「ん・・・・」
カーテンから差し込む光が明るい。
やけにぐっすり眠った気がするなと思い、時計を見たハイネルは目を疑った。
「・・・まずい!」
一気に頭に血が巡る。
自分には50分後には本社で、サプライヤーとの打ち合わせの予定がある。
隣でまだのどかに寝こけている金髪男は、確か30分後にはラボのほうで社外技術者を呼んでのタイヤテストがあったはずだ。
本社までは車で30分。ラボまでは5分。ならば優先順位は自分のほうだ。
「グーデリアン、起きろ!寝過ごした!」
ハイネルはまだ自分の体に絡みつく太い腕を押しやり、ベッドから抜け出るついでにその重い体をベッドの向こうへ蹴り飛ばした。
「・・うぁ?」
キングサイズのベッドからまさか蹴り落とされる日が来るなんて。
グーデリアンが寝ぼけた頭でのそのそと起き上がると、ガウンだけを羽織りばたばたと走っていくハイネルの後ろ姿。
「バスは先に使わせてもらうぞ!お前も支度をしろ!」
「・・うーぃ?」
何のことやらまだ事情が分からないグーデリアンがのっそりと長い腕を伸ばし、時計を見てつぶやく。
「おー・・・マイガー・・」
わかったところで遅刻常習犯の自分としてはどうする気もないのだけれど。
グーデリアンはとりあえず床に転がっていたジーンズその他を拾い集め、クローゼットを開いて自分とハイネルの分のシャツをとりだした。
「すまない、寝過ごした。グーデリアンも今起こしたから少し遅れると思う。それまで繋いでおいてくれ。」
グーデリアンがシャワーから出てくると、ハイネルはすっかり身支度を整えていた。ワックスで髪を立てながらスピーカー設定の携帯に向かって指示を出している。相手はラボの誰かだろう。
続いて、小指だけで電話を切り替え、ドイツ語で何かの指示をしている。こちらは本社だろうか。
グーデリアンの身支度は簡単にジーンズとシャツとジャケットだけを羽織り、完了する。後は電話と財布と車のカギをポケットに突っ込むだけ。
乱れたままのベッドや汚れたシーツなど、散乱する昨日の名残を見渡し、そんなことはもう覚えてもいないハイネルの姿に苦笑する。
冷蔵庫から小瓶のリンゴジュースを2本取り出すと、1本を一気に飲み干し、もう1本はパソコンと携帯を鞄に入れているハイネルに渡した。
「んじゃ、俺先行くわ。帰りは多分俺のほうが早いと思うよ。」
「あぁ。私は昼から外出だから遅くなるかも。」
出かけ際に軽いキスだけを交わし、それぞれにアパートメントから飛び出した。
「・・・・・・・・・・・・魔法使いとか?」
夕方、まだ夕日が残る時間に帰宅したグーデリアンは、朝とは様変わりしたアパートメントの様子に首をかしげた。
洗濯物はきちんと洗って畳まれ、シャツはアイロンがかけられてクローゼットの中におさまっている。
ベッドのシーツは洗濯され、ぴしっと皺ひとつなくメイキングされていて。
「・・親切な空き巣ってわけでもないよなぁ。」
冷蔵庫の中にはすぐ食べられるような夕飯まで用意されている。
ハイネルが仕事の合間に帰ってきたのだろうか。
それにしても片付きすぎているよなぁと、グーデリアンは朝捨てたはずのジュースの瓶すら残っていないキッチンを不思議に眺めた。
「戻った。」
「おかえり。」
「なぁ、ハイネル、昼間帰ってきた?」
「・・?」
夜も更けたころ帰宅したハイネルと温めた夕食を前にして、グーデリアンは今日の不思議な空き巣の話を振ってみた。ハイネルは一瞬きょとんとした顔をしたが、こともなげに魔法の種明かしをした。
「あぁ、本宅からクリーニングとランドリーを呼んだから。ついでに、私が早くに帰れないと思ったから、適当な食事もケータリングしてもらった。今までも時々呼んでいたんだが気付かなかったのか?」
ハイネルの話によれば、このアパートメントから父やリサが住むシュツットガルトの本宅(ハイネル家にはさらにベルリンの超本宅というものもあったりするのだが)までは車で30分ほど。人出はあるので、電話一本で色々な用事を依頼していたという。
「てっきり、ハイネルがやってるんだと思ってたんだけど。」
「出来ないこともないが、そこまで暇でもないのでな。」
「あー、なるほど。・・・・・・・・・・・・・・・・って、待てよ?」
グーデリアンは「きれいになっていた」物の記憶をたどって慄いた。
色々なものが染みたり散ったりしたあの寝具とか、他人には決してお見せしないほうがいいと思われる内容のダストボックスの中身とか、どう考えても不自然なベッドサイドに散らかる男二人分の衣類とか?
