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「誕生日、何か欲しいもの、・・ある?」
年末差し迫った12月、グーデリアンはとうとう神妙な面持ちで口に出してしまった。

「そういうものは、当人に聞かないものなんじゃないか?」
聞かれた本人はパソコンの画面から眼も上げず、口先で答えた。
近くの椅子に逆に腰かけ、背もたれに顎を載せてふてくされる。
「そうだよね。俺もそういうの得意なほうなんだけど。・・すんません、今年はギブアップ・・。」
「・・そうだな・・・今欲しいもの・・・」
「あ、来期の予算とかはなしね。」
「わかってるじゃないか。」


グーデリアンは、ハイネルは本当に物欲がない、とたびたび思う。
当たり前のように一級品に囲まれて育ってきたから、食べるものも着るものも品質に対してのこだわりはおおいにあるはずなのに、あれが欲しいこれが欲しいという欲がほぼない。
グーデリアンは、ハイネル本人の収入がシュトロブラムスの役員報酬程度だと聞いた時はびっくりした。
(それだって一般的にはかなりの額だけど、CFレーサーの報酬とはいくつか桁が違う)
レーサーとしての寿命が短いことを知っているハイネルは、グーデリアンには少々多めに積んでくれてはいるのだが、ハイネル自身、もうちょっととっとけよと提言してみたこともある。
そうしたら、ハイネルは眼鏡を直してちょっとだけ考え、こう答えたのだ。
「税金払うのもめんどくさいしな。」
興味のなさそうな、あっさりとした口調で。

もちろん、色々と金のかかる生活はしているわけだが、住居は頼まなくてもあちこちにあるし、もれなく使用人もついてくる。
車は本社から供給できるし、本やOA機器は大体経費で買える。ホテル住まいももちろん経費だ。
旅行は嫌いではないが、年の半分はレースで世界を回っているからあえて出かける気もしない。
服や靴は仕立てるが、そう年に何度も作るものでもない。
高級レストランでディナーも食べるには食べるが、日頃はそういえば最後の食事はいつ食べたかなんて状態で、ラボのカフェでなんとか栄養を補っている体たらくだった。
そんな状態で、自分の支給額がどれだけなのかもよくわからないがとりあえず残高は増えていくし、興味本位でやった株はそこそこの利益を上げていくし、忙しいしまぁいいかという、グーデリアンをして「意外にズボラ」と言われる性格がそこに如実に表れていた。


「せっかくだからなんか贈りたいのに、時計もアクセサリーもいらないって言うし。」
「金属アレルギーだからな。チタンなら大丈夫だぞ?夏場以外は。」
銀色の眼鏡をはずしてひらひらと振って見せる。
「・・それ、基本的にレースシーズンはダメってことじゃん。」
「お前の鋲だらけの衣服は見ているだけでかゆくなる。」
「あーもう。・・旅行とかどう?それともいっそテーマパーク貸し切り、とか。」
「あぁ、それは昔ランドルがユーロの某所でやった。5年ほど遅かったな。」
「へ?!」
意外な言葉が出てきてグーデリアンが椅子から顎を落とした。
「何それ、ハイネルも一緒に?」
「そうだ。男二人で貸し切りテーマパーク。それも、12/23にな。寒かったぞ。」
「ちょっと!冗談に聞こえないしそれ!」
思い出してくすくす笑うハイネルに、今にもつかみかかる勢いでグーデリアンが身を乗り出す。
「いや、ランドルと私が昔からの知り合いなのは知ってるだろう?。で、クリスマス直前にたまたま話をしていた時に、そういえば二人してそのテーマパークに行ったことがないな、という話になったんだ。」
画面の数字が少し読みづらいのか、唇に指をあてて覗きこむ。
「そこで私が、興味はあるが人がたくさんいるから嫌だと言ったら、ランドルはじゃあ貸し切りにしてやると言ってな。たまたま予定が空いていたのが私の誕生日で、二人して思う存分アトラクションに乗った。」
「クリスマス前デート真っ最中のカップル閉めだして、普通、そこまでされたら後は花火でプロポーズなんだけどね?」
「花火は見たが、残念ながら愛の告白はなかったな。後でリサにばれて、置いてかれたと大泣きされた。」
「あってたまるかよ。あーもう、大金持ちの坊ちゃん連中の金の使い方っておかしいよ!」
頭をぐしゃぐしゃとかきむしり、グーデリアンは立ち上がった。
「ま、そういうわけで、何か欲しいもの考えといて。」
デスクの前に寄って軽いキスだけを交わし、グーデリアンはドアから出て行った。


「・・欲しいもの・・な・・」
一区切りがついたのか、椅子の背にもたれてハイネルが呟いた。
何気に手に取った細身の螺鈿細工の万年筆は去年グーデリアンがプレゼントしたものだった。簡単なものだけど、と言われつつも、世界のどこまでも持って歩ける筆記用具は意外と役に立ち、シュトルムツェンダー風の美しい羽根模様の細工は見るたびに気持ちを和ませた。
デスクの上の車のキーには、一昨年のプレゼントの5cmほどのスイス製アーミーナイフがついていた。これはどこで覚えたのか、日本式に「つまらないものですが」、と渡された。
特注したというその色は深い緑のマーブルで、銀でシュトロゼックの印が入っている。うっかり空港で没収されると困るのでドイツ国内の車のキー専用にしているが、小さいながらも切れ味のいいナイフやハサミ、ライトまでついているのが気にいっていた。
どれも、高価ではないが相手のことを思って丁寧に作られたことがよくわかる。
ただし、どちらもギリギリに青い顔でぐったりしながら渡されたあたり、毎年迷っては困って苦し紛れに選んでいるものなんだろうが。

