「では、こちらに携帯電話と、お持ちでしたらPC類も。お仕事のお話はご遠慮ください。」
「まぁ・・いいけどさ。」
「鍵はご退室の際に開けさせていただきますので、お声かけください。ではくれぐれも、フランツ様のお気持ちを波立たされませんように。」
うやうやしくコンシェルジュにドアを開けられ、グーデリアンはやっと病室に入ることを許された。
「よぉ。ごめんな、色々インタビューとか走り回っててさ。」
「あぁ。一人で回らせてすまんな。」
「仕事以外の手紙は持ってきたけど・・で・・これどういう状況?」
携帯電話を入れられ、鍵をかけて渡されたプラケースをからんからんと降ってみると、ベッドで点滴を受けていたハイネルは苦笑した。
「私が仕事をしないよう、父が完全に情報をシャットアウトしているんだ。新聞テレビもダメ。本とDVDのみで暮らせ、だと。」
「無茶いうねぇ。」
グーデリアンがワールドチャンピオンに輝いた後。ハイネルは張り詰めていたものが切れたのか、体調を崩した。
いつものことだからと主治医をうまく丸めこみ、2-3日休息をしたら適当に通常業務に戻るつもりだったが、父である社長の命令が下され、いつの間にか総合病院に送られて長期の検査入院をする羽目になったのだった。
「しっかし、ここアパートメントより広いんじゃない?。」
ベッド横のマホガニーチェアに座り、グーデリアンは病室を見渡した。
私立総合病院の最上階に控えの間付きの特別病室なんていうものがあるのも初めて知ったが、こっそり監視カメラまで仕込んであるのを確認する。
ハイネルは不自由な腕を動かし、ベッドをリクライニングさせた。
「・・軟禁生活だ。まったく、何度も輪切りにされたり透視されたり、実験動物のように扱われている。」
「逃げちゃう?俺、そういうの得意だけど。・・何それ?」
明るくおどけてみたグーデリアンに、ハイネルは左手首を振って見せた。そこには、患者認識票としてはやたらと頑丈な、灰色の金属リングがはまっていた。
「GPSだ。痴呆老人徘徊の対策に、現在開発中の。」
「・・・・・・・・・そこまでやる?」
一瞬、まさしく親子だとグーデリアンは思ったが、心底うんざりしたハイネルの様子に口に出すのは差し控えておいた。
「で、飯は食えてんの?」
嫌そうな顔をしながら、ハイネルはテーブルの上の、病院食に加えて差し入れと思われるたくさんの皿が、一口食べて、もしくは大半は蓋も開けられないまま散らかされているのを指さした。
「その結果が、こうなったんだ。もう勝手にしてくれ。冷蔵庫の中にもまだ色々入ってる。」
右腕につながる点滴をうっとおしそうに見上げる。もともと食欲が湧きにくい体質の上、頭も体も使わないのだからこんな環境じゃますます食べられない。完全に嫌々モードだ。
「んー、このチーズクリームとか、おいしそうよ?」
冷蔵庫の中にはハイネルの好む銘柄の水とチョコレート、フルーツとデザート。好みを知った人間が用意している様子がよくわかる。
「食べていけ。減っているほうが後で医師の小言も減る。」
「監視カメラついてるでしょー?」
言いつつも グーデリアンは放り出されていたスプーンを取り、レモンママレードのソースと一緒にすくって味見した。
「うまいよ、これ?」
もう一口すくい、ハイネルの口元に近づける。ちょっと躊躇した様子を見せたが、ハイネルはおとなしく口を開いた。しかし、すぐに渋い顔になる。
「・・・ざらざらする。紅茶をくれ。」
ポットから、冷めてしまった紅茶をグラスに注いで渡すと、口の中を洗うように含みながら飲みこんだ。
「で、いつ退院できそうな感じ?」
グーデリアンはレモン入りのペリエ片手に、いささかぱさつくローストビーフや乾きかけたレンズマメのサラダ、冷めて固くなってしまった魚のポアレなどを味見する。どれも、出来たてならそんなに悪くない味付けじゃないかと思いながら。
「私に聞かないでくれ。どうしても何か病気を見つけたいらしいから。」
「見つけてどうするんだ?」
「・・・・多分、」
グーデリアンから奪ったペリエの瓶をくるくるとまわし、ハイネルが何かを言いかけたところでドアをノックする音が聞こえた。
「フランツ、体調はどうだ。」
たったいま出来上がった塑像のような完璧さをまとわせながら、シュトロブラムス社長が現れた。
「今のところ、問題はありません。」
「そうか。まぁ、今はゆっくり休みなさい。差し入れだ。」
老舗洋菓子店の紙袋を差し出す。代わりに受け取ったグーデリアンが中を覗くと、クリスタルの器に入った洋酒ボンボンが入っていた。
(・・嫌がらせのレベルだよなぁ、こりゃ。)
グーデリアンは、正直この父親が苦手だった。そりゃ社長でチームオーナーで煙たい存在であるのはしょうがないとして。
フランツ・ハイネルによく似た色の髪と薄い茶色の目を持つゲオルグ・ハイネルは、ちょっと歳の離れた兄弟といった優しい風情の姿形と仕草をしてはいたが、その中身は全く息子とは違っていた。
聞けば、実力主義のハイネル家において何人かの兄弟がいる中で頭角を現し、他を差し置いて社長にのし上がったらしい。
祖母譲りの、年とってなお美しい美貌と恐ろしいほどの切れ味を持つ経営手腕を駆使し、人を虜にするのが当然と思っている自信家だ。(実際は天真爛漫に世界を飛び回って生きている妻のみには、一向にその魅力は届いていないようなのだが)。
男女人モノ問わず美しいもの、完璧なものが大好きで、秘書室はそれはもう華やかではあるが、自分の魅力を熟知し、引き出す配置は忘れない。
そんなナルシズムにあふれる人間の送ってくるものと言えば、恭しく鎮座する砂糖漬けフルーツやら、やたら手の込んだチョコレート、宝石箱に入ったマカロン、薔薇のコンフィチュールなど。とても自分より背が高くなった息子に送るものとは思えないラインナップだった。
かつて二人揃って表彰台を飾った際などは、気まぐれなのだろう、一抱えもある深紅の薔薇の花束を抱きかかえてサーキットに現れた。場違いに華やかな父とその一行を、ハイネルが陰でぼそっと「可愛げのないランドルみたいなものだ」と評していたのを、グーデリアンは笑うよりも大きくうなずくしかなかったのだ。
さてどうしたものかとグーデリアンが袋をテーブルに置き、ハイネルのほうをそろりと見ると、彼は怒りに満ちた目で父の姿をねめつけていた。
「グーデリアン君には、フランツの分まで色々と広報の仕事をさせてすまないね。」
社長はそんなハイネルを歯牙にもかけず、少し甘さのある声でねぎらいの声をかけながら、壁際のソファに腰をかける。 空気が重いというよりは、もはや痛い。
