ハイネルのドイツのラボ近くのアパートメントは、本当に最低限の着替えと「仕事するだけ」「寝るだけ」の装備しか置いていない。
30分も車を走らせて本宅に帰れば広大な庭のある、無限に部屋のある邸宅が待っているし、なにより片づける部屋が少ないというのがありがたいと思うタイプの人間だった。
(それでも、月に1-2度はルームクリーニングを入れている。)
別にラボに泊まってもいいのだが、そこは監督として部下がますます帰りにくい状況を作るわけにもいかないので、近所に小さな部屋を借りる算段となったわけである。
小さなキッチンとリビングとバスルーム、大小のベッドルームが一つずつ。
パソコンさえ持ち出せばそれで引き渡しが完了するような、あっさりとした部屋となっていた。
大きなベッドルームにあるのは、クイーンサイズのベッドと、携帯とメガネをおくベッドサイドボードだけ。
ここも、グーデリアンがたびたび泊まるようになるまではただの空き部屋で、一人の時は仕事部屋のシングルベッド、もしくは椅子の上で仮眠をとるのがせいぜいだった。
「たーだいまー。」
日付が変わった頃、騒がしくドアが開き、いい色に日焼けした埃っぽい大男が現れた。
「おかえり。接待ご苦労。」
「まったく、主要メンバーがこっち帰ってきちゃってるから。まだ仕事?」
「もう少し残っている。明日も早いから早くカタをつける。」
「そ。俺、シャワー入ってくる。」
グーデリアンがばたばたと去って行くと、部屋は一気に広さが増した気がする。
なんだか集中力が急に途切れた気がしたハイネルはパソコンをパタリと閉じると電気を消し、隣へ移った。
自然にふぁ、と大きなあくびが出てくる。ハイネルはメガネをボードの上に置いた。
携帯と一緒に、念のために目覚ましも 5時間ほど先にセットした。
パジャマの上のガウンは足元に放り出し、もそもそとベッドにもぐりこむ。
シーツが温まり、うとうとし始めた頃、ベッドのきしむ感触を感じた。
うっすら目を開けると、まだ湯気の上がった状態のグーデリアンが傍らに腰かけていた。
「・・眠いんだ。あっちで勝手に寝ていろ。」
「そういうんじゃなくてねー、昨日、顔色悪かったから。肩こり大丈夫?」 。
「・・風邪ひくぞ。はやく寝ろ。」
「んー、ハイネルは寝てていいからちょっとうつ伏せになれる?。明日大変だろ?」
図星だったのか、おとなしくうつ伏せになったハイネルのベッドの上掛けを半分剥ぎ、首から肩にかけて少しずつ押さえていく。
毎日トレーニングをしているのだから適度にトレーナーにほぐしてもらえればいいのだが、その暇すらない時期のハイネルはそこをはしょって時々疲労をため込み、ひどい頭痛を伴って寝込むことがあった。
「っ。」
肩甲骨の間を温かい大きな手でぐっとおさえると、顔を押し付けた枕から思わず吐息が漏れた。
「かちこちだよねー。薬でごまかすんじゃなくてさ、もっと自分大切にしなよ。」
「うるさい。」
「車に添加剤とか入れると怒るくせに、なんで自分はドーピング上等なのよ。」
酷使されている脚・腕の筋肉の疲労もともかく、腕からほぼ背中全面の筋肉が冷たく硬直しており、特におそらく夕方からずっと座りっぱなしだった臀部から腿にかけての冷えはなかなか手ごわかった。
上掛けを更に剥ぎ、ゆっくりと場所を変えてマッサージしていく。
ハイネルは接点から伝わる体温が体の奥深くまで届くのを感じながら、自然と目を閉じた。
グーデリアンはふと、時々吐息に違う色が混じるのに気がついた。
そういえば週末に体を重ねて以来・・今週はずっと忙しくてすれ違いで遠慮していたなと思いだす。
耳元に口を寄せてちょっと甘い声で囁いてみる。
「あのさ、・・・最近自分で、した?というか、する暇あった?」
「・・・・・」
耳が赤くなり、枕に顔をうずめる。
「オーケィ、こっちもやっとくよ。」
「や・・」
グーデリアンは飛び起きようとする背中を太い腕で簡単に押さえ、ハイネルの背にかぶさるように寝ころんだ。
「大丈夫大丈夫、前だけね。ちょっと楽にするだけだから。」
「じ、自分でする!」
「何言ってんの、もうそういう仲でもないだろ?生理現象だから恥ずかしくないよ。」
さらにぐっと引き寄せると、ちょうど腰のあたりに手が届く体制になる。
肩口から回した片手でハイネルの手首をつかみ、もう一方の手でチェストの引き出しを漁り、手探りでスキンを取りだした。
「着替えるの嫌だろ?」
「あ・・」
歯と片手で器用にパッケージを開け、パジャマの間からするりと手を入れる。それだけで背中がぴくりと動く。
脚を絡めて閉じられないようにしてから手をゆっくりと動かし始めると、楽器のように口から様々な吐息があふれ出す。その姿に、グーデリアンは欲情というよりは精神的な満足感を感じていた。
世界最高峰のバイオリニストやトランペッターってこんな感じなんだろうと。
他の人には出せない声が出せるなんてぞくぞくするよな。
「あ・・はぁっ・・」
ハイネルの背がグーデリアンの胸に押し付けられるようにのけぞり、硬直したのを確認し、グーデリアンはハイネル自身から手を離した。
ハイネルのための奉仕のはずが、歯止めが利かなくなりそうな自分に罪悪感を覚える。
「ちょっと動かないで待ってて。」
チェストの中を再び漁り、恥ずかしさを感じるより早く、手際良く後処理をしてしまう。
「ごめんな。俺は向こうで寝るから安心して。」
放心状態のハイネルの背になぜか詫びを入れながら、上掛けでしっかり肩まで包み込む。
その手に、ベッドの中から出てきた手がそっと触れた。
「・・朝まで一緒にいて・・ほしい・・」
精一杯絞り出されたつぶやきに、グーデリアンは眼を見開いた。
「いいの、俺いて?。襲っちゃうかもよ?」
「・・それは困る。」
「無茶言うなぁ。」
グーデリアンはどこまでも金色の、懐っこい笑みを浮かべならわきに滑りこむ。
その姿を横目で見ながら、ハイネルは言い知れない安堵感に包まれるのを感じた。
それは、太陽と空に包まれている感覚によく似ていた。
-------------------
同じような下書きを二つ発見し、ついでなんでちょっとだけ違う視点で。
(それもすりあわせしないっていう、斬新な方法)
30分も車を走らせて本宅に帰れば広大な庭のある、無限に部屋のある邸宅が待っているし、なにより片づける部屋が少ないというのがありがたいと思うタイプの人間だった。
(それでも、月に1-2度はルームクリーニングを入れている。)
別にラボに泊まってもいいのだが、そこは監督として部下がますます帰りにくい状況を作るわけにもいかないので、近所に小さな部屋を借りる算段となったわけである。