「なぁ・・・・色々まずくない?その・・俺はまだしも、お前はさ。」
「何が?業者に任せるよりは信頼がおけるから便利だぞ。」
スープをスプーンにすくったまま、首をかしげて手を止めるハイネルには全く心当たりも警戒心もなく。
グーデリアンは本宅で出会う、そんなことはおくびにすら出さない見目麗しいメイドさん達の姿を思い出しては、さらに居たたまれない気持ちになっていた。
「・・いや、それも悪いし、これからは俺が出来る限り家事をするよ。」
「殊勝な心がけだな。せいぜいあてにしておくからよろしく。」
片眉を上げて驚いてみせるハイネルに、グーデリアンは頭を抱えた。
-本物のおぼっちゃまって奴は、スケールが違う。
-----------------------
同居して2ヶ月目くらいでわかった意外な真実。
カーテンから差し込む光が明るい。
やけにぐっすり眠った気がするなと思い、時計を見たハイネルは目を疑った。
「・・・まずい!」
一気に頭に血が巡る。
自分には50分後には本社で、サプライヤーとの打ち合わせの予定がある。
隣でまだのどかに寝こけている金髪男は、確か30分後にはラボのほうで社外技術者を呼んでのタイヤテストがあったはずだ。
本社までは車で30分。ラボまでは5分。ならば優先順位は自分のほうだ。
「グーデリアン、起きろ!寝過ごした!」
ハイネルはまだ自分の体に絡みつく太い腕を押しやり、ベッドから抜け出るついでにその重い体をベッドの向こうへ蹴り飛ばした。
「・・うぁ?」
キングサイズのベッドからまさか蹴り落とされる日が来るなんて。
グーデリアンが寝ぼけた頭でのそのそと起き上がると、ガウンだけを羽織りばたばたと走っていくハイネルの後ろ姿。
「バスは先に使わせてもらうぞ!お前も支度をしろ!」
「・・うーぃ?」
何のことやらまだ事情が分からないグーデリアンがのっそりと長い腕を伸ばし、時計を見てつぶやく。
「おー・・・マイガー・・」
わかったところで遅刻常習犯の自分としてはどうする気もないのだけれど。
グーデリアンはとりあえず床に転がっていたジーンズその他を拾い集め、クローゼットを開いて自分とハイネルの分のシャツをとりだした。
「すまない、寝過ごした。グーデリアンも今起こしたから少し遅れると思う。それまで繋いでおいてくれ。」
グーデリアンがシャワーから出てくると、ハイネルはすっかり身支度を整えていた。ワックスで髪を立てながらスピーカー設定の携帯に向かって指示を出している。相手はラボの誰かだろう。
続いて、小指だけで電話を切り替え、ドイツ語で何かの指示をしている。こちらは本社だろうか。
グーデリアンの身支度は簡単にジーンズとシャツとジャケットだけを羽織り、完了する。後は電話と財布と車のカギをポケットに突っ込むだけ。
乱れたままのベッドや汚れたシーツなど、散乱する昨日の名残を見渡し、そんなことはもう覚えてもいないハイネルの姿に苦笑する。
冷蔵庫から小瓶のリンゴジュースを2本取り出すと、1本を一気に飲み干し、もう1本はパソコンと携帯を鞄に入れているハイネルに渡した。
「んじゃ、俺先行くわ。帰りは多分俺のほうが早いと思うよ。」
「あぁ。私は昼から外出だから遅くなるかも。」
出かけ際に軽いキスだけを交わし、それぞれにアパートメントから飛び出した。
「・・・・・・・・・・・・魔法使いとか?」
夕方、まだ夕日が残る時間に帰宅したグーデリアンは、朝とは様変わりしたアパートメントの様子に首をかしげた。
洗濯物はきちんと洗って畳まれ、シャツはアイロンがかけられてクローゼットの中におさまっている。
ベッドのシーツは洗濯され、ぴしっと皺ひとつなくメイキングされていて。
「・・親切な空き巣ってわけでもないよなぁ。」
冷蔵庫の中にはすぐ食べられるような夕飯まで用意されている。
ハイネルが仕事の合間に帰ってきたのだろうか。
それにしても片付きすぎているよなぁと、グーデリアンは朝捨てたはずのジュースの瓶すら残っていないキッチンを不思議に眺めた。
「戻った。」
「おかえり。」
「なぁ、ハイネル、昼間帰ってきた?」
「・・?」
夜も更けたころ帰宅したハイネルと温めた夕食を前にして、グーデリアンは今日の不思議な空き巣の話を振ってみた。ハイネルは一瞬きょとんとした顔をしたが、こともなげに魔法の種明かしをした。
「あぁ、本宅からクリーニングとランドリーを呼んだから。ついでに、私が早くに帰れないと思ったから、適当な食事もケータリングしてもらった。今までも時々呼んでいたんだが気付かなかったのか?」
ハイネルの話によれば、このアパートメントから父やリサが住むシュツットガルトの本宅(ハイネル家にはさらにベルリンの超本宅というものもあったりするのだが)までは車で30分ほど。人出はあるので、電話一本で色々な用事を依頼していたという。
「てっきり、ハイネルがやってるんだと思ってたんだけど。」
「出来ないこともないが、そこまで暇でもないのでな。」
「あー、なるほど。・・・・・・・・・・・・・・・・って、待てよ?」
グーデリアンは「きれいになっていた」物の記憶をたどって慄いた。
色々なものが染みたり散ったりしたあの寝具とか、他人には決してお見せしないほうがいいと思われる内容のダストボックスの中身とか、どう考えても不自然なベッドサイドに散らかる男二人分の衣類とか?
「なぁ・・・・色々まずくない?その・・俺はまだしも、お前はさ。」
「何が?業者に任せるよりは信頼がおけるから便利だぞ。」
スープをスプーンにすくったまま、首をかしげて手を止めるハイネルには全く心当たりも警戒心もなく。
グーデリアンは本宅で出会う、そんなことはおくびにすら出さない見目麗しいメイドさん達の姿を思い出しては、さらに居たたまれない気持ちになっていた。
「・・いや、それも悪いし、これからは俺が出来る限り家事をするよ。」
「殊勝な心がけだな。せいぜいあてにしておくからよろしく。」
片眉を上げて驚いてみせるハイネルに、グーデリアンは頭を抱えた。
-本物のおぼっちゃまって奴は、スケールが違う。
-----------------------
同居して2ヶ月目くらいでわかった意外な真実。
PR
この記事にコメントする
- ABOUT
ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
嫌悪感を抱かれる方はご注意下さい。
無断コピー・転用等、お断りいたします。
パスワードが請求されたら、誕生日で8ケタ(不親切な説明・・)。