改めてバスタブに湯をはり、おそらくスポンサーから支給されたであろう、奇天烈な色と香りのバスボムを投げ入れた。
ブルーだと思っていたバスボムは、湯に入れると瞬間にロゼワインのようなピンク色になった。
-なんだこれは・・単にpHの問題なのだろうが・・いや・・
それでもおそるおそる体を沈めるが、どうも落ち着かない。
-・・・カクテルの中に沈んでいるようだ。
浴室中に漂うきつい香りの中で、ハイネルはさらに疲労がにじみ出てくるのを感じた。
それでもなんとか体を流し、バスローブ一枚で戻ってきたハイネルは急に空腹を感じ始めた。
近くのデリでうまいコブサラダを作る店があったなとは思いつつ、髪をおろしてしまった今ではめんどくさい。
ルームサービスを頼めばいいが所詮アメリカ。細かい指示を出すことすら面倒で。
-何か、食べるものがあればいいが。どうせやつのことだから、いろいろと溜め込んでいるに違いない。
ハイネルはミニバーの冷蔵庫を漁り、アメリカの薄いビールの缶と、やや不本意ながら缶詰カマンベールもとりだした。
棚を開ければ、オリーブの塩漬けと、ママ・マート特製のコーンド・ビーフの缶詰。ターキーのパテ。ソーダクラッカー。きゅうりのピクルスがあったのは奴としては上出来だ。
冷凍庫にはもれなくキャラメルとナッツ入りのアイスクリームがあったが、それは見なかったことにしておいてやる。
それらをローテーブルの前に並べて、小さなナイフで切り取りながらハイネルはバスローブ姿のまま軽い食事をはじめた。薄いビールは相変わらずまずかったが、それ以外はそれなりに食べられる味で、小腹が満たされたハイネルはそのままごろんとソファに横になった。
-色々あったが、明日まではゆっくりできるということか。
いつもなら仕事に奔走するところだが肝心の資料などが空の上ではどうすることもできない(肝心な部分は手持ちの端末から見られるのだが、そこまでの気力もなく)。
時間を惜しんで読みたい本なども手元にはなく、適度に空腹も満たされたハイネルはそのままうとうととし始めた。
「何してんだよお前・・・」
不意に、頭上から声がした。
いつの間にか熟睡していたことに気づいたハイネルがうっすらと目を開けると、そこには手に包みを持ち、あきれた顔のグーデリアンの姿があった。
「・・あ。」
「あー、楽しみにしていた母ちゃんのコーンドビーフの缶詰!コブサラダと一緒に食べようと・・あー!俺のビール!」
テーブルの惨状にグーデリアンが悲鳴を上げる。
ハイネルはソファから体を起こすと、まだぼんやりする頭でグーデリアンのほうを見やった。
「どうしてお前がここに・・?」
「前の仕事が早く終わったんだよ。明日来る予定だったんだけど、マネージャーがお前が来てるって連絡くれたから夜便で帰ってきたら、バスローブで食い散らかしたままソファで寝てるから誰かと思ったぜ。」
「うるさいぞ。ところでさっきコブサラダとか叫ばなかったか?」
「あーこれ?もう・・・食べる?サラダと、サンドイッチもあるけど。」
「食べる。」
クラッカーでは少々物足りなかったハイネルがうれしそうにサンドイッチの包みをごそごそ開け始めるのを見て、グーデリアンはため息をついた。
「つか、そんなところで寝ると風邪引くぞ。」
「大丈夫だろう。たぶん。」
「どっからの根拠だよ。」
小言を気にもせず、ボリュームのあるサンドイッチをもぐもぐと齧るハイネル。
「・・なんかさ、ハイネル、だんだん俺に似てきてない?」
「・・お前こそ、そんなにうるさいキャラクターだったか?」
「はぁ・・・・・・・・」
-10年も一緒にいればお互い似てくるとはいうけれど。
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「ハイネル。傷、よくないのか?」
「簡単な手術だったんだが、麻酔が合わなかったようでちょっと神経が麻痺していてな。まぁ、昔酷使したツケもあるのだろうが。今組織培養をしているから、そのうち移植すれば元通りだ。」
コツコツとステッキを突きながら、しかしあまり気にする様子は見せずやや不自由にカウチに腰を落とす。衝立の向こうではごそごそと衣擦れの音がした。
「今日は何してんの?」
「ヨハンのスーツを選んでいるんだ。」
傍らには執事と、首にメジャーをかけ、手に数本のネクタイを持った仕立て屋とおぼしき中年の男性が立っている。二人はグーデリアンと目が合うと、にこやかに会釈をした。
-ハイネルの、まさかの隠し子(?)発覚から数ヶ月後。
まるで何事もなかったかのように平穏であわただしい日々を送っていたシュトルムツェンダーの中に、小さな嵐が巻き起こっていた。
それは、ヨハンが骨髄性の難病を発症したというニュースだった。
その病気は、近年では近親者もしくは一般ドナーによる骨髄細胞の培養と移植を行えば確実に治癒するものとなっていたが、治療には多額の医療費と時間がかかる。また、近親者からの提供がない場合、運よく遺伝子型が適合するドナーが運よく見つかる可能性は非常に低い。ヨハンに精神的・金銭的ともに頼りにできる身寄りがないことは周知の事実であり、チーム内の誰もが同情するが何事もできないというもどかしい状況となっていた。
そこに出てきたのが、オーナーであるフランツ・ハイネルだった。
絶望にくれるヨハンの病室に突如現れたハイネルは、「私もそろそろ持病の腰痛の手術をしなくてはいけないんだが、どう暇をつぶそうかと考えていたんだ。君が一般ドナーを待つ間、話し相手になってくれるなら多少の資金援助をしたい。」と、まるで仕事帰りにパブにでも誘うような軽い調子で申し出たのだった。
もちろん、ヨハンは恐縮こそすれ、断る術はなく。
ハイネルの手術が終わり、まもなく奇跡的に適合ドナーが現れたヨハンは無事に移植を済ませることができたのだった。
しかし、一方で手術はハイネルの体に麻酔による後遺症を残し、ハイネルはしばらくステッキを手放せない生活を送る羽目になっていた。
「何、ヨハンを秘書にでもするつもり?」
「まさか。チーフの秘蔵っ子を奪ったらさすがに私でも報復が怖い。重い荷物が持てない以外に不自由はあまりないが、彼も病み上がりだからリハビリにはちょうどいいかと思ってな。」
「お前のカバン、見た目以上に重いからなぁ。で、スーツ選びってわけ?」
「チームウェアやツナギで本社に出社するわけにもいかんだろう。いずれはチームに返すつもりだから、わざわざ買うのももったいないしな。」
「あの・・」
衝立の向こうから、ヨハンがそっと出てきた。昔のハイネルのものと思われる茶色のスーツを着た姿は、いつもの作業着姿からは想像しがたい、品の良い青年だった。
グーデリアンの顔を見かけ、ぱっと姿勢を正したヨハンの前にハイネルは歩み寄り、腕を上げ下げさせたりして皺の入り具合などを丁寧に検分する。