小さなキッチンとリビングとバスルーム、大小のベッドルームが一つずつ。
パソコンさえ持ち出せばそれで引き渡しが完了するような、あっさりとした部屋となっていた。
大きなベッドルームにあるのは、クイーンサイズのベッドと、携帯とメガネをおくベッドサイドボードだけ。
ここも、グーデリアンがたびたび泊まるようになるまではただの空き部屋で、一人の時は仕事部屋のシングルベッド、もしくは椅子の上で仮眠をとるのがせいぜいだった。
「たーだいまー。」
日付が変わった頃、騒がしくドアが開き、いい色に日焼けした埃っぽい大男が現れた。
「おかえり。接待ご苦労。」
「まったく、主要メンバーがこっち帰ってきちゃってるから。まだ仕事?」
「もう少し残っている。明日も早いから早くカタをつける。」
「そ。俺、シャワー入ってくる。」
グーデリアンがばたばたと去って行くと、部屋は一気に広さが増した気がする。
なんだか集中力が急に途切れた気がしたハイネルはパソコンをパタリと閉じると電気を消し、隣へ移った。
自然にふぁ、と大きなあくびが出てくる。ハイネルはメガネをボードの上に置いた。
携帯と一緒に、念のために目覚ましも 5時間ほど先にセットした。
パジャマの上のガウンは足元に放り出し、もそもそとベッドにもぐりこむ。
シーツが温まり、うとうとし始めた頃、ベッドのきしむ感触を感じた。
うっすら目を開けると、まだ湯気の上がった状態のグーデリアンが傍らに腰かけていた。
「・・眠いんだ。あっちで勝手に寝ていろ。」
「そういうんじゃなくてねー、昨日、顔色悪かったから。肩こり大丈夫?」 。
「・・風邪ひくぞ。はやく寝ろ。」
「んー、ハイネルは寝てていいからちょっとうつ伏せになれる?。明日大変だろ?」
図星だったのか、おとなしくうつ伏せになったハイネルのベッドの上掛けを半分剥ぎ、首から肩にかけて少しずつ押さえていく。
毎日トレーニングをしているのだから適度にトレーナーにほぐしてもらえればいいのだが、その暇すらない時期のハイネルはそこをはしょって時々疲労をため込み、ひどい頭痛を伴って寝込むことがあった。
「っ。」
肩甲骨の間を温かい大きな手でぐっとおさえると、顔を押し付けた枕から思わず吐息が漏れた。
「かちこちだよねー。薬でごまかすんじゃなくてさ、もっと自分大切にしなよ。」
「うるさい。」
「車に添加剤とか入れると怒るくせに、なんで自分はドーピング上等なのよ。」
酷使されている脚・腕の筋肉の疲労もともかく、腕からほぼ背中全面の筋肉が冷たく硬直しており、特におそらく夕方からずっと座りっぱなしだった臀部から腿にかけての冷えはなかなか手ごわかった。
上掛けを更に剥ぎ、ゆっくりと場所を変えてマッサージしていく。
ハイネルは接点から伝わる体温が体の奥深くまで届くのを感じながら、自然と目を閉じた。
グーデリアンはふと、時々吐息に違う色が混じるのに気がついた。
そういえば週末に体を重ねて以来・・今週はずっと忙しくてすれ違いで遠慮していたなと思いだす。
耳元に口を寄せてちょっと甘い声で囁いてみる。
「あのさ、・・・最近自分で、した?というか、する暇あった?」
「・・・・・」
耳が赤くなり、枕に顔をうずめる。
「オーケィ、こっちもやっとくよ。」
「や・・」
グーデリアンは飛び起きようとする背中を太い腕で簡単に押さえ、ハイネルの背にかぶさるように寝ころんだ。
「大丈夫大丈夫、前だけね。ちょっと楽にするだけだから。」
「じ、自分でする!」
「何言ってんの、もうそういう仲でもないだろ?生理現象だから恥ずかしくないよ。」
さらにぐっと引き寄せると、ちょうど腰のあたりに手が届く体制になる。
肩口から回した片手でハイネルの手首をつかみ、もう一方の手でチェストの引き出しを漁り、手探りでスキンを取りだした。
「着替えるの嫌だろ?」
「あ・・」
歯と片手で器用にパッケージを開け、パジャマの間からするりと手を入れる。それだけで背中がぴくりと動く。
脚を絡めて閉じられないようにしてから手をゆっくりと動かし始めると、楽器のように口から様々な吐息があふれ出す。その姿に、グーデリアンは欲情というよりは精神的な満足感を感じていた。
世界最高峰のバイオリニストやトランペッターってこんな感じなんだろうと。
他の人には出せない声が出せるなんてぞくぞくするよな。
「あ・・はぁっ・・」
ハイネルの背がグーデリアンの胸に押し付けられるようにのけぞり、硬直したのを確認し、グーデリアンはハイネル自身から手を離した。
ハイネルのための奉仕のはずが、歯止めが利かなくなりそうな自分に罪悪感を覚える。
「ちょっと動かないで待ってて。」
チェストの中を再び漁り、恥ずかしさを感じるより早く、手際良く後処理をしてしまう。
「ごめんな。俺は向こうで寝るから安心して。」
放心状態のハイネルの背になぜか詫びを入れながら、上掛けでしっかり肩まで包み込む。
その手に、ベッドの中から出てきた手がそっと触れた。
「・・朝まで一緒にいて・・ほしい・・」
精一杯絞り出されたつぶやきに、グーデリアンは眼を見開いた。
「いいの、俺いて?。襲っちゃうかもよ?」
「・・それは困る。」
「無茶言うなぁ。」
グーデリアンはどこまでも金色の、懐っこい笑みを浮かべならわきに滑りこむ。
その姿を横目で見ながら、ハイネルは言い知れない安堵感に包まれるのを感じた。
それは、太陽と空に包まれている感覚によく似ていた。
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同じような下書きを二つ発見し、ついでなんでちょっとだけ違う視点で。
(それもすりあわせしないっていう、斬新な方法)
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高く澄んだ空の下、レマン湖ではF.I.C.C.Y主催のレガッタレースが行われていた。
「そういえば、今日はハイネルはどうしたんだ?オーナー枠のおじさま方に拉致されたのか?」
「ほぁ?」
グーデリアンが口いっぱいにバーベキューをほおばったところで、ブーツホルツは唐突に質問を投げかけた。
「ふぃふぉふぉと。ふぉふぃつ。」
「グーデリアンさん、さっぱわかんねぇっす・・。」
レオンがぼそっと呟いた。
「ふぉ・・・。フリッツといい、最近の若い奴はシンプルでいいねぇ。」
「お前が言うか。」
「いやん、ミーなんてまだまだシャイボーイだから。」
くねっとシナを作ってみたグーデリアンに、あちこちから「どこがだ」「ビール噴いた、返せ」等の声が聞こえた。
