珍しく二人して予定のない休日。
ソファで寝転がって雑誌を見ながら、グーデリアンはハイネルの身支度を待っていた。
遅い朝食で始まった今日は、今から二人で買いだしをして遅めの昼食をとる予定だ。もちろんハイネルの手料理で。
「・・待たせた。」
頭の上から声が聞こえて。グーデリアンはソファから起き上がると、思わずハイネルの姿を上から下まで眺めまわした。
「・・えーと・・ヴォーグごっこ?」
「じろじろ見るな。母が何組か送ってよこしたんだ。知り合いのコーディネーターが私のファンだとかなんだとか。」
ハイネルがため息交じりに、日焼け防止用にの茶色のハンチングを被る。
濃い茶色のクロップドパンツに、白とライムグリーンのランダムボーダーのポートネックシャツ。ベージュ色のジャケットは薄手のジャージ生地で体のラインをきれいに見せている。足元には茶色い革のスニーカーを履き、斜めがけにしているのはおそろいのボディバッグ。くるぶしの見える靴下からはグリーンの差し色が見えていた。
「・・こういう服は実家のランドリーに任せても扱いに困ると嫌がられるんだが、今生憎と手持ちがフォーマルなスーツばかりで。」
それでも仕上げに眼鏡をかけるのが、かえって軽くなりがちな服装に適度に辛さが効いてより彼らしさが引きたてられる。
「へー。そのままグラビア撮影できるぜ?」
「そういうのは私の仕事の範囲外だ。」
あちこちのメディアに出没し、芸能人扱いをされることも多いグーデリアンに対し、同じチームのレーサーでありながらハイネルの出没頻度はせいぜいがオフィシャルポスターかカレンダー程度だった。
「お前の写真ただでさえレアアイテム扱いされてるんだから、ヌードとか出したらもう運営資金もがっぽがっぽ・・」
「馬鹿か。」
「いて。」
ごつんと重い拳骨を頭頂部に食らい、グーデリアンはソファから転がり落ちた。
早いばかりで積載力のない2シーターを少し走らせて着いたのは、町の市場だった。
目立つ車は駐車場に置いて、ちょっと歩いて歴史を感じる細い小道へ行く。
既に昼も近く、あちらこちらではもう店じまいする店も出始めているが、代わりに屋台やカフェから漂ういい香りが小腹の空いた客を引き寄せていた。
すこし減った人ごみを避けながら、二人は次々と食材を選んだ。
ワイン、牛乳、ジュース、オリーブオイル、ジャガイモ、玉ねぎ、酢、オレンジと洋ナシ、肉数種類とハム・ソーセージ、オリーブやパテの瓶詰、瓶入りのバター・・・
買い出した荷物を、ハイネルは次々と迷うことなくグーデリアンの買い物かごに入れていく。
「・・・・おい、ずるいぞ!重いもん手伝えよ!」
「普段、タブレットより重いものは持ったことがないのでな。」
ひらひらと振る手にはパンとチーズとスパイスと卵。
「じゃあ、いつも俺の横で軽々と自重のベンチプレス上げてるあいつは誰だってんだ。」
「さぁ?」
「こんなん、いつものメイドさんたちに片づけに来るついでに用意してもらえばいいじゃん!」
「ほう、フェミニストが聞いてあきれる。」
「くっそ・・近くまで車でこれば良かった・・・」
「普段、人の車を散々ものが載らないの目立つのなんのとけなしているのはどこの誰だ。トレーニングだと思え。」
つれない返答にはぁーと大きくため息をついたグーデリアンは、ちょうど上げた目の端に小さなカフェがあるのを見つけた。
「あー・・マジちょっと休憩していこうぜ。ここのアップルサイダーうまいんだ。」
「あ?こら!」
「もたもたしてるとクリーム入り揚げパンも注文するぜ?」
「ちょ、ちょっと待て!何キロカロリーあると思ってるんだ!」
かまわずすたすたと歩いていくグーデリアンの背を、ハイネルはあわてて追いかけた。
席に着くと、グーデリアンは近くの店主と思しき中年男性に手ぶりでメニューを指さし、二つ、とジェスチャーをしてみせた。店主はうんうんとうなずいてキッチンへ入っていく。
その様子を見ていたハイネルがあきれたように呟いた。
「・・どうりできちんとドイツ語を覚えないわけだ。」
「世界どこでも俺、こんな感じよ?」
