「恋人を虜にするならまず胃袋から」
母親からそんな話を聞いたのは一体いつのことだったのか。
とはいっても、世話を焼いてくれる彼女に困ったことはさらさらなくて。
まさか恋人のために自分が率先してキッチンに立つはめになるなんて、2年前のグーデリアンには思いもよらなかった。
早朝、傍らで眠る恋人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、朝のランニングとシャワーを済ませたグーデリアンは、ようやく朝日がさしてきたキッチンで冷蔵庫をのぞきこんだ。
-まず、ケトルに湯を沸かす。
恋人は、決してズボラというわけではないのだ。むしろ、何をやらせても完璧にこなす。
-オレンジを半分に切り、ジュースを絞る。
でも、それはあくまでも他人にむけてであって。なにしろ自分の身に関してはほとんど無頓着で。
ほうっておくと、ありとあらゆる「生活」を外注に出してしまう。
食事、洗濯、掃除・・特に食生活については、一人なら仕事をしながらのコーヒーとサンドイッチなどですませることがほとんどだった。
それにグーデリアンが気付いたのは、同居を始めて一週間ほど。
それまで食べ物や酒にはうるさいほうだと思っていただけに、ちょっとした衝撃だった。
-続いて弱火にかけた小さなフライパンに、細かく切ったベーコンを入れて上から卵を落として蓋をする。
それでも、恋人はグーデリアンの健康管理のためと徹夜に近い仕事をしながら、ランニングをして帰ってくる頃にはきちんと野菜のスープと卵料理などを用意していた。目の下にしっかりクマを作りながら。
まったく、誰が誰の健康管理って話だよな。
そんな生活がしばらく続き、グーデリアンは朝食は自分が作ると宣言した。どうせ自分のほうが朝が早いわけだし。
もちろん四角四面で真面目な恋人は大反対したが、そこはなだめたり脅したりしつつ、なんとか妥協をさせた。
-薄切りのパンを二枚、グリルに入れる。
ドアの向こうの気配はまだ動かない。
ラックから出すのは皿を二枚とカトラリー、カップにグラスを二つずつ。
-温めたガラスのポットに多めの葉を入れ、濃い紅茶を作る。
-冷蔵庫から冷たい牛乳とミネラルウオーターを出して、テーブルに置く。
時計を確認し、グーデリアンは寝室のドアを開けた。
「おはようハイネル。ご飯できてるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝食より、もうちょっと寝る・・」
カーテンを開けると、シーツの下から不機嫌そうな緑色の目が現れた。
うっとおしそうにもう一度シーツにくるまろうとするのを、無理に引きはがす。
本当に、誰が誰の健康管理なんだか。
グーデリアンは苦笑しつつ、恋人の耳があると思しき場所で囁いてみた。
「・・・襲っていい?」
「!」
「おはようハイネル。」
あわてて飛びだした恋人は相変わらず不機嫌そうだけども、完全に目が覚めた様子で。
というのは、以前実際に情事に持ち込まれたことがあるからだ。
会議があるんだ、テストもあるんだという涙ながらの嘆願むなしく、夜の名残の残る体を結局昼過ぎまでいいようにもてあそばれた。(そしておまけに、その夜はさらに激しく求められた)
「朝飯、できてる」
にっこりと無邪気に笑うグーデリアンに、悔しそうにハイネルは従った。
「・・食欲がないんだ・・」
「食べないとまた体力落ちるぜ~」
ガウンをはおり、憮然とした表情でテーブルについたハイネルに、ガス入りのミネラルウォーターで少し割ったオレンジジュースを渡す。ハイネルは少し口をつけ、枯れた喉に染みるのか少し眉を寄せた。
「・・コーヒーが欲しい。」
「いつもコーヒーばかりだから、今日は紅茶。」
カップに紅茶とたっぷりの牛乳を入れて渡す。怪訝な表情をしていたが程よくぬるく、体に染みる温かさに
ハイネルの表情が和らいだ。
グーデリアンはそれを確認しながらグリルから柔らかくなる程度に温めたトーストを出し、皿に敷いて上にベーコン入りの半熟の目玉焼きを載せ、少しの黒胡椒をかけた。
「食べられるだけでいいから。」
フォークをさせばとろりとあふれる黄身を、ナイフで小さく切ったトーストに絡め、ハイネルの口元に差し出す。
「・・子供扱いか。」
言いながら、ハイネルは黄身がこぼれないよう、舌を差し出した。
ゆっくりと咀嚼する様子を、グーデリアンは自分の分を用意しながら眺めていた。
「どう?ベーコンとミルクはうちの牧場から。もう一口食べられるか?」
「・・一人で食べられる。」
皿を引き寄せフォークとナイフを取り、ハイネルはようやく食事をとりはじめた。
忙しいからなんでもいいとは言いつつも、自分好みの食事がなければ途端に食欲をなくす。
色々な食事を並べてみても、その時に食べたいものでなければ通り過ぎるだけ。
あぁ、なんてめんどくさい。
人格者と思われていた(少なくとも自分よりは)ハイネルの正体が、実は極度のわがままだと知った時、グーデリアンはあきれたを通り越して、大笑いした。
こいつは食べる暇がないんじゃなくて、食欲を沸かせる暇まで放棄していたんだと。
料理上手って、要するに、「今自分が食べたいものを自分で再現する」能力だよな。
だから、あちこち転戦する間に、自分が食べたいものを作ってくれる店を探すよりは自分で作るほうが手っ取り早くなったってのもわかるけど。
でもさ、忙しいからって「食べたいものを考える」ところから外注するのはどうよ?