「いやね、ハイネルはドイツで仕事。主要スタッフも自発的に付いてっちゃったから、今日のシュトロゼックはぼろぼろなのよ。」
居並ぶ面々がうんうんとうなずく。
確かに、いつものオーナー対ドライバーの喧嘩仲裁におけるシュトロゼックのチームワークは恐ろしいほど統制がとれているのに、今日のレガッタではそれがまったく活かされていなかった。
「アオイ対策か?」
「んー、そんなとこ?でも、電話したら1.5時間くらいで来るんじゃない?」
250マイルはあるかという山越えをそのペースで走ったらさすがに苦情がくるかと思うが、あいつなら実際やりかねないな・・と思われているのがハイネルという人間である。
「ハイネルでも、あのマシンは手ごわいのか?」
「みたいねー。フリッツ会見の後、すぐドイツに帰っちゃった。・・て、ブーツホルツのダンナ、えらくハイネルのこと褒めるのね。」
「いや、実際すごいだろう。制作とドライバーとやりながら、常に上位はキープする。
コンストラクターズならスゴウでも太刀打ちできないんじゃないか?。」
「いやいやいや、そうなったら俺とブーツホルツさんのチームワークっしょそこは!」
元気よく手を挙げて発言するレオンに一同が爆笑する。
「ここ笑うとこっすか?!」
「いや・・お前はまず人を巻き込まないところから始めろ。」
ブーツホルツのため息がさらに爆笑を誘った。
その夜、すっかりいい色に焼けたグーデリアンが、ファクトリーに近い小さなアパートメントに戻ったのは深夜に近い時間だった。
まずシャワーを浴びてほこりを落とし、電気をつけずにリビングを歩くと、ハイネルの部屋のドアの下から灯りが漏れている。
そっとドアを開けると、まだパソコンの前に座ってなにやら仕事をしているハイネルと目があった。
「ただいま~ん」
「あぁ、イベントご苦労。結果はどうだった?」
「えーと、メンバー足りずに見事びりっけつでした。・・まだ仕事?」
グーデリアンは傍らにあるシングルベッドに腰を下ろした。
本当に仕事用のものしか置いていない小さな部屋をぐるりと見回す。
「本社がらみの書類だけだ。」
「ふーん。」
「そこで寝るな。移動がめんどくさい。」
スタッフがいるうちはデータ取りと改良に目いっぱい奔走し、デスクワークに手がつけられるのはついつい深夜になってしまうのが常だった。
おまけに、資金と引き換えの本社業務、たまには別チームからのOEM依頼まで。
この合間にレースやってるんだから、ブーツホルツじゃないけれど誰も頭が上がらない。
そして、いつも上位にはいるくせに、自分がピンチになると放り出してフォローに走ってくる。
誰だったか、二人がかりなんてずるいと言われたこともあったよな。
俺、ものすごく幸せだと思ってるけど。
でも、そこは、きちんとハイネルに勝ってほしいっていうのもあって。
お父さんになんか厳しいことも言われているみたいで、それはそれでほっとくとどこまでも走るハイネルを心配してのことなんだろうけど。
「こら。」
うとうととした頭で色々と考えていると、頬を痛いほどつねらてグーデリアンは目を開けた。
時計はさらに一時間先をさしていた。
「仕事は終わった。私はあっちの部屋のベッドで寝る。」
「あ、待って待って!俺も行くから!」
飛び起きて、あわてて後をおいかける。
「一日デスクで肩凝ってるだろ?寝る前にマッサージしとかないと!」
表では、激しい喧嘩をしつつも、ハイネルのグーデリアンに対するサポートはまるで王様に対するそれだと例えられることがある。無自覚だから本人に聞いたらきっと否定するけれど。
だからせめて、人から見えないところではお姫様くらいには甘やかしてもきっとばちは当たらない。
-----------
過去記事を手繰ってみたら6年も前なんですね。
多分、今回がさがさっとまとめて書いたらまた6年ほど忘れるんではないかと。
「そういえば、今日はハイネルはどうしたんだ?オーナー枠のおじさま方に拉致されたのか?」
「ほぁ?」
グーデリアンが口いっぱいにバーベキューをほおばったところで、ブーツホルツは唐突に質問を投げかけた。
「ふぃふぉふぉと。ふぉふぃつ。」
「グーデリアンさん、さっぱわかんねぇっす・・。」
レオンがぼそっと呟いた。
「ふぉ・・・。フリッツといい、最近の若い奴はシンプルでいいねぇ。」
「お前が言うか。」
「いやん、ミーなんてまだまだシャイボーイだから。」
くねっとシナを作ってみたグーデリアンに、あちこちから「どこがだ」「ビール噴いた、返せ」等の声が聞こえた。
「いやね、ハイネルはドイツで仕事。主要スタッフも自発的に付いてっちゃったから、今日のシュトロゼックはぼろぼろなのよ。」
居並ぶ面々がうんうんとうなずく。
確かに、いつものオーナー対ドライバーの喧嘩仲裁におけるシュトロゼックのチームワークは恐ろしいほど統制がとれているのに、今日のレガッタではそれがまったく活かされていなかった。
「アオイ対策か?」
「んー、そんなとこ?でも、電話したら1.5時間くらいで来るんじゃない?」
250マイルはあるかという山越えをそのペースで走ったらさすがに苦情がくるかと思うが、あいつなら実際やりかねないな・・と思われているのがハイネルという人間である。
「ハイネルでも、あのマシンは手ごわいのか?」
「みたいねー。フリッツ会見の後、すぐドイツに帰っちゃった。・・て、ブーツホルツのダンナ、えらくハイネルのこと褒めるのね。」
「いや、実際すごいだろう。制作とドライバーとやりながら、常に上位はキープする。
コンストラクターズならスゴウでも太刀打ちできないんじゃないか?。」
「いやいやいや、そうなったら俺とブーツホルツさんのチームワークっしょそこは!」
元気よく手を挙げて発言するレオンに一同が爆笑する。
「ここ笑うとこっすか?!」
「いや・・お前はまず人を巻き込まないところから始めろ。」
ブーツホルツのため息がさらに爆笑を誘った。
その夜、すっかりいい色に焼けたグーデリアンが、ファクトリーに近い小さなアパートメントに戻ったのは深夜に近い時間だった。
まずシャワーを浴びてほこりを落とし、電気をつけずにリビングを歩くと、ハイネルの部屋のドアの下から灯りが漏れている。
そっとドアを開けると、まだパソコンの前に座ってなにやら仕事をしているハイネルと目があった。
「ただいま~ん」
「あぁ、イベントご苦労。結果はどうだった?」
「えーと、メンバー足りずに見事びりっけつでした。・・まだ仕事?」
グーデリアンは傍らにあるシングルベッドに腰を下ろした。