底抜けに人懐っこい笑顔一つで許されるのは役得なのだろうか。
いつもほぼ同じざっくりとした白いTシャツに洗いざらしジーンズでにやにや笑っているだけなのに、グーデリアンには常に光が付きまとう。自分にはない生物的な輝きに、ハイネルは心がちくりと傷んだ。
ほどなくしてジュースが運ばれてきた。
店主が、ハイネルに何か言葉をかける。
一瞬驚いた風をしたハイネルがにやりと笑い、ちらりとグーデリアンのほうを向いて一言二言ドイツ語で何かを店主に説明している。
あまりないその仕草に、グーデリアンが思わず身を乗り出した。
「何、俺の話?サインくれとか?」
「その外国人の兄ちゃんは昼にちょくちょく来てくれるけど、仕事はあるのかい?だと」
「へ?、俺アメリカじゃスーパーマンより有名だぜ?。」
「その腕っ節ならいい仕事をしそうだから、仕事がなかったらうちの農場で働かないか、だと。」
「俺が?」
意外な申し出にグーデリアンが驚くのを、店主はうんうんとうなずきながら何かを続ける。
ハイネルがついに噴き出し、笑いながら言葉をつなげた。
「ついでに、彼女はいるか?とのことだ。彼には3人、年頃の可愛い娘もいるんだと。」
「ちょっともう、冗談きついぜハイネルー?残念だけど、おじさんのまん前に怖い怖い彼女がいるって言っといて。」
「誰が彼女だ。」
とりあえず彼女の一件はさておき、ハイネルが店主に説明をすると、店主は残念そうに首をすくめ、笑いながら何かを呟いて去って行った。
「何、私が彼女ですって言ってくれたわけ?」
「馬鹿か。こいつは私の父の会社で働いているアメリカ人だと言ったんだ。そうしたら、首にするときは俺のところに連絡してくれと言われた。よかったな、引退後の就職先ができて。」
「ドイツ人のそのリサイクル気質には敬意を表したいね。」
「完全に出稼ぎ労働者と間違えられたな。いつも、そんな格好でふらふらしているからだ。」
ハイネルは、グーデリアンの白い厚手のシャツを引っ張った。その撚糸の織り方にこだわったシャツもやたらとスタイルのきれいな色あせたジーンズも、スポンサーの有名高級ブランドがグーデリアンモデルとしてわざわざヤレ感を出して作ったものではあったが。
「これ一応、デザイナーもんよ?つか、お前こういうの着ないから、俺が体張ってスポンサー確保してんのに。」
「わかるかバカ者。そのへんのスーパーに積み上がったようなシャツも同じように着ているくせに。」
なのに、お前の体はそんな服も妙に着こなしてしまうんだと、ハイネルは口の中だけで呟く。
モデル体型といえば聞こえはいいが鍛えても外には肉がつきにくい自分の体に対して、この体は上にまとうものなど気にしない強さがある。
まだ日の高い屋外だというのに思わず自分に覆いかぶさってくる際のその筋肉の動きを想像して、ハイネルは体の奥がしくりとうずくのを感じた。
「・・どうした?」
「・・え?」
は、と気付けば、ハイネルに顔を寄せて覗きこむグーデリアンの薄い眼があった。自分の思いを見通すようなその色にハイネルの肩が一瞬ぴくりと反応する。あわてて、ハイネルは自分をいつものトーンに戻して答える。
「・・いや、なんでも。」
「疲れたんだろ。これ飲んだらそろそろ帰ろうぜ。俺も、もう限界。」
「そうだな。」
「・・んで、帰ったら、しよ?」
耳元でぼそっと囁く声に、ハイネルの炎が更に熱くなりかける。
「・・・・お前は・・・」
「さーて。何食わしてくれるのか楽しみだなぁと。」
「こら!」
代金を多めに置き、ハイネルの分の荷物までひょいと肩に担いでしまってさっさと立ち上がったグーデリアンに、ハイネルは少し頬を赤らめながら、慣れないスニーカーで走り出した。
何を着ていても関係ない。
中身がお前なら。
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お互いの体にちりちりと嫉妬とかさせてみたかっただけで。
ソファで寝転がって雑誌を見ながら、グーデリアンはハイネルの身支度を待っていた。