「思った通りほぼぴったりだな。ふむ、君は髪の色が薄いから、もっと寒色系のスーツでもいいかもしれないな。・・適当に出して着せてみてやってくれ。」
執事は恭しく頭を下げると、隣の部屋へ消えていった。隣が部屋ごと衣装部屋になっているらしい。
「ネクタイは・・緑ではないな、君の場合は。薄い青か、意外と金色でもいいかもしれない。」
仕立て屋から受け取ったネクタイ数本を、ハイネルはヨハンのネクタイをああでもないこうでもないと次々と取り替えてみている。
「楽しそうだな。」
「あぁ。父が私を着飾らせて連れ歩いていたのが、今になってちょっと理解できるかな。」
「・・あのナルシスト親父め。」
グーデリアンの悪態を喉の奥で笑うハイネルの極上の笑顔に、ヨハンは顎を上げ、やり場のない目をきょろきょろとさせていた。
「あの人はせっかく仕立てたものを着ないと機嫌が悪くなるから正直、めんどくさいな。母からは時々やたら奇天烈な衣類が送られてきたが、放っておいてもいいからある意味楽だ。」
「リサちゃんは結構気に入ってるみたいたけどねぇ。」
「リサが妙な格好をしていると、父から私にクレームが入るんだぞ。本人に言えばいいのに。」
「お母さんとリサちゃんのマシンガントークにゃ、テロリストも勝てねぇよ。」
執事が違うスーツ一式を手にとり姿を現した。再び衝立の向こうに消えたヨハンが今度は淡いグレーのスーツに、濃い青い色のネクタイで現れる。
「ふむ、グレーもいいな。若いから、ちょっとビビットな深紅のタイなんかを合わせても映える。では、そのブラウンとグレーのスーツを。合わない部分は直してやってくれ。それと、そのスーツに似合うシャツ何枚かとネクタイ、靴やポケットチーフなども一式スペア含めて彼のアパートメントへ。」
「かしこまりました。」
仕立屋がヨハンの体にあわせて数本のピンや目印を打つ。額にうっすらと汗をかいたヨハンはほっと大きな息をついた。
「休みの日に悪かったね。」
衝立の後ろから私服らしい白いシャツと褐色の地味なパンツ姿で戻ってきたヨハンに、ハイネルはカウチから声をかけた。
「いいえ、あの、仕立て直しの代金を・・。」
「いいんだ、どうせもう誰も着ないんだから。」
「凶悪に細っそいよなぁ、お前のスーツ。」
「うるさいぞグーデリアン。まぁ、似た体格の君が使ってくれると助かるんだ。ところで昼からの急ぎの予定はあるかな?」
「特にないです。」
「じゃあ、帰りは同じ方向のグーデリアンに送らせるから、ここで一緒に昼食を食べていきなさい。」
「え、そんな。」
「どうせ、そこの居候と二人の食事だから遠慮はいらない。」
ふるふると遠慮がちに頭を振るヨハンの背をグーデリアンが押し、ドアをくぐって隣のハイネルの自室に入ると、窓際に用意したテーブルに座らせた。
「そーそ。リサちゃんも出て行って、家族もいない寂しいオヒトリサマだし?相手してやってよヨハン。」
「そいつなんて、食事だけじゃなくていつの間にか人の家に私物まで持ち込んでいるからな。うちは宿屋じゃないんだぞ。」
「宿代の代わりに、テストドライバーからお抱え運転手まで目いっぱいこき使う癖に。はいどうぞお嬢様ー・・・・いた!。」
ハイネルのために椅子を引いてやったグーデリアンは、すかさず脇腹にきつい肘鉄を食らった。
「えー、なんでよ俺も白ワイン。車は自動運転でいいじゃん。」
ヨハン用にハーブ系のコーディアルの入った冷たい水を注ぎ、自分のグラスにはワインをと思ったところでグーデリアンはハイネルにとめられた。代わりにノンアルコールビールの瓶を渡されて口をとがらせる。
「馬鹿もの。せっかくヨハンがお前のファンだというから、花を持たせてやろうと思ったのに。」
「そういうんなら、お前もノンアルコール付き合えよ。」
「酒は百薬の長と言ってだな。これは薬だ。」
ハイネルは自分のグラスにはワインを注ぎ、悠々と飲み始める。
温かい家庭料理と、多少味気ないノンアルコールビールで始まった食事は、相変わらずの小競り合いから始まった。
「って、ヨハンやっぱ俺のファン?そうだよなー、精密機械の走りなんて面白くないよなぁー。」
「ヨハンが10歳の頃は私は既に引退していたんだ。自惚れるな。」
グーデリアンはごつんとステッキで向う脛を殴られる。
「いてっ!なんだよ、病気して多少大人しくなったと思ったら。凶器は反則!」
ハイネルは笑いながら料理には味見程度に手をつけ、白ワイン片手にもっぱらチーズと果物ばかりをつまんでいる。
グーデリアンはヨハンの皿が空かないよう、次々と料理を勧めることを楽しんでいた。
「でも、僕は車体ではシュティールが一番好きです。一番最初の。」
「へぇ、あの銀色のじゃじゃ馬シュティール?あれは、乗ってる分には飛びぬけてしんどかったなぁ。」
「お前のバカげた体重のせいで、バランス調製が大変だったんだ・・まったくこいつときたら。」
「あの時代のおかげで今ダイエットしやすいっていうか・・いやー、でもこないだの役作りで本気で痩せろって言われた時、まだハイネルには甘やかされていたんだってのがよくわかった。あいつら本気で野菜しか食わせねぇとかやりやがるんだぜ?」
「まぁそこはレーサーだからな。筋肉が落ちたら何のためのダイエットだか。」
「よく言うよ。お前しょっちゅう飯忘れてるから、チーフにゃ俺、ハイネルの餌やり係って言われてたのに。ヨハンは、ちゃんと飯食ってるか~?」
「昼夜はラボで食べていることが多いです。朝は市場でクリームチーズのプレッツェルとか。休日は食べに行ったり、ちょっとは自分で作ってみたり。」
「あー、あのプレッツェル屋、うまいよな。隣のブルスト屋も俺よく行った。」
「・・・・・・・お前、ロードワークのついでに買い食いをしていたのか・・どうりで・・」
「あ、いやいやいやいや、今のなしで!このクヌーデルうまいね。グラーシュはハイネルが作るほうがうまいかも。」
「うちのコックに教わったんだから、基本は同じはずだが。」
ハイネルはスプーンでソースをすくい、味をみる。
「ふむ・・おそらく、私のものより煮込む時間が長いんだと思う。味が丸いな。こちらが正解だ。」
「ふーん。でも俺はハイネルのほうがすっきりしてて好きかも。ヨハン、ハイネルって意外に料理うまいんだぜ。教えてもらえば?」
「意外は余計だ。そして、妙にハードルを上げるな。やりにくくてかなわんわ!」
「あー、そういや送り迎えとかどうしてんの?こいつの車、車高べたべたの2シーターだろ?」
「父の車を借りている。あれはオートマチックだから。」
「あー、あのギラギラ深紅ですげぇオーラのエロセダンクーペな。」
「・・一応、うちの最高級モデルだぞ。」
「ヨハンは車運転しねぇの?」
「僕、免許持ってないんです。なかなか時間と、練習する場所がなくて。」
「マジ?俺デビューは5歳だったぜ。親父が改造した芝刈り機。時速25マイルくらい出るの。」