「えーと・・じゃあ、俺は帰りますね。」
「いや、君もいてくれたほうがいいな。フランツの機嫌が多少ましになる。」
長期戦になりそうだと、そそくさと帰りかけたグーデリアンを、社長は呼びとめる。
ハイネルの眉がさらに険しく顰められた。
「・・お父さん。私はいつ退院できるのでしょうか。グーデリアンにも迷惑をかけていますし、そろそろ仕事に戻りたいのですが。」
単刀直入に切り出したハイネルに、父は両手を上げてさらりと微笑で交わす。
「検査が終わったら退院できるんじゃないかね。問題がなければ。」
「・・それは、問題を見つけるまで監禁しておくということですか。」
遂に、ハイネルの苛立ちが沸点を超えた。
「人聞きが悪いな。レーサーを引退すると言えばすぐにでも退院できるのに。」
長い脚を組みかえ、小首を傾げてみせる。
「わかっているんだろう、自分の限界くらいは。このまま続けて、レーサーとしていい成績が残せる可能性は極めて低い。今まで自由にさせてきたが、そろそろ現実を見る時じゃないのかね。検査結果を見たが、その視力の落ち方だけでも尋常ではないだろう?」
ハイネルの目の緑が一層濃くなった。
二人が同居するようになってから数年、ハイネルがだんだんと人前に出ない時も眼鏡に頼るようになってきていたのをグーデリアンは気付いていた。
ほぼイメージ用と言われている眼鏡だが、実は軽い乱視があり、10代の頃、本を読み過ぎて調子が悪くなっているのを父親に悟られまいとかけはじめたものだったはずだ。
それが、若いころはうまく筋肉を使い、ピントを合わせることができたから発覚しなかったが、だんだんと酷使と加齢により調整が利かなくなっていた。
普段の検査ではそこを理解する医師と、勘でなんとかなっていたのを、この病院の検査では遂に暴かれてしまったのだ。
(いいとこ突いてくるよな・・さすがに親子だよ。)
生理的に苦手なのはしょうがないとして、グーデリアンはこの華麗で過激な父親の手腕は評価していた。
シュトロゼックはほやほやの若造が立ち上げたにしては妙にそつのないチームで、わずか数年でチャンピンすら獲ってしまった。レーシングチームとは技術力や資本力のみで成り立つものではない。その裏で、この父が大きく暗躍しているのを、色々なチームに在籍していたグーデリアンはハイネルよりも強く実感していた。
また同時に、大幅に歪んではいるものの、結局は息子に対する愛情表現なのだということもよく理解はしていた。ただ、その方法がいささか極端なのだけれど。
お互い、他人に対しては十分に思いやりのある態度で接することができるのに、期待する相手にほどに厳しい態度を取ってしまう。
まるでハリネズミのジレンマ。近くに寄れば寄るほど、相手を傷つけてしまうんだ。
「グーデリアン君としては、どうなんだ?フランツがボロボロの体を引きずってレーサーを続けているのは、君にとってメリットかね?」
唐突に矛先が向けられ、グーデリアンはぐっと息をのんだ。
「えーと、俺がチャンピオンになれたのもハイネルのサポートがあってのことだし。」
「客観的に見ていて、確かにそれを感じる時もあるが、むしろ君の足かせになっている部分もあると感じる。君は車体さえしっかりしていれば単独で優勝が狙える才能がある。サポートドライバーが欲しければ手配しよう。フランツにこだわることはないと私は思うがね。」
なんとかフォローしようとするものの、完全に論破される。
ハイネルはもう目線をそらしてしまっている。おそらく、今までも一番肝心なところでは押し切られるしかなかったのだろう。
頭のいい人間同士の喧嘩というものは非常に冷酷だと思う。まるで名人同士のチェスのように、何がどうなったのかわからないうちに決着がついている。
力関係がはっきりしているから、あがくことすらせずに勝敗が決まるのだ。
あぁ、経営者としては手練れの癖にその面においてだけ絶望的に不器用なこの親子は、一番突いてはいけない場所をいきなりえぐってしまうんだ。似たもの親子め。
嘆息したグーデリアンは、ふと、自分が大きな切り札を持っているのを思い出した。
ペリエの瓶を握りしめたまま固まっているハイネルの手から、そっと瓶を抜き取るふりをして軽く手に触れる。虚ろな目が緑色の瓶の行方を追ってグーデリアンのほうを向いた。
「そういえば社長、来季の契約条件で、俺から一つお願い、あるんですけど?」
「なんだね?契約金は期待していい額だと思うが。改まって、ワールドチャンプのお願いとは怖いな。」
肩をすくめておどけて見せる父に、グーデリアンは正面から向き合った。
「ハイネルが自分で引退を決めるまで、自由にさせてやってください。それが俺が欲しい、唯一の条件です。」
社長の片眉が上がる。それは日頃、頑ななハイネルから譲歩を引き出すきっかけをつかんだ時と同じだった。
「・・友情のつもりかもしれないが、一時の感情であえて不利な条件をというのは交渉の仕方としては賢いとは言えないな。」
笑ってはいたが、父の顔からからかう色は消えていた。
動揺を感じ取ったグーデリアンは、すかさず言葉をつづけた。
「俺が走るのは、ハイネルがいるからです。」
いいながら、グーデリアンはハイネルの背に手を回し、唇にキスをする。
体を離すと、あっちとこっちで茶色と緑色の瞳が見開かれ、同じ表情で凍りついていた。
こういう時まで親子だと、ついにグーデリアンは噴き出した。
「じゃ、そういうわけで来季もよろしく!」
『待て、ジャッキー・グーデリアン!』
見事にハモる声を背に、グーデリアンは携帯の入ったアタッシュケース片手に立ちあがった。
「お前どういう!・・あ、痛っ!」
去り際に後ろを振り返ると、急に動いて点滴がずれたのか背中を丸めるハイネルと、あわてて走り寄る父の姿が見えた。後は親子で解決しろよと手をふり、グーデリアンはドアを閉めてしまった。
「馬鹿もの!」
次の日、右腕は派手な内出血とテーピングで痛々しい状態ではあったが、無事に帰宅したハイネルは、リビングで待っていたグーデリアンにまず思いつく限りの罵声を浴びせた。
「レーサーの腕に何かあったらどうするつもりだったんだ!おまけに父の眼前であんな・・!」
「よかったじゃん、来季もレーサー出来るんだろ?今、社長から承諾メール届いたぜ。」
タブレットを操りながらしれっと答えたグーデリアンの前で、ハイネルは耳まで真っ赤にした。
「・・知るか!」
(本当、親子して素直じゃないところもそっくりなのな。)
色々めんどくさい親子だけれど、ちょっと可愛らしい。
(・・可愛らしい・・・?!)
