忍者ブログ
Admin*Write*Comment
404 filenotfound
[22]  [24]  [28]  [27]  [26]  [21]  [23]  [19]  [18]  [16]  [17
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「ジャッキー、お前実家寄ってから帰るんだよな?」
「一泊二日だけどね。」
「じゃあ、監督も連れて行ってくれ。」
「はぁ?」

アメリカでの初戦が終わった後、撤収作業をしているチーフエンジニアからグーデリアンは唐突な提案をされた。

しかしそれは監督としても初耳だったらしく、パソコンをパッキングする手をとめてこちらに向かってくる。
「待て。なんだそれは!私の都合はどうなるんだ!」
「あなたが帰ってくるのが2-3日遅くなくてもまったく問題ありません。それより、田舎で気晴らしでもしてきてください。」
「どういうことだ?」
「つまりな・・・」
SGM時代からの付き合いであり、多忙すぎる監督に代わって諸業務を取り仕切るチーフエンジニアは、ハイネルに向き直ると胸倉に指を付きつけた。
「たまには休めって言ってるんだ。フランツ!。レースは走りだしたし、とりあえずは微調整だけで済む。お前、本社業務と新車開発でオフシーズンほとんど休んでないだろう?」
「う・・」
日頃はチームメンバーの手前上、ハイネルに対しては敬語で話してくれるチーフのいきなりの友人モードにハイネルがたじろいでいる間に、チーフは有無を言わせずハイネルのパソコンを取り上げた。
「ということで、ジャッキー、監督を連れてってくれ。」
「なんで俺なんだよ!」
「そうだ!こんなやつと一緒にいても気が休まらない。休むなら自宅で休む!」
「ジャッキー、お前が今一番暇だからだ。そして、フランツ、お前は自宅で休むと結局ぐだぐたと仕事をするからだ。ママ・マート本部とシュトロブラムス本社には連絡して、双方から了解をもらっている。」
「なんでもうママ・マートまで手が回ってんだよ、どんなホットラインだよ!」
「本社・・・父にまで連絡したのか・・・?!」
「絶対仕事させるんじゃねぇぞ。電話の電波も届かない場所でしっかり24時間静養させてこい。」
呆然とする二人に、事務スタッフがにこにこと声をかける。
「チケットとれました。明日の朝ニューヨーク6時発、ケンタッキー昼前着です。いってらっしゃい。」

「どういう・・・」
朝一番の飛行機に乗り、ハイネルはいまだに途方に暮れていた。いつも持ち歩くパソコンがない分、荷物が恐ろしく軽く感じる。電子書籍をくるくると読むでもなくめくりながらも、まったく頭に入ってこない。
「ま・・みんな心配してるってことなんだろな?」
苦笑しながらグーデリアンは映画を物色している。
「それより、急に邪魔することになって、実家にはお邪魔じゃないのか?」
「それはないんだけど、えーと・・本当はもっといい時期に来てほしかったんだけどね。」
「何か都合がよくないのか?」
「んー、実は、この時期はあんまり・・ま、なんとかなるよ。」
グーデリアンはイヤホンを耳にはめた。

「いらっしゃいハイネルさん!ごめんジャッキー!馬が難産で今から厩舎行ってくるから夕飯の支度お願い!冷蔵庫に昨日つぶしたてのリブあるから焼いといて!」
空港からレンタカーを飛ばした二人が着くなり現れたグーデリアンの母は挨拶をする暇もなく、一息で用件をまくしたて、赤いジープで疾風のように去って行った。
唖然とする二人の男性は、手土産を差し出す暇もなく砂煙に消える母の姿を見送るしかなかった。