むしろこういう、身近で小さなものがいいんだが・・と思うのに、なぜあいつは気付かないんだろう。
恋人が自分のために真剣に悩んでいるのはちょっと嬉しいけれど。

「・・鈍い奴め。」
にやりと笑い、ハイネルは今年は何か二人で楽しめるものをねだってみようかとネットサーフィンを始めた。

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-生涯始まって以来の、つまらない誕生日だ。
ランドル邸で盛大に催されたカール・リヒター・フォン・ランドル10歳の誕生祝賀会は、その子息の聡明さとランドル家の財力を内外に示し、非常なる成功を収めた。
ただし、本人が満足していないことを除いては。

あちこちからかけられる羨望と嫉妬の入り混じる祝賀に辟易しながら、ランドルはホールの壁際に、一人たたずむ、興味深い青年を発見した。
あちらこちらで陰謀とゴシップとが飛び交うホールにあって、その回りの空気だけが凛と静まり返っている。
周囲からの視線をものともせず、ただ遠くを見つめるその姿はダビデ像のようだった。
ランドルはなんとはなしに、そちらへ向かって歩いて行った。

「やぁ、ダビデ。」
声をかけると、青年は案の定いぶかしげな顔をしてこちらを見た。
よく見ると身長の割に意外と若く、しかし恐ろしく整った顔をしていることがわかった。
「人違いではないですか?」
きれいなドイツ語の発音だった。
すぐに形ばかりの淡い笑みを浮かべ、姿勢を正して緑色の目をまっすぐ向けて話す様子から育ちは悪くないことはわかる。
「ダビデ像に似ていると思ったんだ。」
「光栄ですが、私はフランツ・ハイネル。誕生日おめでとうございます。」
「改めて、僕がカール・リヒター・フォン・ランドルだ。今日はお越しいただき、感謝する。」
手を差し出すと、ハイネルと名乗った青年はひんやりとする白い手で握り返した。
「今日は、君の父の代理か付き添いなのか?」
「いいえ。今日は高等学校の友人の付き添いです。私の父はドイツで自動車業を営んでいます。」
「ふぅん?」
付き添いと言う割にはスーツは体にぴったりとした、仕立ての良いものを着ている。
他の大人のように自分に媚びるところはないが、突然現れた無礼な幼い子供にも丁寧にわかりやすく受け答えする。
「退屈そうだ。」
「知人が女性と消えてしまって、置いてけぼりになりました。」
くすりと笑う姿はとても端正で、なるほど、容姿によほど自信のある女性でなければ声をかけづらいと思われた。
ランドルは、自分の興味がますます深くなっていくのを感じた。
-君は一体、何者なんだ?

「すまんフランツ。待たせた。」
ランドルがまさに口を開こうとした瞬間、向こうから一人の青年が走り寄ってきた。
「僕は、明日は予選だと言ってあっただろう。」
「悪い。次の約束がなかなかできなくて。」
言いながら、青年はハイネルの陰にあったランドルの姿を見つけた。
途端にすっと背筋を伸ばし、恭しく礼をする。
「あ、これは失礼しました。お誕生日おめでとうございます。ランドル様。」
「ありがとう。君が女性と消えてしまった友人か?」
「え?」
青年の目がハイネルとランドルの間を行き来する。
ハイネルの目に、年相応のいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「今、ハイネルがぼやいていたぞ。ところで何の予選なんだ?乗馬かなにか?」
「私はCFレーサーです。まだ駆け出しですが。」
「ほう?」
意外な言葉にランドルは更に目を輝かせた。この線の細そうな青年があの時速600kmを超えるモンスターを駆って走るのだろうか。
「では、申し訳ありませんが、失礼いたします。」
「あ、失礼いたします!」
出口へ速足で歩き出したハイネルに、あわててつき従うようにお辞儀をした青年が追いかけていく。
ランドルはその姿を見送りつつ、後に声をかけた。

「グレイスン、いるか。」
「はい、おぼっちゃま。」
「CFと、フランツ・ハイネルという人間について調べてくれ。自動車会社の息子だと言っていた。」
「ハイネル・・と申しますと、おそらくドイツのシュトロブラムス関連ではないかと。何か気になる点でもあおりですか?」
「面白そうだ。」
小さくなっていくハイネルの後ろ姿を見ながら、ランドルはにやりと笑った。

-あのシンデレラの正体が知りたい。
-まさか、城から出たらお姫様から町娘に戻っていやしないだろうな。


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何気に仲良しだと思うあの二人。

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「ジャッキー、お前実家寄ってから帰るんだよな?」
「一泊二日だけどね。」
「じゃあ、監督も連れて行ってくれ。」
「はぁ?」

アメリカでの初戦が終わった後、撤収作業をしているチーフエンジニアからグーデリアンは唐突な提案をされた。

しかしそれは監督としても初耳だったらしく、パソコンをパッキングする手をとめてこちらに向かってくる。
「待て。なんだそれは!私の都合はどうなるんだ!」
「あなたが帰ってくるのが2-3日遅くなくてもまったく問題ありません。それより、田舎で気晴らしでもしてきてください。」
「どういうことだ?」
「つまりな・・・」
SGM時代からの付き合いであり、多忙すぎる監督に代わって諸業務を取り仕切るチーフエンジニアは、ハイネルに向き直ると胸倉に指を付きつけた。
「たまには休めって言ってるんだ。フランツ!。レースは走りだしたし、とりあえずは微調整だけで済む。お前、本社業務と新車開発でオフシーズンほとんど休んでないだろう?」
「う・・」
日頃はチームメンバーの手前上、ハイネルに対しては敬語で話してくれるチーフのいきなりの友人モードにハイネルがたじろいでいる間に、チーフは有無を言わせずハイネルのパソコンを取り上げた。
「ということで、ジャッキー、監督を連れてってくれ。」
「なんで俺なんだよ!」
「そうだ!こんなやつと一緒にいても気が休まらない。休むなら自宅で休む!」
「ジャッキー、お前が今一番暇だからだ。そして、フランツ、お前は自宅で休むと結局ぐだぐたと仕事をするからだ。ママ・マート本部とシュトロブラムス本社には連絡して、双方から了解をもらっている。」
「なんでもうママ・マートまで手が回ってんだよ、どんなホットラインだよ!」
「本社・・・父にまで連絡したのか・・・?!」
「絶対仕事させるんじゃねぇぞ。電話の電波も届かない場所でしっかり24時間静養させてこい。」
呆然とする二人に、事務スタッフがにこにこと声をかける。
「チケットとれました。明日の朝ニューヨーク6時発、ケンタッキー昼前着です。いってらっしゃい。」