一瞬、信じられない単語が自分の脳裏をよぎり、グーデリアンはぷっと吹き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
嵐が去った後、腕を押さえて背を丸めるハイネルに駆け寄った父は、少しでも出血が止まるよう、真っ先に左手で二の腕の血管を圧迫しながら右手でナースコールを探した。
処置を待つ間、ハイネルは自然と、父の肩のあたりに額を預ける体制となった。
「・・お父さん・・」
「・・・・・・・・・・・薄々わかってはいたが、ひどいショックだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・すみません・・・・・・・・」
「興味本位で男と寝るなとは言わん。ただし、いくら悪い虫といったって、よりによってあんなのが!」
「・・・・・・いや、別にそういう嗜好はないのですが・・・・・・・」
二人してお互いの肩にため息をつく。どうしてこうなってしまったのか。あぁ、あのアメリカ男が諸悪の根源だったなと。
が、人生経験の分、父は立ち直りも早い。
「・・・こうなったら、あの種馬をせいぜい会社に都合のいいように死ぬまでこき使ってやる。シュトロブラムスの御曹司に手を出したことを後悔させてやる。」
ちらりと伺った父の、今まで見たこともないような不敵な横顔を見て、ハイネルは背筋に冷たいものを感じたのだった。
-------------------------------------------
がんばれグーデリアン。ナイス嫁(え?)。
「まぁ・・いいけどさ。」
「鍵はご退室の際に開けさせていただきますので、お声かけください。ではくれぐれも、フランツ様のお気持ちを波立たされませんように。」
うやうやしくコンシェルジュにドアを開けられ、グーデリアンはやっと病室に入ることを許された。
「よぉ。ごめんな、色々インタビューとか走り回っててさ。」
「あぁ。一人で回らせてすまんな。」
「仕事以外の手紙は持ってきたけど・・で・・これどういう状況?」
携帯電話を入れられ、鍵をかけて渡されたプラケースをからんからんと降ってみると、ベッドで点滴を受けていたハイネルは苦笑した。
「私が仕事をしないよう、父が完全に情報をシャットアウトしているんだ。新聞テレビもダメ。本とDVDのみで暮らせ、だと。」
「無茶いうねぇ。」
グーデリアンがワールドチャンピオンに輝いた後。ハイネルは張り詰めていたものが切れたのか、体調を崩した。
いつものことだからと主治医をうまく丸めこみ、2-3日休息をしたら適当に通常業務に戻るつもりだったが、父である社長の命令が下され、いつの間にか総合病院に送られて長期の検査入院をする羽目になったのだった。
「しっかし、ここアパートメントより広いんじゃない?。」
ベッド横のマホガニーチェアに座り、グーデリアンは病室を見渡した。
私立総合病院の最上階に控えの間付きの特別病室なんていうものがあるのも初めて知ったが、こっそり監視カメラまで仕込んであるのを確認する。
ハイネルは不自由な腕を動かし、ベッドをリクライニングさせた。
「・・軟禁生活だ。まったく、何度も輪切りにされたり透視されたり、実験動物のように扱われている。」
「逃げちゃう?俺、そういうの得意だけど。・・何それ?」
明るくおどけてみたグーデリアンに、ハイネルは左手首を振って見せた。そこには、患者認識票としてはやたらと頑丈な、灰色の金属リングがはまっていた。
「GPSだ。痴呆老人徘徊の対策に、現在開発中の。」
「・・・・・・・・・そこまでやる?」
一瞬、まさしく親子だとグーデリアンは思ったが、心底うんざりしたハイネルの様子に口に出すのは差し控えておいた。
「で、飯は食えてんの?」
嫌そうな顔をしながら、ハイネルはテーブルの上の、病院食に加えて差し入れと思われるたくさんの皿が、一口食べて、もしくは大半は蓋も開けられないまま散らかされているのを指さした。
「その結果が、こうなったんだ。もう勝手にしてくれ。冷蔵庫の中にもまだ色々入ってる。」
右腕につながる点滴をうっとおしそうに見上げる。もともと食欲が湧きにくい体質の上、頭も体も使わないのだからこんな環境じゃますます食べられない。完全に嫌々モードだ。
「んー、このチーズクリームとか、おいしそうよ?」
冷蔵庫の中にはハイネルの好む銘柄の水とチョコレート、フルーツとデザート。好みを知った人間が用意している様子がよくわかる。
「食べていけ。減っているほうが後で医師の小言も減る。」
「監視カメラついてるでしょー?」
言いつつも グーデリアンは放り出されていたスプーンを取り、レモンママレードのソースと一緒にすくって味見した。
「うまいよ、これ?」
もう一口すくい、ハイネルの口元に近づける。ちょっと躊躇した様子を見せたが、ハイネルはおとなしく口を開いた。しかし、すぐに渋い顔になる。
「・・・ざらざらする。紅茶をくれ。」
ポットから、冷めてしまった紅茶をグラスに注いで渡すと、口の中を洗うように含みながら飲みこんだ。
「で、いつ退院できそうな感じ?」
グーデリアンはレモン入りのペリエ片手に、いささかぱさつくローストビーフや乾きかけたレンズマメのサラダ、冷めて固くなってしまった魚のポアレなどを味見する。どれも、出来たてならそんなに悪くない味付けじゃないかと思いながら。
「私に聞かないでくれ。どうしても何か病気を見つけたいらしいから。」
「見つけてどうするんだ?」
「・・・・多分、」
グーデリアンから奪ったペリエの瓶をくるくるとまわし、ハイネルが何かを言いかけたところでドアをノックする音が聞こえた。
「フランツ、体調はどうだ。」
たったいま出来上がった塑像のような完璧さをまとわせながら、シュトロブラムス社長が現れた。
「今のところ、問題はありません。」
「そうか。まぁ、今はゆっくり休みなさい。差し入れだ。」
老舗洋菓子店の紙袋を差し出す。代わりに受け取ったグーデリアンが中を覗くと、クリスタルの器に入った洋酒ボンボンが入っていた。
(・・嫌がらせのレベルだよなぁ、こりゃ。)
グーデリアンは、正直この父親が苦手だった。そりゃ社長でチームオーナーで煙たい存在であるのはしょうがないとして。
フランツ・ハイネルによく似た色の髪と薄い茶色の目を持つゲオルグ・ハイネルは、ちょっと歳の離れた兄弟といった優しい風情の姿形と仕草をしてはいたが、その中身は全く息子とは違っていた。
聞けば、実力主義のハイネル家において何人かの兄弟がいる中で頭角を現し、他を差し置いて社長にのし上がったらしい。
祖母譲りの、年とってなお美しい美貌と恐ろしいほどの切れ味を持つ経営手腕を駆使し、人を虜にするのが当然と思っている自信家だ。(実際は天真爛漫に世界を飛び回って生きている妻のみには、一向にその魅力は届いていないようなのだが)。
男女人モノ問わず美しいもの、完璧なものが大好きで、秘書室はそれはもう華やかではあるが、自分の魅力を熟知し、引き出す配置は忘れない。
そんなナルシズムにあふれる人間の送ってくるものと言えば、恭しく鎮座する砂糖漬けフルーツやら、やたら手の込んだチョコレート、宝石箱に入ったマカロン、薔薇のコンフィチュールなど。とても自分より背が高くなった息子に送るものとは思えないラインナップだった。