「あー・・このあわただしさ、うち帰ってきたって感じ・・。」
ハイネルを客間に通し、グーデリアンはソファにどかっと腰を下ろした。
ハイネルはカーテンと窓を開けながら外を眺めた。大きな牧草地が広がり、丘の向こうに牧場らしきものが見えていた。
「だからこの時期はあんまし連れてきたくなかったんだよ。春は農場も牧場も大騒ぎでさ。この時期の俺はむしろ労働力。」
長い脚を放り出し、大きなため息とともに金髪頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「まぁ、日頃の素行で迷惑かけている分たまには尽くさないとな。」
ますます凹むグーデリアンを見下ろし、ハイネルは喉の奥で笑った。

「で、なんで私も手伝うはめになるんだ?」
グーデリアンの部屋で着替えを物色しながら、ハイネルは不機嫌そうにつぶやいた。
アンダーシャツの上にグーデリアンのダンガリーシャツの中から比較的細身のものを羽織ってみるが、まだ余る肩幅のせいで妙にぶかぶかしているのが落ち着かない。
「だって俺一人であんたの相手と料理一緒にできないもん。一生のお願い!」
「何回目の一生のお願いだ。」
クローゼットから放り投げられたジーンズは数年前のサイズ。今度はウエストはどうにかなるが丈が足りない。仕方がないので裾を細くロールアップし、ブーツの外にかぶせてみる。
「しかし、どうして着替えなんだ?」
「ハイネルの服、薄手の高級品ばっかだから日焼けするし汚すと大変だしね。」
「汚すって・・夕食の支度ならスーパーか市場に行くくらいだろう?」
仕上げに日焼け防止用に大きな麦藁の帽子と薄い色のサングラス、手袋を渡されて、ハイネルは首をかしげた。
「いや、食材は畑に取りに行くんだぜ。」
「は?」
「んー、結構似合うよ?」
鏡に映る自分の姿に戸惑うハイネルに、グーデリアンはにんまりと笑った。

「じゃ、まずサラダの材料な。」
家の横の畑に行き、ビニールハウスからレタスをもぎ取り、わきのアスパラもぽきぽきと収穫する。
「白いアスパラガスもあるのか?」
「あれは遮光栽培で手間かかるから、片手間じゃ難しいぜ。」
多くのフランス・ドイツ人の例にもれず、白アスパラのバターソースがこの時期一番の好物だったりするハイネルが心底残念そうな顔をする。
次に畑に移り、スナップエンドウをざるにとる。一つ一つしげしげしと眺めながら収穫するハイネルに何だと聞くと、「4つに1つはしわしわの遺伝子があると聞いたが・・」と答え、グーデリアンは爆笑した。
「この草、セロリのにおいがする。」
「・・・いや、それセロリだし。」
「うわ!変な色の虫がいる!」
「アゲハの幼虫だし・・・。つか、ハイネル、普段無農薬とかオーガニックとかこだわるくせに、畑仕事したことないの?」
「あるわけなかろう。」
藪をかきわけて味見しながらブルーベリーを収穫し、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カブなども少しずつ掘り、地中深くからボーリングした井戸水で泥を流す。

「こんなに種類があるとは思わなかった。」
土の香りと頬をなでる風が気持ちよく、ハイネルは思わず帽子を取った。風が汗で湿った髪の間を通り抜けていく。ドイツのラボから見る空とは、同じ空のはずなのに透明度が違う気がする。
「ここはうちで食べるぶんだけだけどね。向こうの農場だともっと大規模にイモとかコーンとか作ってる。ここは田舎だから買い物に行くのも面倒だからって、母ちゃんが暇にまかせて作ってる畑なんだよ。牧場もあるから堆肥使い放題。」
「循環してるんだな。」
「風向きによっては時々臭いけどなぁ。」
収穫物をかごに入れながら、グーデリアンは笑った。