「どういう・・・」
朝一番の飛行機に乗り、ハイネルはいまだに途方に暮れていた。いつも持ち歩くパソコンがない分、荷物が恐ろしく軽く感じる。電子書籍をくるくると読むでもなくめくりながらも、まったく頭に入ってこない。
「ま・・みんな心配してるってことなんだろな?」
苦笑しながらグーデリアンは映画を物色している。
「それより、急に邪魔することになって、実家にはお邪魔じゃないのか?」
「それはないんだけど、えーと・・本当はもっといい時期に来てほしかったんだけどね。」
「何か都合がよくないのか?」
「んー、実は、この時期はあんまり・・ま、なんとかなるよ。」
グーデリアンはイヤホンを耳にはめた。

「いらっしゃいハイネルさん!ごめんジャッキー!馬が難産で今から厩舎行ってくるから夕飯の支度お願い!冷蔵庫に昨日つぶしたてのリブあるから焼いといて!」
空港からレンタカーを飛ばした二人が着くなり現れたグーデリアンの母は挨拶をする暇もなく、一息で用件をまくしたて、赤いジープで疾風のように去って行った。
唖然とする二人の男性は、手土産を差し出す暇もなく砂煙に消える母の姿を見送るしかなかった。

「あー・・このあわただしさ、うち帰ってきたって感じ・・。」
ハイネルを客間に通し、グーデリアンはソファにどかっと腰を下ろした。
ハイネルはカーテンと窓を開けながら外を眺めた。大きな牧草地が広がり、丘の向こうに牧場らしきものが見えていた。
「だからこの時期はあんまし連れてきたくなかったんだよ。春は農場も牧場も大騒ぎでさ。この時期の俺はむしろ労働力。」
長い脚を放り出し、大きなため息とともに金髪頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「まぁ、日頃の素行で迷惑かけている分たまには尽くさないとな。」
ますます凹むグーデリアンを見下ろし、ハイネルは喉の奥で笑った。

「で、なんで私も手伝うはめになるんだ?」
グーデリアンの部屋で着替えを物色しながら、ハイネルは不機嫌そうにつぶやいた。
アンダーシャツの上にグーデリアンのダンガリーシャツの中から比較的細身のものを羽織ってみるが、まだ余る肩幅のせいで妙にぶかぶかしているのが落ち着かない。
「だって俺一人であんたの相手と料理一緒にできないもん。一生のお願い!」
「何回目の一生のお願いだ。」
クローゼットから放り投げられたジーンズは数年前のサイズ。今度はウエストはどうにかなるが丈が足りない。仕方がないので裾を細くロールアップし、ブーツの外にかぶせてみる。
「しかし、どうして着替えなんだ?」
「ハイネルの服、薄手の高級品ばっかだから日焼けするし汚すと大変だしね。」
「汚すって・・夕食の支度ならスーパーか市場に行くくらいだろう?」
仕上げに日焼け防止用に大きな麦藁の帽子と薄い色のサングラス、手袋を渡されて、ハイネルは首をかしげた。
「いや、食材は畑に取りに行くんだぜ。」
「は?」
「んー、結構似合うよ?」
鏡に映る自分の姿に戸惑うハイネルに、グーデリアンはにんまりと笑った。

「じゃ、まずサラダの材料な。」
家の横の畑に行き、ビニールハウスからレタスをもぎ取り、わきのアスパラもぽきぽきと収穫する。
「白いアスパラガスもあるのか?」
「あれは遮光栽培で手間かかるから、片手間じゃ難しいぜ。」
多くのフランス・ドイツ人の例にもれず、白アスパラのバターソースがこの時期一番の好物だったりするハイネルが心底残念そうな顔をする。
次に畑に移り、スナップエンドウをざるにとる。一つ一つしげしげしと眺めながら収穫するハイネルに何だと聞くと、「4つに1つはしわしわの遺伝子があると聞いたが・・」と答え、グーデリアンは爆笑した。
「この草、セロリのにおいがする。」
「・・・いや、それセロリだし。」
「うわ!変な色の虫がいる!」
「アゲハの幼虫だし・・・。つか、ハイネル、普段無農薬とかオーガニックとかこだわるくせに、畑仕事したことないの?」
「あるわけなかろう。」
藪をかきわけて味見しながらブルーベリーを収穫し、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カブなども少しずつ掘り、地中深くからボーリングした井戸水で泥を流す。

「こんなに種類があるとは思わなかった。」
土の香りと頬をなでる風が気持ちよく、ハイネルは思わず帽子を取った。風が汗で湿った髪の間を通り抜けていく。ドイツのラボから見る空とは、同じ空のはずなのに透明度が違う気がする。
「ここはうちで食べるぶんだけだけどね。向こうの農場だともっと大規模にイモとかコーンとか作ってる。ここは田舎だから買い物に行くのも面倒だからって、母ちゃんが暇にまかせて作ってる畑なんだよ。牧場もあるから堆肥使い放題。」
「循環してるんだな。」
「風向きによっては時々臭いけどなぁ。」
収穫物をかごに入れながら、グーデリアンは笑った。

「で、冷蔵庫にスペアリブとか言ってたな・・・後はチーズとハムとソーセージと・・・」
広い台所で、グーデリアンは業務用の大きな冷蔵庫を覗きこんだ。
台所のテーブルで、ハイネルは空港や機内のいまいちな軽食で不満を唱えていた胃を冷たい牛乳と自家製ドーナツで抑えていた。
「この牛乳、美味しいな。」
「あー、それ朝絞った無加熱。一日しかもたないから商品にはならないけどね。」
もう一杯ついでやりながら、自分もドーナツ二つ目をほおばる。
「太るぞ。」
「農家は肉体労働なんでだいじょーぶ。さて、まずはエンドウのスジ取りしようか。」
もごもごとドーナツを牛乳で流し込んで、グーデリアンは太い指で器用にエンドウのスジをとりはじめた。