遅い朝食で始まった今日は、今から二人で買いだしをして遅めの昼食をとる予定だ。もちろんハイネルの手料理で。
「・・待たせた。」
頭の上から声が聞こえて。グーデリアンはソファから起き上がると、思わずハイネルの姿を上から下まで眺めまわした。
「・・えーと・・ヴォーグごっこ?」
「じろじろ見るな。母が何組か送ってよこしたんだ。知り合いのコーディネーターが私のファンだとかなんだとか。」
ハイネルがため息交じりに、日焼け防止用にの茶色のハンチングを被る。
濃い茶色のクロップドパンツに、白とライムグリーンのランダムボーダーのポートネックシャツ。ベージュ色のジャケットは薄手のジャージ生地で体のラインをきれいに見せている。足元には茶色い革のスニーカーを履き、斜めがけにしているのはおそろいのボディバッグ。くるぶしの見える靴下からはグリーンの差し色が見えていた。
「・・こういう服は実家のランドリーに任せても扱いに困ると嫌がられるんだが、今生憎と手持ちがフォーマルなスーツばかりで。」
それでも仕上げに眼鏡をかけるのが、かえって軽くなりがちな服装に適度に辛さが効いてより彼らしさが引きたてられる。
「へー。そのままグラビア撮影できるぜ?」
「そういうのは私の仕事の範囲外だ。」
あちこちのメディアに出没し、芸能人扱いをされることも多いグーデリアンに対し、同じチームのレーサーでありながらハイネルの出没頻度はせいぜいがオフィシャルポスターかカレンダー程度だった。
「お前の写真ただでさえレアアイテム扱いされてるんだから、ヌードとか出したらもう運営資金もがっぽがっぽ・・」
「馬鹿か。」
「いて。」
ごつんと重い拳骨を頭頂部に食らい、グーデリアンはソファから転がり落ちた。
早いばかりで積載力のない2シーターを少し走らせて着いたのは、町の市場だった。
目立つ車は駐車場に置いて、ちょっと歩いて歴史を感じる細い小道へ行く。
既に昼も近く、あちらこちらではもう店じまいする店も出始めているが、代わりに屋台やカフェから漂ういい香りが小腹の空いた客を引き寄せていた。
すこし減った人ごみを避けながら、二人は次々と食材を選んだ。
ワイン、牛乳、ジュース、オリーブオイル、ジャガイモ、玉ねぎ、酢、オレンジと洋ナシ、肉数種類とハム・ソーセージ、オリーブやパテの瓶詰、瓶入りのバター・・・
買い出した荷物を、ハイネルは次々と迷うことなくグーデリアンの買い物かごに入れていく。
「・・・・おい、ずるいぞ!重いもん手伝えよ!」
「普段、タブレットより重いものは持ったことがないのでな。」
ひらひらと振る手にはパンとチーズとスパイスと卵。
「じゃあ、いつも俺の横で軽々と自重のベンチプレス上げてるあいつは誰だってんだ。」
「さぁ?」
「こんなん、いつものメイドさんたちに片づけに来るついでに用意してもらえばいいじゃん!」
「ほう、フェミニストが聞いてあきれる。」
「くっそ・・近くまで車でこれば良かった・・・」
「普段、人の車を散々ものが載らないの目立つのなんのとけなしているのはどこの誰だ。トレーニングだと思え。」
つれない返答にはぁーと大きくため息をついたグーデリアンは、ちょうど上げた目の端に小さなカフェがあるのを見つけた。
「あー・・マジちょっと休憩していこうぜ。ここのアップルサイダーうまいんだ。」
「あ?こら!」
「もたもたしてるとクリーム入り揚げパンも注文するぜ?」
「ちょ、ちょっと待て!何キロカロリーあると思ってるんだ!」
かまわずすたすたと歩いていくグーデリアンの背を、ハイネルはあわてて追いかけた。
席に着くと、グーデリアンは近くの店主と思しき中年男性に手ぶりでメニューを指さし、二つ、とジェスチャーをしてみせた。店主はうんうんとうなずいてキッチンへ入っていく。
その様子を見ていたハイネルがあきれたように呟いた。
「・・どうりできちんとドイツ語を覚えないわけだ。」
「世界どこでも俺、こんな感じよ?」
底抜けに人懐っこい笑顔一つで許されるのは役得なのだろうか。
いつもほぼ同じざっくりとした白いTシャツに洗いざらしジーンズでにやにや笑っているだけなのに、グーデリアンには常に光が付きまとう。自分にはない生物的な輝きに、ハイネルは心がちくりと傷んだ。
