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重く澱んだ暗闇の中で、何かが動く気配がした。

・・・・・俺何してたんだっけ・・・えーと・・

上にかけられた毛布を握ると、ふかふかと頼りない温かさが漂う。
そのまま無意識に寝返りをうとうとして、グーデリアンは一気に目を覚ました。

やばい!

まだ追いついてこない体をなんとか起こして足元を見ようとすると、暗闇の中から低い声が聞こえた。

「静かにしろ。今寝付いたところなんだ。」
ぼんやり光る手元灯のほうを向けば、一人がけのソファに小さな赤ん坊を抱いて座るハイネルの姿があった。

「あ・・あれ・・ハイネル・・?」
「寝ていていいぞ。ついでに、ソファなどで寝ずにベッドに行け。」
時計を見れば、記憶にある時間から既に二時間ほどが経過している。
どうやら自分はベッドに移すと泣きだす赤ん坊を抱いたままソファで寝ていたらしい。
「覗いたらちょうど起きかけていたから、ミルクを飲ませた。」
上着を脱いだハイネルはまだネクタイすら外していない。会社から帰ってきてそのままということなのだろう。
グーデリアンは重い体を起こすとハイネルの傍により、子供に向かって太い腕を伸ばした。

「いいよ、お前こそちょっとは寝ろよ。」

うっかりもののグーデリアンが「つい弾みで?」作ってしまった子供は、グーデリアンの体内埋め込み型培養装置で数ヶ月すごした後に「摘出」され、ランドル家の極秘研究施設からひっそりと人目につきにくいハイネルの実家の邸宅へ引き取られていた。表向きは「グーデリアンがどこかの彼女に産ませた赤ん坊」という体裁をとりながら。
広い邸宅内で昼は看護士がついているが、夜はグーデリアンが世話をしている。
当初、どうせ昔は遊び歩いていたんだから多少の睡眠不足くらい・・と思っていたのだが、熟睡する性質のグーデリアンにとっては、日中のたるみきった体を戻すトレーニングの疲れもあり数時間ごとに起こされる日々は想像以上に辛かった。

「リサちゃんが言うにゃ、男女では睡眠のメカニズムが違うんだってさ。アニーは平気そうだったんだけどなぁ・・。」
ぼりぼりと頭をかきながら赤ん坊の顔を覗き込む。先ほど飲んだミルクの余韻があるのか、睫毛の長い赤ん坊は小さく口を開けたまま眠っていた。
ハイネルやリサが続々増やす電動バウンサーやらハイテクメリーやらには目が爛々とするばかりでまったく寝付かないこの赤ん坊は、まさかハイネル家の「遺伝子レベルの機械馬鹿」を継承しているんじゃないかとグーデリアンは時々恐ろしくなる。
「夜も看護士を付けるか?」
「そうなると、こういうことも簡単にできなくなるっしょ?」
引取り際にハイネルの頬にキスをする。ハイネルが赤ん坊の重みで硬くなった腕をまわしながら薄明かりを手がかりにテーブルの上の荷物を探り始めた。

「あー、封筒は社長から。俺が必死にミルク作ってたらさっさとオムツ替えてったぜ、スーツ姿で。なんで手馴れてんのあの親父。」
寝付いた赤ん坊をベッドにそっと置きながらのボヤキにハイネルが苦笑する。
外ではまったく所帯くささなど見せないスマートな父が仕事中心の妻に乳飲み子をほいっと託され、気難しい祖父とまったく生活力のない祖母を頼ることも出来ずに必死に自分を育てた偉大さが、自分が子供を持ってしまった今ではよくわかる。
子供の頃は、自分は所詮父親が祖父や社外に向けて「仕事も出来て育児にも参加するいい父親」であることをアピールするための道具なのだろうと冷めた目で見ていたが、それだけで乗り切れるものではないことがよくわかった。
もちろんその後、その経験をしっかりと抜け目なく出世に生かしているあたり、いかにも自分の父なのだが。

「この袋は?」
「ついでにフランツに渡しとけって。」
薄明かりを頼りに中を見ると、レースに縁取られた真っ白なベビー服がふわふわと積み重なっていた。
「余白、か・・」
先日、同じ敷地内の別棟に住む父がハイネルのところに立ち寄った際、延々とぐずる赤ん坊を抱き上げながら一瞥し、アメリカ人は新生児にまで余白がない服を着せるのかとかなんとか小言を言いながらあっけなく寝付かせていったことを思い出した。
ハイネルは確かに似合わないサイケなプリント肌着ですやすやと眠る、涼しい目鼻立ちの赤ん坊を見て苦笑する。赤ん坊のクローゼットは現在、グーデリアン家からどっさり送られてきた原色の服ばかりだ。

一枚をひらりと広げてみて、見覚えのある形に思わず呟く。
「これは多分、リサや私が着ていたものだろう。このレースは祖母の手編みだな。」
赤ん坊の薄い金髪に白いレースはよく似合う。父にはまだこの赤ん坊が自分とグーデリアンの遺伝子で作られたということを伝えていないのだが、恐ろしく嗅覚の鋭い父は既に気付いているのだろうか。
「へぇ。うちだったら絶対、こんなフリフリ誰が洗濯するの!ってキレられるぜ。」
「・・・もっともだ。父が来るときだけにしよう。メイド長が怒りそうだ。」
そっと袋に戻すハイネルの腕を、グーデリアンの体温の高い手が掴んだ。一人がけソファの肘掛に腰をかけ、長い足をハイネルの足の上に横切らせて動きを封じてしまう。
「まぁ、親業はここで終了。ここからは大人の時間。」
「・・睡眠時間足りてないんじゃなかったのか。」
「どっか吹っ飛んだ。たまにゃご褒美がないとやってらんないの。」
鼻先で鎖骨をくすぐられるとつい、気持ちも体も弱くなる。
「まったく・・」
ハイネルがグーデリアンの腰に手を回した瞬間、暗がりからか細く泣く声が聞こえた。
「あーーーーーー。・・本当に、誰かに似て神経質っつーか勘がいいっつーか・・」
グーデリアンががくりと肩を落とす。
「泣いてるぞ。」
「わーかってるって・・・あと10秒。」
ハイネルの肩口でしっかり深呼吸してから、名残惜しそうにグーデリアンの体が離れていく。
「大きくなったら絶対、今の分も目の前でいちゃいちゃしてやるからな。」
「・・迷惑だと思うが。」
変な敵対心をもって再び赤ん坊に向かうグーデリアンを見送り、ハイネルは立ち上がってバスルームへ向かう。が、ふと途中で足を止め、再び振り向いた。