「で、冷蔵庫にスペアリブとか言ってたな・・・後はチーズとハムとソーセージと・・・」
広い台所で、グーデリアンは業務用の大きな冷蔵庫を覗きこんだ。
台所のテーブルで、ハイネルは空港や機内のいまいちな軽食で不満を唱えていた胃を冷たい牛乳と自家製ドーナツで抑えていた。
「この牛乳、美味しいな。」
「あー、それ朝絞った無加熱。一日しかもたないから商品にはならないけどね。」
もう一杯ついでやりながら、自分もドーナツ二つ目をほおばる。
「太るぞ。」
「農家は肉体労働なんでだいじょーぶ。さて、まずはエンドウのスジ取りしようか。」
もごもごとドーナツを牛乳で流し込んで、グーデリアンは太い指で器用にエンドウのスジをとりはじめた。

つまらない話をしながらボールいっぱいのエンドウを片づけてしまうと、次はやたらと大きなバックリブの塊が出てきた。チームのバーベキューくらいでしかお目にかからないサイズである。
ハイネルがどうしたものかと眺めていると、グーデリアンは牛刀をふるい、慣れた手つきでばらしていった。
「味付けはどうするんだ?」
「市販のバーベキューソースがあるよ?」
アメリカでおなじみの甘酸っぱいソースの味を思い出し、ハイネルはちょっとひるんだ。
「・・半分は、私が味付けする。」
ポリエチレンの手袋をはめてボールに半量程度のリブをとり、少々のワインビネガーでマリネした後、塩と棚にあったスパイスを適宜なじませ、最後にオイルと隠し味の醤油、はちみつなどをふりかけてよくもみ込む。
もう一つのボールはバーベキューソースと、マスタード少々を加えてマリネする。

ハイネルが肉をラップで密封し、冷蔵庫にしまってしまう間に、グーデリアンはエンドウをゆでていた。
ジャッキー・グーデリアンという生き物は、実はかなり大量に野菜を食べている。
同居した当初、発見したその意外さをハイネルは、「ライオンがレタスを食べているよう」だと表現した。
マルシェから買ってきたばかりで、ろくに味もつけない生のニンジンやセロリをぽりぽりと齧る。
洗っただけの山盛りのレタスも、水をよく切ってディップをつけてぱりぱりといつの間にか減らしてしまう。
どうしても肉食のイメージがあっただけに最初は驚いたが、本人は野菜があればあまり意識せずに口に運んでいるらしい。

今も、さっと茹でただけのエンドウを塩もふらずに次々と口に運んでいる。
さすがに、野菜はしかるべきソースで味をつけて食べるものだと思っているハイネルが不思議な顔をしているのを見て、グーデリアンがボールを差し出す。
「うまいよ?」
「・・本当か?」
白い指で恐る恐るつまみ食いする。
「・・意外と甘い。」
「だろ?すぐゆでるとそのままでも結構いける。」
「ここまで知っていてなぜ普段、ジャンクフードばかりつまんでいるんだお前は。」
「んー、都会の誘惑とか?プレス向けイメージとか?まぁ、野菜がそもそもうまくないからねー。」
「贅沢ものが。」
言いながら、ハイネルはこのエンドウはベーコンと玉ねぎと一緒にソテーし、最後にバルサミコ少々で味を引き締めようかと思いを巡らせる。

「デザートも欲しいな。」
グーデリアンは冷蔵庫からヨーグルト、カッテージチーズと生クリームを出し、適量の砂糖と少量の小麦粉を一緒に混ぜた。最後にブルーベリーを混ぜてベイク皿に入れ、オーブンに突っ込む。

次に山盛りのレタスを見て、ハイネルはドレッシングも作っておこうかと思い立つ。
ミキサーに新鮮な玉ねぎ、ニンジン、ニンニク、ビネガー、ブラウンシュガー、塩などを入れ、味を見ながら回すときれいなピンク色のドレッシングが出来上がる。