つまらない話をしながらボールいっぱいのエンドウを片づけてしまうと、次はやたらと大きなバックリブの塊が出てきた。チームのバーベキューくらいでしかお目にかからないサイズである。
ハイネルがどうしたものかと眺めていると、グーデリアンは牛刀をふるい、慣れた手つきでばらしていった。
「味付けはどうするんだ?」
「市販のバーベキューソースがあるよ?」
アメリカでおなじみの甘酸っぱいソースの味を思い出し、ハイネルはちょっとひるんだ。
「・・半分は、私が味付けする。」
ポリエチレンの手袋をはめてボールに半量程度のリブをとり、少々のワインビネガーでマリネした後、塩と棚にあったスパイスを適宜なじませ、最後にオイルと隠し味の醤油、はちみつなどをふりかけてよくもみ込む。
もう一つのボールはバーベキューソースと、マスタード少々を加えてマリネする。

ハイネルが肉をラップで密封し、冷蔵庫にしまってしまう間に、グーデリアンはエンドウをゆでていた。
ジャッキー・グーデリアンという生き物は、実はかなり大量に野菜を食べている。
同居した当初、発見したその意外さをハイネルは、「ライオンがレタスを食べているよう」だと表現した。
マルシェから買ってきたばかりで、ろくに味もつけない生のニンジンやセロリをぽりぽりと齧る。
洗っただけの山盛りのレタスも、水をよく切ってディップをつけてぱりぱりといつの間にか減らしてしまう。
どうしても肉食のイメージがあっただけに最初は驚いたが、本人は野菜があればあまり意識せずに口に運んでいるらしい。

今も、さっと茹でただけのエンドウを塩もふらずに次々と口に運んでいる。
さすがに、野菜はしかるべきソースで味をつけて食べるものだと思っているハイネルが不思議な顔をしているのを見て、グーデリアンがボールを差し出す。
「うまいよ?」
「・・本当か?」
白い指で恐る恐るつまみ食いする。
「・・意外と甘い。」
「だろ?すぐゆでるとそのままでも結構いける。」
「ここまで知っていてなぜ普段、ジャンクフードばかりつまんでいるんだお前は。」
「んー、都会の誘惑とか?プレス向けイメージとか?まぁ、野菜がそもそもうまくないからねー。」
「贅沢ものが。」
言いながら、ハイネルはこのエンドウはベーコンと玉ねぎと一緒にソテーし、最後にバルサミコ少々で味を引き締めようかと思いを巡らせる。

「デザートも欲しいな。」
グーデリアンは冷蔵庫からヨーグルト、カッテージチーズと生クリームを出し、適量の砂糖と少量の小麦粉を一緒に混ぜた。最後にブルーベリーを混ぜてベイク皿に入れ、オーブンに突っ込む。

次に山盛りのレタスを見て、ハイネルはドレッシングも作っておこうかと思い立つ。
ミキサーに新鮮な玉ねぎ、ニンジン、ニンニク、ビネガー、ブラウンシュガー、塩などを入れ、味を見ながら回すときれいなピンク色のドレッシングが出来上がる。

ここまで一気にやってしまって、ハイネルはめまいを覚え、椅子に座りこんだ。
「ハイネル、なんか、調子悪い?」
「・・疲れが出てきたみたいだ。」
昨日は結局「絶対朝には荷物に入れておくから!」と頼みこんで返してもらったパソコンでの仕事の片づけが長引き、移動中に寝るつもりでほぼ徹夜で朝6時の飛行機に飛び乗ったのはいいが、妙に頭が冴えてうとうとするだけで全く熟睡できなかった。軽く頭痛すら始まっている。
「夕飯までちょっと寝とく?後は俺がやっとくから。」
「すまん。肉は食事の60分前にオーブンに入れて、エンドウのサラダは食べる直前に炒めたベーコンを混ぜて・・」
「はいはい、いいから客間行こう。」
ふらつく足で、抱きかかえられるようにハイネルは客間に向かった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハイネルが目を覚ました時、窓の外はすでに真っ暗だった。
ちらちらと動く光を追ってドアのほうを見ると、グーデリアンがイヤホンをつけながらテレビで映画を見ている。
「グーデリアン・・」
「あ、おきた?」
声をかけるとこちらを向き、ベッドの脇に寄ってきた。

「・・今、何時だ?」
「10時半。起こしにきたけど、よく寝てたからそのままにしといた。」
「すまない、ご家族に挨拶もしていない。」
「いや、せっかく夕飯作ってもらったのにごめんな。気分どう?薬いる?」
「大分よくなった。」
「夕飯、一応取ってあるけど、食べる?こんな時間にリブ・・」
バカかと言いかけて、普段ならそのまま寝てしまうところが、胃が何かを欲しているのに気付いた。
あまりない事態にハイネルは少し混乱した。
「・・いや、しかし何か、軽いものを。」
「オーケィ、シャワー浴びてる間になんか作ってくるよ。」
グーデリアンはキッチンへ向かった。

「久しぶりに、良く寝た気がする。」
言いながら、パジャマ姿のハイネルは自家製ハムの薄切りとレタスとセロリのサンドイッチにかじりついた。たっぷり塗られた新鮮なバターが口の中でふわりと広がる。
「いいことなんじゃない?」
グーデリアンは、たびたび食事や睡眠をないがしろにしやすい恋人に、お前は体の悲鳴を無視しすぎなんだよと一言付け加えたいのをぐっとホットミルクで飲みこむ。
「ここにいたら、お前もきちんと3食食べて寝てスタッフに迷惑がかからないかもな。」
「お前はぶくぶく太って大変なことになるだろうが。」
ハイネルもホットミルクのカップをゆっくり飲みほした。体に甘さと温かさが染みわたった。