「・・あぁ、そうだ。今日の重役会で、伯父たちに私がパートナーと子供を得たことを報告したから。」
「あぁそう、よかったね。・・・・・・・・・・・・へ・・?!」
グーデリアンが思わず赤ん坊を指刺す。
「他にいるのか?・・あぁ、探したらまだいるかもな。」
至極真面目くさった顔でハイネルは再びバスにむけて歩き出す。
「・・ちょっと待てぇ!コラ!!」
-ふぇぇぇぇぇぇ・・・んぎゃぁ!!
「うわぁぁ、ごめんごめんって!だってさ、散々待たせておいてあんだけってひどくね?!」

20年、尽くしに尽くして、付いて離れて迷って回って。
迷っているのかと思ったらこっちの気持ちなんか本気で全然気にしていない時もあったりして。
最初はそういうフリなのかな可愛いなぁなんて期待したけれど、心底気にしていないのだとわかった時は正直めげたりして。
・・まぁ、基本的な性格はまったく変わっていないのだけれど。

-どのトロフィーもらったときよりもヤバイ気分。

本格的に泣き始めた赤ん坊の真っ赤な顔に、グーデリアンはキスの雨を降らせた。

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「気分はどうだ?」
明るいリビングに、大きな紙袋を携えたハイネルが入ってきた。ソファに寝転んでいたグーデリアンは気だるげに手だけをあげて合図をした。

「死にそう・・・ずーっと飯の味はしないし、車酔いしてる感じ・・・」
「免疫抑制剤を打っているようなものか?」
ハイネルがレモネードの瓶とベリーのジェラードを袋から出すと、グーデリアンはのそのそと起き上がり一口含んだ。
「わかんねぇけど・・車酔いと胃痛と二日酔いと全部・・?。あー、このレモネードうまい・・。」
「私が移植で入院中、ヨハンがよく差し入れてくれたんだ。私には甘すぎたが、彼はこのメーカーが一番口にしやすかったとか言っていたな。」
「いい子だよなぁ、ほんと。誰かに似てなくて。」
「一言多い。」
「うわわ、勘弁。」
ジェラードを口に運ぼうとしていたスプーンにハイネルが手を伸ばすと、さっきまでの病人っぷりはどこへやら、グーデリアンはひらりと身をかわした。

「それで、順調なのか?」
「あー、順調順調。リサちゃんにこんな順調すぎるデータじゃ面白くないじゃないって怒られるくらいだぜ。」
「しかし、まさか、本当に子供を作るとは・・」
グーデリアンの隣に腰を下ろし、足を組んだハイネルがこめかみに指を当てる。
「いやなぁ、リサちゃん医学方面強いだろ?。相談したら『遅っそい!』って。ランドルからは『何年かかって技術開発してやったと思っている、無駄になるかと思ったじゃないか。』だってよ。」
「・・まったく、寄ってたかって人の遺伝子をなんだと思っているんだ・・。」
ソファにもたれたハイネルが苦悶の表情を浮かべるのを、グーデリアンは面白そうに眺めた。

ホームシアターの一件からから数ヶ月、ハイネルの神経移植の手術は無事終了し、体力が回復したヨハンもチームへ戻っていた。グーデリアンの映画もそこそこに評判がよく、しばらく平和が続くかと思われたある日。出張でしばらく自宅を留守にしていたハイネルを満面の笑みで迎えたグーデリアンから出た言葉は衝撃的すぎるものだった。

「俺、子供できたから。お前の。」
「は?」
下腹部をさすりながら恥らってみるグーデリアンに、ハイネルは思わず重いアタッシュケースを取り落とし、ずれてもいない眼鏡を指で押し上げた。

ランドル家が極秘で開発していた技術。それは人工子宮だった。
体内に埋め込むことで母体との互換性を持たせ、自然に近い育成が可能となるそれは、本来は病気や諸事情により機能がうまく働かない女性のために開発を開始したものではあったが、ランドルの「男にも対応できるようにならないのか?」の一言により、一部のホルモン剤を補助使用すれば実用できるではという段階まで来ていた。

一方、精子から遺伝情報を抽出し、受精卵様のものを作る技術自体はさほど難しいものではない。しかしこの分野については未知の領域であり、人体へ応用できるかどうかはまだ非常に不安定であるし、何より倫理的な問題から一般に公開できる技術でないことから実用化は困難と考えられていた。

事情を聞き、一瞬にして冷静になったハイネルは鬼の形相でまくし立てた。
子供の立場はどうなるのか。教育は?環境は?戸籍は?
出自についていったいどういう説明をするつもりなのか。
そして何より、グーデリアン自身の体にどんな負担がかかるのかわからないのに、なぜ軽率な行動をとるのか。
泡をふく勢いで詰め寄るハイネルの額にグーデリアンは人差し指を当て、けろりと一言言い放った。
「お前も他所で子供作ってたんだから、おアイコ。」
「う・・」
大変優秀な頭脳を持ちながら、対人駆け引きにおいてはグーデリアンには到底かなわないハイネルは、渋々と出産までグーデリアンの身を自分の監視下に置くこと、最低限の親族以外には決して口外しないことを条件に事実を受け入れたのだった。

「しっかし、順調すぎて立派にツワリまでくるとは思わなかったぜ。アニーがよく気持ち悪いってぼやいてたけど、こんなんだとは思わなかった・・腹がでかくなったらさらにしんどいわよーだってよ。アニー、子育てや仕事しながら3人も産んでんだぜ。マジ尊敬するよ偉大なお姉さま・・。」
ジェラードを食べきったグーデリアンは再びハイネルの膝を枕に横になった。満足な食事がとれないせいでやや細くなった頬を、ハイネルの白い指が撫でる。
「・・勝手に人の精子を使うからだ。本来ならば訴訟か犯罪ものだぞ。」
「ま、手軽に手に入るし?」
すかさず額に拳骨が飛んでくる。
「イッテェ。裁判にしたら、法廷でどんだけお前が好きか延々語ってやるからな。覚えとけ。」
「そんなことをしたら強姦されたと騒いで、一生出てこられないほどの余罪をつけてやるから覚悟しろ。」
言葉と裏腹に、額に置かれたままの拳骨がそっと開いてグーデリアンの視界を半分ほど遮る。
「・・あまり無茶をするな。」
「・・ダイジョーブ。」
グーデリアンは目を閉じてハイネルの手の上に自分の手を重ねる。出会った頃よりも幾分骨ばったこの手が今は何よりも愛おしい。しばらくその感触を確かめてから、グーデリアンはぱちりと目を開けた。
「あっ、そうだ、ハイネル、帰りにラボ寄ったか?」
「いいや。」
「マリーから面白い動画届いてたんだよ。」
勢いをつけて飛び上がり、グーデリアンはテーブルの上のタブレットを取り上げると動画を再生し始めた。

-はぁい、今月のチームニュースの時間でーす
おどけた様子で画面に手を振るルイザ。後ろはテストコースが映し出されているが、そこに止まっているのはレースカーではなく、見慣れたリサの「ちびっこ暴走族」だった。
「・・なぜこれが?」
首をかしげたハイネルに、画面の中のルイザがリポーターよろしく説明を続ける。

-さぁて。わがチームは今月から新しいドライバーを取得しました、その名もーーー
-ちょっと、ルイザさん!なんで俺が教官役なんだよ!こいつの運転むちゃくちゃーー
-あーっ、いいとこなんだからもう少し黙ってな!