ここまで一気にやってしまって、ハイネルはめまいを覚え、椅子に座りこんだ。
「ハイネル、なんか、調子悪い?」
「・・疲れが出てきたみたいだ。」
昨日は結局「絶対朝には荷物に入れておくから!」と頼みこんで返してもらったパソコンでの仕事の片づけが長引き、移動中に寝るつもりでほぼ徹夜で朝6時の飛行機に飛び乗ったのはいいが、妙に頭が冴えてうとうとするだけで全く熟睡できなかった。軽く頭痛すら始まっている。
「夕飯までちょっと寝とく?後は俺がやっとくから。」
「すまん。肉は食事の60分前にオーブンに入れて、エンドウのサラダは食べる直前に炒めたベーコンを混ぜて・・」
「はいはい、いいから客間行こう。」
ふらつく足で、抱きかかえられるようにハイネルは客間に向かった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハイネルが目を覚ました時、窓の外はすでに真っ暗だった。
ちらちらと動く光を追ってドアのほうを見ると、グーデリアンがイヤホンをつけながらテレビで映画を見ている。
「グーデリアン・・」
「あ、おきた?」
声をかけるとこちらを向き、ベッドの脇に寄ってきた。

「・・今、何時だ?」
「10時半。起こしにきたけど、よく寝てたからそのままにしといた。」
「すまない、ご家族に挨拶もしていない。」
「いや、せっかく夕飯作ってもらったのにごめんな。気分どう?薬いる?」
「大分よくなった。」
「夕飯、一応取ってあるけど、食べる?こんな時間にリブ・・」
バカかと言いかけて、普段ならそのまま寝てしまうところが、胃が何かを欲しているのに気付いた。
あまりない事態にハイネルは少し混乱した。
「・・いや、しかし何か、軽いものを。」
「オーケィ、シャワー浴びてる間になんか作ってくるよ。」
グーデリアンはキッチンへ向かった。

「久しぶりに、良く寝た気がする。」
言いながら、パジャマ姿のハイネルは自家製ハムの薄切りとレタスとセロリのサンドイッチにかじりついた。たっぷり塗られた新鮮なバターが口の中でふわりと広がる。
「いいことなんじゃない?」
グーデリアンは、たびたび食事や睡眠をないがしろにしやすい恋人に、お前は体の悲鳴を無視しすぎなんだよと一言付け加えたいのをぐっとホットミルクで飲みこむ。
「ここにいたら、お前もきちんと3食食べて寝てスタッフに迷惑がかからないかもな。」
「お前はぶくぶく太って大変なことになるだろうが。」
ハイネルもホットミルクのカップをゆっくり飲みほした。体に甘さと温かさが染みわたった。

「じゃ、俺は自分の部屋に帰るから。残念だけど。」
「あぁ。」
答えながら、ハイネルの目はまた睡魔に負けようとしていた。いつもなら飛んでくる罵声もげんこつもないことにグーデリアンは苦笑しながら軽くキスをする。
トレイにカップと皿を載せ、電気を消してグーデリアンが出ていくと同時に、ハイネルはまた自然と気持ちのいい眠りに入っていった。

キッチンでカップと皿を片づけながら、グーデリアンは一人物思いに沈んだ。
こんなに穏やかに過ごすハイネルを見るのは初めてだった。スタッフがハイネルをここに寄こした理由も今ならよくわかる。多分、色々と掛け持ちする仕事で肉体的にも精神的にも限界が来ていたのだろう。
周囲のだれもがハイネルの身を心配していた。
楽しそうにマメを摘むハイネルを見て、ドイツの郊外に農場でも買って、仕事は会社だけにしてレースからは身を引く生活なんてどうだろうとちょっと考えた。
しかしハイネルの寝顔を見ながら、こいつの居場所はここではないと痛感した。畑にいながら貴婦人のような所作は、まるでマリー・アントワネットのペザントだ。毒と覇気が抜けたハイネルはただ儚くて壊れそうで、するりとどこかへ行ってしまいそうになる。
一体、自分はどうしたいのだろう。大切な人間が自分のために命を削っている姿を見るのは辛い。でも、その姿でなければここまで強く惹かれていただろうか。
-俺は、どうしたいんだ?
深夜のキッチンに、水滴が落ちる音が響いた。