ほどなくしてジュースが運ばれてきた。
店主が、ハイネルに何か言葉をかける。
一瞬驚いた風をしたハイネルがにやりと笑い、ちらりとグーデリアンのほうを向いて一言二言ドイツ語で何かを店主に説明している。
あまりないその仕草に、グーデリアンが思わず身を乗り出した。
「何、俺の話?サインくれとか?」
「その外国人の兄ちゃんは昼にちょくちょく来てくれるけど、仕事はあるのかい?だと」
「へ?、俺アメリカじゃスーパーマンより有名だぜ?。」
「その腕っ節ならいい仕事をしそうだから、仕事がなかったらうちの農場で働かないか、だと。」
「俺が?」
意外な申し出にグーデリアンが驚くのを、店主はうんうんとうなずきながら何かを続ける。
ハイネルがついに噴き出し、笑いながら言葉をつなげた。
「ついでに、彼女はいるか?とのことだ。彼には3人、年頃の可愛い娘もいるんだと。」
「ちょっともう、冗談きついぜハイネルー?残念だけど、おじさんのまん前に怖い怖い彼女がいるって言っといて。」
「誰が彼女だ。」
とりあえず彼女の一件はさておき、ハイネルが店主に説明をすると、店主は残念そうに首をすくめ、笑いながら何かを呟いて去って行った。
「何、私が彼女ですって言ってくれたわけ?」
「馬鹿か。こいつは私の父の会社で働いているアメリカ人だと言ったんだ。そうしたら、首にするときは俺のところに連絡してくれと言われた。よかったな、引退後の就職先ができて。」
「ドイツ人のそのリサイクル気質には敬意を表したいね。」
「完全に出稼ぎ労働者と間違えられたな。いつも、そんな格好でふらふらしているからだ。」
ハイネルは、グーデリアンの白い厚手のシャツを引っ張った。その撚糸の織り方にこだわったシャツもやたらとスタイルのきれいな色あせたジーンズも、スポンサーの有名高級ブランドがグーデリアンモデルとしてわざわざヤレ感を出して作ったものではあったが。
「これ一応、デザイナーもんよ?つか、お前こういうの着ないから、俺が体張ってスポンサー確保してんのに。」
「わかるかバカ者。そのへんのスーパーに積み上がったようなシャツも同じように着ているくせに。」
なのに、お前の体はそんな服も妙に着こなしてしまうんだと、ハイネルは口の中だけで呟く。
モデル体型といえば聞こえはいいが鍛えても外には肉がつきにくい自分の体に対して、この体は上にまとうものなど気にしない強さがある。
まだ日の高い屋外だというのに思わず自分に覆いかぶさってくる際のその筋肉の動きを想像して、ハイネルは体の奥がしくりとうずくのを感じた。
「・・どうした?」
「・・え?」
は、と気付けば、ハイネルに顔を寄せて覗きこむグーデリアンの薄い眼があった。自分の思いを見通すようなその色にハイネルの肩が一瞬ぴくりと反応する。あわてて、ハイネルは自分をいつものトーンに戻して答える。
「・・いや、なんでも。」
「疲れたんだろ。これ飲んだらそろそろ帰ろうぜ。俺も、もう限界。」
「そうだな。」
「・・んで、帰ったら、しよ?」
耳元でぼそっと囁く声に、ハイネルの炎が更に熱くなりかける。
「・・・・お前は・・・」
「さーて。何食わしてくれるのか楽しみだなぁと。」
「こら!」
代金を多めに置き、ハイネルの分の荷物までひょいと肩に担いでしまってさっさと立ち上がったグーデリアンに、ハイネルは少し頬を赤らめながら、慣れないスニーカーで走り出した。
何を着ていても関係ない。
中身がお前なら。
------------------------------------
お互いの体にちりちりと嫉妬とかさせてみたかっただけで。
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ここはいわゆる同人誌といわれるものを扱っているファンサイトです。
もちろんそれらの作品とはなんら関係はありません。
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