かつて二人揃って表彰台を飾った際などは、気まぐれなのだろう、一抱えもある深紅の薔薇の花束を抱きかかえてサーキットに現れた。場違いに華やかな父とその一行を、ハイネルが陰でぼそっと「可愛げのないランドルみたいなものだ」と評していたのを、グーデリアンは笑うよりも大きくうなずくしかなかったのだ。
さてどうしたものかとグーデリアンが袋をテーブルに置き、ハイネルのほうをそろりと見ると、彼は怒りに満ちた目で父の姿をねめつけていた。
「グーデリアン君には、フランツの分まで色々と広報の仕事をさせてすまないね。」
社長はそんなハイネルを歯牙にもかけず、少し甘さのある声でねぎらいの声をかけながら、壁際のソファに腰をかける。 空気が重いというよりは、もはや痛い。
「えーと・・じゃあ、俺は帰りますね。」
「いや、君もいてくれたほうがいいな。フランツの機嫌が多少ましになる。」
長期戦になりそうだと、そそくさと帰りかけたグーデリアンを、社長は呼びとめる。
ハイネルの眉がさらに険しく顰められた。
「・・お父さん。私はいつ退院できるのでしょうか。グーデリアンにも迷惑をかけていますし、そろそろ仕事に戻りたいのですが。」
単刀直入に切り出したハイネルに、父は両手を上げてさらりと微笑で交わす。
「検査が終わったら退院できるんじゃないかね。問題がなければ。」
「・・それは、問題を見つけるまで監禁しておくということですか。」
遂に、ハイネルの苛立ちが沸点を超えた。
「人聞きが悪いな。レーサーを引退すると言えばすぐにでも退院できるのに。」
長い脚を組みかえ、小首を傾げてみせる。
「わかっているんだろう、自分の限界くらいは。このまま続けて、レーサーとしていい成績が残せる可能性は極めて低い。今まで自由にさせてきたが、そろそろ現実を見る時じゃないのかね。検査結果を見たが、その視力の落ち方だけでも尋常ではないだろう?」
ハイネルの目の緑が一層濃くなった。
二人が同居するようになってから数年、ハイネルがだんだんと人前に出ない時も眼鏡に頼るようになってきていたのをグーデリアンは気付いていた。
ほぼイメージ用と言われている眼鏡だが、実は軽い乱視があり、10代の頃、本を読み過ぎて調子が悪くなっているのを父親に悟られまいとかけはじめたものだったはずだ。
それが、若いころはうまく筋肉を使い、ピントを合わせることができたから発覚しなかったが、だんだんと酷使と加齢により調整が利かなくなっていた。
普段の検査ではそこを理解する医師と、勘でなんとかなっていたのを、この病院の検査では遂に暴かれてしまったのだ。
(いいとこ突いてくるよな・・さすがに親子だよ。)
生理的に苦手なのはしょうがないとして、グーデリアンはこの華麗で過激な父親の手腕は評価していた。
シュトロゼックはほやほやの若造が立ち上げたにしては妙にそつのないチームで、わずか数年でチャンピンすら獲ってしまった。レーシングチームとは技術力や資本力のみで成り立つものではない。その裏で、この父が大きく暗躍しているのを、色々なチームに在籍していたグーデリアンはハイネルよりも強く実感していた。
また同時に、大幅に歪んではいるものの、結局は息子に対する愛情表現なのだということもよく理解はしていた。ただ、その方法がいささか極端なのだけれど。
お互い、他人に対しては十分に思いやりのある態度で接することができるのに、期待する相手にほどに厳しい態度を取ってしまう。
まるでハリネズミのジレンマ。近くに寄れば寄るほど、相手を傷つけてしまうんだ。
「グーデリアン君としては、どうなんだ?フランツがボロボロの体を引きずってレーサーを続けているのは、君にとってメリットかね?」
唐突に矛先が向けられ、グーデリアンはぐっと息をのんだ。
「えーと、俺がチャンピオンになれたのもハイネルのサポートがあってのことだし。」
「客観的に見ていて、確かにそれを感じる時もあるが、むしろ君の足かせになっている部分もあると感じる。君は車体さえしっかりしていれば単独で優勝が狙える才能がある。サポートドライバーが欲しければ手配しよう。フランツにこだわることはないと私は思うがね。」
なんとかフォローしようとするものの、完全に論破される。
ハイネルはもう目線をそらしてしまっている。おそらく、今までも一番肝心なところでは押し切られるしかなかったのだろう。
頭のいい人間同士の喧嘩というものは非常に冷酷だと思う。まるで名人同士のチェスのように、何がどうなったのかわからないうちに決着がついている。
力関係がはっきりしているから、あがくことすらせずに勝敗が決まるのだ。
あぁ、経営者としては手練れの癖にその面においてだけ絶望的に不器用なこの親子は、一番突いてはいけない場所をいきなりえぐってしまうんだ。似たもの親子め。
嘆息したグーデリアンは、ふと、自分が大きな切り札を持っているのを思い出した。
ペリエの瓶を握りしめたまま固まっているハイネルの手から、そっと瓶を抜き取るふりをして軽く手に触れる。虚ろな目が緑色の瓶の行方を追ってグーデリアンのほうを向いた。
「そういえば社長、来季の契約条件で、俺から一つお願い、あるんですけど?」
「なんだね?契約金は期待していい額だと思うが。改まって、ワールドチャンプのお願いとは怖いな。」
肩をすくめておどけて見せる父に、グーデリアンは正面から向き合った。
「ハイネルが自分で引退を決めるまで、自由にさせてやってください。それが俺が欲しい、唯一の条件です。」
社長の片眉が上がる。それは日頃、頑ななハイネルから譲歩を引き出すきっかけをつかんだ時と同じだった。
「・・友情のつもりかもしれないが、一時の感情であえて不利な条件をというのは交渉の仕方としては賢いとは言えないな。」
笑ってはいたが、父の顔からからかう色は消えていた。
動揺を感じ取ったグーデリアンは、すかさず言葉をつづけた。
「俺が走るのは、ハイネルがいるからです。」
いいながら、グーデリアンはハイネルの背に手を回し、唇にキスをする。
体を離すと、あっちとこっちで茶色と緑色の瞳が見開かれ、同じ表情で凍りついていた。
こういう時まで親子だと、ついにグーデリアンは噴き出した。
「じゃ、そういうわけで来季もよろしく!」
『待て、ジャッキー・グーデリアン!』
見事にハモる声を背に、グーデリアンは携帯の入ったアタッシュケース片手に立ちあがった。
「お前どういう!・・あ、痛っ!」
去り際に後ろを振り返ると、急に動いて点滴がずれたのか背中を丸めるハイネルと、あわてて走り寄る父の姿が見えた。後は親子で解決しろよと手をふり、グーデリアンはドアを閉めてしまった。
「馬鹿もの!」
次の日、右腕は派手な内出血とテーピングで痛々しい状態ではあったが、無事に帰宅したハイネルは、リビングで待っていたグーデリアンにまず思いつく限りの罵声を浴びせた。
「レーサーの腕に何かあったらどうするつもりだったんだ!おまけに父の眼前であんな・・!」
「よかったじゃん、来季もレーサー出来るんだろ?今、社長から承諾メール届いたぜ。」
タブレットを操りながらしれっと答えたグーデリアンの前で、ハイネルは耳まで真っ赤にした。
「・・知るか!」
(本当、親子して素直じゃないところもそっくりなのな。)
色々めんどくさい親子だけれど、ちょっと可愛らしい。
(・・可愛らしい・・・?!)