「ハイネルさん、体どう?なんかごめんね、お客さんに夕飯の支度手伝わせたんだって?」
明るい陽のさすキッチンのテーブルの上には、パンやドーナツから、卵・チーズ・ハム・ジャム・ベーコンなどが所狭しと並んでいる。横には食べかけの皿とコーヒーの入ったカップ。朝はダイニングでなくキッチンでささっと済ませてしまうのがどうやらこの家の流儀らしかった。
「なんかジャッキーの料理にしては妙においしいから、何事かと思ったわよ。」
席についたハイネルの前に大きなマグカップが置かれ、炒りの浅いコーヒーと牛乳がなみなみと注がれる。答える暇もなく次々と質問が浴びせかけられ、ハイネルは完全にしゃべる機会を奪われていた。
「一言多いよ。ハイネル、卵どうする?スクランブル?フライドエッグ?茹で卵もあるぜ。」
「あー・・じゃあスクランブルドで。ご心配おかけしました。久しぶりによく休みました。」
「この子バカだから、色々世話かけてるでしょ。ほんっとごめんね。」
「ちょ、ひどいね母ちゃん。俺朝飯とか結構作ってるんだぜ?って、母ちゃんが朝いるって珍しいよね?」
「今日はお客さん来てるからって、ミリーが代わりに牧場行ってくれたのよ。」
「父ちゃんとばあちゃんは?」
「パパは朝からカリフォルニアにワインの仕入れ。おばあちゃんは昨日の夜、大おじさんがそろそろ危ないかもって電話があって、今朝からアニーが連れて行ってくれてるわ。」
グーデリアンはバターを溶かしたフライパンに手際よく卵を流し入れ、最後に茹でたアスパラとカッテージチーズを混ぜて二枚の皿に盛る。脇にサラダと自家製ケチャップを添える。同時に母は厚切りのパン数枚をこんがりとよく焼いて、バターとジャムの皿と一緒にハイネルの前にどんと置いた。
「ジャッキーの料理じゃ、お口にあわないかと思うけど。」
「意外に、彼が料理ができるのには驚きましたよ。」
「俺は、あんたの生活が意外にぐたぐたなのにびっくりしたよ。」
「ジャッキー。あんた来年契約解除されるわよ。」
「それは困るけど、まぁ、うちは朝なんか自分で食ってけって感じだったしなぁ。ちっちゃい頃はばあちゃんが面倒みてくれたけど。ランチも適当に自分で作ってってたしな。」
グーデリアンがハイネルの前の皿から一枚トーストを失敬し、卵を載せて大きくかじりつくのを見て、ハイネルも普段はまず自分では用意しないほど厚切りのトーストに、珍しくジャムを載せて口に運んだ。
「あー、ジャッキースペシャルはひどかったわね。トーストに、ベーコンにピーナツバターって聞いてるだけで胸やけしそうじゃない?なのにまだドーナツにさらにジャムつけてとかやってんのこの子。」
「成長期はそれでも満腹って言葉、理解できなかったよ。」
「今でも山ほど食べるじゃないの。こら、ハイネルさんの分がなくなるでしょ。」
2枚平らげ、さらにトーストに手を出した大きな息子に母はあきれた声をだした。
「いや、私はもう・・」
「遠慮しないで?まだあるから。」
「母ちゃん、俺らもうティーンじゃないんだぜ?。」
「3枚も平らげといてよく言うわね。」
ハイネルの食事量が日本人並みだとは知らない母がすぐにでもパンを切りにいきそうなのを、グーデリアンがあわてて押しとどめているのをハイネルは大量のコーヒーを少々持てあましつつ笑顔で眺めていた。

「昨日生まれた子馬、見てきなさいよ。それくらいの時間あるでしょ?ミリーもいるし。」
乗り継ぎの関係で昼の飛行機でニューヨークへたち、夕方のドイツ行きへ乗り換えるといった予定を話すと、母は丘の向こうを指さした。