で、今日の献立は正解かな?。
黙々とフォークを運び続けるハイネルを、グーデリアンはにこにこと眺めながら食事を始めた。
明日は何を食べさせてやろうかと思いながら。
母親からそんな話を聞いたのは一体いつのことだったのか。
とはいっても、世話を焼いてくれる彼女に困ったことはさらさらなくて。
まさか恋人のために自分が率先してキッチンに立つはめになるなんて、2年前のグーデリアンには思いもよらなかった。
早朝、傍らで眠る恋人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、朝のランニングとシャワーを済ませたグーデリアンは、ようやく朝日がさしてきたキッチンで冷蔵庫をのぞきこんだ。
-まず、ケトルに湯を沸かす。
恋人は、決してズボラというわけではないのだ。むしろ、何をやらせても完璧にこなす。
-オレンジを半分に切り、ジュースを絞る。
でも、それはあくまでも他人にむけてであって。なにしろ自分の身に関してはほとんど無頓着で。
ほうっておくと、ありとあらゆる「生活」を外注に出してしまう。
食事、洗濯、掃除・・特に食生活については、一人なら仕事をしながらのコーヒーとサンドイッチなどですませることがほとんどだった。
それにグーデリアンが気付いたのは、同居を始めて一週間ほど。
それまで食べ物や酒にはうるさいほうだと思っていただけに、ちょっとした衝撃だった。
-続いて弱火にかけた小さなフライパンに、細かく切ったベーコンを入れて上から卵を落として蓋をする。
それでも、恋人はグーデリアンの健康管理のためと徹夜に近い仕事をしながら、ランニングをして帰ってくる頃にはきちんと野菜のスープと卵料理などを用意していた。目の下にしっかりクマを作りながら。
まったく、誰が誰の健康管理って話だよな。
そんな生活がしばらく続き、グーデリアンは朝食は自分が作ると宣言した。どうせ自分のほうが朝が早いわけだし。
もちろん四角四面で真面目な恋人は大反対したが、そこはなだめたり脅したりしつつ、なんとか妥協をさせた。
-薄切りのパンを二枚、グリルに入れる。
ドアの向こうの気配はまだ動かない。
ラックから出すのは皿を二枚とカトラリー、カップにグラスを二つずつ。
-温めたガラスのポットに多めの葉を入れ、濃い紅茶を作る。
-冷蔵庫から冷たい牛乳とミネラルウオーターを出して、テーブルに置く。
時計を確認し、グーデリアンは寝室のドアを開けた。
「おはようハイネル。ご飯できてるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝食より、もうちょっと寝る・・」
カーテンを開けると、シーツの下から不機嫌そうな緑色の目が現れた。
うっとおしそうにもう一度シーツにくるまろうとするのを、無理に引きはがす。
本当に、誰が誰の健康管理なんだか。
グーデリアンは苦笑しつつ、恋人の耳があると思しき場所で囁いてみた。
「・・・襲っていい?」
「!」
「おはようハイネル。」
あわてて飛びだした恋人は相変わらず不機嫌そうだけども、完全に目が覚めた様子で。
というのは、以前実際に情事に持ち込まれたことがあるからだ。
会議があるんだ、テストもあるんだという涙ながらの嘆願むなしく、夜の名残の残る体を結局昼過ぎまでいいようにもてあそばれた。(そしておまけに、その夜はさらに激しく求められた)
「朝飯、できてる」
にっこりと無邪気に笑うグーデリアンに、悔しそうにハイネルは従った。
「・・食欲がないんだ・・」
「食べないとまた体力落ちるぜ~」
ガウンをはおり、憮然とした表情でテーブルについたハイネルに、ガス入りのミネラルウォーターで少し割ったオレンジジュースを渡す。ハイネルは少し口をつけ、枯れた喉に染みるのか少し眉を寄せた。
「・・コーヒーが欲しい。」
「いつもコーヒーばかりだから、今日は紅茶。」
カップに紅茶とたっぷりの牛乳を入れて渡す。怪訝な表情をしていたが程よくぬるく、体に染みる温かさに
ハイネルの表情が和らいだ。
グーデリアンはそれを確認しながらグリルから柔らかくなる程度に温めたトーストを出し、皿に敷いて上にベーコン入りの半熟の目玉焼きを載せ、少しの黒胡椒をかけた。
「食べられるだけでいいから。」
フォークをさせばとろりとあふれる黄身を、ナイフで小さく切ったトーストに絡め、ハイネルの口元に差し出す。
「・・子供扱いか。」
言いながら、ハイネルは黄身がこぼれないよう、舌を差し出した。
ゆっくりと咀嚼する様子を、グーデリアンは自分の分を用意しながら眺めていた。
「どう?ベーコンとミルクはうちの牧場から。もう一口食べられるか?」
「・・一人で食べられる。」
皿を引き寄せフォークとナイフを取り、ハイネルはようやく食事をとりはじめた。
忙しいからなんでもいいとは言いつつも、自分好みの食事がなければ途端に食欲をなくす。
色々な食事を並べてみても、その時に食べたいものでなければ通り過ぎるだけ。
あぁ、なんてめんどくさい。
人格者と思われていた(少なくとも自分よりは)ハイネルの正体が、実は極度のわがままだと知った時、グーデリアンはあきれたを通り越して、大笑いした。
こいつは食べる暇がないんじゃなくて、食欲を沸かせる暇まで放棄していたんだと。
料理上手って、要するに、「今自分が食べたいものを自分で再現する」能力だよな。
だから、あちこち転戦する間に、自分が食べたいものを作ってくれる店を探すよりは自分で作るほうが手っ取り早くなったってのもわかるけど。
でもさ、忙しいからって「食べたいものを考える」ところから外注するのはどうよ?
で、今日の献立は正解かな?。
黙々とフォークを運び続けるハイネルを、グーデリアンはにこにこと眺めながら食事を始めた。
明日は何を食べさせてやろうかと思いながら。
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
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