本当に仕事用のものしか置いていない小さな部屋をぐるりと見回す。
「本社がらみの書類だけだ。」
「ふーん。」
「そこで寝るな。移動がめんどくさい。」
スタッフがいるうちはデータ取りと改良に目いっぱい奔走し、デスクワークに手がつけられるのはついつい深夜になってしまうのが常だった。
おまけに、資金と引き換えの本社業務、たまには別チームからのOEM依頼まで。
この合間にレースやってるんだから、ブーツホルツじゃないけれど誰も頭が上がらない。
そして、いつも上位にはいるくせに、自分がピンチになると放り出してフォローに走ってくる。
誰だったか、二人がかりなんてずるいと言われたこともあったよな。
俺、ものすごく幸せだと思ってるけど。
でも、そこは、きちんとハイネルに勝ってほしいっていうのもあって。
お父さんになんか厳しいことも言われているみたいで、それはそれでほっとくとどこまでも走るハイネルを心配してのことなんだろうけど。
「こら。」
うとうととした頭で色々と考えていると、頬を痛いほどつねらてグーデリアンは目を開けた。
時計はさらに一時間先をさしていた。
「仕事は終わった。私はあっちの部屋のベッドで寝る。」
「あ、待って待って!俺も行くから!」
飛び起きて、あわてて後をおいかける。
「一日デスクで肩凝ってるだろ?寝る前にマッサージしとかないと!」
表では、激しい喧嘩をしつつも、ハイネルのグーデリアンに対するサポートはまるで王様に対するそれだと例えられることがある。無自覚だから本人に聞いたらきっと否定するけれど。
だからせめて、人から見えないところではお姫様くらいには甘やかしてもきっとばちは当たらない。
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過去記事を手繰ってみたら6年も前なんですね。
多分、今回がさがさっとまとめて書いたらまた6年ほど忘れるんではないかと。
結局、ハイネルはぽつぽつと一皿をきれいに胃に収めた。
陶磁器のような白い肌に血色が戻り、ミルクティを飲む唇が赤く湿っている。
このままもう一度ベッドへ・・と言いたくなるのを3枚目のトーストと一緒に飲みこみ、グーデリアンは言う。
「片付けとくから。」
「あぁ・・ありがとう。」
デザートにバナナをほおばりながら、すっかり空になった皿やグラス、調理器具をざっと水で流し、グーデリアンは食洗機にすべてを突っ込んだ。
テーブルに出ていた牛乳を冷蔵庫に戻す時、ふと手が止まった。
「ママ・マート特製低温殺菌牛乳」
そういえば、この牛乳が胃袋をつかむきっかけだったんだよなと。
まさか牛乳ってなぁ・・と、一人笑いながらグーデリアンは冷蔵庫をぱたんとしめた。
それはまだ二人が別のチームで走っていたころだった。
最初は、ちょっと気になるドライバーがいるなという程度だった。
それがお互いだんだんと頭角を現し、いつも表彰台を争うようになった。
メディアからは、ライバルですか?と聞かれるものの、ほとんどプライベートでの絡みはなく。
プロフィールを検索すると、ドイツ人だということは分かったが、言葉がわからないというわけではなさそうなのに、声をかけてみてもそっけない返事。
ドライバーの中にはたまに、レース以外にはほとんど興味がないという人間もいるからそんなもんかなと思いつつも、年が近いからなのか、なんとなくあいつと話してみたいと思う気持ちをグーデリアンはずっと持ち続けていた。
ある日、アメリカでのレース中、何を思ったか、グーデリアンの両親から大量の差し入れが届いたことがあった。
中身は自社経営「ママ・マート牧場」からの牛乳とクッキー、チーズ、その他もろもろ。
この暑い時期に何考えてるんだよ!出先だよ!と、即行親心をわからない息子のテンプレート電話をかけてみたが、冷蔵トラックのついでだし、お世話になってるチームの人に分けなさいと、これまた息子心なんて気にしない母親らしい返答をされただけで、かえってぐったりした。
そんなわけで、グーデリアンは筋トレよろしく、サーキット中のチームに牛乳を配布して回る羽目になった。
どのピットでも大笑いされつつ快く引き受けてもらったが、その度にママ・マートと自分の関係を説明する羽目になり、なにやら親の広告戦略にのせられた気分で、やっと親離れしたと思っているお年頃の青年と
してはちょっと傷ついた。
当然、例の気になる奴のチームへも。
あまり会いたくない気はするので、ざっと見まわしてレーシングスーツ姿がないことを確認してから近くのスタッフに声をかけた。
やはりここでも快く受け取ってもらい、ついでに茶化された揚句、スタッフは奥に声をかけた。
「おーい、フランツー」
「・・はい?」
「牛乳もらったんだ。これ、お前よく飲んでるやつだよなー。」
車の陰から顔を出したのは、まさかの例の奴。
どうも、スーツではなく整備用ツナギを着て、クリップボード片手に何かの作業をしていたらしい。
手袋を外し、会釈しながらこちらにやってくる姿に、グーデリアンはなにやら動悸が激しくなるのを感じた。
「ほれ。」
「あ、本当ですね。なぜ牛乳?」
スタッフにガロン瓶を渡されて、ハイネルは首をかしげた。
「グーデリアンの実家の牧場だってよ。」
「まさか、ママ・マートの・・?」
自分のほうを振り向いたハイネルの瞳が緑色なのに初めて気がついた。
細い首筋が近くで見ると妙に色気があって、思わずおどけてごまかした。
「あー、俺んち、スーパーやってんだわ。ドイツ系で牧場からスタートだから、特に乳製品と肉が好評みたいな?って、なんでママ・マート知ってんの?」
「ママ・マートの自社開発商品は結構食べられるものが多いから・・」
「フランツはどうも転戦先の食事が合わないのか、よく牛乳とビスケットなんかで済ませてしまうんだ。特にアメリカだとひどいもんで。だから上にばっかりは伸びるのに、いつまでもやせっぽち。」
「うわ!」
勢いよく背中を叩かれ、見事にひょろっとグーデリアンのほうに倒れ込む。
すぐに体制を整えるが、ほんの一瞬、ハイネルの体重がグーデリアンの腕にかかった。
「・・失礼。」
「平気平気。」
まだまだ成長期で、最近特に無駄にでかくなったと言われることが多いグーデリアン自身だが、ハイネルの目線は確かにもう一つ高いところにあった。
ハイネルはスタッフのほうを向き、抗議の声を上げる。
グーデリアンは、なんだかこの場から逃げだしたい気分にすらなった。
「私は、普通に食事がしたいだけなんですよ。なのにアメリカときたら、いつもTooMuch!