赤いジープを借りて牧草地を駆け抜け、厩舎に付くと茶色い子馬が待っていた。
敷き藁を交換していた牧場のスタッフは、グーデリアンを見かけると声をかけてきた。
「ようジャッキー、ついに彼女連れてきたんだな。年貢の納め時か?」
「こいつ上司!男!」
「え?!」
180cmの自分まで女性に見えるなんて、こいつはどれだけモデルを連れ歩いていたのかと思いつつ、ハイネルは苦笑した。
「ところでさ、ベスも元気?」
「元気だよ。のってくか?。」
ベスはグーデリアンが一番最近気にいっている馬である。本名は豪華にクイーンエリザベス。素晴らしい血統の牝馬だが、気に入らない人間を振り落とす気性の激しさで持て余されていたのをグーデリアンが引き取ったのだった。
「うん。ハイネル、馬乗れる?」
「学校の授業でやったっきりだが・・・」
「乗馬の授業なんてあるの?」
「他にも、ゴルフとかヨット合宿とか?」
「普通、バスケットとか野球じゃないの?おぼっちゃまのスポーツってのはよくわかんないねぇ。とりあえずミリーのいる牛舎まで歩くの大変だから、馬で回ろう。」
ベスともう一頭、比較的おとなしい馬に手際よく鞍をつけ、ハイネルを押し上げる。
サラブレッドの高い背中から見える景色は解放感にあふれていた。
「俺が前歩いたら馬はついてくるから、手綱だけしっかり持ってて。あ、そうか、ヨーロッパはブリティッシュだよな。この子たちはウエスタンで育ってるから手綱は緩ませて、体も楽に乗ってて大丈夫。困ったら手綱にしがみついて、とりあえず俺を呼ぶ。」
ポイントだけを簡単に説明して、グーデリアンは軽々と馬に飛び乗った。

グーデリアン家の牧場は、厩舎、牛舎、豚舎と、平飼いの鶏舎などが並んでいた。観光牧場なのか、ソーセージやチーズ作り体験コーナーなどの看板もある。タンポポやキンポウゲの咲く小道をこつこつと進む馬の背は温かく、時々はみを咥えなおす仕草をするのを、グーデリアンが時々首筋をなでてやっている。ぶるるといななくベスは、久しくのせていない主人を背に、走りたがっているのがよくわかるが、ハイネルの馬が同じ速度で走るのは危険なので遠慮しているようだった。

「ミリー!」
「おかえり!」
馬を下りて声をかけると、牛舎で生乳の管理をしていた金髪の若い女性が振り返った。
「ハイネルさん、こんにちは。昨日のご飯ごちそうさまでした。ミリアムです。」
「すみません、寝込んでいて。」
駆け付けてきた女性は意外にも小柄で、化粧っけのない顔に散ったそばかすが可愛らしい。
以前、ニューヨークで会った姉のアリシアが黒髪長身で派手な印象だっただけに、ハイネルは不思議な面持ちで眺めていた。
「いいえ、あのドレッシングどうやって作るんですか?うちの材料だけでできてるなんて信じられない。」
「あー・・味を見ながら適当、に?。アメリカでは甘みが好まれるので、ニンジンの甘みを前面に出すほうがいいかもしれません。」
「なぁミリー、獣医の資格はとれたの?」
「ばっちりよ。これで色々急な病気にも対応できるわ。最近アニーには会った?」
「こないだ、栄養学のセミナーとかでニューヨークで会ったよ。アニー、父ちゃんの仕事手伝ってんの?」
「そうそう。流通とか広報とか商品開発とか、私はそういうのわかんないから。」
「いや、俺どっちも全然わかんねぇよ。」
二人で笑う様子がよく似ているとハイネルは思った。