一瞬、信じられない単語が自分の脳裏をよぎり、グーデリアンはぷっと吹き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
嵐が去った後、腕を押さえて背を丸めるハイネルに駆け寄った父は、少しでも出血が止まるよう、真っ先に左手で二の腕の血管を圧迫しながら右手でナースコールを探した。
処置を待つ間、ハイネルは自然と、父の肩のあたりに額を預ける体制となった。
「・・お父さん・・」
「・・・・・・・・・・・薄々わかってはいたが、ひどいショックだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・すみません・・・・・・・・」
「興味本位で男と寝るなとは言わん。ただし、いくら悪い虫といったって、よりによってあんなのが!」
「・・・・・・いや、別にそういう嗜好はないのですが・・・・・・・」
二人してお互いの肩にため息をつく。どうしてこうなってしまったのか。あぁ、あのアメリカ男が諸悪の根源だったなと。
が、人生経験の分、父は立ち直りも早い。
「・・・こうなったら、あの種馬をせいぜい会社に都合のいいように死ぬまでこき使ってやる。シュトロブラムスの御曹司に手を出したことを後悔させてやる。」
ちらりと伺った父の、今まで見たこともないような不敵な横顔を見て、ハイネルは背筋に冷たいものを感じたのだった。
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がんばれグーデリアン。ナイス嫁(え?)。
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「いっそ、冬にやればいのに・・」
レースシーズン、牛よりも我慢強い忍耐の人(多分)フランツ・ハイネルが何度となくぼやくセリフが今年も出現し、スタッフたちは夏が来たことを実感するのだった。
「大体、熱というものは起こすより冷やすほうが効率が悪いんだ。」
「気温が30℃を超えたら観客の安全のためにもレースは中止にするべきだ。」
もっともらしいセリフを吐きつつも、結局は暑いのが苦手、と言いたくないヤセガマンは称賛するべきなのか。
予選前のウォーミングアップを終えてハイネルはピットでレーシングウェアの上を脱ぎ、サーキュレーターで体を冷やしながらデータ解析を行っていた。
薄手のシルクのインナーシャツは肌にへばりつかず風を通すものの、かき混ぜても湿度の高い空気が衣類とハイネルの間にじっとりとまとわりついている。
スポットクーラーもないではないが、排気の熱さを考えると使う気にもなれないし、日頃暑さに慣れているスタッフ達は案外平気で動いているのがなんとも居心地が悪い。
いっそ耐久レースのようにビニールプールに水をはってくれ・・と言いたいのを堪えて、ハイネルは氷入りのアイスティーに逃げ場を求めていた。
「たっだいまー」
「お前・・どこに行っていた・・」
温度上昇によって、気化して引火寸前のゴキゲンがさらに斜めになりそうなのを察してスタッフが思わず帯電チェッカーを握りしめる。
「いいじゃん、ちゃんと俺の時間には帰ってきただろ。それよりさ、これ買ってきた。5分休憩しようぜー。」
差しだされた袋の中には、霜に包まれたアイスバーが山ほど入っていた。
「フレーバーは何?」
「チョコとコーヒーと、ストロベリー・・か?。チョコ欲しい奴手上げろー。」
「たまにはいいことするじゃないかジャッキー。」
「たまにってなんだよ。」
「どうせ、かわいこちゃんが売ってた~とかだろう。」
「あ、わかる?素通り出来なかったわけ。でもヘイ・ハニーから0.5秒で後から怖いママが出てきたんだぜ。俺の失恋ファステスト・ラップ。」
「ざまぁみろ。」
「ハイネルさん、どれ食べますか?」
「あー・・・コーヒーを。」
がっつり甘いものはちょっと・・と言いたいところが霜の誘惑に受け取ってしまったハイネルは、アイスバーの包みをぱりぱりとはがし、少し端をなめてみた。
思ったよりは甘くないが、さて一本どうしようかと思い始めたころ、アイスバーは端からとろとろととろけ始めた。
「!?」
あわててこぼれかけた液をなめとる。するとまた片方から滴が落ちそうになって、いそいでひっくり返し、そちらを強く吸う。
(気化熱か!)
サーキュレーターの真横で食べていた自分の迂闊さを恥じつつ、風の当たらないほうへ移動したが、溶けかけたアイスバーはあらゆる部分から崩れかける。ハイネルは口の端についたクリームを舐めながら一心不乱にアイスバーを口に運ぶ次第となった。
それでも1本を胃に収める頃には体の中が冷やされ、楽になるのを感じていた。
(たまにはいいことをするじゃないか、グーデリアンのくせに。)
他のスタッフたちも、うんざりしていた気分が一新されたようで、ゴミをまとめて再び気持ちよく作業に戻っていく。
ほっと一息ついてバーの最後をなめとり、さぁ仕事を再開するかとハイネルが再びタブレットを手にとったところに、グーデリアンが意味深な笑みを浮かべて近寄ってきた。
指でちょいちょいと内緒話のある仕草をされて、思わず近寄ったハイネルの耳元で、グーデリアンが囁く。
「は?」
ハイネルの耳元で一言つぶやいて、にやりと笑いながらグーデリアンはヘルメットをかぶっていってしまった。
(あんた、エロい・・・・って?)
あとに残されたハイネルは意味がわからず首をかしげるばかりであった。
その後しばらくグーデリアンの謎のアイスバーの差し入れは続き、何度目かに偶然出くわしたリサに「お兄ちゃんこういう顔でアイス食べてんの、自覚してる?」と証拠写真を突きつけられるまで、ハイネルはサービスをし続けてしまったのである。
レースシーズン、牛よりも我慢強い忍耐の人(多分)フランツ・ハイネルが何度となくぼやくセリフが今年も出現し、スタッフたちは夏が来たことを実感するのだった。
「大体、熱というものは起こすより冷やすほうが効率が悪いんだ。」
「気温が30℃を超えたら観客の安全のためにもレースは中止にするべきだ。」
もっともらしいセリフを吐きつつも、結局は暑いのが苦手、と言いたくないヤセガマンは称賛するべきなのか。
予選前のウォーミングアップを終えてハイネルはピットでレーシングウェアの上を脱ぎ、サーキュレーターで体を冷やしながらデータ解析を行っていた。
薄手のシルクのインナーシャツは肌にへばりつかず風を通すものの、かき混ぜても湿度の高い空気が衣類とハイネルの間にじっとりとまとわりついている。
スポットクーラーもないではないが、排気の熱さを考えると使う気にもなれないし、日頃暑さに慣れているスタッフ達は案外平気で動いているのがなんとも居心地が悪い。
いっそ耐久レースのようにビニールプールに水をはってくれ・・と言いたいのを堪えて、ハイネルは氷入りのアイスティーに逃げ場を求めていた。
「たっだいまー」
「お前・・どこに行っていた・・」
温度上昇によって、気化して引火寸前のゴキゲンがさらに斜めになりそうなのを察してスタッフが思わず帯電チェッカーを握りしめる。
「いいじゃん、ちゃんと俺の時間には帰ってきただろ。それよりさ、これ買ってきた。5分休憩しようぜー。」
差しだされた袋の中には、霜に包まれたアイスバーが山ほど入っていた。
「フレーバーは何?」
「チョコとコーヒーと、ストロベリー・・か?。チョコ欲しい奴手上げろー。」
「たまにはいいことするじゃないかジャッキー。」
「たまにってなんだよ。」
「どうせ、かわいこちゃんが売ってた~とかだろう。」
「あ、わかる?素通り出来なかったわけ。でもヘイ・ハニーから0.5秒で後から怖いママが出てきたんだぜ。俺の失恋ファステスト・ラップ。」
「ざまぁみろ。」
「ハイネルさん、どれ食べますか?」
「あー・・・コーヒーを。」
がっつり甘いものはちょっと・・と言いたいところが霜の誘惑に受け取ってしまったハイネルは、アイスバーの包みをぱりぱりとはがし、少し端をなめてみた。
思ったよりは甘くないが、さて一本どうしようかと思い始めたころ、アイスバーは端からとろとろととろけ始めた。
「!?」
あわててこぼれかけた液をなめとる。するとまた片方から滴が落ちそうになって、いそいでひっくり返し、そちらを強く吸う。
(気化熱か!)
サーキュレーターの真横で食べていた自分の迂闊さを恥じつつ、風の当たらないほうへ移動したが、溶けかけたアイスバーはあらゆる部分から崩れかける。ハイネルは口の端についたクリームを舐めながら一心不乱にアイスバーを口に運ぶ次第となった。
それでも1本を胃に収める頃には体の中が冷やされ、楽になるのを感じていた。
(たまにはいいことをするじゃないか、グーデリアンのくせに。)
他のスタッフたちも、うんざりしていた気分が一新されたようで、ゴミをまとめて再び気持ちよく作業に戻っていく。
ほっと一息ついてバーの最後をなめとり、さぁ仕事を再開するかとハイネルが再びタブレットを手にとったところに、グーデリアンが意味深な笑みを浮かべて近寄ってきた。
指でちょいちょいと内緒話のある仕草をされて、思わず近寄ったハイネルの耳元で、グーデリアンが囁く。
「は?」
ハイネルの耳元で一言つぶやいて、にやりと笑いながらグーデリアンはヘルメットをかぶっていってしまった。
(あんた、エロい・・・・って?)