「ちびっこ暴走族」の窓が開き、助手席顔を出したのはハイネルが前期にエアレースから引き抜いたスペイン系メキシコ人ドライバー。大きな身振り手振りで窮状を訴える浅黒い肌の少年を、ルイザが一喝する。

-空を飛ぶより楽だって大口叩いていたのはどこの誰だい?。リミッター付けたからまず死ぬことはないから安心しなよ。
-いやいやいや、神経もたないって・・・うわわわわわ、いきなり踏むなヨハン!!

悲鳴とともに急発進した黄緑色の車体はコーナーの胸倉深くを抉り、コース内ぎりぎりを急発進・急制動で走り抜ける。急激な車体制御でロールしかける度に、クルーの笑い声が混じる。
それでもなんとか周回をし、よろよろと戻ってきたちびっこ暴走族の助手席でぐったりした少年が駐車スペースに後ろ向き駐車を指示すると、今度は運転席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
-ハンドル・・どっちに切るんだっけ?
-はぁっ?お前それでもデザイナー志望かよ!俺、お前に命預けてんだぜ?!
-それとこれとは別だろヘラルド!もういいよ!君には頼まない!えーと・・こっちに切るとシャフトは・・
-そっからかよ!
テンポのいい喧嘩にクルーの笑い声がどっと大きくなる。
-ということで、期待の新人ヨハン君がライセンスを取得するのはだいぶ先になりそうでーす。

ルイザの笑顔できれいにしめられた動画が終わると、ハイネルは呆然とグーデリアンを見た。
「・・・なんだこれは・・」
「だから、ラボ総出でヨハンの免許取得のお手伝い、と。」
「それにしても・・客観的に見てあまりにセンスがないというか・・特になんだあのカーブ前のブレーキ・・」
「お前、ヨハンに対して無条件にベタ甘かと思っていたけど、お前でもそういうこと言うのな。」
「怪我をしたらどうするんだ!ヘラルドにしても一体いくら積んで引き抜いたと思っている?!二人して病院送りなど洒落にならん!」
「でも俺、このタイミングでコーナリングするやつもう一人知ってるぜ?」
「誰だ?」
にやりと笑ったグーデリアンは、ハイネルの眉間に指を突きつけた。
「は?」
「お前、ずっと後駆ばっか乗ってるからな。どの車でもカーブぎりぎりまで抉る癖があるんだよ。」
「リサの車はオートマチックのFFだぞ?そんなもの、同じ運転できるわけが・・・・」
「今までほとんど自転車か公共交通機関なヨハンにそんなんわかるわけないだろ。んで、就職してからはお前の運転ばっかり同乗してたからおかしいとかなかったんだろなぁ。」
「・・なんということだ・・どう教えればいいのか私にもわからんぞこれは・・」
わなわなと震えながらタブレットを握り締めるハイネルの肩を、グーデリアンが笑いながら叩く。
「俺ら、才能以前によっぽど環境に恵まれてたってことだよなぁ。」
「何を気楽に・・・」
「もう、いっそカムアウトしてお前が教えたら?俺とハイネルとヨハンと子供と。家族みたいでいいじゃん。」
意外な申し出に、ハイネルはゆっくりとグーデリアンのほうを見ると、首を横に振った。
「私は・・こんな不自由な世界に彼を巻き込もうとは思わない。いつか言わなくてはと思っていたんだが、生まれてくる子供にも私は表立って関わるつもりはない。」
勉強に立ち居振る舞い、教養と、雁字搦めで当たり前の子供時代を振り返るようにハイネルが呟く。成人したところで要求の形が変わるだけで、ハイネル家の一員であれば、一生生き方に強い制約を課されていかなくてはならない。
この期に及んで、こんなに臆病な自分にグーデリアンはもう愛想を尽かすだろう。いっそ捨ててくれればいいのにと目を伏せながら、ハイネルは重い言葉を紡いだ。

「ま、無理じゃない?」
うつむくハイネルの顔を、にやりと笑いながらグーデリアンが覗き込んだ。
「ヨハンにカムアウトするしないは別にしても、あいつだってなんだかんだでこの業界に戻って来ちまったし。さらにこいつは俺らの子供なんだから、どうせほっといても絶対遺伝子レベルの車バカ決定。ばらさなくてもそのうち自分で気づくぜ。」
おどけた口調で言い、グーデリアンは目を見開くハイネルの左手の薬指をつかみ、キスをした。
「な。俺ら、離れてもくっつくんだからしょうがないんだよ。・・だからさ、お前もそろそろ覚悟を決めろよ。」
ハイネルの顔に泣き笑いのような表情が浮かんだ。
「まったく・・お前はいつも私を駄目にする。」
厳重に纏ってきたはずのプライドや世間体をすべて剥がされ、生身のフランツ・ハイネルをさらけ出される。
「素直に、の間違いだろ?俺はお前が欲しいっていえば太陽を西から昇らせてやるよ。」
グーデリアンがおどけたままハイネルの腰に手を回し、体を引き寄せると、ハイネルのほうから唇を重ねてきた。長かった年月を埋めるかのように腕が絡む。
「・・私の要求は激しいぞ。」
「知ってるよ、何年一緒にいたと思ってんだ。」

-物語は今やっと、始まったばかりだ。


----------------------------------------------完

すみません帳尻あわせまくりで。
そして表サイトのほうの子供ネタにつながると。

精神的に満足ならそれで・・というパターンが多い気がするのですが、ハーさんそれじゃ納得しないんじゃない?と常々思っていたので。だからといって、染み付いた雁字搦めの常識を振り切るパワーもなく。
グーさんとしては幸せなら結構そんな形とかどうでもいいんだけど、ハーさんが悩んでるのには気づいているので、どうしてやろうかなと。
二人そろえば無理も道理もねじ伏せてくれるでしょう。