「じゃ、俺は自分の部屋に帰るから。残念だけど。」
「あぁ。」
答えながら、ハイネルの目はまた睡魔に負けようとしていた。いつもなら飛んでくる罵声もげんこつもないことにグーデリアンは苦笑しながら軽くキスをする。
トレイにカップと皿を載せ、電気を消してグーデリアンが出ていくと同時に、ハイネルはまた自然と気持ちのいい眠りに入っていった。

キッチンでカップと皿を片づけながら、グーデリアンは一人物思いに沈んだ。
こんなに穏やかに過ごすハイネルを見るのは初めてだった。スタッフがハイネルをここに寄こした理由も今ならよくわかる。多分、色々と掛け持ちする仕事で肉体的にも精神的にも限界が来ていたのだろう。
周囲のだれもがハイネルの身を心配していた。
楽しそうにマメを摘むハイネルを見て、ドイツの郊外に農場でも買って、仕事は会社だけにしてレースからは身を引く生活なんてどうだろうとちょっと考えた。
しかしハイネルの寝顔を見ながら、こいつの居場所はここではないと痛感した。畑にいながら貴婦人のような所作は、まるでマリー・アントワネットのペザントだ。毒と覇気が抜けたハイネルはただ儚くて壊れそうで、するりとどこかへ行ってしまいそうになる。
一体、自分はどうしたいのだろう。大切な人間が自分のために命を削っている姿を見るのは辛い。でも、その姿でなければここまで強く惹かれていただろうか。
-俺は、どうしたいんだ?
深夜のキッチンに、水滴が落ちる音が響いた。


「ハイネルさん、体どう?なんかごめんね、お客さんに夕飯の支度手伝わせたんだって?」
明るい陽のさすキッチンのテーブルの上には、パンやドーナツから、卵・チーズ・ハム・ジャム・ベーコンなどが所狭しと並んでいる。横には食べかけの皿とコーヒーの入ったカップ。朝はダイニングでなくキッチンでささっと済ませてしまうのがどうやらこの家の流儀らしかった。
「なんかジャッキーの料理にしては妙においしいから、何事かと思ったわよ。」
席についたハイネルの前に大きなマグカップが置かれ、炒りの浅いコーヒーと牛乳がなみなみと注がれる。答える暇もなく次々と質問が浴びせかけられ、ハイネルは完全にしゃべる機会を奪われていた。
「一言多いよ。ハイネル、卵どうする?スクランブル?フライドエッグ?茹で卵もあるぜ。」
「あー・・じゃあスクランブルドで。ご心配おかけしました。久しぶりによく休みました。」
「この子バカだから、色々世話かけてるでしょ。ほんっとごめんね。」
「ちょ、ひどいね母ちゃん。俺朝飯とか結構作ってるんだぜ?って、母ちゃんが朝いるって珍しいよね?」
「今日はお客さん来てるからって、ミリーが代わりに牧場行ってくれたのよ。」
「父ちゃんとばあちゃんは?」
「パパは朝からカリフォルニアにワインの仕入れ。おばあちゃんは昨日の夜、大おじさんがそろそろ危ないかもって電話があって、今朝からアニーが連れて行ってくれてるわ。」
グーデリアンはバターを溶かしたフライパンに手際よく卵を流し入れ、最後に茹でたアスパラとカッテージチーズを混ぜて二枚の皿に盛る。脇にサラダと自家製ケチャップを添える。同時に母は厚切りのパン数枚をこんがりとよく焼いて、バターとジャムの皿と一緒にハイネルの前にどんと置いた。
「ジャッキーの料理じゃ、お口にあわないかと思うけど。」
「意外に、彼が料理ができるのには驚きましたよ。」
「俺は、あんたの生活が意外にぐたぐたなのにびっくりしたよ。」
「ジャッキー。あんた来年契約解除されるわよ。」
「それは困るけど、まぁ、うちは朝なんか自分で食ってけって感じだったしなぁ。ちっちゃい頃はばあちゃんが面倒みてくれたけど。ランチも適当に自分で作ってってたしな。」
グーデリアンがハイネルの前の皿から一枚トーストを失敬し、卵を載せて大きくかじりつくのを見て、ハイネルも普段はまず自分では用意しないほど厚切りのトーストに、珍しくジャムを載せて口に運んだ。
「あー、ジャッキースペシャルはひどかったわね。トーストに、ベーコンにピーナツバターって聞いてるだけで胸やけしそうじゃない?なのにまだドーナツにさらにジャムつけてとかやってんのこの子。」
「成長期はそれでも満腹って言葉、理解できなかったよ。」
「今でも山ほど食べるじゃないの。こら、ハイネルさんの分がなくなるでしょ。」
2枚平らげ、さらにトーストに手を出した大きな息子に母はあきれた声をだした。
「いや、私はもう・・」
「遠慮しないで?まだあるから。」
「母ちゃん、俺らもうティーンじゃないんだぜ?。」
「3枚も平らげといてよく言うわね。」
ハイネルの食事量が日本人並みだとは知らない母がすぐにでもパンを切りにいきそうなのを、グーデリアンがあわてて押しとどめているのをハイネルは大量のコーヒーを少々持てあましつつ笑顔で眺めていた。

「昨日生まれた子馬、見てきなさいよ。それくらいの時間あるでしょ?ミリーもいるし。」
乗り継ぎの関係で昼の飛行機でニューヨークへたち、夕方のドイツ行きへ乗り換えるといった予定を話すと、母は丘の向こうを指さした。