「お前の実家のような田舎と比較するな。」
「お前も庭で練習したクチだろ~おぼっちゃま?」
「まぁ、祖父がカートから教えてくれたんだが・・。ここかテストコースで練習してもいいんだが、適当な車があれば。」
窓の外に広がる広大な丘陵を眺めながらハイネルが唇に指をあてる。
「ハイネルの車は超過激なのか博物館行き骨董品かの二択だしなぁ。俺の車も何台かあるだろ、好きなの使っていいよ?ごついのも早いのもあるぜ。跳ね馬印の4WDなら雪道も走れる。」
ティーンの頃から賞金王だったグーデリアンが提示した車種はすべて『世界で売られている車、高いほうから数えて何番目』で。名前が羅列されるたびにヨハンの顔が軽く引きつった。
「あの・・僕の年収で弁償できる車で・・」
「だいじょーぶ、ハイネルが自社株の配当でさらっと弁償してくれるから。えーと・・日本製のコスパ満点のアレならいける・・かな?」
「私に破産させる気か。第一、数センチの段差も超えられないとか、ナビが混乱するほどの幅があるとか、お前の車は極端すぎる。」
「あ、でもガレージの端にライムグリーンのちっちゃいのあっただろ。あれ市販車じゃないの?」
「あぁ。だがあれは、『リサのちびっこ暴走族』だ。」
「・・なにそれ。」
「ラボスタッフの、いわゆる『俺が考える最強の改造車』が融合した車体でな。リサの小遣いの範疇でという約束で、それぞれが好き放題にブレーキやらサスやらありとあらゆる部品が交換されている。その上、アーシングやら電磁波シールドやら眉唾な改造まで施した、バランスなんか全く無視した逸品だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーお、ティーンの夢の結晶だ。」
「まぁ、キャノピーはローリングコクピット方式だし、衝突センサーもついているはずだし、父がこっそりエアバックを仕込みまくっていたようだから少々の事故では問題はないはずだが・・・」
「・・・・・それさ、こっそり彼氏乗せたら電撃食らう機能とかついてるぜ?」
こんな調子で前菜からデザートまで、主に二人は他愛のない話をしゃべり続けた。その間にちょくちょく差し挟まれたヨハンの家庭の料理、家族で遊びに行った遊園地の話などは、幼い頃の彼が温かくやさしい一般家庭で育てられたことを物語っていた。
-----------------------------
久々のアップがこんなんですみません。
間に合うかなぁ。
「簡単な手術だったんだが、麻酔が合わなかったようでちょっと神経が麻痺していてな。まぁ、昔酷使したツケもあるのだろうが。今組織培養をしているから、そのうち移植すれば元通りだ。」
コツコツとステッキを突きながら、しかしあまり気にする様子は見せずやや不自由にカウチに腰を落とす。衝立の向こうではごそごそと衣擦れの音がした。
「今日は何してんの?」
「ヨハンのスーツを選んでいるんだ。」
傍らには執事と、首にメジャーをかけ、手に数本のネクタイを持った仕立て屋とおぼしき中年の男性が立っている。二人はグーデリアンと目が合うと、にこやかに会釈をした。
-ハイネルの、まさかの隠し子(?)発覚から数ヶ月後。
まるで何事もなかったかのように平穏であわただしい日々を送っていたシュトルムツェンダーの中に、小さな嵐が巻き起こっていた。
それは、ヨハンが骨髄性の難病を発症したというニュースだった。
その病気は、近年では近親者もしくは一般ドナーによる骨髄細胞の培養と移植を行えば確実に治癒するものとなっていたが、治療には多額の医療費と時間がかかる。また、近親者からの提供がない場合、運よく遺伝子型が適合するドナーが運よく見つかる可能性は非常に低い。ヨハンに精神的・金銭的ともに頼りにできる身寄りがないことは周知の事実であり、チーム内の誰もが同情するが何事もできないというもどかしい状況となっていた。
そこに出てきたのが、オーナーであるフランツ・ハイネルだった。
絶望にくれるヨハンの病室に突如現れたハイネルは、「私もそろそろ持病の腰痛の手術をしなくてはいけないんだが、どう暇をつぶそうかと考えていたんだ。君が一般ドナーを待つ間、話し相手になってくれるなら多少の資金援助をしたい。」と、まるで仕事帰りにパブにでも誘うような軽い調子で申し出たのだった。
もちろん、ヨハンは恐縮こそすれ、断る術はなく。
ハイネルの手術が終わり、まもなく奇跡的に適合ドナーが現れたヨハンは無事に移植を済ませることができたのだった。
しかし、一方で手術はハイネルの体に麻酔による後遺症を残し、ハイネルはしばらくステッキを手放せない生活を送る羽目になっていた。
「何、ヨハンを秘書にでもするつもり?」
「まさか。チーフの秘蔵っ子を奪ったらさすがに私でも報復が怖い。重い荷物が持てない以外に不自由はあまりないが、彼も病み上がりだからリハビリにはちょうどいいかと思ってな。」
「お前のカバン、見た目以上に重いからなぁ。で、スーツ選びってわけ?」
「チームウェアやツナギで本社に出社するわけにもいかんだろう。いずれはチームに返すつもりだから、わざわざ買うのももったいないしな。」
「あの・・」
衝立の向こうから、ヨハンがそっと出てきた。昔のハイネルのものと思われる茶色のスーツを着た姿は、いつもの作業着姿からは想像しがたい、品の良い青年だった。
グーデリアンの顔を見かけ、ぱっと姿勢を正したヨハンの前にハイネルは歩み寄り、腕を上げ下げさせたりして皺の入り具合などを丁寧に検分する。
「思った通りほぼぴったりだな。ふむ、君は髪の色が薄いから、もっと寒色系のスーツでもいいかもしれないな。・・適当に出して着せてみてやってくれ。」
執事は恭しく頭を下げると、隣の部屋へ消えていった。隣が部屋ごと衣装部屋になっているらしい。
「ネクタイは・・緑ではないな、君の場合は。薄い青か、意外と金色でもいいかもしれない。」
仕立て屋から受け取ったネクタイ数本を、ハイネルはヨハンのネクタイをああでもないこうでもないと次々と取り替えてみている。
「楽しそうだな。」
「あぁ。父が私を着飾らせて連れ歩いていたのが、今になってちょっと理解できるかな。」
「・・あのナルシスト親父め。」
グーデリアンの悪態を喉の奥で笑うハイネルの極上の笑顔に、ヨハンは顎を上げ、やり場のない目をきょろきょろとさせていた。
「あの人はせっかく仕立てたものを着ないと機嫌が悪くなるから正直、めんどくさいな。母からは時々やたら奇天烈な衣類が送られてきたが、放っておいてもいいからある意味楽だ。」
「リサちゃんは結構気に入ってるみたいたけどねぇ。」
「リサが妙な格好をしていると、父から私にクレームが入るんだぞ。本人に言えばいいのに。」
「お母さんとリサちゃんのマシンガントークにゃ、テロリストも勝てねぇよ。」
