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-朝は、どうしても食欲がわかない。

何か胃に入れておかなければと思うほど食欲をなくす自分の軟弱な精神にため息をつきつつ、フランツ・ハイネルはこっそりとピット内の冷蔵庫にサンドイッチを放り込んだ。

食品に好き嫌いはないほうではあるが、サーキットで出される食事は脂っこかったり塩辛かったりと、どうも彼の口には合わないことが多かった。
しかしアスリートとしてはそんなことでパフォーマンスを落とすことは耐えられない。デザインならともかく、何も自分で走ることはないだろうと頑なな父をやっとのことで説得し、やっとのことで殴りこんだCFの世界である。最初は正直デザインのためのステップ程度にしか思ってなかったのも事実であるが、最近ではこの荒っぽい世界がハイネル自身、意外にも気にいっていた。

なのにそこで出てきた食事の問題。しかしそれだけのために断念するにはあまりにも口惜しい。そこで最近では朝、自分好みのサンドイッチなどの軽食を作っては冷蔵庫に入れておき、ちょいちょいとつまんでは血糖値とテンションを維持するのがハイネルの常となっていた。
幸いにも今月はドイツGP。いつもならハムとチーズと野菜程度で作るサンドイッチも、実家のコックが転戦ばかりの彼の体を心配してもたせてくれた食材が豊富なのが嬉しくて、ハイネルはややふわふわとした足取りでピットを後にした。

しばらくして、隣のピットからずかずかとスタンピードのジャッキー・グーデリアンが現れた。
タイヤの用意をしていたSGMのメカニックの一人に声をかける。
「あちー・・チャーリー、お前んとこ、冷えたドクターペッパーないー?」
「あるぜ。そこの冷蔵庫に俺の分が入ってるから飲んでいいよ。ってか、お前余所んちのピットにずかずか入ってくんなよ。」
「昔カートで遊んだお前と俺の中じゃないのー、堅いこというなって。」
「・・あのなぁ普通、セッティングとか色々余所には秘密ってやつもあるんだぜ?」
「いや、見ててもどうせ俺バカだからわかんねぇし。自分とこでも何やってんのかさっぱわかんねぇし。」
「ま、そういやそうか。」
どこのピットでも、それでうまいこと納得されてしまうのがこの野郎の妙な魅力だとメカニックは思う。
いわば、レーサーというよりはサーキットのマスコットキャラ的な位置づけなのだろうか。
ふらふらとあちこちを渡り歩き、目につく女性に手当たり次第すり寄って、よしよしされてくんくんと鳴く。気に入った相手には野郎にでも懐く。走っている時以外はただの大型犬扱いだ。
それでいて、走らせると途端に猛獣に豹変する。カートカテゴリー時代、グーデリアンが後から追い上げてきた際の恐怖をメカニックは思い出した。あの冷たく光る薄い色の目は捕えた獲物を逃がさない。追い抜きざまに首元を一気に抉られるような感覚に襲われ、メカニックはその後のレース展開をまったく思い出せなかった。
これが世界のカテゴリーで戦う種類の人間というやつなのかと、その時彼は実感した。
ただ、普段は誰彼かまわず尻尾を振るやっぱり他愛ない大型犬で、なぜか懐にずかずか踏み込んでくるのを許してしまうのだった。

「俺の分、上段に入ってるから。」
「サンキュ・・・・・・・・お?」
グーデリアンがシャツの胸元をぱたぱたしながら冷蔵庫を開けると、中には、スタッフそれぞれの名前が書かれたドリンクの他に、そっけないジップロックで包まれたサンドイッチを見つけた。
「うまそ・・・・」
途端に胃が鳴り、他人のもののはずなのにあまりにみずみずしくておいしそうで、グーデリアンは思わず名前を確認することもなくジップロックに手を出してしまった。

最初は一つだけと思ったのが、どれもこれも捨てがたく。
味気ないラップで包んであるくせに、どれも繊細で複雑な味がする。
ケチャップじゃなくてきちんとトマトソースのハンバーグサンドとか。
いい香りのする薄切りのハムとたまねぎのピクルスとか。
見るからに瑞々しいきゅうりとトマトと、牛乳の風味のするチーズとか。
アーモンド入りのバタークリームは程よく甘くて香ばしい。

次々と現れる宝物を前に、自制の効かなくなったグーデリアンがすっかり平らげてしまったころ、体を動かして適度に空腹になったハイネルが戻ってきた。
「あ。私のサンドイッチ!」
グーデリアンの手の中のジップロックを指さし、思わず叫ぶ。
「これお前の? つい、うまそうな匂いがしてさー。ごめん!飯おごるから!」
「結構だ!ラップの下からかぎ分けるなんて、オマエは麻薬探知犬か!」
「俺、犬扱いかよ?!」
横ではらはらしながら聞いていたチャーリーが思わず噴き出す。
「でもさ、あれ、どこのサンドイッチ?ホテル?ケータリング?すっげーうまい!」
レース三昧で新鮮な味に餓えていたのはグーデリアンも同じだったらしい。眼をきらきらさせてすがるように詰め寄る蒼い眼に、ハイネルはとっさに叫んでしまった。
「んな・・・・さ、差し入れだ!知り合いからの!」
「・・え?」
意外な返答に、グーデリアンは眼を丸くした。
レーサーがレース前にうかつな差し入れを食べるわけはない。おまけにこいつは潔癖で有名なフランツ・ハイネルだ。ということは、知り合いは知り合いでも・・・。すっかり空になったジップロックをちら見して、グーデリアンは口の端を上げた。
「・・・・お前、意外にきちんとやることやってんのな。」
「は?」
「彼女はボンキュッボンだけど、結婚とかするならやっぱ料理上手だよなぁ。うんうん。」
「え?」
一体なんのことだろうと首をかしげるハイネルの肩を、グーデリアンがぽんぽんと叩く。
「いい選択だと思うぜ。こういう飾りっけのない料理センスの子ってなかなかいねぇよなぁ。俺、こういう差し入れされたら即落ちるわ。大事にしてやれよ?」
なんだか誤解が甚だしく違う方向に走っている気がするのは気のせいだろうか。
うんうんとうなずきながら去って行ったグーデリアンを見送り、ハイネルが助けを求めるように向けた視線を、チャーリーは首を振って『可哀想な子だから』のジェスチャーをした。

--そして数年後

「あの後、こっそりチャーリーにお前の手作りみたいだって聞いてびっくりしたんだよな俺・・。」
「まったく、意地汚い。」
「いやまぁ・・胃袋のセンスが合うって、大事じゃねぇ?」
「知らん。時間がないんだ。邪魔をするな。」
端末画面から顔も上げず、レーシングスーツ姿のハイネルは差しだされたサンドイッチをおざなりにつまみあげた。
自分でチームを運営するようになってチームの食生活は改善したものの、そこまで食べに行く時間もなく結局何かをつまみながらデータを確認したりセッティングを直したりする日々だった。
「・・ん?」
ライ麦入りのパンを薄く切り、具材はたっぷりのクレソンと焼いた上質なベーコンと、マスタードだけ。
いつものケータリングのサンドイッチの味とは違う、大胆だが素直な味にハイネルの手が一瞬止まる。
「料理上手な彼女、今度は逃がすなよ?」
「・・・ふん。」
にっと笑うグーデリアンを一瞬だけじろりと睨みつけ、ハイネルはサンドイッチを口に押し込んだ。

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