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グーデリアンがヨハンを送って再び別宅へ戻ると、ハイネルはホームシアターに席を移し、グラス片手に映画を見ていた。ローテーブルにはナッツとドライフルーツ。
フロアクッションに寄りかかるハイネルの横に腰を下ろし、グーデリアンはハイネルのグラスを取りあげた。

「まだ飲んでんのか?・・ってブランデーかよ。さすがに昼間っから飲みすぎだぜ。」
「うるさい。返せ。」
すかさず長い腕が伸びてきてグーデリアンの手からグラスを奪い返す。軽く触れた腕から馴染んだ香りがまとわりついてきて、背骨の辺りになんともいえない感触が走る。
「ヨハンは無事に送ってきたんだろうな?」
「あぁ。ヨハンの下宿って、お前が住んでたとこだったんだな。花壇手入れしていた大家のマム、俺の顔見てびっくりしてたぜ。」
「あそこはラボから近いからな。人気なんだろう。」
「でもさ、野郎であのきれい好きでうるさいマムを口説くのは大変だぜ?さすがヨハンっつーか。めっちゃ素直でいい子だよなぁ。やっぱ遺伝子より育てられ方なんだよなあ。」
「・・ひどい言い草だな。」
「ほんと、女の子だったら絶対結婚申し込んでたね。」
「・・お前にひどい目にあわされるのは、可哀想なシュティール達だけで十分だ。」
ハイネルがドライフルーツを口に運ぶ。酒が入っているせいか、やや口調がやわらかい。
顔を寄せたグーデリアンが唇を重ねると、甘ったるい果物と、強い酒の香りが鼻腔を抜けていった。

「・・こら。昼間っから盛っているんじゃない。」
静止するでもなくやんわりと胸を押され、体が離される。暗がりの中でも口の端に笑みが浮かんでいるのが見て取れた。
「そんなこといって。毎晩、俺の映画見て枕濡らしてるんじゃねぇの?」
スクリーンの中では、グーデリアン扮する落ち目のフットボール選手が、有能な弁護士である妻から別れを告げられるシーンが映し出されていた。
-あなたは結局、自分だけが大事な人なのよ!
子供の誕生日すら忘れた夫の頬に、妻が遠慮のない平手打ちを食らわせる。きれいに切りそろえられた茶色い髪が揺れて乱れる。
「売り上げが悪いと、お前がまたチームに戻ってくるとかいいそうで恐ろしいからな。」
「最近じゃ、アメリカ帰っても『さっさとドイツ帰れ』っていわれるしなぁ。知ってる?、この女優サン。役作りに、俺とお前とのサーキット乱闘シーンを参考にしたんだってよ。」
「・・不本意だ。」
「ははは。」
「・・・・グーデリアン」
「ん?」
「・・・・・別れよう。」
「・・へ?」
まるで愛の言葉をささやく様につぶやかれた意外な台詞に、グーデリアンはハイネルの顔を覗き込んだ。何かの間違いではないのだろうかと。しかし、そこにあったのはいつもの試すような自身満々の笑みではなく、慈愛にも似た悲しげな表情だった。
「私達は、そろそろ別の道をいくべき時だと思うんだ。私にはヨハンがいる。だからお前は、もう・・。」
最後まで言わせずに、グーデリアンは再び唇をふさいだ。同時に腕をつかみ上げ、クッションにハイネルの体を押し付けるようにして固定してしまう。衣類の隙間から差し入れられた手が何を求めているのかは明白だった。

「・・・・やめないか。まじめな話をしているんだ。」
長い口づけから開放され、やや息切れしたハイネルが身じろぐが、鉄のような腕と体の動きをしっかり抑制するクッションとの狭間に埋め込まれるだけだった。
「なぁに?若い愛人ができたから俺なんかもう用済みってわけ?」
満面の笑顔に、アイスブルーの目が不釣合いに冷たく煌く。からかう軽い口調とは裏腹に、さらに体重がかけられる。
一見冷たく見えるハイネルが、実はかなりの世間知らずのお人好しなのは既にチーム内でも知れ渡っている。今回の件も、周囲にはただ窮状に追い込まれた若いメカニックを見捨てて置けなかっただけと思われている程度だ。
そんなことはグーデリアン自身、わかりきってはいるのだが。
「まぁ、人間関係全般が淡白なお前が、いくらかわいくても男相手にガツガツいく姿ってのは、想像できないけどなぁ。でも、麻酔と相性悪いお前が後遺症覚悟でドナーになってやるって入れ込み具合だから仕方ないかぁ。」
「ん・・くぅっ・・」
のんびりした口調とは裏腹に、弱いポイントを的確になで上げられて思わず声が上がる。
「へぇ、芯から嫌いになった相手でも反応するんだ?」
「・・この、卑怯者。」
耳元でグーデリアンがささやくのに目元を赤く染めて抗議するが、長年愛されてきた体は持ち主の意図に反してさらに快楽を求めていく。
スクリーンの中では世界の崩壊が始まり、子供を抱いて雑踏の中を逃げ惑う妻と、なんとか助けようと泥まみれで奔走するグーデリアンの姿がめまぐるしく入れ替わって映し出されていた。

「あっ・・」
はだけたシャツで腕の自由を奪い、クッションに押し付けるように横臥させて足の間に体を滑り込ませる。手元のキャビネに隠していたローションで濡らした指でゆっくり秘所をなでると、ハイネルの体がひくりとすくんだ。
「うーん、久々だから固いかな。」
「いやだ・・やめろ・・」
「暴れると痛いぜ。」
「ひっ・・」
体を傷をつけないように薄い膜をつけた指を注意深く差し入れたまま、もう一方の手が捩る身をやすやすといなし、触手のようにハイネルの前方に絡みつく。逃げ場のない刺激の連続に、ハイネルは数分ももたずに陥落させられた。
休む間を与えず、肩で息をするハイネルの体の下に手をいれて下半身をうつぶせにさせると、グーデリアンは再び狭い場所にローションを垂らした。
これ以上流されまいとハイネルは再び身を捩るが、下半身には手術の麻痺が残る上、一度火のついた身体は簡単にはいうことを聞かない。グーデリアンは今度は前には手を添えただけで、後ろばかりを責め始める。指の本数を増やされ、狙ったポイントを刺激しては達する前に止めることを繰り返すとたちまちにかみ締めた唇から喘ぎがこぼれはじめた。
「あっ・・・嫌っ・・ゃぁ・・」
「こっちは正直だよなぁ。どうして欲しい?」
「・・・・っ・・」
それでもハイネルは固く眦を閉じたまま首を振るが、開放できない辛さに自然と腰が奥を求めて浮き上がると指はするりと逃げていく。苦痛で押さえ込もうとするならば例え腕を折られても決して屈服しないであろうこの強情な体を、もっとも簡単に弱らせる方法をグーデリアンはこの20年で熟知していた。余裕の笑みを浮かべながらじっくりと弄り、じらされた足が軽く震えはじめた頃に、やっとハイネルの口からため息のような哀願が聞こえた。
「いかせ・・て・・」
「どうやって?」
「奥・・もっと奥へ・・」
「指で?それとも俺で?」
意地の悪い問いを耳元でささやくと、赤くなった眼がうっすらと涙を湛えてグーデリアンをにらみつけた。
「ったく、お前が素直になる前に俺が爺になって立たなくなっちまいそう。」
それでも普段は見せてくれない最大の譲歩を存分に堪能したのか、グーデリアンは苦笑しながら眦にキスをし、既に天を仰いでいる己自身を温かい暗がりへと圧し進めた。
じらされ続けたハイネルの体はそれだけで絶頂に達する。クライマックスに差しかかったシアタールームの中ではナイアガラの滝が崩壊する轟音が鳴り響く中、途切れ途切れのすすり泣きが混じった。