執事が違うスーツ一式を手にとり姿を現した。再び衝立の向こうに消えたヨハンが今度は淡いグレーのスーツに、濃い青い色のネクタイで現れる。
「ふむ、グレーもいいな。若いから、ちょっとビビットな深紅のタイなんかを合わせても映える。では、そのブラウンとグレーのスーツを。合わない部分は直してやってくれ。それと、そのスーツに似合うシャツ何枚かとネクタイ、靴やポケットチーフなども一式スペア含めて彼のアパートメントへ。」
「かしこまりました。」
仕立屋がヨハンの体にあわせて数本のピンや目印を打つ。額にうっすらと汗をかいたヨハンはほっと大きな息をついた。
「休みの日に悪かったね。」
衝立の後ろから私服らしい白いシャツと褐色の地味なパンツ姿で戻ってきたヨハンに、ハイネルはカウチから声をかけた。
「いいえ、あの、仕立て直しの代金を・・。」
「いいんだ、どうせもう誰も着ないんだから。」
「凶悪に細っそいよなぁ、お前のスーツ。」
「うるさいぞグーデリアン。まぁ、似た体格の君が使ってくれると助かるんだ。ところで昼からの急ぎの予定はあるかな?」
「特にないです。」
「じゃあ、帰りは同じ方向のグーデリアンに送らせるから、ここで一緒に昼食を食べていきなさい。」
「え、そんな。」
「どうせ、そこの居候と二人の食事だから遠慮はいらない。」
ふるふると遠慮がちに頭を振るヨハンの背をグーデリアンが押し、ドアをくぐって隣のハイネルの自室に入ると、窓際に用意したテーブルに座らせた。
「そーそ。リサちゃんも出て行って、家族もいない寂しいオヒトリサマだし?相手してやってよヨハン。」
「そいつなんて、食事だけじゃなくていつの間にか人の家に私物まで持ち込んでいるからな。うちは宿屋じゃないんだぞ。」
「宿代の代わりに、テストドライバーからお抱え運転手まで目いっぱいこき使う癖に。はいどうぞお嬢様ー・・・・いた!。」
ハイネルのために椅子を引いてやったグーデリアンは、すかさず脇腹にきつい肘鉄を食らった。
「えー、なんでよ俺も白ワイン。車は自動運転でいいじゃん。」
ヨハン用にハーブ系のコーディアルの入った冷たい水を注ぎ、自分のグラスにはワインをと思ったところでグーデリアンはハイネルにとめられた。代わりにノンアルコールビールの瓶を渡されて口をとがらせる。
「馬鹿もの。せっかくヨハンがお前のファンだというから、花を持たせてやろうと思ったのに。」
「そういうんなら、お前もノンアルコール付き合えよ。」
「酒は百薬の長と言ってだな。これは薬だ。」
ハイネルは自分のグラスにはワインを注ぎ、悠々と飲み始める。
温かい家庭料理と、多少味気ないノンアルコールビールで始まった食事は、相変わらずの小競り合いから始まった。
「って、ヨハンやっぱ俺のファン?そうだよなー、精密機械の走りなんて面白くないよなぁー。」
「ヨハンが10歳の頃は私は既に引退していたんだ。自惚れるな。」
グーデリアンはごつんとステッキで向う脛を殴られる。
「いてっ!なんだよ、病気して多少大人しくなったと思ったら。凶器は反則!」
ハイネルは笑いながら料理には味見程度に手をつけ、白ワイン片手にもっぱらチーズと果物ばかりをつまんでいる。
グーデリアンはヨハンの皿が空かないよう、次々と料理を勧めることを楽しんでいた。
「でも、僕は車体ではシュティールが一番好きです。一番最初の。」
「へぇ、あの銀色のじゃじゃ馬シュティール?あれは、乗ってる分には飛びぬけてしんどかったなぁ。」
「お前のバカげた体重のせいで、バランス調製が大変だったんだ・・まったくこいつときたら。」
「あの時代のおかげで今ダイエットしやすいっていうか・・いやー、でもこないだの役作りで本気で痩せろって言われた時、まだハイネルには甘やかされていたんだってのがよくわかった。あいつら本気で野菜しか食わせねぇとかやりやがるんだぜ?」
「まぁそこはレーサーだからな。筋肉が落ちたら何のためのダイエットだか。」
「よく言うよ。お前しょっちゅう飯忘れてるから、チーフにゃ俺、ハイネルの餌やり係って言われてたのに。ヨハンは、ちゃんと飯食ってるか~?」
「昼夜はラボで食べていることが多いです。朝は市場でクリームチーズのプレッツェルとか。休日は食べに行ったり、ちょっとは自分で作ってみたり。」
「あー、あのプレッツェル屋、うまいよな。隣のブルスト屋も俺よく行った。」
「・・・・・・・お前、ロードワークのついでに買い食いをしていたのか・・どうりで・・」
「あ、いやいやいやいや、今のなしで!このクヌーデルうまいね。グラーシュはハイネルが作るほうがうまいかも。」
「うちのコックに教わったんだから、基本は同じはずだが。」
ハイネルはスプーンでソースをすくい、味をみる。
「ふむ・・おそらく、私のものより煮込む時間が長いんだと思う。味が丸いな。こちらが正解だ。」
「ふーん。でも俺はハイネルのほうがすっきりしてて好きかも。ヨハン、ハイネルって意外に料理うまいんだぜ。教えてもらえば?」
「意外は余計だ。そして、妙にハードルを上げるな。やりにくくてかなわんわ!」
「あー、そういや送り迎えとかどうしてんの?こいつの車、車高べたべたの2シーターだろ?」
「父の車を借りている。あれはオートマチックだから。」
「あー、あのギラギラ深紅ですげぇオーラのエロセダンクーペな。」
「・・一応、うちの最高級モデルだぞ。」
「ヨハンは車運転しねぇの?」
「僕、免許持ってないんです。なかなか時間と、練習する場所がなくて。」
「マジ?俺デビューは5歳だったぜ。親父が改造した芝刈り機。時速25マイルくらい出るの。」
「お前の実家のような田舎と比較するな。」
「お前も庭で練習したクチだろ~おぼっちゃま?」
「まぁ、祖父がカートから教えてくれたんだが・・。ここかテストコースで練習してもいいんだが、適当な車があれば。」
窓の外に広がる広大な丘陵を眺めながらハイネルが唇に指をあてる。
「ハイネルの車は超過激なのか博物館行き骨董品かの二択だしなぁ。俺の車も何台かあるだろ、好きなの使っていいよ?ごついのも早いのもあるぜ。跳ね馬印の4WDなら雪道も走れる。」
ティーンの頃から賞金王だったグーデリアンが提示した車種はすべて『世界で売られている車、高いほうから数えて何番目』で。名前が羅列されるたびにヨハンの顔が軽く引きつった。
「あの・・僕の年収で弁償できる車で・・」
「だいじょーぶ、ハイネルが自社株の配当でさらっと弁償してくれるから。えーと・・日本製のコスパ満点のアレならいける・・かな?」
「私に破産させる気か。第一、数センチの段差も超えられないとか、ナビが混乱するほどの幅があるとか、お前の車は極端すぎる。」
「あ、でもガレージの端にライムグリーンのちっちゃいのあっただろ。あれ市販車じゃないの?」
「あぁ。だがあれは、『リサのちびっこ暴走族』だ。」
「・・なにそれ。」