厩舎に帰ってきた時、グーデリアンはハイネルの馬をつないだ後、再びベスに乗った。
「ちょっと走ってくる。」
「あぁ。」
駈け出して行ったベスはキャンターであぜ道を駆けていった。ハイネルが見ていると、グーデリアンはベスを制御するでもなく、ただ好きなように走らせているようだった。はしゃぐベスが速度を上げても全く動じず、道を逸れようとした時だけ軽く手綱を引っ張り、首筋にむかって何かをささやいている。するとベスは怒って立ち上がるでもなく、おとなしくこちらに向かって体をむけるのだった。
「相変わらずうまいな。ジャッキーだけなんですよ、ここまでベスに乗れるのは。」
ハイネルが乗っていた馬から鞍をはずしていたスタッフが声をかける。
「特に牝馬に関しては、どんな難しい馬もうまいこと動かせます。」
ハイネルは、(それは、サーキットでも種馬だから)と呟きかけて、一応やめておく。
「・・まぁ車に関しても、似たようなものです。」
シュティールという、時として自身も手におえない跳ね馬を本能だけでやすやすと乗りこなす姿を思い出し、ハイネルは少し笑顔を見せた。

昼前に帰り支度を始めると、飛行機の中で食べるようにと出来たてのハンバーガーと、ピクルスやフルーツカスタードなどの入ったボックスを持たされた。車に乗る前にはさらについでにミートパイとバターケーキとクッキー。そのほかジャムの小瓶まで持たされた。
ずしりと重い袋を手に、二人は果たしてドイツの検疫までに食べきれるだろうかと顔を見合わせた。

またの来訪を約束し、車が走り出すと、慣れない乗馬で疲れたのか、ハイネルはまた助手席でうとうととし始めた。
「どうだった?」
「・・なかなか楽しかった。」
「そ。」
ハイネルなりの最大級の賛辞に、グーデリアンは苦笑した。
「ただ、ちょっと・・家畜の匂いは好きにはなれない。」
「ひでぇ。あれでも普通の牧場よりはかなりマシだぜ?」
よその牧場に比べてかなりの手入れはしているが、多少は匂いがする。まぁ、慣れていないことには無理もないのだが。
「・・・・私の居場所は多分、家畜ではなくて金属とオイルの匂いの漂う世界だ。」
ハイネルは寝入りそうな声で細く、しかしきっぱりと断言した。
まるで昨夜の物思いを見透かされた気がして、グーデリアンは助手席のハイネルを思わず見た。
「前を見て運転しろ。事故る気か。」
あわてて前を向いてハンドルを握り直す。

『あぁ、これがハイネルだ。』
グーデリアンは納得した。
魚が水に生きるように、ハイネルの居場所はレースの中なんだ。
女の子にするような要らぬ気遣いは要らない。無理して一緒の道をすすむ必要もない。一人の男なんだ。
今は並走している道がいつかは分たれても、それがハイネル自身の意思ならば俺は喜んで送り出そう。

「・・でも、あの子馬が大きくなるころにまた来てみたい。」
「うん、また連れてくるよ。今度はばあちゃん達にも会えるように。」
「・・・できれば春以外でな。」
「確かにね。冬はもうちょっと静かだよ。」
ますます沈みそうになる声に笑いながら、農地を走っていく。

-帰ろう、金属とオイルと栄光の世界へ。

---------------------------
ひたすら食べ続ける話

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メール
URL
コメント
文字色
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret
  • ABOUT
ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。 もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。 嫌悪感を抱かれる方はご注意下さい。 無断コピー・転用等、お断りいたします。 パスワードが請求されたら、誕生日で8ケタ(不親切な説明・・)。
  • カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
  • フリーエリア
  • 最新CM
  • 最新TB
  • プロフィール
HN:
404
性別:
非公開
  • バーコード
  • ブログ内検索
  • 最古記事
(09/19)
(11/12)
(11/12)
(12/10)
(12/23)
  • カウンター
  • アクセス解析
Copyright © 404 filenotfound All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]