あとに残されたハイネルは意味がわからず首をかしげるばかりであった。
その後しばらくグーデリアンの謎のアイスバーの差し入れは続き、何度目かに偶然出くわしたリサに「お兄ちゃんこういう顔でアイス食べてんの、自覚してる?」と証拠写真を突きつけられるまで、ハイネルはサービスをし続けてしまったのである。
朝からハイネルは機嫌が悪かった。
朝、洗面所で取ったワックスはいつものハードタイプではなく、うっかりグーデリアンのものだった。
『だから、ころころと銘柄を変えるなと言っているんだ!』
気楽なひとり暮らしに大きな邪魔ものが転がり込んで数カ月。今まで自分の好きにしていた色々な部分に、ところどころ不協和音が響くことがあった。いずれも些細なものではあったけれど、ハイネルは自分のペースを乱される気がしてイライラとすることが多かった。
今回は、グーデリアンが買ったワックスがたまたまハイネルのワックスと似たジャーに入っていたため、うっかり髪につけるところまでいってしまったのだ。
一度つけてしまったワックスは、上からハードタイプをつけてもしつこく髪を下ろそうとする。
時計を確認し、洗う時間はないと判断したハイネルは、憮然とした表情で出社したのだった。
覚悟はしていたものの、廊下で会う人間はことごとくハイネルを二度見する。
いつもツンツンとした頭が柔らかく頬の横に流されているだけで、たとえ愛想のない銀縁メガネをかけていても恐ろしいほどの色気が後にたなびく様子に、広報部長は後ずさり、開発事務嬢は思わず写真を取ろうとした。
しかしハイネル自身は窓ガラスに、トイレの鏡に映る覇気のない自分を見るたびに、出来ることなら石でも投げつけてやりたい気分になっていた。
そんな心身共にハリネズミ状態(髪を除く)で臨んだ午後の重役会議。
いつも末席で姿勢正しく座っているはずのハイネルが今日に限ってはテーブルに肘をついて顎を載せ、さも退屈げに画面の資料を眺めている。
長引く会議に時たま上品なあくびまで挟む様子に、さすがに父が焦り始めた。
「・・あー、フランツ、体の調子がよくないようだが。」
「いいえ、特に?でもそろそろうまい言い回しばかりじゃなくて、核心をついた話をしていただけるとうれしいですね。高給取りが雁首そろえて、多大なる経費の無駄遣いですよ。」
親の気遣いもなんのその、花のような美貌から紡ぎだされる毒蛇のような言葉に父は、結婚数十年、決して自分の思い通りにならない妻の気性を思わず重ね合わせた。
「過剰電流が流れているようですね」
「そうか・・どこへ逃がすかな・・」
なぜかいつもより早々に開放された重役会議の次は、ラボのピットでテストデータの検証をする。
会議のせいでイライラは更に募り、そこにプレス向け撮影は終わったはずなのに帰社予定時刻を大幅に過ぎても帰ってこないドライバーが輪をかけた。
「たっだいまー。」
「遅いぞグーデリアン。どうせまたカメラアシスタントと遊んでいたんだろう。」
「失っつ礼ねー。ちょっとばかり息抜きしてただけじゃないのー。」
「いい身分だな。電気系統にエラーが出ていてな。データが取りたい。走ってこい。」
「えー、俺帰ってきたばっかりよ?少し休ませてくれない?」
「今、データが欲しいと言ってるんだ。」
「じゃーあー、ハイネルがキスしてくれたら考えてもいいよ?」
おどけたグーデリアンに、『馬鹿もの』のどなり声が出るはずだとスタッフが身を縮こまらせた。
「キスでいいんだな。」
『へ?』グーデリアン以下がまとめて思った瞬間。ハイネルが椅子から立ち上がり、眼鏡を外した。
グーデリアンの顎に手を添えて引き寄せると、ぽかんとあいた口にいきなり唇を寄せた。傍で見ていても、明らかに舌がからみあっているのがわかるディープキス。薄く開いた長いまつげの陰から、緑の瞳がグーデリアンの視線をねっちりと絡め取る。
大勢がいるはずのピットの中に、恐ろしい静寂が流れた。
しばらくして気が済んだのか、ハイネルはぽかんとするグーデリアンの胸板を軽く押した。グーデリアンは腰がぬけ、そのまま尻もちをついた。
「さぁ、さっさとデータ取ってこい。」
再び椅子に座り、ハイネルは何事もなかったのように端末をいじりはじめる。
「ちょ・・・・・・・・何今のーーー!」
まだ腰が抜けたまま、サーキットの色事師はあり得ない叫びをあげたのだった。
結局、スタッフは「俺、なんかレイプされた気分」とめそめそするグーデリアンを無理やりシュティールにのせ、コースに送りだす。
ハイネルは端末の中の部品構成をちょいちょいいじり、何事か考えてはまた直すを繰り返している。
白い顔に髪がかかり、細い指が時々かき上げるしぐさはまるで絵画を見ているようだった。
そう、見ているだけなら。
その姿を横目に、グーデリアンから送られてくるデータを見るふりをしながら、スタッフはぼそぼそと呟きあう。
「あれ・・いつもは放電してるんだろうな・・・・・帯電がひどくなって回路に異常が起きるんだよな・・・」
「電圧異常かよ・・誰かアースつけてこいよ・・」
「お前が行けよ・・高圧電気技師の資格持ってるだろ。」
「俺新婚だぜ!?」
「俺だって死にたくないよ、まだ・・」
たとえ見た目が絵画でも、人間決して触れてはいけないものがあるのだ。
完全に特別高圧電流扱いされているとは知らず、ハイネルは一人心に決めていた。
-家に帰ったら、まずあのいまいまいしいワックスを捨ててやろう!。
朝、洗面所で取ったワックスはいつものハードタイプではなく、うっかりグーデリアンのものだった。
『だから、ころころと銘柄を変えるなと言っているんだ!』
気楽なひとり暮らしに大きな邪魔ものが転がり込んで数カ月。今まで自分の好きにしていた色々な部分に、ところどころ不協和音が響くことがあった。いずれも些細なものではあったけれど、ハイネルは自分のペースを乱される気がしてイライラとすることが多かった。
今回は、グーデリアンが買ったワックスがたまたまハイネルのワックスと似たジャーに入っていたため、うっかり髪につけるところまでいってしまったのだ。
一度つけてしまったワックスは、上からハードタイプをつけてもしつこく髪を下ろそうとする。
時計を確認し、洗う時間はないと判断したハイネルは、憮然とした表情で出社したのだった。
覚悟はしていたものの、廊下で会う人間はことごとくハイネルを二度見する。
いつもツンツンとした頭が柔らかく頬の横に流されているだけで、たとえ愛想のない銀縁メガネをかけていても恐ろしいほどの色気が後にたなびく様子に、広報部長は後ずさり、開発事務嬢は思わず写真を取ろうとした。
しかしハイネル自身は窓ガラスに、トイレの鏡に映る覇気のない自分を見るたびに、出来ることなら石でも投げつけてやりたい気分になっていた。
そんな心身共にハリネズミ状態(髪を除く)で臨んだ午後の重役会議。
いつも末席で姿勢正しく座っているはずのハイネルが今日に限ってはテーブルに肘をついて顎を載せ、さも退屈げに画面の資料を眺めている。
長引く会議に時たま上品なあくびまで挟む様子に、さすがに父が焦り始めた。
「・・あー、フランツ、体の調子がよくないようだが。」
「いいえ、特に?でもそろそろうまい言い回しばかりじゃなくて、核心をついた話をしていただけるとうれしいですね。高給取りが雁首そろえて、多大なる経費の無駄遣いですよ。」
親の気遣いもなんのその、花のような美貌から紡ぎだされる毒蛇のような言葉に父は、結婚数十年、決して自分の思い通りにならない妻の気性を思わず重ね合わせた。