「ラボスタッフの、いわゆる『俺が考える最強の改造車』が融合した車体でな。リサの小遣いの範疇でという約束で、それぞれが好き放題にブレーキやらサスやらありとあらゆる部品が交換されている。その上、アーシングやら電磁波シールドやら眉唾な改造まで施した、バランスなんか全く無視した逸品だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーお、ティーンの夢の結晶だ。」
「まぁ、キャノピーはローリングコクピット方式だし、衝突センサーもついているはずだし、父がこっそりエアバックを仕込みまくっていたようだから少々の事故では問題はないはずだが・・・」
「・・・・・それさ、こっそり彼氏乗せたら電撃食らう機能とかついてるぜ?」
こんな調子で前菜からデザートまで、主に二人は他愛のない話をしゃべり続けた。その間にちょくちょく差し挟まれたヨハンの家庭の料理、家族で遊びに行った遊園地の話などは、幼い頃の彼が温かくやさしい一般家庭で育てられたことを物語っていた。
-----------------------------
久々のアップがこんなんですみません。
間に合うかなぁ。
『ちょっと走ってくる』
長いようで短いドイツの夏を惜しむように、首元まできちりとライディングスーツを着たハイネルが小さな暴れ馬でするりと本宅の広大な庭を抜けて行ったのは、朝早くのことだった。
「何、ハイネルまだ帰ってねぇの?」
出迎えてくれた執事にジャケットを預け、グーデリアンはソファに腰を下ろした。
久々のオフだったのに、グーデリアンには午前にアメリカの車雑誌からつまらない取材が一つ入っていて。
『あー、サボりたい・・・たまにゃ朝からハイネルとグダグダ過ごしたい・・・』
『お前、そのうちアメリカに忘れられるぞ。』
『・・へい。』
-というか、その前にお前に忘れられそうで怖いんですけどね、俺は。
一応こねてみた駄々も一瞬で撃破され、しぶしぶ別行動となったのだった。
-大丈夫かねぇ
朝は快晴だったのに背の高い窓から見上げる空には昼過ぎから段々と厚い雲が被さってきていた。
配信映画が1本終わり、ポットの紅茶も冷め始めた頃にはついに遠方では雷鳴が轟き始めた。
「先ほど、もうすぐ戻られるとのお電話がありました。」
「あー、気にしなくていいんで。気まぐれな坊ちゃんのお守も大変っすね。」
普段仕事の事となるときっちりすぎるほどの管理をする男が、自分相手にだけは結構めんどくさがりでズボラでいい加減なのに気付いたのはいつだろう。
-あー、これが釣った魚にはなんとかってヤツか。
自分にも身に覚えはないこともないが、まさか自分がされる側になるとは。
申し訳なさそうに頭を下げる執事に苦笑を返し、グーデリアンは再度映画配信を探し始めた。
グーデリアンがうとうととし始めた頃、ゴツゴツとした足音と複数の男性がしゃべる低い声が聞こえた気がした。ドアを開けてみれば、点々と水滴が廊下に残り、後からは二人組のメイドがモップを持ち、水滴掃除に余念がない。
「あ、先ほどフランツ様がお戻りになられました。」
「サンキュ、シンデレラさん達。」
メイドに大げさに投げキスをして、グーデリアンは水滴の続くほうへ歩いていった。
「おかえりー遅かったな・・・・・ん?。」
客間のドアを開けて目に入ったのは、びしょ濡れの黒いライディングスーツのハイネルと・・汗なのかヘルメットの通気口から入った雨なのか、額にかかる濡れた金髪をうっとおしそうにかきあげているランドルだった。
「・・・今日、ランドルと一緒だったの?」
「言ってなかったか?」
「すまなかったな、ハイネル。まさかランドル家の気象予報システムが外れるなんて。」
「仕方ないさ。いい息抜きにはなった。よければ装備は私のほうでメンテナンスをしておこう。」
「頼む。」
話しながら、二人は何人かの執事やメイドに厚手のタオルでざっと表面の水分を吸わせ、一つずつ装備を外しては預けていく。
ヘルメット、ブーツ、ライディングスーツ、アンダースーツ・・撥水加工のつなぎ目や通気口から浸水した水分が奥のほうまでじっとりとしみ込んでいる。
「ここまで雨に降られたのは久しぶりだ。」
「やはりツーリングはトランスポーター付きにしよう、ハイネル。」
「まぁ、たしかにそれが合理的だが・・。」
既にTシャツと下着のみになったランドルがはりついたシャツを脱ぐ。最近身長が伸び、体格も「男」に近付きつつある体が、ハイネルのシャツの首筋に指をかけて中を覗く。
「大体、君は僕より日焼けするだろう。あんまり紫外線に当たらないほうがいいんじゃないか?」
「そんなに焼けているか?」
「今日は大丈夫みたいだ。」
「よかった。後でヒリヒリするのはごめんだ。」
ハイネルはさっさとシャツを脱ぎ、下着に指をかけた。
「・・・ちょっと待て!さすがにちょっと待て!!」
いきなり手首を掴まれて、ハイネルがきょとんと顔を上げる。
「なんだ、グーデリアン?」
「お前ら・・ここで下着まで脱ぐの?」
指さす先を見回せば、執事とメイドが数人、そしてランドル。一通り確認し、ハイネルは再び首をかしげた。
「そこでメイドがバスローブを持って待機しているが?」
何か問題が?という顔に、グーデリアンがハイネルの両肩を掴む。
「いや、そこはダメだろう!」
「・・何がダメなのか、わかるように説明してくれないか?」
「僕もわからないぞ。シャワーの前には裸になるだろう。」
「裸が、じゃなくて、こういうシチュエーションで!」
衆人環視の真ん中で、しかも女性が含まれる中で局部まで晒してんじゃねぇよと言いたいのだが、あまりの衝撃に言葉がうまく出てこない。
待てよ、こういうのは普通俺がやらかしてハイネルが止めるんじゃなかったか?とグーデリアンの頭をぐるぐると色々な思惑が駆け巡ってなんだかもうよくわからない。
「ロッカールームとかサウナで普通に裸になるが、何か問題があったか?」
「全く、アメリカ人というのはよくわからないな。」
下着だけでひそひそ話し合う二人にはまったく通じていない。
「アメリカじゃあな、人前でパンツ脱ぐのは病院と彼女の前だけなの!」
グーデリアンは吠えた。なぜか、大きな敗北感を覚えながら。
-その夜。
「ふうん、彼女、か。」
ラボ近くのアパートメントで風呂上がり、ハイネルはコーヒーを淹れながらつぶやいた。
「だからあれば言葉のアヤ!あそこで俺に彼氏って言ってほしかったのかお前?!」
ソファで雑誌片手に寝転がっていたグーデリアンは起き上がり、不服の意を表した。
「別に?第一、私はお前の彼氏でも彼女でもないしな。」
ハイネルはコーヒーと郵便物を片手に、仕事机と小さなベッドのある自分の仕事部屋へ向かう。パジャマの襟元は上まできっちり止めて。
「え、何、今晩やらないの?」
「仕事があるから邪魔をするな。おやすみ。」
あわてて引いてみた袖口は邪険に振り払われて。
-あぁ、ヨーロッパ人めんどくさい!