スーパーに材料を買いに行っても、バニラ風味だとか生クリーム入りだとかよくわからない牛乳ばかり。」
「アメリカで、アメリカ人のまん前で遠慮なくそれだけ言えるお前は大物だよ。」
スタッフ自身もアメリカ人なのか、笑いながら牛乳を保冷庫に突っ込んでいる。
「まぁ実際、どうかなって食い物も多いし、ママ・マートがなかったらお前とっくに帰国してたよな。」
「そうなの?!」
思わず聞き返したグーデリアンに、ハイネルはあわてて否定した。
「大げさだ!」
グーデリアンはその時ほど、実家のありがたみを痛感したことは後にも先にもなかったと思う。
・・そんなこともあったよなぁと思いだし笑いをしながら、リビングでテレビのニュースを見るともなく流していると、やがてきっちりとスーツを着こなし、いつも以上に髪をしっかりセットしたハイネルが姿を現した。
「出かけるぞ。」
「んー、行こうか。今日は遅いの?」
「ちょっと遅い時間に電話会議があるな。」
気力と生命力と自信にあふれ、静かだが迫力を感じる姿にぎゅっと抱きしめたくなるのをこらえながら後を追う。
若くして、非の打ちどころもない実業家で技術者で経営者で、おまけに自分に匹敵するドライバーで。
この芸術品のような存在のうちのいくらかは、自分の作った食事で出来ているのだと思うと、世界に誇る仕事をしている気分になるのだった。
----------------------
できるだけ明るくて考えなさソーで恥かしめのスーパー名を考えるところをがんばりました
陶磁器のような白い肌に血色が戻り、ミルクティを飲む唇が赤く湿っている。
このままもう一度ベッドへ・・と言いたくなるのを3枚目のトーストと一緒に飲みこみ、グーデリアンは言う。
「片付けとくから。」
「あぁ・・ありがとう。」
デザートにバナナをほおばりながら、すっかり空になった皿やグラス、調理器具をざっと水で流し、グーデリアンは食洗機にすべてを突っ込んだ。
テーブルに出ていた牛乳を冷蔵庫に戻す時、ふと手が止まった。
「ママ・マート特製低温殺菌牛乳」
そういえば、この牛乳が胃袋をつかむきっかけだったんだよなと。
まさか牛乳ってなぁ・・と、一人笑いながらグーデリアンは冷蔵庫をぱたんとしめた。
それはまだ二人が別のチームで走っていたころだった。
最初は、ちょっと気になるドライバーがいるなという程度だった。
それがお互いだんだんと頭角を現し、いつも表彰台を争うようになった。
メディアからは、ライバルですか?と聞かれるものの、ほとんどプライベートでの絡みはなく。
プロフィールを検索すると、ドイツ人だということは分かったが、言葉がわからないというわけではなさそうなのに、声をかけてみてもそっけない返事。
ドライバーの中にはたまに、レース以外にはほとんど興味がないという人間もいるからそんなもんかなと思いつつも、年が近いからなのか、なんとなくあいつと話してみたいと思う気持ちをグーデリアンはずっと持ち続けていた。
ある日、アメリカでのレース中、何を思ったか、グーデリアンの両親から大量の差し入れが届いたことがあった。
中身は自社経営「ママ・マート牧場」からの牛乳とクッキー、チーズ、その他もろもろ。
この暑い時期に何考えてるんだよ!出先だよ!と、即行親心をわからない息子のテンプレート電話をかけてみたが、冷蔵トラックのついでだし、お世話になってるチームの人に分けなさいと、これまた息子心なんて気にしない母親らしい返答をされただけで、かえってぐったりした。
そんなわけで、グーデリアンは筋トレよろしく、サーキット中のチームに牛乳を配布して回る羽目になった。
どのピットでも大笑いされつつ快く引き受けてもらったが、その度にママ・マートと自分の関係を説明する羽目になり、なにやら親の広告戦略にのせられた気分で、やっと親離れしたと思っているお年頃の青年と
してはちょっと傷ついた。
当然、例の気になる奴のチームへも。
あまり会いたくない気はするので、ざっと見まわしてレーシングスーツ姿がないことを確認してから近くのスタッフに声をかけた。
やはりここでも快く受け取ってもらい、ついでに茶化された揚句、スタッフは奥に声をかけた。
「おーい、フランツー」
「・・はい?」
「牛乳もらったんだ。これ、お前よく飲んでるやつだよなー。」
車の陰から顔を出したのは、まさかの例の奴。
どうも、スーツではなく整備用ツナギを着て、クリップボード片手に何かの作業をしていたらしい。
手袋を外し、会釈しながらこちらにやってくる姿に、グーデリアンはなにやら動悸が激しくなるのを感じた。
「ほれ。」
「あ、本当ですね。なぜ牛乳?」
スタッフにガロン瓶を渡されて、ハイネルは首をかしげた。
「グーデリアンの実家の牧場だってよ。」
「まさか、ママ・マートの・・?」
自分のほうを振り向いたハイネルの瞳が緑色なのに初めて気がついた。
細い首筋が近くで見ると妙に色気があって、思わずおどけてごまかした。
「あー、俺んち、スーパーやってんだわ。ドイツ系で牧場からスタートだから、特に乳製品と肉が好評みたいな?って、なんでママ・マート知ってんの?」
「ママ・マートの自社開発商品は結構食べられるものが多いから・・」
「フランツはどうも転戦先の食事が合わないのか、よく牛乳とビスケットなんかで済ませてしまうんだ。特にアメリカだとひどいもんで。だから上にばっかりは伸びるのに、いつまでもやせっぽち。」
「うわ!」
勢いよく背中を叩かれ、見事にひょろっとグーデリアンのほうに倒れ込む。
すぐに体制を整えるが、ほんの一瞬、ハイネルの体重がグーデリアンの腕にかかった。
「・・失礼。」
「平気平気。」
まだまだ成長期で、最近特に無駄にでかくなったと言われることが多いグーデリアン自身だが、ハイネルの目線は確かにもう一つ高いところにあった。
ハイネルはスタッフのほうを向き、抗議の声を上げる。
グーデリアンは、なんだかこの場から逃げだしたい気分にすらなった。
「私は、普通に食事がしたいだけなんですよ。なのにアメリカときたら、いつもTooMuch!