「・・・う・・」
「お、・・大丈夫?」
近い場所から自分を気遣う声がする。意識を取り戻したハイネルは、眼前にグーデリアンの肩口があるのに気がついた。体はクッションから降ろされ、ラグの上にグーデリアンの厚い体を敷きこむ形で横たえられていた。
「何か飲む?」
ぼんやりする頭を大きな手が撫で、徐々に首筋から背中に降りていく。
「・・・」
ハイネルが達した後、グーデリアンが抜きもせずに数度か放ったところでハイネルの記憶はブラックアウトしている。昔ならば、それこそ明け方まで開放されなかったことを思えば先ほどの行為は前菜程度にしかならなかっただろう。既に抵抗する気力すらもないハイネルはその手がまた下半身に降りてくるのを予測し、息をつめた。

だが、手はまだ治りきらない腰の傷のあたりにそっと触れると、そこでとまった。
「悪い。無理させたな。痛むか?」
思いがけずにやさしい言葉に、強張った体が少し緩む。
「・・怒って・・いるんだろう。」
乱れる自分を静かに見下ろしていた冷たい目を思い出し、ハイネルは再び背筋に言い知れない寒さを感じた。だが、それを見越したように大きく温かい手がハイネルの体を包みこんだ。
「途中まではね。」
スタッフロールの流れる画面にリモコンを向けると、スクリーンには映画のメイキング映像が流れはじめた。子役の少年を肩車するグーデリアン、夫婦役の女優が叩かれすぎて赤くなったグーデリアンの頬に笑いながらアイスパックをあてているシーン。最後に現れた3人が海岸で遊ぶショットは、まさしくどこにでもある幸せな家族の理想像そのものだった。
「これ見たんだろ。で、頭の回転の速すぎるお前は一人で妄想がコースアウトしたってわけだ。」
すっかり乱れた栗色の髪をくしゃくしゃとかき乱しながらグーデリアンは笑った。目尻の笑い皺が深くなる。その顔に、ハイネルの胸はいいしれない痛みを感じた。

「・・お前は、私なんかに人生を捧げることはないんだ。」
輝く星の元に生まれた人間は、誰にも後ろ指を指されることのないパートナーを得て堂々と祝福されるべきである。子供にしても、ある意味複雑な家庭で育った自分よりははるかに願望が強いのもよくわかる。だがそれは自分と一緒にいる限りは決して得られないのだから。
「・・私は、お前はレッドカーペットを一緒に歩いてやることもできないし、ましてや親にさせてやることもできな・・」
苦く呟いたハイネルの唇にグーデリアンの唇が重ねられ、言葉を奪われた。
「んー、じゃ今度一緒に歩こうぜレッドカーペット。あー、どっちかってーと俺がお前を巻き込んだ、ってのがホントのとこだしなぁ。」
おどけた調子で笑う様子に、胸の痛みがさらに強くなる。わかっているのだ。この男はそんなことにはこだわるたちではないのだから。
-もし自分が社長という責務を負う立場でなければ多少は変わっていたのだろうか。せめて、一介のデザイナーならば-
「お前は・・何を馬鹿なことを・・」
「いいじゃん、馬鹿で。俺とお前、今まで散々不可能だって言われることばかりやってきただろ。お前となら俺はなんでもできる気がするよ。なんならお前の子供だって産めるかも?」
「本当にお前は・・馬鹿だ・・」
「へいへい。」
ハイネルはグーデリアンの肩に顔を押し付けた。
メイキング映像の終わった静かな青い部屋の底で、二人はいつまでも抱き合っていた。

-------------------
続く

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「ハイネル。傷、よくないのか?」
「簡単な手術だったんだが、麻酔が合わなかったようでちょっと神経が麻痺していてな。まぁ、昔酷使したツケもあるのだろうが。今組織培養をしているから、そのうち移植すれば元通りだ。」

コツコツとステッキを突きながら、しかしあまり気にする様子は見せずやや不自由にカウチに腰を落とす。衝立の向こうではごそごそと衣擦れの音がした。
「今日は何してんの?」
「ヨハンのスーツを選んでいるんだ。」
傍らには執事と、首にメジャーをかけ、手に数本のネクタイを持った仕立て屋とおぼしき中年の男性が立っている。二人はグーデリアンと目が合うと、にこやかに会釈をした。

-ハイネルの、まさかの隠し子(?)発覚から数ヶ月後。

まるで何事もなかったかのように平穏であわただしい日々を送っていたシュトルムツェンダーの中に、小さな嵐が巻き起こっていた。
それは、ヨハンが骨髄性の難病を発症したというニュースだった。
その病気は、近年では近親者もしくは一般ドナーによる骨髄細胞の培養と移植を行えば確実に治癒するものとなっていたが、治療には多額の医療費と時間がかかる。また、近親者からの提供がない場合、運よく遺伝子型が適合するドナーが運よく見つかる可能性は非常に低い。ヨハンに精神的・金銭的ともに頼りにできる身寄りがないことは周知の事実であり、チーム内の誰もが同情するが何事もできないというもどかしい状況となっていた。

そこに出てきたのが、オーナーであるフランツ・ハイネルだった。
絶望にくれるヨハンの病室に突如現れたハイネルは、「私もそろそろ持病の腰痛の手術をしなくてはいけないんだが、どう暇をつぶそうかと考えていたんだ。君が一般ドナーを待つ間、話し相手になってくれるなら多少の資金援助をしたい。」と、まるで仕事帰りにパブにでも誘うような軽い調子で申し出たのだった。