ドイツに来てもう数年。
そろそろ本気でシュトロブラムスのコールセンターに「フランツ・ハイネルの取扱書」を請求してやろうかと、グーデリアンは今夜も枕を涙で濡らすのだった。
---------------
チャットお疲れ様でした。
確認したらかきかけのままアップしてなかったので、ちょっと足して・・・
裸が、というよりは、ヤキモキするグーが書きたかっただけでした。
長いようで短いドイツの夏を惜しむように、首元まできちりとライディングスーツを着たハイネルが小さな暴れ馬でするりと本宅の広大な庭を抜けて行ったのは、朝早くのことだった。
「何、ハイネルまだ帰ってねぇの?」
出迎えてくれた執事にジャケットを預け、グーデリアンはソファに腰を下ろした。
久々のオフだったのに、グーデリアンには午前にアメリカの車雑誌からつまらない取材が一つ入っていて。
『あー、サボりたい・・・たまにゃ朝からハイネルとグダグダ過ごしたい・・・』
『お前、そのうちアメリカに忘れられるぞ。』
『・・へい。』
-というか、その前にお前に忘れられそうで怖いんですけどね、俺は。
一応こねてみた駄々も一瞬で撃破され、しぶしぶ別行動となったのだった。
-大丈夫かねぇ
朝は快晴だったのに背の高い窓から見上げる空には昼過ぎから段々と厚い雲が被さってきていた。
配信映画が1本終わり、ポットの紅茶も冷め始めた頃にはついに遠方では雷鳴が轟き始めた。
「先ほど、もうすぐ戻られるとのお電話がありました。」
「あー、気にしなくていいんで。気まぐれな坊ちゃんのお守も大変っすね。」
普段仕事の事となるときっちりすぎるほどの管理をする男が、自分相手にだけは結構めんどくさがりでズボラでいい加減なのに気付いたのはいつだろう。
-あー、これが釣った魚にはなんとかってヤツか。
自分にも身に覚えはないこともないが、まさか自分がされる側になるとは。
申し訳なさそうに頭を下げる執事に苦笑を返し、グーデリアンは再度映画配信を探し始めた。
グーデリアンがうとうととし始めた頃、ゴツゴツとした足音と複数の男性がしゃべる低い声が聞こえた気がした。ドアを開けてみれば、点々と水滴が廊下に残り、後からは二人組のメイドがモップを持ち、水滴掃除に余念がない。
「あ、先ほどフランツ様がお戻りになられました。」
「サンキュ、シンデレラさん達。」
メイドに大げさに投げキスをして、グーデリアンは水滴の続くほうへ歩いていった。
「おかえりー遅かったな・・・・・ん?。」
客間のドアを開けて目に入ったのは、びしょ濡れの黒いライディングスーツのハイネルと・・汗なのかヘルメットの通気口から入った雨なのか、額にかかる濡れた金髪をうっとおしそうにかきあげているランドルだった。
「・・・今日、ランドルと一緒だったの?」
「言ってなかったか?」
「すまなかったな、ハイネル。まさかランドル家の気象予報システムが外れるなんて。」
「仕方ないさ。いい息抜きにはなった。よければ装備は私のほうでメンテナンスをしておこう。」
「頼む。」
話しながら、二人は何人かの執事やメイドに厚手のタオルでざっと表面の水分を吸わせ、一つずつ装備を外しては預けていく。
ヘルメット、ブーツ、ライディングスーツ、アンダースーツ・・撥水加工のつなぎ目や通気口から浸水した水分が奥のほうまでじっとりとしみ込んでいる。
「ここまで雨に降られたのは久しぶりだ。」
「やはりツーリングはトランスポーター付きにしよう、ハイネル。」
「まぁ、たしかにそれが合理的だが・・。」
既にTシャツと下着のみになったランドルがはりついたシャツを脱ぐ。最近身長が伸び、体格も「男」に近付きつつある体が、ハイネルのシャツの首筋に指をかけて中を覗く。
「大体、君は僕より日焼けするだろう。あんまり紫外線に当たらないほうがいいんじゃないか?」
「そんなに焼けているか?」
「今日は大丈夫みたいだ。」
「よかった。後でヒリヒリするのはごめんだ。」
ハイネルはさっさとシャツを脱ぎ、下着に指をかけた。
「・・・ちょっと待て!さすがにちょっと待て!!」
いきなり手首を掴まれて、ハイネルがきょとんと顔を上げる。
「なんだ、グーデリアン?」
「お前ら・・ここで下着まで脱ぐの?」
指さす先を見回せば、執事とメイドが数人、そしてランドル。一通り確認し、ハイネルは再び首をかしげた。
「そこでメイドがバスローブを持って待機しているが?」
何か問題が?という顔に、グーデリアンがハイネルの両肩を掴む。
「いや、そこはダメだろう!」
「・・何がダメなのか、わかるように説明してくれないか?」
「僕もわからないぞ。シャワーの前には裸になるだろう。」
「裸が、じゃなくて、こういうシチュエーションで!」
衆人環視の真ん中で、しかも女性が含まれる中で局部まで晒してんじゃねぇよと言いたいのだが、あまりの衝撃に言葉がうまく出てこない。
待てよ、こういうのは普通俺がやらかしてハイネルが止めるんじゃなかったか?とグーデリアンの頭をぐるぐると色々な思惑が駆け巡ってなんだかもうよくわからない。
「ロッカールームとかサウナで普通に裸になるが、何か問題があったか?」
「全く、アメリカ人というのはよくわからないな。」
下着だけでひそひそ話し合う二人にはまったく通じていない。
「アメリカじゃあな、人前でパンツ脱ぐのは病院と彼女の前だけなの!」
グーデリアンは吠えた。なぜか、大きな敗北感を覚えながら。
-その夜。
「ふうん、彼女、か。」
ラボ近くのアパートメントで風呂上がり、ハイネルはコーヒーを淹れながらつぶやいた。
「だからあれば言葉のアヤ!あそこで俺に彼氏って言ってほしかったのかお前?!」
ソファで雑誌片手に寝転がっていたグーデリアンは起き上がり、不服の意を表した。
「別に?第一、私はお前の彼氏でも彼女でもないしな。」
ハイネルはコーヒーと郵便物を片手に、仕事机と小さなベッドのある自分の仕事部屋へ向かう。パジャマの襟元は上まできっちり止めて。
「え、何、今晩やらないの?」
「仕事があるから邪魔をするな。おやすみ。」
あわてて引いてみた袖口は邪険に振り払われて。
-あぁ、ヨーロッパ人めんどくさい!