スーパーに材料を買いに行っても、バニラ風味だとか生クリーム入りだとかよくわからない牛乳ばかり。」
「アメリカで、アメリカ人のまん前で遠慮なくそれだけ言えるお前は大物だよ。」
スタッフ自身もアメリカ人なのか、笑いながら牛乳を保冷庫に突っ込んでいる。
「まぁ実際、どうかなって食い物も多いし、ママ・マートがなかったらお前とっくに帰国してたよな。」
「そうなの?!」
思わず聞き返したグーデリアンに、ハイネルはあわてて否定した。
「大げさだ!」
グーデリアンはその時ほど、実家のありがたみを痛感したことは後にも先にもなかったと思う。
・・そんなこともあったよなぁと思いだし笑いをしながら、リビングでテレビのニュースを見るともなく流していると、やがてきっちりとスーツを着こなし、いつも以上に髪をしっかりセットしたハイネルが姿を現した。
「出かけるぞ。」
「んー、行こうか。今日は遅いの?」
「ちょっと遅い時間に電話会議があるな。」
気力と生命力と自信にあふれ、静かだが迫力を感じる姿にぎゅっと抱きしめたくなるのをこらえながら後を追う。
若くして、非の打ちどころもない実業家で技術者で経営者で、おまけに自分に匹敵するドライバーで。
この芸術品のような存在のうちのいくらかは、自分の作った食事で出来ているのだと思うと、世界に誇る仕事をしている気分になるのだった。
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できるだけ明るくて考えなさソーで恥かしめのスーパー名を考えるところをがんばりました
「恋人を虜にするならまず胃袋から」
母親からそんな話を聞いたのは一体いつのことだったのか。
とはいっても、世話を焼いてくれる彼女に困ったことはさらさらなくて。
まさか恋人のために自分が率先してキッチンに立つはめになるなんて、2年前のグーデリアンには思いもよらなかった。
早朝、傍らで眠る恋人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、朝のランニングとシャワーを済ませたグーデリアンは、ようやく朝日がさしてきたキッチンで冷蔵庫をのぞきこんだ。
-まず、ケトルに湯を沸かす。
恋人は、決してズボラというわけではないのだ。むしろ、何をやらせても完璧にこなす。
-オレンジを半分に切り、ジュースを絞る。
でも、それはあくまでも他人にむけてであって。なにしろ自分の身に関してはほとんど無頓着で。
ほうっておくと、ありとあらゆる「生活」を外注に出してしまう。
食事、洗濯、掃除・・特に食生活については、一人なら仕事をしながらのコーヒーとサンドイッチなどですませることがほとんどだった。
それにグーデリアンが気付いたのは、同居を始めて一週間ほど。
それまで食べ物や酒にはうるさいほうだと思っていただけに、ちょっとした衝撃だった。
-続いて弱火にかけた小さなフライパンに、細かく切ったベーコンを入れて上から卵を落として蓋をする。
それでも、恋人はグーデリアンの健康管理のためと徹夜に近い仕事をしながら、ランニングをして帰ってくる頃にはきちんと野菜のスープと卵料理などを用意していた。目の下にしっかりクマを作りながら。
まったく、誰が誰の健康管理って話だよな。
そんな生活がしばらく続き、グーデリアンは朝食は自分が作ると宣言した。どうせ自分のほうが朝が早いわけだし。
もちろん四角四面で真面目な恋人は大反対したが、そこはなだめたり脅したりしつつ、なんとか妥協をさせた。
-薄切りのパンを二枚、グリルに入れる。
ドアの向こうの気配はまだ動かない。
ラックから出すのは皿を二枚とカトラリー、カップにグラスを二つずつ。
-温めたガラスのポットに多めの葉を入れ、濃い紅茶を作る。
-冷蔵庫から冷たい牛乳とミネラルウオーターを出して、テーブルに置く。
時計を確認し、グーデリアンは寝室のドアを開けた。
「おはようハイネル。ご飯できてるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝食より、もうちょっと寝る・・」
カーテンを開けると、シーツの下から不機嫌そうな緑色の目が現れた。
うっとおしそうにもう一度シーツにくるまろうとするのを、無理に引きはがす。
本当に、誰が誰の健康管理なんだか。
グーデリアンは苦笑しつつ、恋人の耳があると思しき場所で囁いてみた。
「・・・襲っていい?」
「!」
「おはようハイネル。」
あわてて飛びだした恋人は相変わらず不機嫌そうだけども、完全に目が覚めた様子で。
というのは、以前実際に情事に持ち込まれたことがあるからだ。
会議があるんだ、テストもあるんだという涙ながらの嘆願むなしく、夜の名残の残る体を結局昼過ぎまでいいようにもてあそばれた。(そしておまけに、その夜はさらに激しく求められた)
「朝飯、できてる」
にっこりと無邪気に笑うグーデリアンに、悔しそうにハイネルは従った。
「・・食欲がないんだ・・」
「食べないとまた体力落ちるぜ~」
ガウンをはおり、憮然とした表情でテーブルについたハイネルに、ガス入りのミネラルウォーターで少し割ったオレンジジュースを渡す。ハイネルは少し口をつけ、枯れた喉に染みるのか少し眉を寄せた。
「・・コーヒーが欲しい。」
「いつもコーヒーばかりだから、今日は紅茶。」
カップに紅茶とたっぷりの牛乳を入れて渡す。怪訝な表情をしていたが程よくぬるく、体に染みる温かさに
ハイネルの表情が和らいだ。
グーデリアンはそれを確認しながらグリルから柔らかくなる程度に温めたトーストを出し、皿に敷いて上にベーコン入りの半熟の目玉焼きを載せ、少しの黒胡椒をかけた。
「食べられるだけでいいから。」
フォークをさせばとろりとあふれる黄身を、ナイフで小さく切ったトーストに絡め、ハイネルの口元に差し出す。
「・・子供扱いか。」
言いながら、ハイネルは黄身がこぼれないよう、舌を差し出した。
ゆっくりと咀嚼する様子を、グーデリアンは自分の分を用意しながら眺めていた。
「どう?ベーコンとミルクはうちの牧場から。もう一口食べられるか?」
「・・一人で食べられる。」
皿を引き寄せフォークとナイフを取り、ハイネルはようやく食事をとりはじめた。
忙しいからなんでもいいとは言いつつも、自分好みの食事がなければ途端に食欲をなくす。
色々な食事を並べてみても、その時に食べたいものでなければ通り過ぎるだけ。
あぁ、なんてめんどくさい。
人格者と思われていた(少なくとも自分よりは)ハイネルの正体が、実は極度のわがままだと知った時、グーデリアンはあきれたを通り越して、大笑いした。
こいつは食べる暇がないんじゃなくて、食欲を沸かせる暇まで放棄していたんだと。
料理上手って、要するに、「今自分が食べたいものを自分で再現する」能力だよな。
だから、あちこち転戦する間に、自分が食べたいものを作ってくれる店を探すよりは自分で作るほうが手っ取り早くなったってのもわかるけど。
でもさ、忙しいからって「食べたいものを考える」ところから外注するのはどうよ?
