その日、大変珍しいことに、グーデリアンは朝から機嫌が悪かった。
-喉いてぇ・・・
グーデリアンはモーターホームのソファで天井の模様を数えながら、自分の喉に手をやった。
昨日、上掛けを蹴っ飛ばして寝てしまったのが原因なのだろうか、喉が妙にいがらっぽい。
大したことはないが、午後には予選があるというのに飯はうまくないし、女の子に声をかけることすら億劫でいつもの調子がまったく出てこない。
-なんかのど飴とかねぇかな・・・そういや、ハイネルがいつも持ってたっけ。あいつ喉弱いから。
グーデリアンはもそもそと立ち上がると、ピットに向かって歩き出した。
「おーい、ハイネルーぅ。ごほっ。」
埃っぽく、揮発性の高いオイルの匂いが充満するピットの空気は今の喉には刺激が強すぎる。
せき込みながら声をかけると、スタッフと何事か打ち合わせをしていたハイネルが顔を上げた。まだレーシングスーツには着替えず、長い導電性ユニフォームのままグーデリアンを見上げる。口元で動く何かを舌で横に押しやって、ハイネルは声を出した。
「喉はもういいのか?」
「んー。あんまり。お前いつものど飴持ってただろ。ちょーだい。」
「あぁ。ちょっと待て。」
ハイネルはユニフォームのポケットに手を差し入れた。
高電圧、高磁界の危険の多い作業のために開発されたこのユニフォームは、工業ファブリックの技術者であるハイネルの母が開発して寄こしたものである。その安全性は確かに群を抜いていたが、空調の効いたラボでの開発段階ではともかく、実際のピットではあまりに色々めんどくさいという非常に現実的な理由により、現在では「ポケットが多くて便利」という、妙な利点を見出したハイネルしか着ていないという代物であった。
「ん?・・・ないな。」
ハイネルが首をかしげた。その合間にあちこちのポケットからペンや工具、端末、携帯電話、薄い財布からハンカチまであらゆる生活用品をぞろぞろと引き出していく。
-・・・ウエイトトレーニングかよ
グーデリアンが心の中でツッコミを入れていると、ようやく、ハイネルが再び顔を上げた。
「すまん、私がなめているので最後だったみたいだ。今荷物から出すから待ってろ。」
自分の口元を指さし、ころころと転がしてみせる。肉の薄い頬の下でなにかが動くのを、グーデリアンは確認した。
「とりあえず、それでいい。」
「え?」
ぽかんとしたハイネルの顎をつかんで上げさせ、唇を合わせる。すかさず厚い舌を入れ、ハイネルの舌の上で転がっていた飴玉をかすめ取るとグーデリアンは体を離した。
「ごちそーさん。」
「・・・な・・返せ!」
正気に返ったハイネルがすごい早さで椅子を蹴飛ばしてグーデリアンにつかみかかった。グーデリアンはひらしと交わし、ピットの外へ走り出す。
「なんだよけーち。ほかにあるんだろ?」
「今持っているのは最後のひとつだったんだ!バカ者!」
ハイネルがユニフォームの裾を勢いよく蹴り上げ、グーデリアンを追いかけていった。
身体能力の優れた大男二人が勢いよく駆け抜けていく姿を見ながら、一部始終を見ていたスタッフ一同はようやく口を開いた。
「・・・・・・・・・・嵐が去った・・。」
「・・いや、今からが本番だろ?ほんとに誰だよシュトルムツェンダーとか名前つけたやつ。」
「気圧の低いほうと高いほうがいる限り無理だろ。」
「誰ウマ・・」
「・・あれで、本人たちは真剣に何事もないとか思ってんだから重症だよなぁ・・。」
「無意識だもんなぁ。」
「返せって。そこは色々違うよなぁ・・」
うんうんとうなずきながら、スタッフ一同は二人が走りつかれて帰ってくるまでしばし休憩と散っていった。
当人たちはまったくその気はないくせに、必要以上に寄って触っていくのはなぜなのか。
巷では公式ホームページが一番いちゃいちゃしていると評判で、これ以上変な噂を流したくない広報とアクセス数とグッズ売り上げを稼ぎたい経理の間で不毛な戦いが繰り広げられているのは知っているのだろうか。
発電して帯電して感電して放電して。
超電導リニアホイールのエネルギー源たちは今日もあまりにもいつもどおりだった。
-------------
帯電放電の続き。
-喉いてぇ・・・