赤いジープを借りて牧草地を駆け抜け、厩舎に付くと茶色い子馬が待っていた。
敷き藁を交換していた牧場のスタッフは、グーデリアンを見かけると声をかけてきた。
「ようジャッキー、ついに彼女連れてきたんだな。年貢の納め時か?」
「こいつ上司!男!」
「え?!」
180cmの自分まで女性に見えるなんて、こいつはどれだけモデルを連れ歩いていたのかと思いつつ、ハイネルは苦笑した。
「ところでさ、ベスも元気?」
「元気だよ。のってくか?。」
ベスはグーデリアンが一番最近気にいっている馬である。本名は豪華にクイーンエリザベス。素晴らしい血統の牝馬だが、気に入らない人間を振り落とす気性の激しさで持て余されていたのをグーデリアンが引き取ったのだった。
「うん。ハイネル、馬乗れる?」
「学校の授業でやったっきりだが・・・」
「乗馬の授業なんてあるの?」
「他にも、ゴルフとかヨット合宿とか?」
「普通、バスケットとか野球じゃないの?おぼっちゃまのスポーツってのはよくわかんないねぇ。とりあえずミリーのいる牛舎まで歩くの大変だから、馬で回ろう。」
ベスともう一頭、比較的おとなしい馬に手際よく鞍をつけ、ハイネルを押し上げる。
サラブレッドの高い背中から見える景色は解放感にあふれていた。
「俺が前歩いたら馬はついてくるから、手綱だけしっかり持ってて。あ、そうか、ヨーロッパはブリティッシュだよな。この子たちはウエスタンで育ってるから手綱は緩ませて、体も楽に乗ってて大丈夫。困ったら手綱にしがみついて、とりあえず俺を呼ぶ。」
ポイントだけを簡単に説明して、グーデリアンは軽々と馬に飛び乗った。

グーデリアン家の牧場は、厩舎、牛舎、豚舎と、平飼いの鶏舎などが並んでいた。観光牧場なのか、ソーセージやチーズ作り体験コーナーなどの看板もある。タンポポやキンポウゲの咲く小道をこつこつと進む馬の背は温かく、時々はみを咥えなおす仕草をするのを、グーデリアンが時々首筋をなでてやっている。ぶるるといななくベスは、久しくのせていない主人を背に、走りたがっているのがよくわかるが、ハイネルの馬が同じ速度で走るのは危険なので遠慮しているようだった。

「ミリー!」
「おかえり!」
馬を下りて声をかけると、牛舎で生乳の管理をしていた金髪の若い女性が振り返った。
「ハイネルさん、こんにちは。昨日のご飯ごちそうさまでした。ミリアムです。」
「すみません、寝込んでいて。」
駆け付けてきた女性は意外にも小柄で、化粧っけのない顔に散ったそばかすが可愛らしい。
以前、ニューヨークで会った姉のアリシアが黒髪長身で派手な印象だっただけに、ハイネルは不思議な面持ちで眺めていた。
「いいえ、あのドレッシングどうやって作るんですか?うちの材料だけでできてるなんて信じられない。」
「あー・・味を見ながら適当、に?。アメリカでは甘みが好まれるので、ニンジンの甘みを前面に出すほうがいいかもしれません。」
「なぁミリー、獣医の資格はとれたの?」
「ばっちりよ。これで色々急な病気にも対応できるわ。最近アニーには会った?」
「こないだ、栄養学のセミナーとかでニューヨークで会ったよ。アニー、父ちゃんの仕事手伝ってんの?」
「そうそう。流通とか広報とか商品開発とか、私はそういうのわかんないから。」
「いや、俺どっちも全然わかんねぇよ。」
二人で笑う様子がよく似ているとハイネルは思った。

厩舎に帰ってきた時、グーデリアンはハイネルの馬をつないだ後、再びベスに乗った。
「ちょっと走ってくる。」
「あぁ。」
駈け出して行ったベスはキャンターであぜ道を駆けていった。ハイネルが見ていると、グーデリアンはベスを制御するでもなく、ただ好きなように走らせているようだった。はしゃぐベスが速度を上げても全く動じず、道を逸れようとした時だけ軽く手綱を引っ張り、首筋にむかって何かをささやいている。するとベスは怒って立ち上がるでもなく、おとなしくこちらに向かって体をむけるのだった。
「相変わらずうまいな。ジャッキーだけなんですよ、ここまでベスに乗れるのは。」
ハイネルが乗っていた馬から鞍をはずしていたスタッフが声をかける。
「特に牝馬に関しては、どんな難しい馬もうまいこと動かせます。」
ハイネルは、(それは、サーキットでも種馬だから)と呟きかけて、一応やめておく。
「・・まぁ車に関しても、似たようなものです。」
シュティールという、時として自身も手におえない跳ね馬を本能だけでやすやすと乗りこなす姿を思い出し、ハイネルは少し笑顔を見せた。

昼前に帰り支度を始めると、飛行機の中で食べるようにと出来たてのハンバーガーと、ピクルスやフルーツカスタードなどの入ったボックスを持たされた。車に乗る前にはさらについでにミートパイとバターケーキとクッキー。そのほかジャムの小瓶まで持たされた。
ずしりと重い袋を手に、二人は果たしてドイツの検疫までに食べきれるだろうかと顔を見合わせた。

またの来訪を約束し、車が走り出すと、慣れない乗馬で疲れたのか、ハイネルはまた助手席でうとうととし始めた。
「どうだった?」
「・・なかなか楽しかった。」
「そ。」
ハイネルなりの最大級の賛辞に、グーデリアンは苦笑した。
「ただ、ちょっと・・家畜の匂いは好きにはなれない。」
「ひでぇ。あれでも普通の牧場よりはかなりマシだぜ?」
よその牧場に比べてかなりの手入れはしているが、多少は匂いがする。まぁ、慣れていないことには無理もないのだが。
「・・・・私の居場所は多分、家畜ではなくて金属とオイルの匂いの漂う世界だ。」
ハイネルは寝入りそうな声で細く、しかしきっぱりと断言した。
まるで昨夜の物思いを見透かされた気がして、グーデリアンは助手席のハイネルを思わず見た。
「前を見て運転しろ。事故る気か。」
あわてて前を向いてハンドルを握り直す。

『あぁ、これがハイネルだ。』
グーデリアンは納得した。
魚が水に生きるように、ハイネルの居場所はレースの中なんだ。
女の子にするような要らぬ気遣いは要らない。無理して一緒の道をすすむ必要もない。一人の男なんだ。
今は並走している道がいつかは分たれても、それがハイネル自身の意思ならば俺は喜んで送り出そう。