もちろん、ヨハンは恐縮こそすれ、断る術はなく。
ハイネルの手術が終わり、まもなく奇跡的に適合ドナーが現れたヨハンは無事に移植を済ませることができたのだった。
しかし、一方で手術はハイネルの体に麻酔による後遺症を残し、ハイネルはしばらくステッキを手放せない生活を送る羽目になっていた。

「何、ヨハンを秘書にでもするつもり?」
「まさか。チーフの秘蔵っ子を奪ったらさすがに私でも報復が怖い。重い荷物が持てない以外に不自由はあまりないが、彼も病み上がりだからリハビリにはちょうどいいかと思ってな。」
「お前のカバン、見た目以上に重いからなぁ。で、スーツ選びってわけ?」
「チームウェアやツナギで本社に出社するわけにもいかんだろう。いずれはチームに返すつもりだから、わざわざ買うのももったいないしな。」

「あの・・」
衝立の向こうから、ヨハンがそっと出てきた。昔のハイネルのものと思われる茶色のスーツを着た姿は、いつもの作業着姿からは想像しがたい、品の良い青年だった。
グーデリアンの顔を見かけ、ぱっと姿勢を正したヨハンの前にハイネルは歩み寄り、腕を上げ下げさせたりして皺の入り具合などを丁寧に検分する。
「思った通りほぼぴったりだな。ふむ、君は髪の色が薄いから、もっと寒色系のスーツでもいいかもしれないな。・・適当に出して着せてみてやってくれ。」
執事は恭しく頭を下げると、隣の部屋へ消えていった。隣が部屋ごと衣装部屋になっているらしい。
「ネクタイは・・緑ではないな、君の場合は。薄い青か、意外と金色でもいいかもしれない。」
仕立て屋から受け取ったネクタイ数本を、ハイネルはヨハンのネクタイをああでもないこうでもないと次々と取り替えてみている。
「楽しそうだな。」
「あぁ。父が私を着飾らせて連れ歩いていたのが、今になってちょっと理解できるかな。」
「・・あのナルシスト親父め。」
グーデリアンの悪態を喉の奥で笑うハイネルの極上の笑顔に、ヨハンは顎を上げ、やり場のない目をきょろきょろとさせていた。
「あの人はせっかく仕立てたものを着ないと機嫌が悪くなるから正直、めんどくさいな。母からは時々やたら奇天烈な衣類が送られてきたが、放っておいてもいいからある意味楽だ。」
「リサちゃんは結構気に入ってるみたいたけどねぇ。」
「リサが妙な格好をしていると、父から私にクレームが入るんだぞ。本人に言えばいいのに。」
「お母さんとリサちゃんのマシンガントークにゃ、テロリストも勝てねぇよ。」
執事が違うスーツ一式を手にとり姿を現した。再び衝立の向こうに消えたヨハンが今度は淡いグレーのスーツに、濃い青い色のネクタイで現れる。
「ふむ、グレーもいいな。若いから、ちょっとビビットな深紅のタイなんかを合わせても映える。では、そのブラウンとグレーのスーツを。合わない部分は直してやってくれ。それと、そのスーツに似合うシャツ何枚かとネクタイ、靴やポケットチーフなども一式スペア含めて彼のアパートメントへ。」
「かしこまりました。」
仕立屋がヨハンの体にあわせて数本のピンや目印を打つ。額にうっすらと汗をかいたヨハンはほっと大きな息をついた。


「休みの日に悪かったね。」
衝立の後ろから私服らしい白いシャツと褐色の地味なパンツ姿で戻ってきたヨハンに、ハイネルはカウチから声をかけた。
「いいえ、あの、仕立て直しの代金を・・。」
「いいんだ、どうせもう誰も着ないんだから。」
「凶悪に細っそいよなぁ、お前のスーツ。」
「うるさいぞグーデリアン。まぁ、似た体格の君が使ってくれると助かるんだ。ところで昼からの急ぎの予定はあるかな?」
「特にないです。」
「じゃあ、帰りは同じ方向のグーデリアンに送らせるから、ここで一緒に昼食を食べていきなさい。」
「え、そんな。」
「どうせ、そこの居候と二人の食事だから遠慮はいらない。」
ふるふると遠慮がちに頭を振るヨハンの背をグーデリアンが押し、ドアをくぐって隣のハイネルの自室に入ると、窓際に用意したテーブルに座らせた。
「そーそ。リサちゃんも出て行って、家族もいない寂しいオヒトリサマだし?相手してやってよヨハン。」
「そいつなんて、食事だけじゃなくていつの間にか人の家に私物まで持ち込んでいるからな。うちは宿屋じゃないんだぞ。」
「宿代の代わりに、テストドライバーからお抱え運転手まで目いっぱいこき使う癖に。はいどうぞお嬢様ー・・・・いた!。」
ハイネルのために椅子を引いてやったグーデリアンは、すかさず脇腹にきつい肘鉄を食らった。


「えー、なんでよ俺も白ワイン。車は自動運転でいいじゃん。」
ヨハン用にハーブ系のコーディアルの入った冷たい水を注ぎ、自分のグラスにはワインをと思ったところでグーデリアンはハイネルにとめられた。代わりにノンアルコールビールの瓶を渡されて口をとがらせる。
「馬鹿もの。せっかくヨハンがお前のファンだというから、花を持たせてやろうと思ったのに。」
「そういうんなら、お前もノンアルコール付き合えよ。」
「酒は百薬の長と言ってだな。これは薬だ。」
ハイネルは自分のグラスにはワインを注ぎ、悠々と飲み始める。
温かい家庭料理と、多少味気ないノンアルコールビールで始まった食事は、相変わらずの小競り合いから始まった。