グーデリアンはモーターホームのソファで天井の模様を数えながら、自分の喉に手をやった。
昨日、上掛けを蹴っ飛ばして寝てしまったのが原因なのだろうか、喉が妙にいがらっぽい。
大したことはないが、午後には予選があるというのに飯はうまくないし、女の子に声をかけることすら億劫でいつもの調子がまったく出てこない。
-なんかのど飴とかねぇかな・・・そういや、ハイネルがいつも持ってたっけ。あいつ喉弱いから。
グーデリアンはもそもそと立ち上がると、ピットに向かって歩き出した。
「おーい、ハイネルーぅ。ごほっ。」
埃っぽく、揮発性の高いオイルの匂いが充満するピットの空気は今の喉には刺激が強すぎる。
せき込みながら声をかけると、スタッフと何事か打ち合わせをしていたハイネルが顔を上げた。まだレーシングスーツには着替えず、長い導電性ユニフォームのままグーデリアンを見上げる。口元で動く何かを舌で横に押しやって、ハイネルは声を出した。
「喉はもういいのか?」
「んー。あんまり。お前いつものど飴持ってただろ。ちょーだい。」
「あぁ。ちょっと待て。」
ハイネルはユニフォームのポケットに手を差し入れた。
高電圧、高磁界の危険の多い作業のために開発されたこのユニフォームは、工業ファブリックの技術者であるハイネルの母が開発して寄こしたものである。その安全性は確かに群を抜いていたが、空調の効いたラボでの開発段階ではともかく、実際のピットではあまりに色々めんどくさいという非常に現実的な理由により、現在では「ポケットが多くて便利」という、妙な利点を見出したハイネルしか着ていないという代物であった。
「ん?・・・ないな。」
ハイネルが首をかしげた。その合間にあちこちのポケットからペンや工具、端末、携帯電話、薄い財布からハンカチまであらゆる生活用品をぞろぞろと引き出していく。
-・・・ウエイトトレーニングかよ
グーデリアンが心の中でツッコミを入れていると、ようやく、ハイネルが再び顔を上げた。
「すまん、私がなめているので最後だったみたいだ。今荷物から出すから待ってろ。」
自分の口元を指さし、ころころと転がしてみせる。肉の薄い頬の下でなにかが動くのを、グーデリアンは確認した。
「とりあえず、それでいい。」
「え?」
ぽかんとしたハイネルの顎をつかんで上げさせ、唇を合わせる。すかさず厚い舌を入れ、ハイネルの舌の上で転がっていた飴玉をかすめ取るとグーデリアンは体を離した。
「ごちそーさん。」
「・・・な・・返せ!」
正気に返ったハイネルがすごい早さで椅子を蹴飛ばしてグーデリアンにつかみかかった。グーデリアンはひらしと交わし、ピットの外へ走り出す。
「なんだよけーち。ほかにあるんだろ?」
「今持っているのは最後のひとつだったんだ!バカ者!」
ハイネルがユニフォームの裾を勢いよく蹴り上げ、グーデリアンを追いかけていった。
身体能力の優れた大男二人が勢いよく駆け抜けていく姿を見ながら、一部始終を見ていたスタッフ一同はようやく口を開いた。
「・・・・・・・・・・嵐が去った・・。」
「・・いや、今からが本番だろ?ほんとに誰だよシュトルムツェンダーとか名前つけたやつ。」
「気圧の低いほうと高いほうがいる限り無理だろ。」
「誰ウマ・・」
「・・あれで、本人たちは真剣に何事もないとか思ってんだから重症だよなぁ・・。」
「無意識だもんなぁ。」
「返せって。そこは色々違うよなぁ・・」
うんうんとうなずきながら、スタッフ一同は二人が走りつかれて帰ってくるまでしばし休憩と散っていった。
当人たちはまったくその気はないくせに、必要以上に寄って触っていくのはなぜなのか。
巷では公式ホームページが一番いちゃいちゃしていると評判で、これ以上変な噂を流したくない広報とアクセス数とグッズ売り上げを稼ぎたい経理の間で不毛な戦いが繰り広げられているのは知っているのだろうか。
発電して帯電して感電して放電して。
超電導リニアホイールのエネルギー源たちは今日もあまりにもいつもどおりだった。
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帯電放電の続き。
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