「・・でも、あの子馬が大きくなるころにまた来てみたい。」
「うん、また連れてくるよ。今度はばあちゃん達にも会えるように。」
「・・・できれば春以外でな。」
「確かにね。冬はもうちょっと静かだよ。」
ますます沈みそうになる声に笑いながら、農地を走っていく。

-帰ろう、金属とオイルと栄光の世界へ。

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ひたすら食べ続ける話

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ハイネルになにかアクセサリーを送りたい。

グーデリアンはずっと考えていた。
今まで付き合った女の子には、節目節目にたびたびプレゼントにアクセサリーを送るのが習慣だった。
テンプレすぎるとは思うが見た瞬間に歓声を上げる姿も可愛らしかったし、自分のつけたアクセサリーを身につけている姿はちょっと支配欲が満たされる気もして、悪い気はしなかった。

指輪でもいいし、カフスでも時計でもいい。もっとも、指輪なんか贈ったところで「どこでつけろというんだ」と罵声を浴びせられることはわかっているんだけど。
それ以前に本人は金属アレルギーで、唯一身につけている眼鏡すらチタンで作らせている。
リネンとシルクに包まれて暮らしている恋人に何を送ればいいのか、世界の恋人のくせに思いつかないグーデリアンは今までの記念日にはうまくアクセサリーは避けるようにしていた。

「っかしぃなぁ・・・」
いつも通っているはずなのに、何度通ってもこの保安ゲートはピコピコと嫌な音を立て続ける。
グーデリアンは今、ゲートの前でポケットからがっちゃがっちゃと色々なものを放り投げていた。
隣では空港スタッフが、遅れかけの飛行機の時間をハラハラしながら見守っている。
鋲のついたブーツやらゴテゴテした財布やら、銀の塊のようなバックル、指にはゴツい銀の指輪。
おまけにバッグはほぼ持たず、携帯電話やら車のキーやら、すべての物品を厚いジャンパーのそこかしこに突っ込んで、水に入れたら沈むんじゃないかとハイネルがあきれるくらいの重量を担いで歩いている。

「いい加減にしないか。置いていくぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ・・・あ。」
もう、こいつをエックス線に通せば早いのにとハイネルが思い始めたころ、その存在すら忘れかけていたいくつ目かのポケットから、グーデリアンは銀色の塊を探し当てた。

「・・・忘れてたー・・・・これ、持ち込んじゃ駄目だよね?。」
出てきたのは何の変哲もないジッポのオイルライター。
可燃物で危険物なわけで、もちろん空港の保安係は手で大きくバッテンを作った。
「うわー、どうしよう・・・」
「そんなもの、放棄していけばいいだろう。第一タバコはやめたくせに、何故そんなものを持っているんだ。」
「ずっと入れっぱなしで忘れてたんだよ。」
ということは、今までの飛行機は忘れっぱなしで乗っていたということか。保安検査員は、他国のセキリュティの甘さにため息をついた。
「アンティーク、もしくは誰かの形見か?」
「いや、16歳のときにそのへんの店で買った普通のジッポ。」
「そんなもの、私がまた買ってやる。飛行機はこれ以上待たせられん。行くぞ。」
「えー・・・」
ジッポはいとも簡単にハイネルにつままれて、保安員の手に渡された。
もっと抵抗するかと思われたグーデリアンは、ハイネルとジッポを見比べるように首を振り、ジッポにばいばいと手を振って搭乗口へと走り出した。

「なぜ、あんなジッポにこだわったんだ。」
乗客のいささか冷たい目線をかいくぐるように滑り込んだ夜便のファーストクラスで、ハイネルはグーデリアンに問いかけた。
「・・いやー、まぁ。あのさ、アレは俺が初めてお前に怒られた記念。」
「は?」
「アスリートなんだからタバコはやめろって。たまに吸うくらいだったけど、お前その時すごく怒ってたんだぜ。」
「・・覚えていない。」
「それまでも喧嘩してたけど、あぁやって面と向かって怒られたのは初めてでさー。」
どうやらその時使っていたジッポを、預け荷物に入れたりうっかりポケットに忘れたりしながら後生大事に持っていたということらしい。
「馬鹿だろうお前。」
「ひどいなぁ。でもいいよ、別に。毎日怒る本人がいるわけだしさ。」
「わかっているなら、怒らせるな。」
「わはは。ごーめーん。」
「まぁ、約束だからジッポは買ってやる。タバコは吸うなよ。」
「んーーー、それ、俺が選んでいい?なんかきれいな彫刻のついた奴とか。」
「構わない。わけのわからないアンティークなんかでなければ。」
「ありがと。」
注意アナウンスが終わり、照明も暗くなり始めた機内で、グーデリアンは遠く離れた隣席へキスをよこした。

グーデリアンは気付いていた。最近ハイネルのラボデスクの一番上に、苦いチョコレートや緑色のミントキャンディと一緒に細巻きのライトなメントールが入っているのを。
喫煙習慣はなかったはずなのに、度重なるストレスに耐えきれない時こっそり一本ずつ火をつけているのは、本人は誰にも気づかれていないつもりなんだろうけど。
深いキスをするとかすかにタバコの香りがするよなんて言ったら、顔を真っ赤にして怒るんだろうな。

-そうだ、思いっきり可愛いジッポを贈ろう。きれいな花の彫刻なんかしてあるやつ。
-っても、ハイネルに買ってもらってだけどな。怒るかな?