「って、ヨハンやっぱ俺のファン?そうだよなー、精密機械の走りなんて面白くないよなぁー。」
「ヨハンが10歳の頃は私は既に引退していたんだ。自惚れるな。」
グーデリアンはごつんとステッキで向う脛を殴られる。
「いてっ!なんだよ、病気して多少大人しくなったと思ったら。凶器は反則!」
ハイネルは笑いながら料理には味見程度に手をつけ、白ワイン片手にもっぱらチーズと果物ばかりをつまんでいる。
グーデリアンはヨハンの皿が空かないよう、次々と料理を勧めることを楽しんでいた。
「でも、僕は車体ではシュティールが一番好きです。一番最初の。」
「へぇ、あの銀色のじゃじゃ馬シュティール?あれは、乗ってる分には飛びぬけてしんどかったなぁ。」
「お前のバカげた体重のせいで、バランス調製が大変だったんだ・・まったくこいつときたら。」
「あの時代のおかげで今ダイエットしやすいっていうか・・いやー、でもこないだの役作りで本気で痩せろって言われた時、まだハイネルには甘やかされていたんだってのがよくわかった。あいつら本気で野菜しか食わせねぇとかやりやがるんだぜ?」
「まぁそこはレーサーだからな。筋肉が落ちたら何のためのダイエットだか。」
「よく言うよ。お前しょっちゅう飯忘れてるから、チーフにゃ俺、ハイネルの餌やり係って言われてたのに。ヨハンは、ちゃんと飯食ってるか~?」
「昼夜はラボで食べていることが多いです。朝は市場でクリームチーズのプレッツェルとか。休日は食べに行ったり、ちょっとは自分で作ってみたり。」
「あー、あのプレッツェル屋、うまいよな。隣のブルスト屋も俺よく行った。」
「・・・・・・・お前、ロードワークのついでに買い食いをしていたのか・・どうりで・・」
「あ、いやいやいやいや、今のなしで!このクヌーデルうまいね。グラーシュはハイネルが作るほうがうまいかも。」
「うちのコックに教わったんだから、基本は同じはずだが。」
ハイネルはスプーンでソースをすくい、味をみる。
「ふむ・・おそらく、私のものより煮込む時間が長いんだと思う。味が丸いな。こちらが正解だ。」
「ふーん。でも俺はハイネルのほうがすっきりしてて好きかも。ヨハン、ハイネルって意外に料理うまいんだぜ。教えてもらえば?」
「意外は余計だ。そして、妙にハードルを上げるな。やりにくくてかなわんわ!」
「あー、そういや送り迎えとかどうしてんの?こいつの車、車高べたべたの2シーターだろ?」
「父の車を借りている。あれはオートマチックだから。」
「あー、あのギラギラ深紅ですげぇオーラのエロセダンクーペな。」
「・・一応、うちの最高級モデルだぞ。」
「ヨハンは車運転しねぇの?」
「僕、免許持ってないんです。なかなか時間と、練習する場所がなくて。」
「マジ?俺デビューは5歳だったぜ。親父が改造した芝刈り機。時速25マイルくらい出るの。」
「お前の実家のような田舎と比較するな。」
「お前も庭で練習したクチだろ~おぼっちゃま?」
「まぁ、祖父がカートから教えてくれたんだが・・。ここかテストコースで練習してもいいんだが、適当な車があれば。」
窓の外に広がる広大な丘陵を眺めながらハイネルが唇に指をあてる。
「ハイネルの車は超過激なのか博物館行き骨董品かの二択だしなぁ。俺の車も何台かあるだろ、好きなの使っていいよ?ごついのも早いのもあるぜ。跳ね馬印の4WDなら雪道も走れる。」
ティーンの頃から賞金王だったグーデリアンが提示した車種はすべて『世界で売られている車、高いほうから数えて何番目』で。名前が羅列されるたびにヨハンの顔が軽く引きつった。
「あの・・僕の年収で弁償できる車で・・」
「だいじょーぶ、ハイネルが自社株の配当でさらっと弁償してくれるから。えーと・・日本製のコスパ満点のアレならいける・・かな?」
「私に破産させる気か。第一、数センチの段差も超えられないとか、ナビが混乱するほどの幅があるとか、お前の車は極端すぎる。」
「あ、でもガレージの端にライムグリーンのちっちゃいのあっただろ。あれ市販車じゃないの?」
「あぁ。だがあれは、『リサのちびっこ暴走族』だ。」
「・・なにそれ。」
「ラボスタッフの、いわゆる『俺が考える最強の改造車』が融合した車体でな。リサの小遣いの範疇でという約束で、それぞれが好き放題にブレーキやらサスやらありとあらゆる部品が交換されている。その上、アーシングやら電磁波シールドやら眉唾な改造まで施した、バランスなんか全く無視した逸品だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーお、ティーンの夢の結晶だ。」
「まぁ、キャノピーはローリングコクピット方式だし、衝突センサーもついているはずだし、父がこっそりエアバックを仕込みまくっていたようだから少々の事故では問題はないはずだが・・・」
「・・・・・それさ、こっそり彼氏乗せたら電撃食らう機能とかついてるぜ?」

こんな調子で前菜からデザートまで、主に二人は他愛のない話をしゃべり続けた。その間にちょくちょく差し挟まれたヨハンの家庭の料理、家族で遊びに行った遊園地の話などは、幼い頃の彼が温かくやさしい一般家庭で育てられたことを物語っていた。

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久々のアップがこんなんですみません。
間に合うかなぁ。

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「う・・・」
次の朝、いまだかつて経験のない頭痛と胃痛を堪えながら、ハイネルはなんとか身支度を整えた。

-これが、二日酔いというやつか・・
日頃理性と節制とを信条としている上、体質的にも処理能力が追いつかないという経験がなかったフランツ・ハイネルにとって、パーティーの翌日などでスタッフが撃沈している様子は不思議なものだった。
それが40歳近くになった今、はじめてわが身に降りかかっている。

-なるほど、これは辛いわけだ。・・・肝臓が経年劣化しているのかもしれないが。
大きなため息とともに、処理しきれないアルデヒドが呼気から発散される。
陸に上がった魚のようにぱくぱくと空気を求めながら、ハイネルはキッチンのドアを開けた。

「おふぁよ。」
そこには既に、立ったままトーストを一枚齧りながら、オーブンの中を覗きこんでいるグーデリアンがいた。

「・・早いな・・」
「もうそろそろ昼だぜ。腹減ったんだよ。昨日あんまりがっつり食えてないし。昨日の煮込みにチーズ載せて焼いてんだけど、お前も食べる?」
「・・・・いや、いい。」
漂う濃厚な匂いに更に胃がきりきりと痛むのを感じ、ハイネルは早々に立ち去ろうと冷蔵庫を開けた。
いつもの水を出そうとして、見慣れないボトルがあるのに気付く。
「・・・水?」
「それね、最近俺が飲んでたハワイのミネラルウォーター。軟水。こっち硬水ばかりだから先に一箱送っといたの、忘れてたんだよ。それと牛乳と持ってきて。」
グーデリアンはグラス4つと、かりかりに焼けたトースト数枚、焼き上がったグラタンをトレイに載せ、さっさとダイニングへと向かった。