で、今日の献立は正解かな?。
黙々とフォークを運び続けるハイネルを、グーデリアンはにこにこと眺めながら食事を始めた。
明日は何を食べさせてやろうかと思いながら。
母親からそんな話を聞いたのは一体いつのことだったのか。
とはいっても、世話を焼いてくれる彼女に困ったことはさらさらなくて。
まさか恋人のために自分が率先してキッチンに立つはめになるなんて、2年前のグーデリアンには思いもよらなかった。
早朝、傍らで眠る恋人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、朝のランニングとシャワーを済ませたグーデリアンは、ようやく朝日がさしてきたキッチンで冷蔵庫をのぞきこんだ。
-まず、ケトルに湯を沸かす。
恋人は、決してズボラというわけではないのだ。むしろ、何をやらせても完璧にこなす。
-オレンジを半分に切り、ジュースを絞る。
でも、それはあくまでも他人にむけてであって。なにしろ自分の身に関してはほとんど無頓着で。
ほうっておくと、ありとあらゆる「生活」を外注に出してしまう。
食事、洗濯、掃除・・特に食生活については、一人なら仕事をしながらのコーヒーとサンドイッチなどですませることがほとんどだった。
それにグーデリアンが気付いたのは、同居を始めて一週間ほど。
それまで食べ物や酒にはうるさいほうだと思っていただけに、ちょっとした衝撃だった。
-続いて弱火にかけた小さなフライパンに、細かく切ったベーコンを入れて上から卵を落として蓋をする。
それでも、恋人はグーデリアンの健康管理のためと徹夜に近い仕事をしながら、ランニングをして帰ってくる頃にはきちんと野菜のスープと卵料理などを用意していた。目の下にしっかりクマを作りながら。
まったく、誰が誰の健康管理って話だよな。
そんな生活がしばらく続き、グーデリアンは朝食は自分が作ると宣言した。どうせ自分のほうが朝が早いわけだし。
もちろん四角四面で真面目な恋人は大反対したが、そこはなだめたり脅したりしつつ、なんとか妥協をさせた。
-薄切りのパンを二枚、グリルに入れる。
ドアの向こうの気配はまだ動かない。
ラックから出すのは皿を二枚とカトラリー、カップにグラスを二つずつ。
-温めたガラスのポットに多めの葉を入れ、濃い紅茶を作る。
-冷蔵庫から冷たい牛乳とミネラルウオーターを出して、テーブルに置く。
時計を確認し、グーデリアンは寝室のドアを開けた。
「おはようハイネル。ご飯できてるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝食より、もうちょっと寝る・・」
カーテンを開けると、シーツの下から不機嫌そうな緑色の目が現れた。
うっとおしそうにもう一度シーツにくるまろうとするのを、無理に引きはがす。
本当に、誰が誰の健康管理なんだか。
グーデリアンは苦笑しつつ、恋人の耳があると思しき場所で囁いてみた。
「・・・襲っていい?」
「!」
「おはようハイネル。」
あわてて飛びだした恋人は相変わらず不機嫌そうだけども、完全に目が覚めた様子で。
というのは、以前実際に情事に持ち込まれたことがあるからだ。
会議があるんだ、テストもあるんだという涙ながらの嘆願むなしく、夜の名残の残る体を結局昼過ぎまでいいようにもてあそばれた。(そしておまけに、その夜はさらに激しく求められた)
「朝飯、できてる」
にっこりと無邪気に笑うグーデリアンに、悔しそうにハイネルは従った。
「・・食欲がないんだ・・」
「食べないとまた体力落ちるぜ~」
ガウンをはおり、憮然とした表情でテーブルについたハイネルに、ガス入りのミネラルウォーターで少し割ったオレンジジュースを渡す。ハイネルは少し口をつけ、枯れた喉に染みるのか少し眉を寄せた。
「・・コーヒーが欲しい。」
「いつもコーヒーばかりだから、今日は紅茶。」
カップに紅茶とたっぷりの牛乳を入れて渡す。怪訝な表情をしていたが程よくぬるく、体に染みる温かさに
ハイネルの表情が和らいだ。
グーデリアンはそれを確認しながらグリルから柔らかくなる程度に温めたトーストを出し、皿に敷いて上にベーコン入りの半熟の目玉焼きを載せ、少しの黒胡椒をかけた。
「食べられるだけでいいから。」
フォークをさせばとろりとあふれる黄身を、ナイフで小さく切ったトーストに絡め、ハイネルの口元に差し出す。
「・・子供扱いか。」
言いながら、ハイネルは黄身がこぼれないよう、舌を差し出した。
ゆっくりと咀嚼する様子を、グーデリアンは自分の分を用意しながら眺めていた。
「どう?ベーコンとミルクはうちの牧場から。もう一口食べられるか?」
「・・一人で食べられる。」
皿を引き寄せフォークとナイフを取り、ハイネルはようやく食事をとりはじめた。
忙しいからなんでもいいとは言いつつも、自分好みの食事がなければ途端に食欲をなくす。
色々な食事を並べてみても、その時に食べたいものでなければ通り過ぎるだけ。
あぁ、なんてめんどくさい。
人格者と思われていた(少なくとも自分よりは)ハイネルの正体が、実は極度のわがままだと知った時、グーデリアンはあきれたを通り越して、大笑いした。
こいつは食べる暇がないんじゃなくて、食欲を沸かせる暇まで放棄していたんだと。
料理上手って、要するに、「今自分が食べたいものを自分で再現する」能力だよな。
だから、あちこち転戦する間に、自分が食べたいものを作ってくれる店を探すよりは自分で作るほうが手っ取り早くなったってのもわかるけど。
でもさ、忙しいからって「食べたいものを考える」ところから外注するのはどうよ?