「過剰電流が流れているようですね」
「そうか・・どこへ逃がすかな・・」
なぜかいつもより早々に開放された重役会議の次は、ラボのピットでテストデータの検証をする。
会議のせいでイライラは更に募り、そこにプレス向け撮影は終わったはずなのに帰社予定時刻を大幅に過ぎても帰ってこないドライバーが輪をかけた。
「たっだいまー。」
「遅いぞグーデリアン。どうせまたカメラアシスタントと遊んでいたんだろう。」
「失っつ礼ねー。ちょっとばかり息抜きしてただけじゃないのー。」
「いい身分だな。電気系統にエラーが出ていてな。データが取りたい。走ってこい。」
「えー、俺帰ってきたばっかりよ?少し休ませてくれない?」
「今、データが欲しいと言ってるんだ。」
「じゃーあー、ハイネルがキスしてくれたら考えてもいいよ?」
おどけたグーデリアンに、『馬鹿もの』のどなり声が出るはずだとスタッフが身を縮こまらせた。
「キスでいいんだな。」
『へ?』グーデリアン以下がまとめて思った瞬間。ハイネルが椅子から立ち上がり、眼鏡を外した。
グーデリアンの顎に手を添えて引き寄せると、ぽかんとあいた口にいきなり唇を寄せた。傍で見ていても、明らかに舌がからみあっているのがわかるディープキス。薄く開いた長いまつげの陰から、緑の瞳がグーデリアンの視線をねっちりと絡め取る。
大勢がいるはずのピットの中に、恐ろしい静寂が流れた。
しばらくして気が済んだのか、ハイネルはぽかんとするグーデリアンの胸板を軽く押した。グーデリアンは腰がぬけ、そのまま尻もちをついた。
「さぁ、さっさとデータ取ってこい。」
再び椅子に座り、ハイネルは何事もなかったのように端末をいじりはじめる。
「ちょ・・・・・・・・何今のーーー!」
まだ腰が抜けたまま、サーキットの色事師はあり得ない叫びをあげたのだった。
結局、スタッフは「俺、なんかレイプされた気分」とめそめそするグーデリアンを無理やりシュティールにのせ、コースに送りだす。
ハイネルは端末の中の部品構成をちょいちょいいじり、何事か考えてはまた直すを繰り返している。
白い顔に髪がかかり、細い指が時々かき上げるしぐさはまるで絵画を見ているようだった。
そう、見ているだけなら。
その姿を横目に、グーデリアンから送られてくるデータを見るふりをしながら、スタッフはぼそぼそと呟きあう。
「あれ・・いつもは放電してるんだろうな・・・・・帯電がひどくなって回路に異常が起きるんだよな・・・」
「電圧異常かよ・・誰かアースつけてこいよ・・」
「お前が行けよ・・高圧電気技師の資格持ってるだろ。」
「俺新婚だぜ!?」
「俺だって死にたくないよ、まだ・・」
たとえ見た目が絵画でも、人間決して触れてはいけないものがあるのだ。
完全に特別高圧電流扱いされているとは知らず、ハイネルは一人心に決めていた。
-家に帰ったら、まずあのいまいまいしいワックスを捨ててやろう!。
最初に仕掛けたのはハイネルだったと思う。
一瞬の隙を狙い、非常に嫌なラインをついてきた。
そこにむかついた俺は、あいつが嫌いそうな強引な幅寄せをしてプレッシャーをかけてやったんだよな。
だってさ、誰がどこから見ても聞き分けと姿勢と頭までいい、完璧いい子だぜ?
俺いっつも比較されっぱなしで「あぁ、ハイネルだったら○○なんだろうな」とか言われ続けてたの。
お互い、イライラしてたんだよなぁ。
そこに周回遅れの事故に巻き込まれて仲良くクラッシュして、二人で殴りあって・・。
-で、なんで俺がこうやって伸びてるわけ?
病院の白い天井の線を数えながら、記憶を整理しているとドアの外がざわざわとうるさくなり、スタンピードとSGMの監督が入ってきた。
後ろには殊勝にうなだれた、例の奴を従えて。
「すみません、このたびはご迷惑をおかけしまして。」
「いやいや、こちらこそ。お互い様なのにわざわざ申し訳ない。」
「グーデリアン君は大丈夫ですか?」
「肋骨2本にヒビが入っていますが、問題ありません。そちらはいかがですか?」
「打撲と擦過傷だけです。本当に、レースに影響のあるケガをさせてしまって・・」
「いやいや、本人はしょっちゅう落馬してますからご心配いりません。な、ジャッキー。」
「大丈夫っす。迷惑かけてすんません。」
まったくだよ。あいつ喧嘩のやり方知らないのかよ。
まさかあの細そうな腕で、あんな重いパンチが出てくるって思わないし。
もみ合いになってちょっと顎にいいパンチが入ったからって、肋骨はダメだろうよ。
って、なんだよ、趣味はボクシングって!そんなの早く言っとけよ!
「ほら、フランツ。」
「申し訳ありませんでした。」
まだ赤く腫れた頬に貼られた湿布が痛々しい姿で、頭を下げられた。
珍しく眼鏡はないんだな。あ、俺が踏んづけちまったんだっけ。
右足捻挫?ざまぁみろ。俺だって動くだけで肋骨痛いんだぜ。
少し乱れた茶色い前髪がさらさらと白い額にかかる。
一見しおらしげにふるまう姿の中に、明らかに「そんなもの、食らうほうが悪い」といった色が見えるが、監督たちは気付かない。
-うっわ、こいついい性格してやがる。
「まぁ、お互い歳も近いし、熱くなるのはわかるが。」
「プロなんだから、そこはチームのことも考えてだな。」
雁首そろえて二人の監督から、お互い溜まってた愚痴とお小言をたらふく頂戴し、さぁ帰るぞという段になってちらりとこちらを見たあいつと目があって。
あぁ、こいつも反省どころか絶対次はねじふせてやるからなって思っているのがありありで。
後ろ姿に思わずしかめっ面をした俺の頭を、うちの監督がぽかっと殴りやがった。
「ジャッキー・・・!」
「なんだよ、俺だけ?あいつも絶対反省してねぇって!」
「さっきはしおらしくしていたじゃないか?お前と違って。」
「嘘だって!」
-なんでいつもあいつはいい子で俺はヒールなわけ?あーもう、次のレース覚えとけよ!
一瞬の隙を狙い、非常に嫌なラインをついてきた。
そこにむかついた俺は、あいつが嫌いそうな強引な幅寄せをしてプレッシャーをかけてやったんだよな。
だってさ、誰がどこから見ても聞き分けと姿勢と頭までいい、完璧いい子だぜ?
俺いっつも比較されっぱなしで「あぁ、ハイネルだったら○○なんだろうな」とか言われ続けてたの。
お互い、イライラしてたんだよなぁ。
そこに周回遅れの事故に巻き込まれて仲良くクラッシュして、二人で殴りあって・・。
-で、なんで俺がこうやって伸びてるわけ?
病院の白い天井の線を数えながら、記憶を整理しているとドアの外がざわざわとうるさくなり、スタンピードとSGMの監督が入ってきた。
後ろには殊勝にうなだれた、例の奴を従えて。
「すみません、このたびはご迷惑をおかけしまして。」
「いやいや、こちらこそ。お互い様なのにわざわざ申し訳ない。」
「グーデリアン君は大丈夫ですか?」
「肋骨2本にヒビが入っていますが、問題ありません。そちらはいかがですか?」
「打撲と擦過傷だけです。本当に、レースに影響のあるケガをさせてしまって・・」
「いやいや、本人はしょっちゅう落馬してますからご心配いりません。な、ジャッキー。」
「大丈夫っす。迷惑かけてすんません。」
まったくだよ。あいつ喧嘩のやり方知らないのかよ。
まさかあの細そうな腕で、あんな重いパンチが出てくるって思わないし。
もみ合いになってちょっと顎にいいパンチが入ったからって、肋骨はダメだろうよ。
って、なんだよ、趣味はボクシングって!そんなの早く言っとけよ!