ドイツに来てもう数年。
そろそろ本気でシュトロブラムスのコールセンターに「フランツ・ハイネルの取扱書」を請求してやろうかと、グーデリアンは今夜も枕を涙で濡らすのだった。
---------------
チャットお疲れ様でした。
確認したらかきかけのままアップしてなかったので、ちょっと足して・・・
裸が、というよりは、ヤキモキするグーが書きたかっただけでした。
「・・・・・・・・何をしに来たこのバカ。」
冷たい水をはったバスタブの横に跪き、Tシャツから出した両腕を漬けたハイネルの口からは、真っ先に険呑なセリフが飛び出した。
「・・怒ってるぅ?」
他の人間ならば縮みあがるような鋭い視線と言葉を気にする様子もなく、右腕に大量のタオルと、左腕に大きな袋を持ったグーデリアンはへらへらとクラシカルな白いバスタブの横にしゃがみこんだ。
「痛そうだなぁ。」
「・・・誰のせいだと?」
「だから、あれこれかき集めてきたんだよ。見せてみな。」
袋を持ち上げて見せるグーデリアンから、ハイネルはぷいっと視線をそらす。
「たかが日焼けだ。冷やして炎症を抑える他にないんだからさっさと自分の部屋に帰れ。」
たかが・・といった腕は、水面から見えるだけでも肘から先がまだ真赤でひどく痛々しい。
-うわ、イタそ。
グーデリアンは思わず眉をひそめた。
今日の午後の予選で、いつものごとくうろうろと姿を眩ませたグーデリアンを追いかけ、ハイネルはうっかりレーシングスーツの上半身をはだけたまま照り返しの強いサーキット内を1時間弱も走り回ってしまったのだ。
帽子をかぶり日焼け止めを塗っていた顔と、タオルをかけたままでいた首まではなんとか致命傷を免れたが、アンダーシャツから出ていた腕は予選が終わる頃には赤く熱を持って痛み始めた。
頭に血が上った自分の愚かさを恥じ、平気な顔を装って予選後のミーティングまでをこなしたハイネルではあったが、いつものように着替えたシャツのカフスをかちりと止めないのをグーデリアンは見逃さなかった。
「つか、疲れてるんだろ?そこで朝まで腕を冷やしてるつもり?」
「このままではレーシングスーツが着られない。半日冷やせば大分楽になる。それより早く休め。スタッフに迷惑をかける気か。」
こういった場合のハイネルの頑固さはたとえ付き合いの長いチーフでも手におえない。
ふぅ、と大きなため息をつき、グーデリアンは大荷物を両手に抱えたまま、バスルームから出て行った。
ドアが閉まるのを確認し、ハイネルは再び陶器の浴槽の縁に顔を預けた。
なめらかな冷たさがやや火照った頬に心地よい。日中の疲れがどっとこみあげてきて、意識を持って行かれそうになる。
いっそこのまま波に流されてしまおうかと目を閉じた時、再びドアが開く音が聞こえた。
「・・な?」
見上げると、そこに立っていたのは、出て行ったはずのグーデリアンだった。
先ほど持っていた荷物は両腕にはなく、代わりにグーデリアンは跪くとハイネルの床に投げ出された膝裏と、浴槽に腕を預けて無防備な脇の下に太い腕を差し入れた。
「っ、と。持ち上がるかな?」
突然ぐっと力を入れられ、あわてたハイネルは思わずバスタブから腕を上げた。
「ちょ、待て、腰を痛める!」
「わかってたら協力する!。ほら、腕は首!。」
咄嗟に抱きついた厚い胸板は、まるで鎧のような感触で。
「うわ、腕冷たっ!」
笑いながらグーデリアンは、開け放したドアからベッドルームへさっさとハイネルを運びあげた。
「はい、到着~っと。」
上掛けを剥がれたベッドにやすやすと横たえられ、抗議の声を上げようとするハイネルの傍らで、グーデリアンは袋の中身をごそごそと取り出し始めた。
「大事な体なのはお前もだろ?。平気な顔してたけどこの色じゃん。みんな心配してたぜ?お前、ちょっと人に迷惑かけることを覚えろよ。」
それぞれの腕の下に厚く畳んだバスタオルを敷き、柔らかい保冷剤を載せた上にさらに薄手のタオルをかけ、ハイネルの腕をそっと横たえる。
水から揚げられ、再び火照り始めた腕にローション剤をたっぷりと擦りこんだ上から、丁寧に薄くクリームのようなものを塗っていく。
「・・なんだそれは?」
「寝てろって。」
首を起こそうとするハイネルの頭を、有無を言わせず枕に押し戻す。
「火照りを押さえる化粧水。女の子達がよく使ってるのを一本もらってきた。クリームは弱い消炎剤。ドクターも日焼けは火傷の一種だって言ってたぜ?本当はしっかり冷やしてからがいいんだって言ってたけどなぁ。」
処置の終わった腕の上から再びタオルを被せ、上にも保冷剤を載せてバスタオルの端で包む。
両腕を保冷剤でパックしてしまうと、グーデリアンはハイネルの胸から下に上掛けをかけた。
「バスで寝るよりマシだろ。」
タオルの先から指先が出ているのを確認し、仕上げに適当に揉みほぐした小さめの保冷剤をタオルに包み、ハイネルの額から眼にかけてそっとのせた。
「冷えすぎたり、ぬるくなったら言えよ。俺、横で寝てるから。」
ごそごそと隣に質量の高い熱源が潜り込んでくる。
「たかが日焼けなのに・・」
「体質だからしょうがないだろ。そこは張り合うとこじゃねぇ。」
枕元の何かを切る音がする気配がして、空気がしんと落ち着いた。
「第一、お前、俺が同じ目にあったらいつも心配して飛んでくるだろ?」
「・・お前が雲隠れなんぞしなければこんな目にはあわなかったんだ。」
「ま、そこは悪かった。だから大人しく寝てくれ。俺も実はそろそろ限界・・・・」
ハイネルは暗闇の中で、タオルから出た指先に温かい指が絡むのを感じた。
ほどなくして、深い寝息が聞こえてくる。
-・・まったく、この馬鹿が。
体温の高い体から発される熱がじわりと体に回り、ハイネルも心地よい闇に体を預けた。