「出来たてもいいんだけど、次の日のこれがうまいんだよなー。あ、でも明日は白い柔らかいソーセージ食いたいな。」
チーズがとろけるグラタンをトーストにのせ、大口で齧りつく。
その向かいによろよろと腰を下ろしたハイネルは、水をグラスに注いで一気に飲みほした。
「今日は仕事は休み?」
「本社関連は家でやる。こんな姿で出社したら父に何を言われるか・・。ラボはひと段落しているから、何かあれば連絡がくるだろう。」
「なんか、ボロボロだな。」
とろけこぼれたチーズをフォークで巻き取りながら、グーデリアンが問う。ハイネルは椅子に深くもたれかかり、頭を振った。
「・・胃が痛いから。話しかけるな。」
「ハイネル、もしかして二日酔い初めてか?」
「・・・・悪いか。」
「そういやぁ、あんまりお前つぶれてるの見たことないもんな。待ってな。」
トーストを一枚平らげたグーデリアンは手をぱんぱんと叩き、キッチンに消えると小さな瓶とスプーンとを持って現れた。
「そういう時は水ばっかじゃなくてな。蜂蜜を牛乳にいれてちょっとずつ飲むの。胃がマシになったらフルーツとか薄いスープとかな。」
グラスに半分ほど牛乳を注ぎ、金色の蜂蜜をたっぷり一匙すくってくるくると混ぜ、ハイネルに寄こす。
一口飲んで甘さに眉をひそめ、ハイネルは再び水を口に含んだ。その様子を、グーデリアンはテーブルに肘をついてにんまりと観察する。
「いい年して胃が荒れるまで飲むなよ。ほんとお前、なんでも知ってるようで案外知らないことも多いんだよな。」
「・・うるさい。」
からかう口調にむっつりと返し、それでもハイネルはまた牛乳のグラスを舐め、つぶやいた。
窓から眺めた外は既に日が高く、夏の到来を思わせる空が広がっていた。
「・・・・世間でいう飲まなきゃやってられない、という気持ちが、よくわかった。」
「んー?」
「・・・誰に相談できるものでもなかったしな。」
再びトーストを齧りつつ、グーデリアンは上目づかいにハイネルを見上げた。

普段オーナーとして次期社長として完璧な采配を揮っているはずの自分が、グーデリアンの前でだけは意外と脆くなっているのを感じたのはいつからだろう。
貯め込んでいたストレスが、ふとしたきっかけで大きな洪水を起こしてしまった。
まさかの隠し子も、自分さえ黙っておけば誰にもわからなかったはずなのに。

「あー、ヨハンのことね。」
唇についたソースを舌でなめとりながら、グーデリアンは軽く言った。
「しょうがないんじゃね?俺だって探せば一人や二人、うっかりどこかから出てくる気がするし?」
「・・軽く言うな。・・日頃バカで鈍いくせに、なんでそんな所だけ鋭いんだ。」
「・・ひっでぇ言われ方してんな。俺。」
「大体、お前は真っ先になんで彼が私の血縁者だと思ったんだ?そんなに似ているならまず父やチーフが気付くだろうに。」
「んー、目の感じが違うからなぁ。形も違うし、オトーサンもあんたも恐ろしく虹彩がきついけど、ヨハンは柔らかい感じがする。」
グーデリアンはハイネルの目を指さし、そのまま指先を首から鎖骨にかけてなぞるように下ろした。
「でも、骨格はお前と出会った時の後ろ姿にそっくりだと思うし、あとな、ヨハンが笑ってる感じがお前がその・・やった後とかの、ほけっとしてる顔?」
そこでじろっと睨まれて、グーデリアンはにっと笑って矛先をそらした。
「まぁな、俺、実家でたくさん生き物飼ってたからな。動物見分けるの得意だし、人の顔覚えるのも得意なの。」
「・・そんなことで隠し子を暴かれては大変だ。」
「まぁー・・って、お前はなんで気付いたのよ。」
「・・入社研修をチーフに2時間ほど押し付けられてな。差し迫った仕事もあったし、一つ課題を出して何を見てもいいから、どんな破天荒なアイデアでもいいから出してみるようにとほっといてみたんだ。」
「・・・・お前、そのめんどくさがり、どうにかしろよ。」
「まぁ、何か面白い発想でもあればいいなと思ってレポートを見ていたら、一つ私の考えを写したんじゃないかと思う出来のものがあってな。どこの専門機関の出身かと思って調べたら技術学校を出ただけだと言うじゃないか。」
「へぇ。すげぇ、中身がまさかのお前似か。」
「チーフに聞いてもなかなか見どころがあるらしいから、ちょっと気になって色々と調べてみたら・・・な。」
「・・・・・・っとに、お前はもう・・・。」
苦笑しながらグーデリアンは自分もグラスに牛乳を注ぎ、一気に飲み干す。

「呆れただろう。存分に笑え。」
ハイネルは椅子の背に首を預け、空を向いて自嘲気味に吐き捨てる。人生最大の失敗をよりによってパートナーに見破られるなど、さすがに言訳する気にもなれない。だが、グーデリアンが発したのは思いがけない言葉だった。
「いや、さすがだと思うよ。」
「・・嫌みか・・?」
「じゃなくて。俺もさ、よくキスだけで子供が出来そうーとか言われてるけど、未成年の時に指一本触れずにしれっと子供作ってましたーってのはさすがにできなかったわけよ。」
からからと屈託なく笑うグーデリアンに腹はない。
「それがまさか、お前に男っぷりで負ける日が来るなんてなぁ。おまけにシュティールから市販車まで、お前の遺伝子が入った車が世界中で走ってるわけだろ?もう太刀打ちできるわけないじゃん。」
両手を上げて大げさに降参のポーズをするグーデリアンに、ハイネルの顔に薄く笑みが戻る。
「・・世界の種馬にそう言われると、複雑だ。」
「そんなお前と20年もつきあってる俺、カッコいいよなぁ。」
「・・勝手に言ってろ。」
「おんや、ちょっと元気出てきた?効くだろそれ。」
ハイネルの手許から空になった牛乳のグラスを取り上げて、グーデリアンは自分の皿とともに立ち上がった。
「じゃ俺、片づけたらちょっと遊びに行ってくる。夕飯はポテト料理でうまいビール飲みたい。」
「わかった。」
上を向いたハイネルの頬に、いつも通りの温かいキスが降りてくる。

-なんでお前はそんなに私を許してくれるんだ。

付き合い始めて20年ほど。もう愛だの恋だのといった感情はなく。
この男といると世間で期待されているのとはまったく正反対の、理性的でもなく、むしろめんどくさがりで、ややこしい案件からは逃げてしまいたくなる自分の弱い部分が表面に出てきてしまう。
なのにそれを落胆するでもなく、むしろ失敗も喜々として受け入れてくれるのはなぜだろう。

キッチンから投げキッスをよこすのをしっしっと追い払いながら、ハイネルはもう一口水を口に運び、ぼんやりと窓の外を眺めた。

---------------つづく

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