「ほら、フランツ。」
「申し訳ありませんでした。」
まだ赤く腫れた頬に貼られた湿布が痛々しい姿で、頭を下げられた。
珍しく眼鏡はないんだな。あ、俺が踏んづけちまったんだっけ。
右足捻挫?ざまぁみろ。俺だって動くだけで肋骨痛いんだぜ。
少し乱れた茶色い前髪がさらさらと白い額にかかる。
一見しおらしげにふるまう姿の中に、明らかに「そんなもの、食らうほうが悪い」といった色が見えるが、監督たちは気付かない。
-うっわ、こいついい性格してやがる。
「まぁ、お互い歳も近いし、熱くなるのはわかるが。」
「プロなんだから、そこはチームのことも考えてだな。」
雁首そろえて二人の監督から、お互い溜まってた愚痴とお小言をたらふく頂戴し、さぁ帰るぞという段になってちらりとこちらを見たあいつと目があって。
あぁ、こいつも反省どころか絶対次はねじふせてやるからなって思っているのがありありで。
後ろ姿に思わずしかめっ面をした俺の頭を、うちの監督がぽかっと殴りやがった。
「ジャッキー・・・!」
「なんだよ、俺だけ?あいつも絶対反省してねぇって!」
「さっきはしおらしくしていたじゃないか?お前と違って。」
「嘘だって!」
-なんでいつもあいつはいい子で俺はヒールなわけ?あーもう、次のレース覚えとけよ!
「なー、そろそろ出会って10年近くなんだし、なんか、指輪とか作らない?」
「今さら・・お前はともかく、私が本社で付けていたら大騒ぎになるだろう。」
「いいじゃん、どうせあちこちばれてんだし。」
「だからと言って、知らない人間にまで言って回ることはない。」
どうせいつもの戯言と端末画面から眼も上げずさらりとかわす横で、ぶーたれた金髪頭がへなへなとソファに沈んでいく。
昼下がりのラボ。それはあまりにもいつも通りの風景だった。
「そういうこと言ってると、タトゥーとか入れちゃうよ?」
「文化圏によっては敬遠されるから、あまりおすすめはしない。」
「そんな冷静に返されてもなぁ・・・。」
それでもあきらめきれずに手元のタブレットをくるくると繰りながらグーデリアンは何かを探している。
「こんなんとかさ。」
差し出された画面は小さな金銀のチョーカー。厚みのあるデザインがグーデリアンの胸に輝いている様を想像しつつ、ハイネルは首を振った。
「・・私は金属アレルギーだと言っているだろうが。」
「だよねー・・。」
「グーデリアン、これをやろう。」
そんな戯れのことも忘れた一月くらい先。
ラボを訪れたグーデリアンに出されたのは赤いベルベットの小箱。
中には恭しく、2cmたらずの金色の模型が入っていた。
「これ、優勝記念のシュティール165のノベルティ模型じゃん。俺金銀両方持ってるよ・・って、あれ、重いね?」
「原子番号79。ちなみに、赤はガーネットだ。」
「あ、チャームになってる。」
「ストラップでもなんでも好きにするがいい。」
「うっわ、俺、革ヒモつけてロザリオにしよう。・・ん?」
裏を返したグーデリアンが首をかしげた。
「なぁ、これ間違ってるよ?」
「なんだ?」
「あのノベルティ、確か後にドライバーイニシャル入ってたよね。これ、金色なのにFHって入ってるよ?」
「あぁ。それでいいんだ。全く同じではつまらない。」
そう言ってハイネルが出したのは、青いベルベットの小箱。中には銀色のシュティールが入っていた。
「あ。」
「こちらはプラチナとトパーズだ。これなら私が持っていてもあまり不自然ではないからな。」
裏返したところには案の定JGのイニシャル。
-了解。後ろのイニシャルは二人のナイショってことなのね。
「サンキュ。大事にする。」
「失くすなよ。今、金相場が1gいくらだと思っているんだ。なくしたら腹を切れ。」
「いつサムライになったんだよ!」
笑う金色の大きな影が椅子ごとハイネルを覆い、額にまぶたに余すところなくキスを浴びせかける。
さてどのへんでボディブローをかましてやろうかと考えつつ、ハイネルは目を閉じ、しばらくの温かさに身を任せた。
-さて。次の10年はどうしてやろうかな。
「今さら・・お前はともかく、私が本社で付けていたら大騒ぎになるだろう。」
「いいじゃん、どうせあちこちばれてんだし。」
「だからと言って、知らない人間にまで言って回ることはない。」
どうせいつもの戯言と端末画面から眼も上げずさらりとかわす横で、ぶーたれた金髪頭がへなへなとソファに沈んでいく。
昼下がりのラボ。それはあまりにもいつも通りの風景だった。
「そういうこと言ってると、タトゥーとか入れちゃうよ?」
「文化圏によっては敬遠されるから、あまりおすすめはしない。」
「そんな冷静に返されてもなぁ・・・。」
それでもあきらめきれずに手元のタブレットをくるくると繰りながらグーデリアンは何かを探している。
「こんなんとかさ。」
差し出された画面は小さな金銀のチョーカー。厚みのあるデザインがグーデリアンの胸に輝いている様を想像しつつ、ハイネルは首を振った。
「・・私は金属アレルギーだと言っているだろうが。」
「だよねー・・。」
「グーデリアン、これをやろう。」
そんな戯れのことも忘れた一月くらい先。
ラボを訪れたグーデリアンに出されたのは赤いベルベットの小箱。
中には恭しく、2cmたらずの金色の模型が入っていた。
「これ、優勝記念のシュティール165のノベルティ模型じゃん。俺金銀両方持ってるよ・・って、あれ、重いね?」
「原子番号79。ちなみに、赤はガーネットだ。」
「あ、チャームになってる。」
「ストラップでもなんでも好きにするがいい。」
「うっわ、俺、革ヒモつけてロザリオにしよう。・・ん?」
裏を返したグーデリアンが首をかしげた。
「なぁ、これ間違ってるよ?」
「なんだ?」
「あのノベルティ、確か後にドライバーイニシャル入ってたよね。これ、金色なのにFHって入ってるよ?」
「あぁ。それでいいんだ。全く同じではつまらない。」
そう言ってハイネルが出したのは、青いベルベットの小箱。中には銀色のシュティールが入っていた。
「あ。」
「こちらはプラチナとトパーズだ。これなら私が持っていてもあまり不自然ではないからな。」
裏返したところには案の定JGのイニシャル。
-了解。後ろのイニシャルは二人のナイショってことなのね。
「サンキュ。大事にする。」
「失くすなよ。今、金相場が1gいくらだと思っているんだ。なくしたら腹を切れ。」
「いつサムライになったんだよ!」
笑う金色の大きな影が椅子ごとハイネルを覆い、額にまぶたに余すところなくキスを浴びせかける。
さてどのへんでボディブローをかましてやろうかと考えつつ、ハイネルは目を閉じ、しばらくの温かさに身を任せた。
-さて。次の10年はどうしてやろうかな。
- ABOUT
ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
嫌悪感を抱かれる方はご注意下さい。
無断コピー・転用等、お断りいたします。
パスワードが請求されたら、誕生日で8ケタ(不親切な説明・・)。