で、今日の献立は正解かな?。
黙々とフォークを運び続けるハイネルを、グーデリアンはにこにこと眺めながら食事を始めた。
明日は何を食べさせてやろうかと思いながら。
「あのさ、またガレージに車が増えてる気がするんだけど・・・気のせいかな?」
連戦を終え、久しぶりに二人で帰ってきたドイツの本拠地。
そのたびに、グーデリアンはガレージ内に自分の見知らぬ車が増えているのを目撃してきた。
最初は気のせいかとか、次はまぁワーカホリックな恋人の数少ない趣味だからと黙認してきた。
だがしかし、ついにオーバーフローしそうなその台数に、グーデリアンはついに重い口を開いた。
「数え間違いじゃないのか?。」
恋人は熱いコーヒーを傍らに、涼しい顔をしながらソファに沈んでいる。
「・・俺の動体視力、知ってるよね?」
「最近の学説だと、バイオプラスチックでできた車は、薄い酸に漬けておくと自己増殖するらしいぞ?」
茶色いハードカバーから眼すら上げず、上手に時事ネタを絡めてくる。
グーデリアンは大きく肩をすくめ、ソファの腕に座り、本を取り上げた。
「ヒロインがピンチで、今白馬の王子様がやっと現れたところなんだが。」
「・・最近の半導体工学の解説書はラブロマンス込みなの?。俺も読みたいよ。」
ついでに薄く笑っている唇に軽くキスを落として、逃げられないようにソファに囲い込む。
「で。なんでまた車が増えてるのかなって聞いてるのマイプリンセス?。」
腕にぐっと力が入る。しかし恋人は笑みを浮かべたまま、ソファにさらに深く身を寄せただけだった。
「開発資料、かな。」
「50年も前のガソリン車がか?」
「経費対策。」
「だったらいまどきの高級車のほうが効率がいいだろう?」
「今、手に入る車に興味はない。いくら真似をしたところで所詮、市販車だ。」
「・・あのさ。要するにおもちゃなんだろ?昔集めたロボットとか飛行機とかみたいな?。
で、部品揃えて、一から自分で分解したいなーとか直してみたいなー、とか思ってない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙=肯定。
そこまで追い詰められてやっといたずらがばれた子供のような、恥ずかしげな表情を浮かべた恋人に、
グーデリアンは大きくため息をついた。
「あのね、いつも俺に健康管理だとかいうけれど、設計して監督やって自分で走って、
おまけに会社の仕事も手伝って、一体いつ体を休めるって生活だよね。
その上、車の整備?、一台二台ならとやかくいわない。面倒見きれるのか、あの台数?」
「老後にゆっくり整備する予定だから。」
「このままだと老後なんて来る前にぽっくり逝きそうだぜ。」
「ちゃんと面倒みるから。」
「ペットのおねだりじゃないんだ。」
恋人はずんずん近づいてくる金髪を左右によけながら、椅子にさらに深くつなぎとめられていく。
もう逃げ場がないところまで追い詰めて、グーデリアンは長い腕でしっかりと抱きしめた。
抱くたびにだんだんと細くなる気がする肩口に顔をうずめ、鼻先で少し低めの体温を確認する。
「心配してるんだよ。お前がいきなりいなくなったら・・。」
「私は根性が悪いから、そう簡単には死なない。」
呆れた声と、拘束されて不自由な手が精一杯のびて背中に当たる。
グーデリアンがそっと顔を上げると、柔らかい緑色の瞳いっぱいに、自分の姿が写されている。
その瞳がいたずらっぽく細まると、恋人の口から甘い囁きが漏れた。
「だから・・ちょっとくらい無駄遣いをしても・・いいだろう?」
「・・可愛い顔してもーーーーダメ!」
連戦を終え、久しぶりに二人で帰ってきたドイツの本拠地。
そのたびに、グーデリアンはガレージ内に自分の見知らぬ車が増えているのを目撃してきた。
最初は気のせいかとか、次はまぁワーカホリックな恋人の数少ない趣味だからと黙認してきた。
だがしかし、ついにオーバーフローしそうなその台数に、グーデリアンはついに重い口を開いた。
「数え間違いじゃないのか?。」
恋人は熱いコーヒーを傍らに、涼しい顔をしながらソファに沈んでいる。
「・・俺の動体視力、知ってるよね?」
「最近の学説だと、バイオプラスチックでできた車は、薄い酸に漬けておくと自己増殖するらしいぞ?」
茶色いハードカバーから眼すら上げず、上手に時事ネタを絡めてくる。
グーデリアンは大きく肩をすくめ、ソファの腕に座り、本を取り上げた。
「ヒロインがピンチで、今白馬の王子様がやっと現れたところなんだが。」
「・・最近の半導体工学の解説書はラブロマンス込みなの?。俺も読みたいよ。」
ついでに薄く笑っている唇に軽くキスを落として、逃げられないようにソファに囲い込む。
「で。なんでまた車が増えてるのかなって聞いてるのマイプリンセス?。」
腕にぐっと力が入る。しかし恋人は笑みを浮かべたまま、ソファにさらに深く身を寄せただけだった。
「開発資料、かな。」
「50年も前のガソリン車がか?」
「経費対策。」
「だったらいまどきの高級車のほうが効率がいいだろう?」
「今、手に入る車に興味はない。いくら真似をしたところで所詮、市販車だ。」
「・・あのさ。要するにおもちゃなんだろ?昔集めたロボットとか飛行機とかみたいな?。
で、部品揃えて、一から自分で分解したいなーとか直してみたいなー、とか思ってない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙=肯定。
そこまで追い詰められてやっといたずらがばれた子供のような、恥ずかしげな表情を浮かべた恋人に、
グーデリアンは大きくため息をついた。
「あのね、いつも俺に健康管理だとかいうけれど、設計して監督やって自分で走って、
おまけに会社の仕事も手伝って、一体いつ体を休めるって生活だよね。
その上、車の整備?、一台二台ならとやかくいわない。面倒見きれるのか、あの台数?」
「老後にゆっくり整備する予定だから。」
「このままだと老後なんて来る前にぽっくり逝きそうだぜ。」
「ちゃんと面倒みるから。」
「ペットのおねだりじゃないんだ。」
恋人はずんずん近づいてくる金髪を左右によけながら、椅子にさらに深くつなぎとめられていく。
もう逃げ場がないところまで追い詰めて、グーデリアンは長い腕でしっかりと抱きしめた。
抱くたびにだんだんと細くなる気がする肩口に顔をうずめ、鼻先で少し低めの体温を確認する。
「心配してるんだよ。お前がいきなりいなくなったら・・。」
「私は根性が悪いから、そう簡単には死なない。」
呆れた声と、拘束されて不自由な手が精一杯のびて背中に当たる。
グーデリアンがそっと顔を上げると、柔らかい緑色の瞳いっぱいに、自分の姿が写されている。
その瞳がいたずらっぽく細まると、恋人の口から甘い囁きが漏れた。
「だから・・ちょっとくらい無駄遣いをしても・・いいだろう?」
「・・可愛い顔してもーーーーダメ!」
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
嫌悪感を抱かれる方はご注意下さい。
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