冷たい水をはったバスタブの横に跪き、Tシャツから出した両腕を漬けたハイネルの口からは、真っ先に険呑なセリフが飛び出した。
「・・怒ってるぅ?」
他の人間ならば縮みあがるような鋭い視線と言葉を気にする様子もなく、右腕に大量のタオルと、左腕に大きな袋を持ったグーデリアンはへらへらとクラシカルな白いバスタブの横にしゃがみこんだ。
「痛そうだなぁ。」
「・・・誰のせいだと?」
「だから、あれこれかき集めてきたんだよ。見せてみな。」
袋を持ち上げて見せるグーデリアンから、ハイネルはぷいっと視線をそらす。
「たかが日焼けだ。冷やして炎症を抑える他にないんだからさっさと自分の部屋に帰れ。」
たかが・・といった腕は、水面から見えるだけでも肘から先がまだ真赤でひどく痛々しい。
-うわ、イタそ。
グーデリアンは思わず眉をひそめた。
今日の午後の予選で、いつものごとくうろうろと姿を眩ませたグーデリアンを追いかけ、ハイネルはうっかりレーシングスーツの上半身をはだけたまま照り返しの強いサーキット内を1時間弱も走り回ってしまったのだ。
帽子をかぶり日焼け止めを塗っていた顔と、タオルをかけたままでいた首まではなんとか致命傷を免れたが、アンダーシャツから出ていた腕は予選が終わる頃には赤く熱を持って痛み始めた。
頭に血が上った自分の愚かさを恥じ、平気な顔を装って予選後のミーティングまでをこなしたハイネルではあったが、いつものように着替えたシャツのカフスをかちりと止めないのをグーデリアンは見逃さなかった。
「つか、疲れてるんだろ?そこで朝まで腕を冷やしてるつもり?」
「このままではレーシングスーツが着られない。半日冷やせば大分楽になる。それより早く休め。スタッフに迷惑をかける気か。」
こういった場合のハイネルの頑固さはたとえ付き合いの長いチーフでも手におえない。
ふぅ、と大きなため息をつき、グーデリアンは大荷物を両手に抱えたまま、バスルームから出て行った。
ドアが閉まるのを確認し、ハイネルは再び陶器の浴槽の縁に顔を預けた。
なめらかな冷たさがやや火照った頬に心地よい。日中の疲れがどっとこみあげてきて、意識を持って行かれそうになる。
いっそこのまま波に流されてしまおうかと目を閉じた時、再びドアが開く音が聞こえた。
「・・な?」
見上げると、そこに立っていたのは、出て行ったはずのグーデリアンだった。
先ほど持っていた荷物は両腕にはなく、代わりにグーデリアンは跪くとハイネルの床に投げ出された膝裏と、浴槽に腕を預けて無防備な脇の下に太い腕を差し入れた。
「っ、と。持ち上がるかな?」
突然ぐっと力を入れられ、あわてたハイネルは思わずバスタブから腕を上げた。
「ちょ、待て、腰を痛める!」
「わかってたら協力する!。ほら、腕は首!。」
咄嗟に抱きついた厚い胸板は、まるで鎧のような感触で。
「うわ、腕冷たっ!」
笑いながらグーデリアンは、開け放したドアからベッドルームへさっさとハイネルを運びあげた。
「はい、到着~っと。」
上掛けを剥がれたベッドにやすやすと横たえられ、抗議の声を上げようとするハイネルの傍らで、グーデリアンは袋の中身をごそごそと取り出し始めた。
「大事な体なのはお前もだろ?。平気な顔してたけどこの色じゃん。みんな心配してたぜ?お前、ちょっと人に迷惑かけることを覚えろよ。」
それぞれの腕の下に厚く畳んだバスタオルを敷き、柔らかい保冷剤を載せた上にさらに薄手のタオルをかけ、ハイネルの腕をそっと横たえる。
水から揚げられ、再び火照り始めた腕にローション剤をたっぷりと擦りこんだ上から、丁寧に薄くクリームのようなものを塗っていく。
「・・なんだそれは?」
「寝てろって。」
首を起こそうとするハイネルの頭を、有無を言わせず枕に押し戻す。
「火照りを押さえる化粧水。女の子達がよく使ってるのを一本もらってきた。クリームは弱い消炎剤。ドクターも日焼けは火傷の一種だって言ってたぜ?本当はしっかり冷やしてからがいいんだって言ってたけどなぁ。」
処置の終わった腕の上から再びタオルを被せ、上にも保冷剤を載せてバスタオルの端で包む。
両腕を保冷剤でパックしてしまうと、グーデリアンはハイネルの胸から下に上掛けをかけた。
「バスで寝るよりマシだろ。」
タオルの先から指先が出ているのを確認し、仕上げに適当に揉みほぐした小さめの保冷剤をタオルに包み、ハイネルの額から眼にかけてそっとのせた。
「冷えすぎたり、ぬるくなったら言えよ。俺、横で寝てるから。」
ごそごそと隣に質量の高い熱源が潜り込んでくる。
「たかが日焼けなのに・・」
「体質だからしょうがないだろ。そこは張り合うとこじゃねぇ。」
枕元の何かを切る音がする気配がして、空気がしんと落ち着いた。
「第一、お前、俺が同じ目にあったらいつも心配して飛んでくるだろ?」
「・・お前が雲隠れなんぞしなければこんな目にはあわなかったんだ。」
「ま、そこは悪かった。だから大人しく寝てくれ。俺も実はそろそろ限界・・・・」
ハイネルは暗闇の中で、タオルから出た指先に温かい指が絡むのを感じた。
ほどなくして、深い寝息が聞こえてくる。
-・・まったく、この馬鹿が。
体温の高い体から発される熱がじわりと体に回り、ハイネルも心地よい闇に体を預けた。
- ABOUT
ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
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無断コピー・転用等、お断りいたします。
パスワードが請求されたら、誕生日で8ケタ(不親切な説明・・)。