低く優しい声で毛布を配り始めるスタッフに、早速仕事をはじめたハイネルの分まで笑顔を返しつつ、グーデリアンは、今度の休みに早速専門店に行こうと決めた。

後日、案の定なぜ自分が送ったものをと怒るハイネルに、引退するまで預かっといてよとジッポを手渡した。誰かによく似たユリの花の彫刻のジッポ。
それと同じころ、なぜかシュトロゼック宛てに先日の空港から小さな荷物が届いた。中身は放棄したはずのあのジッポ。振り返るグーデリアンの姿を偶然CFファンの職員が気にとめ、わざわざ分解して非危険物にまでしてこっそり自前で送ってくれたということらしい。

今、二つのジッポはデスクの一番上の引き出しで、二つ仲良く並んでいる。
いつか引退して、二人でタバコを吸えたらいいよななんて甘い夢を語りながら。

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-ハイネル監督へ シーズン慰労BBQを企画しましたのでご確認ください。資料は持参します。あなたのご都合のいい時に。

-エーリヒへ  では、明日のランチで。昼11時半カフェにて。

シーズンが佳境に差し掛かり多忙な中、総務若手のエーリヒはやっとのことでハイネルを捕まえた。
始めて最高責任者に宛てるメールということで、長く丁寧な文章としっかりした添付資料を添えていたのだか、シーズン終わりの慰労バーベキューの確認をしてほしい、ただそれだけのメールの返事がいつまでもこない。
呆れた総務マネージャーから、監督は長いメールには丁寧に返そうとするから出来るだけシンプルなメールで送ってみろと吹きこまれ、冒頭のメールとなったのである。

いい香りの漂うカフェで、エーリヒは初めてハイネルと差し向かいでテーブルについた。
「じゃあ、バーベキュー材料は200人分で、デリカテッセンと酒類の発注も頼む。去年、飲めないメンバーもいたから、甘くないノンアルコール飲料も多めに入れてくれ。あと、デザートを多めに。コンロはもう一つあったほうが回転がいいと思う。」
テスト走行帰りのレーシングスーツのままでもぺらぺらと資料をめくり、あっという間に盲点を見つけ、修正指示を出す。なるほど、ヘタに添付資料をつけるよりもこのほうが早いんだなとエーリヒは納得した。
こんな些細な仕事、部下におまかせでという手もあるのに、そこは妥協せずたとえ10分でも相談に乗ってくれる。各分野ではもちろん素晴らしい才能があるが、誰よりも広い視野をもち、誰よりも早い指示が出来る。

「ではこれでお願いする。資料がわかりやすかったから早く決まったよ。君のおかげだ。」
一見、冷たいほど整った顔に笑みが差す。あぁ、これが噂の・・と、エーリヒは自分の心がつかまれた瞬間を自覚した。

「俺、パエリアも食べたい。」
不意に上から降ってきた声に、ハイネルの笑みが一気に素へと戻った。
「なんか着替えもしないで先切り上げてくから、なんかたくらんでるのかなーって思ったら。」
見上げると、チームのトップドライバーがいた。白いTシャツから覗く太い腕。いつ見ても、体積以上に存在感が大きい気がするとエーリヒは感じる。大きなグラスに冷たい水を持ちながら、グーデリアンは空いている席にどかっと腰を下ろした。
「グーデリアン、データはとれたのか?」
「あんたの分もとっといたよ。ところで飯食った?」
「いや、まだだ。私はすぐ戻る。」
「食ってけよ。どうせパソコン仕事しながらなんかつまんで終わりのつもりだったんだろ?」
見れば、そろそろ早めの昼食を取ったりランチボックスを取りにくるスタッフが見える。急にエーリヒは胃が大きく鳴るのを感じた。
「な、これが普通に一般的に健康な20代男性って奴だぜ?」
「・・まるで私が不健康な生き物みたいじゃないか・・」
形のいい唇を尖らせて嫌そうにつぶやいた監督の落差に、なんとも言い難い感情を抱きそうになったエーリヒはあわてて目をそらした。

結局ハイネルはチリコンカンと魚のフリッターのプレートを取り、グーデリアンとエーリヒは玉ねぎソースのシュニッツェルをとってきた。
グーデリアンのトレイには山盛り肉の他は、意外にも山盛りのサラダと小さなパンとフルーツのジュースが載っていた。
「炭水化物制限中ですか?」
「ダイエットしないとねー、そこの監督さんが怖い怖い。」
「たんぱく質だって血糖値は上がるんだ。」
「ハイネルはもうちょっと筋肉もぜい肉もつけたほうがいいって言われてるくせに?」
「ぜい肉はいらん。」
言いながら、手をつける前にさりげなくフリッターを1つ2つ、グーデリアンの皿に移す。
ついでに、鉄分補給にとスタッフにほぼ強制的に渡されたココアのムースも、その横にこっそりと置く。
その、あまりにも手なれた様子にエーリヒは絶句した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あの・・もしかして、それ毎回無意識にやってますか?

「・・でさ、バーベキューなんだけど去年、ハイネルがサプライズでパエリア作っててさ、あれがうまかったんだよ。」
「デリカやサラダの材料と、ソーセージ類を適当に入れただけなんだが。」
「今年も作ってよ。」
「じゃあ、すまないがエーリヒ、米とサフランとオリーブオイル、大きめのパエリアパン2枚を追加で。」
「あ、はい。」
メモを書きとめるエーリヒの横で、だからお前は太るんだとか、だったらうまい飯食わすなよとか、暇だったらたまにはお前が作れとかやいやい言いながら二人は食事をし始める。
なんだこの落差は・・・。さっきまでの理想の上司が、途端に可愛い新妻になった気がするのは気のせいですか?。
いたたまれない気持ちになって、急に仕事を思い出したふりをしてあわてて食事をかきこんだエーリヒが退席した後も、そっと振り返ると二人はなにやら話し込んでいた。仕事の話かもしれないが、エーリヒには必要以上に距離が近いようにも見えた。

「で、打ち合わせは無事完了したのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一応は・・」
いつも艶やかで硬質で気品あふれる理想の上司が、ちょっと熱をかけられただけでへにゃっとしてとろとろくたくたになっている以外はまったく想定内です。
いっそマネージャーにそう報告してやろうかと思いながら、エーリヒは今日の昼食がまだやたらと胃にもたれているような気がした。
まるで山盛りのチョコレートを食べた後のような。

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難しいですよねチョコレートの保存はね。

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